魔晶使いと囚われの少女

上辺 練

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魔晶使いと囚われの少女

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 誰もあたし達の後を追ってこなかった。
 ラドックの最後は、それだけ彼らに恐怖を植え付けたんだと思う。
 そうは言っても、いつ彼らの気が変わるとも分からないので、洞窟を出てからも気を許すことは出来ず、その後も歩き続けたけれど。
 
「ん? ねえねえ、レマ。あれって街だよね!?」
 
 そんなあたしの視界に、小さいけれど確かに光る物が見えた。
 街だった。
 
 帰って来れたんだ。
 
 まだ少し歩かなければならないし、完全に油断をするわけには行かないけれど、ここまで来れば安全だろう。
 
「……あれは後悔の念が形になったものだ」
 
 彼も多少気が緩んだのだろうか。ふいにレニが口を開いた。
 
 あれというものが、ラドックを『崩した』石の事だと言うことは分かっていた。
 ただ、そう言われても、何と返したら良いか分からない。
 
 恥ずかしながら、懺悔室に入るのは、懺悔をする側専門で、受ける側はやったことがなかった。
 
 聞くべきではないと思いながらも、他の話題が見つからない。いや、うやむやにして置きたくない。
 
「……本当なの? その……ラドックの言ってたことって?」
 
 恋人に渡した石が爆発。
 
 レニはこちらを見ずに言葉をかえした。
 
「……ああ、本当だ」
 
 言いながら、『石』が入ってる袋に左手が伸びた。
 動き自体に特に意味はないのだろう。そのまま言葉を続ける。
 
「前に聞かれた質問だが、魔晶石は誰にでも使える。レスティアでも、いやそこらの子供でさえもだ」
 
 そういえば、そんなことを口にした。
 
「……石の力の発動条件は、軽く念じるだけで良い。だから以前、オレはある女性に炎の術を使うための石を数個渡したことがある」
 
 レニの視線は相変わらず下に向けられたままだ。
 
「そんな彼女がある戦闘の際、近くの敵に向かって炎の石を使った。石は爆発しその敵は炎に包まれたが、驚くことに相手はそのまま彼女に体当たりをしたんだ……」
 
 少し顔を上げる。
 
「体当たりそのものは対したダメージじゃなかったんだ。それだけなら対したことにはならなかったのに……」
 
 ぐっと彼は拳を握った。
 
「……相手の殺意に石が反応したんだ」
  
 そこから先は言われなくても分かった。
 だから迷宮内であたしに石を渡さなかったのだ。
 攻撃用の石は無かったけれど、何かの弾みでどんな悲劇が起きるか分からないから。
 
「その……人を殺めるのをやめたのも、その辺りが理由なの?」
 
 あたしの言葉にレニは目を伏せたまま、魔晶石が入ってる袋に手を入れた。
 取り出したのは──紫の石。
 
「それって……」
 
 おかしい……この石は一つしか持ってないんじゃ?
 
「この『お守り』は彼女が亡くなってから作れるように、いや、作られるようになった。何故だが分からないがいつの間にか袋の中に入ってるんだ。勝手にな」
 
 指先にある石を見ているのに、その視線はとても遠い。
 
「この石は殺意に反応し、持つものを滅ぼそうとする。こんな物を持っていたら、人は殺せない」
 
 確かに危険すぎる。
 殺意に反応するというのなら、レニ自身の殺意にも反応しかねない。
 あの時、ラドックに刃は向けたが、殺意どころか傷をつける気もなかったのだろう。
 
 その時、不意にラドックの最後があたしの頭に浮かんだ。
 
「だ、駄目だよレニ……そんな、そんなのって」
  
 今になって分かった。
 これはレニの後悔の念が、結晶となった物だ。
 
 自分で自分を殺す為の石
 
 それがどういう意味を持つのか──
 けれど、そんなあたしの思いを読んだのか、レニが口を開く。
 
「安心しろ。死ぬつもりなら、策など使わずにラドックに殺されていた」
「策?」
「石の入った袋は落ちたんじゃない。落としたんだ。戦闘中、相手が武器を落とすと、つい拾いに行きたくなる性質が人にはある。まして珍しい術だからな……つい使いたくなる物なんだ」
 
 ラドックとの戦闘中、レニの腰から袋が落ちたのは偶然では無かったのだ。
 
「所詮、オレはこんな男なんだ。恋人の事を馬鹿にされている時でさえ、勝つ為……いや逃げるための手段を考えている。オレはその程度の男なんだよ」
 
 寂しそうにレニは笑った。
 そんな彼に、あたしは言った。
 
「そんな事ないよ」
 
 レニが顔を上げる。
 その表情には戸惑いの色が出ている。
 
「あの涙は嘘じゃないもの」
 
 あたしはあの時、たしかに見た。
 
 ラドックに反撃を受けて、倒れたレニ。
 起き上がろうとした時、彼の目から光る物が落ちたのを私は見たのだ。
 
 レニは俯いたまま確かに言った。
 
「……ありがとう、ティア」
 
 そう言うと彼は、あたしの頬を伝わる涙をそっと拭った。
 
 その後、レニはあたしを街の前まで送り届けると、それ以上何も言わずにその場を去った。
 あたしにはその姿が見えなくなるまで、黙って見送ることしか出来なかった。
 
 
   ◇
 
 
「まだ起きているのですか、ティア?」
「あ、すみません。もう寝ます」
「今日はいろいろあったのだから、早く寝なさい」
「はい、おやすみなさい」
 
 あの後教会に帰ってから聞いたけど、神父様とレニのつながりも分かった。
 神父様が以前旅をしていた時、旅先でちょうどレニの恋人の葬儀を依頼された事があるらしい。
 しっかりと地元の教会で依頼した方が良いと、最初は神父様も断られたらしい。
 ただ、その神父様に対して、
 
「理由は言えませんが、わたしは教会に入れぬ身です」
 
 そう答えたそうだ。
 なにやら複雑な事情があるようだと察した神父様は、略式とはいえ、一人で葬儀を行ったらしい。
 それ以降、レニと神父様の間に接点は無かったが、今回、教会が悪魔教徒から襲撃を受けたとの話を聞き、レニが様子を見に来てくれたとの事だった。
 
 そしてその時、神父様があたしの事を話したら、以前の礼として、あたしを助けに向かってくれたとの事だった。
 
 あたしは自室に戻ると、明かりを消してベッドに入った。
 でも、その日は一睡もしなかった。
 
 レニが自分を許せるように、ずっと祈らずにはいられなかったから──
 
                                       (了)
 
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みんなの感想(1件)

関谷俊博
2016.08.15 関谷俊博

・ 続きが気になります。

上辺 練
2016.08.15 上辺 練

感想、有難うございます。
他の筆者・作品への感想も多く見られ、読書量に感服します。
他の方のあと、時間の空いた時でも構いませんので、読んでいただけたら喜ばしい限りです。

解除

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