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序章 狩人の孫

第5話 基礎魔術

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「――お前が怪我に治療に利用したのは再生術という基礎魔術だ」
「再生術?」


家に戻るとレノは今日起きた出来事を話す。火傷を負った件に関しては話すのは恥ずかしかったが、やはり身体が急に動かなくなった理由を知りたくて恥を忍んでアルに伝えると、彼はレノの身に何が起きたのかを説明する。


「魔力を利用すれば一時的に肉体の再生機能を強化させ、短時間で怪我を治すこともできる。だが、怪我が大きいほど治すために必要な魔力は大きくなる。お前の場合は火傷を治すために相当な魔力を消耗したようだな」
「じゃあ、急に身体が動かなくなったのは……」
「魔力を消費し過ぎて限界を迎えたからだろう。だが、お前は運が良かった。もしも怪我の治療で魔力を使い切っていれば……お前の命はなかっただろう」
「えっ!?」


魔力を完全に使い切ると死ぬという話はレノも初めて知り、もしも怪我が酷ければレノは治療した際に魔力を使い切って死んでいた可能性も十分に有り得た。今更ながら自分がした行為がどれほど危険なことなのかを思い知ったレノは顔色を青ざめる。


「今のお前の魔力量では火傷を治すだけでも命懸けだと思え。もしも怪我の治療に必要な魔力がお前の魔力量を上回っていたら今度こそ確実に死ぬぞ」
「うえっ……気を付けるよ」
「だが、ようやく魔力操作の基礎を身に着けたことは褒めてやる。よく頑張ったな」
「え?あ、うん……ありがとう」


珍しくアルに褒められたことにレノは驚き、今まで一緒に暮らしてきてアルから褒められたことは数えるほどしかない。前に褒められたのはいつだったのかも覚えておらず、久しぶりに褒められて悪い気分はしなかった。


「明日からは滝行は倍に増やせ」
「えっ!?まだ滝行をするの!?もうかなり寒くなってきたんだけど……」
「甘ったれるな!!魔法を覚えたいのならまだまだするべきことはあるんだぞ!!」
「ええっ!?」


アルの言葉にレノは天から地へ落とされた気分となり、魔力を感じ取れるようになったのに滝行を続けると聞かされて落胆する。冬の寒さはどんどんと厳しくなっているのにアルはレノに修行を続けさせ、しかもこれからは自分の仕事を手伝わせるつもりだった。


「修行の後は儂の仕事の手伝いをしてもらうぞ」
「仕事?それって俺も狩猟をするの?」
「安心しろ、いきなり動物を狩らせるような真似はさせん。まずは罠猟から教えてやる」
「うへぇっ……きつそうだな」
「この程度で泣き言を抜かすな!!文句を言うなら魔法を教えんぞ!!」
「分かったよ!!やるよ、やればいいんだろ!?」


レノが弱音を吐く時は毎回アルは魔法を教えないと脅し、それを聞かされればレノも従うしかなかった。どんな理不尽な目に遭わされようとアルのような魔術師になるためにレノは諦めなかった――





――翌日から本当にレノは今までの倍の時間の滝行を強要され、その後はアルの狩猟の仕事の手伝いを行う。子供のレノでは本格的な狩猟は無理だと判断し、最初に罠猟から始める。


「やった!!爺ちゃん、兎が引っかかってた!!」
「ほう、よくやったな。だが、その程度の獲物なら儂はこいつ一つで十分だ」
「えっ!?」


初めての罠猟でレノが兎を仕留めて持って帰ると、アルは小石を拾い上げる。彼が何をするつもりなのかレノが尋ねる前にアルは近くに生えている樹木の枝に小石を投げつけた。


「ふんっ!!」
「うわっ!?」


アルの狙いは枝に留まっていた小鳥であり、小石を当てて仕留めた。あっさりと獲物を仕留めたアルにレノは唖然とするが、そんな彼にアルは笑みを浮かべた。


「儂が師匠から初めて教わったのはこの投石術だ。小鳥や兎程度の小動物なら罠なんぞ仕掛けなくても石を当てるだけで十分だ」
「す、凄い……こんな小さい鳥に当てるなんて」
「投石はいいぞ、石がある場所ならいくらでも投げられるからな。流石に大型の獲物が相手だと仕留めることは無理だが、石を当てて注意を引くことぐらいはできるからな」
「なるほど……それ、俺も真似できるかな?」
「いいだろう、教えてやる」


