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序章 狩人の孫

第8話 肉体鍛錬

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「お前に教えた再生術は肉体の再生機能を強化して怪我を治すと教えただろう」
「うん、自然治癒力を高めるとかなんとか言ってたよね」
「おお、ちゃんと覚えておったか」


再生術はレノが一番最初に教わった技術であり、魔法を覚える前に必ず覚える基礎魔術の一種だった。魔力を利用して回復力を一時的に高める術だが、魔力で強化できるのは回復力だけではないことをアルは明かす。


「お前が一角兎に頬を突かれた時に頭を貫かれずに済んだのは魔力を集中していたお陰だろう」
「確かにあの時は頬の怪我を治すために魔力を集中させていたけど……」
「恐らくだがお前は無意識に頬の皮膚と筋肉を魔力で強化させていたんだろう」
「筋肉?」


最初に頬を怪我した時にレノは再生術を使用して怪我を治した。この時に頬に残っていた魔力が頬の皮膚と筋肉を強化し、そのお陰で一角兎の攻撃を耐え切れたのだとアルは推察する。


「魔力を利用すれば筋力を強化して一時的に身体能力を上げることや皮膚を鉄のように硬くすることもできる。この方法を魔術師の間では強化術と呼ばれている」
「強化術!?」
「まあ、原理自体は再生術と殆ど変わらん。肉体の回復力か筋力を強化するだけの違いに過ぎんからな」
「へえっ……だから俺も使えたんだ」


再生術を習得した時点でレノは同時に強化術も習得していたことが判明し、どうしてアルが強化術のことを黙っていたのか問う。


「爺ちゃん、どうして強化術のことを黙ってたの?もっと早く知っていればあんな兎なんか怖がることなかったのに……」
「馬鹿たれ!!強化術なんて教えたらお前は考え無しに使うだろう!!もしも術を使いすぎて魔力や体力を消耗した時に野生の獣や魔物に襲われたら殺されるんだぞ!!」
「うっ!?」


アルの説教にレノは言い返すことはできず、実際に今回の一角兎の一件でレノも自分が調子に乗り過ぎたと反省していた。山の中を走り回って体力が殆ど残っていないことに気付かず、一角兎に襲われた時に再生術を使用して危うく殺されかけたことを思い出す。

レノはまだ子供なので大人ほどの体力を持ち合わせておらず、再生術や強化術を使用するだけで肉体に大きな負荷が掛かる。だからアルはレノが大人になるまでは魔術師を目指すのは辞めるように告げた。


「これでもう分かっただろう。今のお前には魔法どころか基礎魔術すら使いこなせん。もしもまた魔物に襲われた時、都合よく儂が助けに来るとは思うな!!お前にはまだ早過ぎたんだ!!」
「……確かに爺ちゃんの言う通りだよ」
「何!?わ、分かってくれたのか?」


意外なことにレノはアルの言葉に肯定し、てっきり言い返してくると思っていたのでアルは拍子抜けしてしまう。だが、レノは認めたのはあくまでも今の自分では魔法を使えないという点だけだった。


「俺、もっと身体を鍛えるよ!!体力だって身に着けるし、ちゃんと狩猟の手伝いもする!!もっと強くなってみせるよ!!」
「そ、そうか……それは良い心掛けだな」
「爺ちゃんも協力してよ!!俺が強くなれるように鍛えてよ!!」
「……魔法は教えんぞ?」
「それでもいいから俺を強くさせてよ!!いや、強くしてください!!」


頭を下げて懇願してきたレノにアルは戸惑い、孫から強い意思と覚悟を感じ取ったアルは仕方なく付き合うことにした。


「いいだろう。そこまで言うのなら儂が直々に鍛えてやる……だが、途中で辞めたいなんて言い出したら許さんからな!!」
「望むところだよ!!」


この日からレノはアルの指導の元で本格的に肉体を鍛える訓練を行い、魔法を使っても簡単に倒れない体力を身に付けるために奮闘する――





――それから一年の月日が流れ、12才になったレノは最初に朝起きたら薪割りを行う。最初の頃は斧を振ることもまともにできなかったが、半年も経過する頃には綺麗に薪を割れるようになっていた。


