ショコラ伯爵の悩ましい日常

あさひてまり

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目眩がしそうだ ※リフエール

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微笑むシエラ様から目を離せずにいると、背中に風を感じた。

つつくようなそれは、恐らくミリ殿の魔術の風。

我に返って周りを見渡すと、誰もが惚けたようにシエラ様を見つめていて、俺の反応が遅れている事には気付かれていない様だ。

これはもう「恋人同士」の設定なのか?
…分からん。取り敢えずどちらにも取れる返事をしよう。

「お会いできて光栄です、シエラ様。」

トスッ

背中に、風による一撃が入った。
何だ?もう一押しって事だろうか。

「(えっと…)ですが、何かあったら心配なので今度からは私に迎えに行かせてくださいね。」

スッ

背中に当たる風の感触が円を描く。
どうやら及第点らしい。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。
リフエール様がお話しして下さったヨシノをどうしても見てみたくて…。
同じ景色を共有できて、今とても嬉しいのです。」

トスッ

あ、これは、行け!の合図だ。

「実は私も貴方にこのヨシノをお見せしたいと思っていたのですよ。」

ドスッ!

強いな!全然足りないって事だよな?

「(えーっと)ですが、貴方の美しさでこの満開のヨシノも霞んでしまいそうです。
思わずヨシノの妖精が現れたのかと錯覚してしまいました。」

本音が出たが、背中に円を感じたのでこれで良かったらしい。

「ふふっ、お褒めいただき光栄です。
勿論、事前に立ち入りの許可はいただきましたよ?。」

その言葉に、周りで呆けていた女性達が目を見開く。
やはり大半が知らなかったようだ。

「そうですね。公園と近いので勘違いしがちですが、確かにここは王宮の管轄です。
勝手に立ち入る事は許されません。」

俺の言葉に顔色が悪くなる女性達。
看板にも掲示したけど、皆んな読んで無かったみたいだな…。

「因みに、騎士団の方を外へお誘いするのにも許可は必要なのですか?」

少し悪戯っぽく笑うシエラ様。

「いえ、それは特に必要ありませんが…。」

「では、この後のお時間を私と過ごしていただけますか?リフエール様。」

ニッコリ笑う彼に性懲りも無く見惚れていると、背中の風が強くなった。
グイグイ押して来る。

わ、分かったからミリ殿!
ちょっと緩めてくれ。

ふらついて見えない様に、ゆっくりとシエラ様に近付く。

見えない風が俺の手を誘って、シエラ様の細い指先を優しく持ち上げる。

そして…グンッと重力がかかって俺を跪かせた。
ご、強引すぎる!
体幹を鍛えていてよかったと、この時程思った事はない。

ともかく俺は、シエラ様の前に跪いてその指先を手に取る…高貴な方へ愛を請うような体勢になった。

トスッと、もう慣れてしまった「行け!」の指示。
この体勢で言うならば、恋人らしい方がいいのだろう。

「勿論です。私の時間は貴方の為にあるのですよ、シエラ様。」

うっ、頭を押されてる。
これはそう言う事だよな?
いいんですね、ミリ殿⁉︎

心の中で葛藤しながらも、俺は少し持ち上げたその指先に口付けを落とした。

((うひゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!))

声にならない悲鳴が方々から聞こえる。

シエラ様の顔を見上げると、瞳を潤ませて頬を染めている。

可愛い。本当に可愛い。
これは役得すぎる。

だけどこの表情を他の人間も見ているのだと思うと何だかハラハラする。

早く隠さなくては。

俺は指示が来るより早く立ち上がると、シエラ様の腰に手を回した。

彼は一瞬身体を固くしたけれど、抵抗なくエスコートされてくれる。

その事に嬉しさが込み上げるのを止められない。

すると、シエラ様の顔が俺に近付き…

「ふふ、何だか照れますね。早く僕を攫ってください。」

そう、耳元で囁いた。

そんな事を言われたら、このまま攫って何処までも行きたくなってしまう。

落ち着け、これは演技なんだ!
俺達は偽物の恋人だから!

俺はそう呪文のように唱えて、シエラ様が乗って来たらしい馬車への道のりを必死にやり過ごした。



「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


すぐ近くに停めてあった馬車に乗り込んだ瞬間、とんでもない悲鳴が聞こえてくる。


「はい!ダメです!そのままストップ!」

何事かと窓から顔を出そうとする俺を制したのは、ずっとここにいたらしいミリ殿だ。

「お二人とも、なかなかいい感じでしたよ!
この分なら明日から大分落ち着きそうですね!」

「…どう言う事ですか?」

「まぁ、明日実感して貰えばいいでしょう!
お疲れ様でした!」

裏口に回りますので寮にお帰り下さいと言うミリ殿を止めたのはシエラ様だった。

「え?わざわざ乗っていただいたのに?
…あの、お仕事終わりでお疲れだとは思うのですが、よろしければ我が家でお茶にしませんか?」

気遣ってくれているようだ。
問題は、これが本音か建前か。

「すみません、貴族の端くれながら社交に不慣れなもので…。こう言った場合はお受けしても良いものなんでしょうか?」

馬鹿みたいに正面切って聞く俺に、シエラ様は呆れるどころか嬉しそうに笑った。

「勿論です!そんな風に真っ直ぐ聞いていただける方が僕としては好ましいです。」

好ましい…そうか。

「どうされましたか?」

シエラ様が小首を傾げる。

じっと見つめていた事に気付いて、俺は慌てて言葉を繋いだ。

「あ、いえ…。ショールが良くお似合いだなと思って。本当にヨシノの妖精の様に可憐です。」

何を言ってるんだ俺は。
これではまるで口説いてるみたいじゃないか。

不快にさせたかと焦って弁解しようとすると、彼はみるみる真っ赤になった。

「あ…ありがとうございます…。」

蚊の鳴く様な声でそう言うと、俯いてしまう。
晒されたうなじまで薄紅に染まっていて、俺も思わず顔が熱くなる。



赤面して言葉も交わせない俺とシエラ様、それをニマニマ見ているミリ殿を乗せて、馬車はコーンウォール邸への道を軽やかに走った。



●●●
BL営業、こんな感じで繰り広げます!笑










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