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序章 狩人の孫

第6話 絶体絶命

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「フゴォオオッ!!」
「……よし、こっちに来いっ!!」


苛立った様子で猪はレノに目掛けて突進し、それに対してレノは足を止めて正面から向き合う。猪が勢いよく突っ込んできた瞬間、逃げる際中に拾った石を顔面にを投げつけた。


「これでも喰らえっ!!」
「フガッ!?」


突進中に顔面に石が当たった猪は目が眩み、それを見たレノは猪の頭上を跳び越える。猪は止まれずに正面に突っ込み、レノの後方に生えていた大樹に突っ込む。


「フガァッ!?」
「やった!!引っかかったな!!」


レノは猪をわざと大樹がある場所まで逃げ出し、馬鹿正直に突っ込んでいた猪を罠に嵌めた。猪を誘い込むためにわざと足を止め、直前で石をぶつけることで猪の意識を一瞬でも反らす。そのお陰で猪は大樹に衝突させて自滅に追い込む。

いくら全速力で走っていようとレノが避ければ猪も大樹の存在に気づいて慌てて足を止めようとしただろう。だからレノはぎりぎりまで猪を誘い込み、避ける寸前に投石で猪の注意を反らす。猪はまんまと彼の罠に嵌まって大樹に頭を突っ込む。


「フガァッ……!?」
「うわ、まだ動けるのか……でも立つのがやっとみたいだな」


大樹に勢いよく突っ込んだ猪はふらつきながらも起き上がるが、どうみても戦える状態ではなかった。レノは猪が弱っている内に逃げようとすると、頭の上に何かが落ちてきた。


「あいてっ!?なんだよもう……あれ?これってもしかして……」


レノの頭に落ちてきたのは見覚えのある果物だった。嫌な予感がしてレノは猪が衝突した大樹に視線を向けると、かつて村の子供達と一緒に取りに来た果物が生えている大樹だと今更気付く。

逃げるのに必死で分からなかったが、いつの間にかレノは山奥まで移動していた。空を見上げると既に時刻は夕方を迎えており、急いで山を下りなければ夜を迎えてしまう。完全に夜を迎える前に村に戻らなければアルに怒られてしまう。


「やばい!?早く帰らないと……お前、もう追いかけて来るなよ!?」
「フゴォッ……」


猪を残してレノは果物を片手に走り出す。狩猟に出向いて何も持ち帰らずに帰るとアルに怒られるため、果物を今日の成果として持ち帰ることにした。しかし、このレノの判断が後に災いを引き寄せる――





――急いで山道を駆け下りたレノだったが、山を下りる前に夜を迎えてしまう。いつもは明るい時間帯にしか山に入っていなかったため、夜になると暗闇に覆われて碌に前も見れなかった。


「やばい……完全に道に迷った」


夜の時間帯に山に残ったのは一年ぶりであり、前の時はオークに追い掛け回された時だった。暗いつも訪れている場所なのに暗くなっただけでまるで別の山に迷い込んだ気分になる。

道に迷った時は迂闊に動き回るのは危険であり、仕方なく村に戻ることを諦めたレノは今晩は山の中で過ごすことにした。幸いにも大樹の果物を持って帰ってきたので今夜はそれを食べて空腹を満たす。


「はあっ、帰ったら爺ちゃんに怒られるだろうな……でも、相変わらず美味しいなこれ」


果物を食べながらレノは座り込み、今日はずっと動き回っていたせいで体力も限界を迎えていた。ひとまずは身体を休ませようとすると、果物の香りに誘われたのか近くの茂みから見たこともない生き物が飛び出してきた。


「キュイッ!!」
「うわっ!?な、なんだこいつ!?」


茂みから飛び出してきたのは額に角を生やした兎のような生物が出現し、それを見たレノは驚いて果物を落としそうになる。この山にも普通の兎は生息しているが、額に角を生やした兎など初めて見た。


(なんだこの兎……まさか魔物か?)