「せぇのっ……ふんっ!!」
「ほう、大分様になってきたな」


朝から真剣に薪を割る孫の姿を見てアルは感心し、この一年の間にレノはたくましく成長していた。一年前と比べて筋肉も身に付き、同世代の子供と比べても立派な体つきになっていた。

薪割りを終えた後は井戸から水を汲み取り、それを壺いっぱいに入れた後に持ち帰る。他の村の子供と比べて真面目に仕事を手伝うので村の大人達はレノをよく褒めてくれた。


「おう、今日も頑張ってるなレノ!!」
「うちの子も見習ってほしいわ……いつも遊んでばっかりなんだから」
「なあ、また畑仕事を手伝ってくれるか?お礼はするからよ」
「うん、別にいいけど……」


アルに頼まれた仕事の合間にレノは他の家の仕事も手伝うことも多く、畑を耕したりすることが多い。普通の子供ならば重労働の仕事は嫌がるが、レノにとっては力仕事ほど体力と筋力が身に付けやすいので率先して行う。


(これも魔法を覚えるためだ。頑張るぞ!!)


畑仕事を手伝う時もレノは決して手を抜かず、自分の行っていることは魔法を覚えるために必要な行動だと信じて真面目に取り組む。傍から見ればレノは誰よりも真面目に仕事をしているようにしか見えず、それだけに村の大人達の評価も高くなっていく。


「レノは本当に働き者だべな」
「アル爺さんの躾けがいいんだろうな」
「それに比べてうちのガキ共は遊んでばっかりで碌に仕事も手伝わねえ……今日も村長の息子と何処かに遊びに行きやがった」
「たくっ、困ったもんだな」


嫌な顔をせずに仕事を熱心に手伝うレノを見て村の大人達は自分の子供達と比べてしまい、そのせいでレノの評価が上がる程に子供達の評価は下がっていく。そのせいで面倒な事件が起きてしまった――





――畑仕事を終えた後にレノは家に帰る途中、村の子供達が自分の家の前に集まっていることに気が付く。アルは狩猟のために山に出向いているので帰りは遅く、誰もいない自分の家に集まっている子供達を見てレノは疑問を抱く。


「お前等……いったい何してるんだよ」
「ふん、ようやく帰ってきたか……この裏切り者!!」
「は?」


子供達の中には村長の息子である「ゴーマン」も混じっており、彼はレノが帰ってきた途端に不機嫌そうな表情を浮かべた。いきなり自分を裏切り者呼ばわりしてきたゴーマンにレノは戸惑う。


「何だよゴーマン……いきなり何を言い出すんだよ?」
「お前、最近生意気なんだよ!!大人の前でいい子ぶりやがって……お前のせいで僕達が遊びに行こうとすると怒られるんだぞ!!」
「そうだそうだ!!」
「お父さんもお母さんもレノを見習えってうるさいんだよ!!」


ゴーマンだけでなく集まった他の子供達も文句を告げ、ようやくレノは子供達が訪れた目的に気が付く。要するに自分が働いているせいで他の子供達は肩身の狭い思いをしていたようだが、それを聞いたレノは呆れてしまう。


「馬鹿馬鹿しい……お前等が怒られるのは仕事をサボって遊んでばかりだろ。普段から真面目に仕事を手伝えば怒られることもなかったのに」
「う、うるさい!!仕事なんて大人になってからやればいいんだよ!!」
「そんなこと言ってると碌な大人にならないぞ」
「こいつ、調子に乗りやがって!!」
「ちょっと前まではお前だって山に一人で遊びに行ってたくせにずるいぞ!!」
「遊んでねえよ!!爺ちゃんの狩猟の手伝いしてたんだよ!!」


子供が山に登ることは本来は禁止されているが、レノは狩人のアルの手伝いとして子供達の中で唯一山に入ることを許されていた。だが、子供達からすれば一人で立入禁止されている山に登るレノを妬む子も多かった。
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