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序章 狩人の孫

第14話 祖父との別れ

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――アルが死亡してから1年の月日が経過した。13才となったレノは今ではアルの代わりに狩人となって山の獲物を狩り続けていた。


「……もう春か」


山の中でレノは籠を背負って歩いていた。籠の中には大量の果物が入っており、かつてオークとゴブリンの縄張りだった大樹から採ってきた果物だった。アルが死んでからもレノは毎日欠かさず山に訪れ、自分だけではなく村人のために食料を集めている。

以前と比べて村の近くで魔物が見かけることが多くなり、既に畑の方も被害を受けていた。これ以上の被害を避けるために村の周りには柵を作り、大人達が交代で見張りを行う。しかし、どんなに頑丈な柵を作ろうと見張りの人数を増やしても被害は抑えきれず、動物よりも危険で狂暴な魔物の前では一般人では太刀打ちできなかった。


(最近は山の動物も見かけなくなったな。また魔物が入り込んでいるのかもしれない……面倒だな)


今日は猪か鹿を狩りに来たのだが山中を探しても見つからず、レノは動物が見かけない理由は山の中に魔物が紛れ込んだのだと判断した。動物を食い荒らす魔物が山に入り込んだとしては狩人としては放置できず、近いうちに魔物の捜索を行うことを決めた。


「はあっ……爺ちゃんもこんな苦労してたのかな」


アルが健在だった時は彼が山の生態系を乱す存在を駆逐し、村の人間のために動物を狩っていた。狩人としては立派だが、あくまでもレノが憧れたのは狩人としての祖父ではなく、魔術師としてのアルだった。


(爺ちゃんが死んでから1年も経ったのに俺は何も変わっていない……どうすればいいんだよ)


魔術師を目指して日々修行をしてきたレノだったが、1年前にアルが死んでからは自分が次は何をすればいいのか分からなかった。これまではアルが指導してくれたお陰で魔術師としての成長を実感できたが、師事する人間がいなくなったことでレノは自分が何をすればいいのかも分からない。

この1年の間に自分なりに強くなろうとレノも色々と頑張った。再生術や強化術などの基礎魔術を磨いたり、アルから教わった「ファイアボール」の魔法の練習を毎日欠かさず行う。だが、杖を失ったレノは未だに火球をことしかできない。


「ファイアボール」


帰りの途中でレノは手元に意識を集中させて火球を作り出す。掌に収まった火球を試しに投げずに飛ばそうとするが、火球はレノの手元から離れる様子はない。


「やっぱり杖を使わないと飛ばせないか……でも、魔術師の杖なんて何処で手に入るんだ?」


折れてしまったアルの杖は使い物にならず、試しに杖と同じぐらいの大きさの木の枝で魔法を使おうとしても上手くいかなかった。アルの杖を調べてみると見たこともない紋様が刻まれていることが発覚し、何らかの仕掛けが施された杖でないと魔法は使えないことをレノは理解した。

石斧で破壊されたアルの杖は修復が不可能であり、かといって杖が無ければ魔法を飛ばすこともできない。村の中で魔法を扱えたのはアルだけなので他の人間に相談することもできず、結局は狩人としての仕事しかできていなかった。


「ゴブリンさえいなければ爺ちゃんも死ぬことはなかったのに……くそぉっ!!」


アルを死に追い詰めた魔物をレノは憎み、怒りを抑えきれずに手元に作り出した火球を天高く投げ飛ばす。空に向かって投げ放たれた火球は徐々に小さくなっていき、最終的には消えてなくなる。

魔法で造り出した火球はレノから離れ過ぎると自然と消滅し、一度投げたら元に戻すことはできない。火球に触れてもレノは火傷を負うこともなく、至近距離で火球を爆発させたとしてもレノが傷つくことはない。但し、あくまでも燃えないのは肉体だけであって身に着けている衣服は燃えてしまう。

この1年の間に何百回と魔法の練習をしてきたお陰で火球の性質は理解したが、問題なのはアルが他の魔法を教えてもらう前に死んでしまったため、未だにレノは「ファイアボール」しか扱えない。他の魔法を覚えようにもアル以外に魔術師の知り合いがいないのでどうしようもなかった。


(村の人たちに俺が魔術師だと明かしてみるか?いや、駄目だ。爺ちゃんから人前では絶対に魔法を使うなって言われてた……魔術師だとバレると色々と面倒なことになるって言ってたけど、どうして駄目なんだろう?)


魔法を教わる際にレノはアルから決して他の人間に魔術師であることを知られてはならないと注意された。レノもアルにオークから助けられる前は彼が魔術師だったと初めて知り、何故かは分からないがアルは自分が魔術師であることを他の人間に黙っていた。

アルとの約束でレノは自分が魔術師であることは村の人間に秘密にしており、魔法の練習も村の中では行わない。子供達がオークに襲われた事件から村人は決して山に近付かず、そのお陰でレノは山の中では魔法の練習に専念できた。


(爺ちゃんならファイアボール以外の魔法もきっと覚えてたんだろうな……どうして死んじゃったんだよ)


1年が経過してもレノはアルが死んだことを引きずっており、彼が生きていればと考えてしまう。しかし、死んだ人間が生き返ることなど有り得ず、果物を持って村へ戻る――





――村に帰ったレノは果物を他の人間に分け与えた後、村長の屋敷に尋ねた。村長はアルとは長い付き合いであり、彼が亡くなった後もレノのことを気にかけてくれた。


「レノ、調子はどうだ?最近の山の様子は?」
「……いつも通りです」
「ちぇっ……なんでこいつがここにいるんだよ。僕の食事が減るじゃないか」
「ゴーマン!!誰のせいでレノが果物を採りに向かったと思ってるんだ!!お前が甘い物を食べたいというからレノに頼んだんだぞ!!」


村長の屋敷で食事に招かれたレノは村長の家族と共に食事を行う。ゴーマンはレノと一緒の食事に不満を想うが、実はレノが採取した果物は村長に頼まれて取りに向かった。

山に入れるのは狩人だけなので山の果物を採ってこれるのは現在ではレノしかいない。だから村長は息子のためにレノに頼んだのだが、当のゴーマンは不満そうな表情を浮かべる。


「父ちゃん!!どうしてこいつだけ山に入ったら駄目なんだよ!!今はもう魔物は山の中にはいないんだろ!?だったらこんな奴に頼まなくても僕が取りに行くよ!!」
「馬鹿もん!!前に山に登って大変な目に遭ったのを忘れたのか!?レノがいなければお前は殺されていたんだぞ!!」
「で、でも僕だってもう子供じゃないんだ!!それにいくらアル爺さんの子供だからって、こいつだけが山に登れるなんて不公平だろ!?」
「何が子供じゃないだ!!儂から見ればお前などのまだまだひよっこだ!!」
「まあまあ、落ち着いて下さい二人とも……」


言い争いを始めた二人を見て慌てて村長の妻が宥めるが、いくら父親の言葉でもゴーマンは納得がいかず、食事中のレノを指差して叫ぶ。


「おい!!今度山に登る時は僕も連れて行けよ!!本当に山が危険な場所かどうか確かめてやる!!」
「は?」
「な、何を言い出す!?お前なんか一緒に行っても足手纏いになるだけだ!!」
「父ちゃんは黙ってろよ!!おい、レノ!!狩人なら僕を守りながら山に登ることぐらいわけないだろ!?」


ゴーマンはレノを挑発するように告げるが、そんな彼に対してレノはため息を吐きながら告げる。
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