これまで一度も見たことない変わった兎を見てレノは警戒心を抱くが、兎はレノが持っている果物を見て可愛らしい鳴き声を上げる。


「キュイイッ……」
「な、なんだ?これが欲しいのか?」
「キュイッ」


レノが持っている果物を差し出すと、兎は跳び跳ねながら近付いてくる。その姿を可愛く思ったレノは警戒心を緩めてしまうが、兎はある程度まで近づくと急に目つきを鋭くさせて突っ込んできた。


「ギュイイッ!!」
「うわっ!?」


兎はレノの顔面に目掛けて飛び掛かり、額の角を突き刺そうとしてきた。反射的に顔を反らしたレノだったが、完全には避け切れずに頬に角が掠った。兎の角は槍の刃先のように尖っており、もしも避けそこなっていたら確実にレノは死んでいた。

頬から血を流しながら慌ててレノは兎から距離を取ると、顔に触れて流れる血を拭う。あと少しで自分が死ぬところだったと自覚して顔色を青ざめた。


「ち、血がっ……こいつ!?」
「ギュイイッ!!」
「おわっ!?」


本性を露わにした兎はレノに目掛けて再び突っ込み、咄嗟にレノは持っていた果物を投げつけた。投石の技術を磨いていたお陰で果物は兎に当たり、果汁が目に入った兎は怯む。


「キュイッ!?」
「こいつ……調子に乗るな!!」


怯んだ兎の隙を逃さずにレノは蹴飛ばそうとするが、思っていた以上に兎は硬くて重く、蹴りつけたレノの方が足を痛めてしまう。


「あいてっ!?な、何だこの硬さ!?」
「ギュイイッ……!!」


普通の兎とは比べ物にならない程の硬さと重さを誇る兎にレノは戸惑い、ようやく兎の正体が魔物だと見抜く。魔物の中には動物の姿に酷似した種も多いとアルから聞いたことあり、目の前の兎の正体はオークと同じく獣型の魔物だと判断した。

外見は兎と瓜二つなのでレノは油断してしまったが、よくよく考えれば普通の兎が額に角を生やしているはずがない。しかも見た目に反して異常に硬くて重く、額の角も鋼鉄の槍並の強度を誇り、もしも急所を貫かれたら確実に命を落とす。


(こいつもあの化物と同じ魔物なんだ……くそっ!!)


魔物だといち早く気付いていれば逃げることもできたが、既に兎はレノを狙いに定めていた。下手に隙を見せれば鋭い角で串刺しにされるため、下手に動くことができなかった。


(顔の怪我は大したことはない。でも、また突っ込んで来たら今度は避けられるか分からない……こんな時に魔法が使えたら!!)


アルがオークを倒した時のことをレノは思い出し、自分も祖父のように魔法が使えたら魔物なんか倒せると信じていた。狩猟に夢中になり過ぎて魔法を教えてもらうことを忘れていた自分に嫌気が差す。

だが、今は後悔している暇はなく、まずはこの状況を打破する方法を考える。はレノを逃がすつもりはないらしく、視線を外さずに攻撃の隙を伺う。下手に背中を見せれば命取りとなり、レノも角兎から視線を外せない。


(どうする!?武器は持ってない、投げられる物も持っていない、石を拾う暇もない……最悪だな!!)


投石の技術ばかり磨いていたせいでレノは武器になるような物を持ち合わせておらず、石を拾おうとすれば角兎は確実に攻撃を仕掛けてくる。追い詰められた状況の中でレノは左頬に痛みを感じる。


(いてっ……そういえばさっき怪我してたんだっけ)


今まで忘れていたが角兎が最初に攻撃を仕掛けてきた際にレノは頬を怪我したことを思い出し、意識した途端に痛みを感じ始めた。怪我はそれほど深くはないが、気が散るのでレノは再生術での治療を試みる。


(これぐらいの怪我ならすぐに塞がるか……)


再生術を発動させて怪我した箇所に魔力を集めた瞬間、傷口が塞がって血が止まる。だが、怪我を治した途端にレノは足元を崩してしまう。


「うわっ!?」
「ギュイッ!?」


猪に追い掛け回されたせいでレノは自分の体力が減っていたことを忘れ、そんな状態で再生術を使用したせいで残り少ない体力を更に削ったことで足に力が入らなくなった。いきなり膝を崩したレノに角兎は驚くが、すぐに絶好の機会だと判断して飛び掛かる。


「ギュイイッ!!」
「しまっ――!?」


自分の顔面に目掛けて突っ込んできた角兎に対してレノは避ける暇もなく、角兎の角が先ほどのように左頬に突き刺さった。
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