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序章 狩人の孫

第1話 命の恩人

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「――はあっ、はあっ……何でこんなことに、くそっ!!」


暗い洞窟の中で一人の少年が縮こまっていた。少年の名前は「レノ」黒髪黒目が特徴的な子供だった。レノは山の麓にある村に暮らしており、他の子供と一緒に山を登って遊びに来ていた。村の大人達からは危険なので子供達だけで山に入ることは禁じられていた。

だが、村長の息子が父親から山奥に生えている大樹には美味な果実を生やしているという話を聞き、それを確かめるために村の子供達を集めて一緒に向かうことを提案した


『おい!!凄く美味しい果物が山奥で食べられるみたいだぞ!!お前等も一緒に食べてみたいよな!?』
『果物?そんなに美味しいの?』
『でも、勝手に山に入ったら大人に怒られるんじゃ……』
『何言ってんだ!!美味しい果物が食べられるんだぞ?それとも山に行くのが怖いのか?』
『そ、そんなことないけど……』
『安心しろって、僕の父さんはこの村で一番偉いんだぞ!!僕と一緒に行ったのなら怒る大人なんていないさ!!』


村長の息子は村に暮らす子供達の中で一番の年長者であり、村長からも甘やかされて育てられた。村の子供達を子分のように扱っても誰も文句は言えず、村長の息子なので大人も無下に扱えなかった。彼の提案で村の子供達は半ば強制的に山に入ることになった。


『ねえ、本当に大丈夫?道に迷ったりしたら……』
『大丈夫だって言ってるだろ!!こうして木の実を落として進めば道に迷うことはないって言ってるだろ!?』
『そ、そうだよね……』


他の子供と一緒にレノも村長の息子と行動することになり、子供達は道に迷わないように木の実を落として山奥へ向かう。帰りは木の実を辿って行けば帰れると思って安心して先に進み、遂にお目当ての果物を生やす大樹を発見した。噂通りに大樹に生えている果物は甘くて美味しく、子供達はそれを夢中で味わう。



だが、大人達が大樹の存在を隠していたのは理由があり、山には恐ろしい化物が住み着いているからだった。その化物は猪と人間が合わさったような怪物であり、名前は「オーク」と呼ばれる。レノ達が訪れた大樹はオークの縄張りで果物を夢中に食べている子供達を発見したオークは怒りの咆哮をあげて襲い掛かってきた。



――プギィイイイッ!!



オークは猪と姿は酷似しているが二足歩行で移動を行い、自分の縄張りを侵した存在には容赦なく襲い掛かる。子供達は必死に逃げ惑うが、村長の息子が逃げ遅れて捕まってしまう。


『プギィッ!!』
『うわぁあああっ!?た、助けてくれぇっ!?』


村長の息子は普段は子供達に威張り散らしていたが、体長が2メートルを超える猪の化物に捕まって悲鳴をあげる。あまりの恐怖に失禁してしまい、オークは村長の息子が漏らした途端に嫌そうな表情を浮かべて投げ飛ばす。


『フンッ!!』
『ぎゃああっ!?』
『ひいっ!?』
『こ、怖い……』
『た、助けて……足が動かないよ!?』


子供達の中では一番年上で背丈も大きかった村長の息子が軽々とオークに投げ飛ばされる姿を見て他の子供は畏縮し、恐怖のあまりに殆どの子供が足がすくんで動けなかった。だが、レノだけは勇気を振り絞って食べかけの果物をオークに投げつけた。


『こ、この野郎!!』
『プギャアッ!?』


食べかけの果物を顔面に浴びたオークは果汁が目に入り、顔面を塞いで隙が生まれた。それを見てレノは今のうちに逃げるように促す。


『今だ!!皆逃げろ!!』
『に、逃げろって……』
『落としてきた木の実を辿って逃げるんだよ!!早く逃げないと死んじゃうぞ!?』
『う、うわぁあああっ!?』


子供達はレノの言葉に反応して走り出し、彼等は落としてきた木の実を辿って村へ逃げようとする。レノも最初は逃げようとしたが、先ほど投げ飛ばされた村長の息子が助けを求める。