投石ならば子供のレノでも覚えられるのでアルは彼に技術を授ける。最初は的を用意して石を投げさせる練習を行わせ、慣れてきたら今度は動き回りながら的に当てる練習を行う。


「しっかり動け!!走りながら石を拾うことも忘れるな!!獲物に逃げられる前に仕留めろ!!」
「はっ、はっ……あいてっ!?」


山の中を駆け巡りながらレノは投石の練習を行い、動き回る小動物を追い掛け回しながら石を投げつける練習を行う。滝行もきついが冬を迎えて雪が降り積もる山の中を駆け巡る方がきつかった――





――アルは魔法の練習よりも投石の練習の方を熱心に指導し、春の季節を迎えた頃にはレノは遂に投石の技術を覚えて獲物を狩ることに成功した。


「逃がすかっ!!」
「ッ――!?」


11才の誕生日を迎えたレノは一人で山の中を駆け巡り、逃げ回る兎を投石で仕留めた。兎を追い掛け回している内に大分山奥まで来てしまったが、遂に自分一人の力で兎を仕留めたことに感動する。


「やった!!遂に捕まえたぞ!!これで俺も一人前の狩人に……じゃねえよっ!!」


初めて獲物を狩れて有頂天になっていたレノだったが、当初の目的を思い出して石を遠くに投げつける。最近は投石の練習ばかりで忘れていたが、自分の目的は一人前の狩人になることではなく魔術師になることだと思い出す。


「危ない危ない……すっかり忘れてたよ。爺ちゃんに今日こそ魔法の使い方を教えてもらわなきゃっ!!」


当初の目的を忘れて狩猟に夢中になっていたことを反省し、急いで祖父の元へ戻ろうとレノは仕留めた兎を拾い上げようとした。だが、先ほどレノが石を投げつけた方向から物音が鳴り響き、不思議に思ったレノは視線を向けるとそこには興奮した猪の姿がった。


「ブフゥッ……!!」
「……あれ?もしかしてさっきの石、当たちゃった?」


レノが先ほど投げた石が偶然にも近くを通りかかった猪に衝突したらしく、猪は酷く興奮した様子で彼に突進してきた。


「フゴッ、フゴッ……!!」
「うわぁっ!?ごめんなさい!!」
「フゴォオッ!!」


謝ったところで許してくれるはずもなく、自分に目掛けて突っ込んでくる猪にレノは全速力で逃げ出すしかなかった。


(やばいやばいやばい!!当たったら死ぬ!?)


単純な移動速度は猪の方が勝っているため、ただ走って逃げるだけでは必ず追いつかれる。そこでレノは地形を上手く利用して逃げるしかなかった。木々の隙間を潜り抜け、あちこち曲がりながら猪を撒くことに集中する。


「ほらほら、こっちだ!!」
「フゴォッ……フガッ!!」
「よし、引っかかった!!」


時には立ち止まって猪が追いつくのを待つと、直前で横に跳んで猪を避ける。この一年の間に毎日山に通っていたお陰で地形を把握し、体力も身に着けていた。

猪を翻弄しながらレノは逃げ回り、不思議なことにオークと襲われた時と違って怖くはなかった。理由は不明だが魔法の修業を開始する前と比べて筋力も体力も大幅に上がっていた。


(なんか猪の動きが遅く見える気がする……いったいどうなってるんだ?)


逃げ回りながらレノは猪の動作を観察し、次はどのように行動するのかを見極める。アルの狩猟の手伝いをしていたお陰で観察眼が磨かれ、猪の次の行動を予測して行動に移る。

「よし、引っかかった!!」
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