『だ、誰か……助けてくれ!!』
『えっ!?な、何してるんだよ!!早く逃げろってば!!』
『あ、足が……』


村長の息子だけはオークに投げ飛ばされた際に足を負傷したらしく、彼は地面を這いずることしかできなかった。レノは村長の息子の元へ行こうとしたが、先ほど果物を投げつけられたオークが怒りの咆哮をあげる。


『プギィイイイッ!!』
『ひいいっ!?』
『そ、そんな……くそっ!!こっちだ!!』


オークの注意を村長の息子から引くためにレノは自分が囮となり、他の子供とは逆方向に逃げるしかなかった。オークは自分に果物を投げつけたレノを狙いに定めて後を追う――





――山の中を逃げ回った結果、レノは奇跡的にオークの追跡を撒いて洞窟の中に逃げ込む。ここまで逃げるのに夢中で自分が何処まで移動したのかも分からず、完全に道に迷ってしまった。


「ううっ……どうしてこんなことに」


暗い洞窟の中でレノは震えることができず、オークが追いかけて来ないことを祈る。既に時刻は夕方を迎え、このままでは洞窟の中で一晩過ごすことになる。


(皆は無事かな……こうして待っていれば誰か助けに来てくれるかな)


先に逃げがした子供達が無事に村まで戻れば村の大人が助けに来てくれるかもしれないと考え、こんな状況でもレノは希望を捨てずに助けが来ることを信じて待つことにした。だが、ずっと走り続けたせいで喉が渇いてしまう。

逃げるのに夢中で水と食料は落としてしまい、空腹と喉の渇きに我慢できなくなったレノは勇気を振り絞って洞窟から出ると、太陽は完全に沈んで夜を迎えていた。


「そうか、今日は満月だったのか……」


満月の光のお陰で夜でも明るく、そのお陰で周囲の景色を見渡すことができた。洞窟の中よりも明るくてレノは安心しかけたが、外に出た途端にレノは嫌な予感を抱く。


(待てよ、夜でもこんなに明るいってことは……あの化物から見つかりやすいってことじゃないか!?)


レノは夜を迎えればオークからも見つかりにくくなると考えていたが、満月のせいで夜でも明るいことに気付いたレノは慌てて洞窟に隠れようとした。だが、彼が洞窟に入る前に森の中から鳴き声が響き渡る。


「プギィイイッ!!」
「ひいっ!?」


茂みを掻き分けて現れたのはオークだった。レノを追ってオークは近くまで迫っていたらしく、満月の光に照らされた彼を発見して飛び出す。遂に見つかってしまったレノは逃げようとするが、もう体力は殆ど残っていなかった。


(殺される……嫌だ!!死にたくない!!)


ゆっくりと迫るオークの姿にレノは腰を抜かし、いくら逃げようとしても身体が言うことを聞かない。もう駄目かと思われた時、オークの後方から赤色の光が差し込む。



「――ファイアボール!!」



オークの背後から何者かの声が響き渡り、驚いたオークが振り返るとそこには杖を構えた老人が立っていた。老人の杖の先端には赤色の水晶玉が取り付けられており、水晶玉が光り輝くと炎の塊が空中に出現した。老人が杖を突き出すとオークに目掛けて炎の塊が突っ込む。

炎の塊はオークに衝突した瞬間、爆炎と化してオークの身体を包み込む。炎に飲み込まれたオークは悲鳴をあげ、それを見たレノは目を見開く。老人は杖を構えたまま動かず、燃え盛るオークの最期を見届ける。



――プギャアアアアッ!?



山の中にオークの断末魔の悲鳴が響き渡り、やがて炎が消えると残されたのは全身が黒焦げと化したオークの死骸だけだった。オークは立ち尽くした状態のまま絶命し、それを見届けた老人はレノの元へ向かう。


「レノ!!無事か!?」
「……じ、爺ちゃん?」


レノを助けてくれた老人の正体は彼の祖父の「アル」だった――
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