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妖精 ※リフエール
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「よーし!今日は何事も無くて平和だった!」
ジェシーの声に皆が同意する。
時刻は朝の9時。
夜警を終えた俺達は、朝勤務のメンバーと交代して今日の任務は終了だ。
本部に戻り報告と愛馬の手入れを済ませる。
「リフ!朝飯行く?新しい食堂がオープンしてるらしいぜ!」
ジェシーの声に俺は首を横に振った。
「今日は真っ直ぐ寮に戻るよ。また誘ってくれ。」
「マジか!皆んな直帰するらしいんだよなぁ。
俺も一旦帰るか…。」
残念そうなジェシーに悪いなと思いつつ…俺はコンウォール邸から帰る際に言われた言葉を思い出す。
『今週はなるべく寮に真っ直ぐお帰り下さい。』
ミリ殿のその囁きは、シエラ様に聞こえないようにしているようだった。
おそらく「恋人のふり」の対価である例の件だろう。
それに従って直帰するようにしているが、今日でもう1週間が経とうとしている。
何か事情があって延期になったのかもしれないな、なんて思いながら愛馬の世話をし、シャワーを浴びてから本部を出た。
寮に帰るべくジェシーと歩いていると、途中でメルドラさんにバッタリ会った。
今日が昼から勤務の彼は、朝食を買いにパン屋に行った帰りらしい。
「たまに寮の飯じゃない物食べたくなんだよな。」
「マジ分かるっす!リフには振られましたけど!」
「だから、ごめんって言ってるだろ。」
他愛も無い話しをしていると、前方に人垣が見えて来た。
「ヒャー!今日も凄い数いそうじゃね⁉︎」
「完全に勤務時間を把握されてんなぁ。」
……はぁ。
空は春らしい穏やかな晴天なのに、俺の心はどんより曇った。
散り始めたヨシノの花弁が項垂れた俺の肩にヒラリと乗る。
まるで慰めてくれているかのようだ。
薄紅の瑞々しい花弁が風に乗って可憐に舞う様は、どこか彼を思い起こさせる。
「あれ?でも何か様子がおかしくないか?」
戸惑うメルドラさんの声に顔を上げると、いつもは叫びながら走り寄って来る女性達が大人しい。
こちらに気付かないどころか、反対側…騎士団寮の建物側を見て固まっている。
これは今までに無かった反応だ。
何が彼女達の目を引いているんだろうか。
そう思いながら人垣に近付くと、女性達は決して大人しくしている訳ではなかった。
((ヤバイわ!ヤバイヤバイヤバイ!))
((なんて神々しいの!!))
ただ、いつもと違って極限まで歓声を押し殺していて、囁き声の興奮が小波のように広がっているのだ。
「あっ……」
突然立ち止まったジェシーがある一点を凝視して言葉を失っている。
どうしたのかと、その視線の先を追って…俺は目を見張った。
見事に咲いたヨシノの樹。
まるでアーチのように連なるその薄紅の中に、彼がいた。
今が盛りと咲くその絢爛さに目を奪われているのか、一心にヨシノを見つめている。
その横顔は、えも言われぬほど麗しい。
白い肌に長い睫毛、ふんわりと色付いた頬と艶のある唇。
柔らかそうな髪は複雑に編み込まれ、チラリと覗く頸は驚くほど細い。
身に付けているのは、袖のフリルが手首を上品に包むシフォンシャツ。
上に着た腰の部分が絞られたベストが華奢な身体を際立たせている。
細身のパンツはスラリとした脚をより長く見せ、控えめにつけられた装飾品が、落ち着きながらも華やかさを添えている。
そして、その肩に纏うショール。
薄紅色のそれは風でふわりと舞い、戯れるかのように動く。
まるで、ヨシノの花がこの美しい人に寄り添い、守っているかのようだ。
((あの方は…ヨシノの妖精なのかしら…。))
幻想的ですらある光景に、前にいる女性がうっとりと呟く。
それに同調が広がるが、それも囁き声だ。
大声など出しては驚かせてしまうと心を配り、
誰一人近付く事もなく、まるで見えないロープが張られているかのように綺麗に整列している。
昨日までの騒ぎが嘘のように秩序が保たれた光景に、唖然とするしかない。
隣ではジェシーが魂を抜かれたように立ち尽くし、メルドラさんは「不死鳥の…」と呟いたきり動かなくなった。
彼に見惚れるその反応が、何故か面白くない。
この胸に抱きしめて、華奢なその身を俺の身体で覆ってしまえば、誰の目からも隠せるだろうか。
他人の目に触れさせたくないーー。
見ていいのは、俺だけーー。
そこまで考えてハッとした。
このドロドロした感情は、まさか「独占欲」だろうか。
俺はそんなものを抱く立場にないのに。
だって彼と俺は、契約上のーーー
「リフエール様。」
涼やかで、だけど甘い声に自分の名を呼ばれて我に返った。
目の前の人垣が騒めきと共にサッと割れ、道ができる。
その先にいる彼は、エメラルドの瞳を真っ直ぐに俺に向けていた。
大きな風が吹き、一際鮮やかに舞う薄紅の吹雪の中で、彼が微笑む。
「お会いしたくて、来てしまいました。」
ほんのり頬を染めるシエラ様に、世界から音が消えた。
●●●
勿論、ミリプロデュースです笑
ジェシーの声に皆が同意する。
時刻は朝の9時。
夜警を終えた俺達は、朝勤務のメンバーと交代して今日の任務は終了だ。
本部に戻り報告と愛馬の手入れを済ませる。
「リフ!朝飯行く?新しい食堂がオープンしてるらしいぜ!」
ジェシーの声に俺は首を横に振った。
「今日は真っ直ぐ寮に戻るよ。また誘ってくれ。」
「マジか!皆んな直帰するらしいんだよなぁ。
俺も一旦帰るか…。」
残念そうなジェシーに悪いなと思いつつ…俺はコンウォール邸から帰る際に言われた言葉を思い出す。
『今週はなるべく寮に真っ直ぐお帰り下さい。』
ミリ殿のその囁きは、シエラ様に聞こえないようにしているようだった。
おそらく「恋人のふり」の対価である例の件だろう。
それに従って直帰するようにしているが、今日でもう1週間が経とうとしている。
何か事情があって延期になったのかもしれないな、なんて思いながら愛馬の世話をし、シャワーを浴びてから本部を出た。
寮に帰るべくジェシーと歩いていると、途中でメルドラさんにバッタリ会った。
今日が昼から勤務の彼は、朝食を買いにパン屋に行った帰りらしい。
「たまに寮の飯じゃない物食べたくなんだよな。」
「マジ分かるっす!リフには振られましたけど!」
「だから、ごめんって言ってるだろ。」
他愛も無い話しをしていると、前方に人垣が見えて来た。
「ヒャー!今日も凄い数いそうじゃね⁉︎」
「完全に勤務時間を把握されてんなぁ。」
……はぁ。
空は春らしい穏やかな晴天なのに、俺の心はどんより曇った。
散り始めたヨシノの花弁が項垂れた俺の肩にヒラリと乗る。
まるで慰めてくれているかのようだ。
薄紅の瑞々しい花弁が風に乗って可憐に舞う様は、どこか彼を思い起こさせる。
「あれ?でも何か様子がおかしくないか?」
戸惑うメルドラさんの声に顔を上げると、いつもは叫びながら走り寄って来る女性達が大人しい。
こちらに気付かないどころか、反対側…騎士団寮の建物側を見て固まっている。
これは今までに無かった反応だ。
何が彼女達の目を引いているんだろうか。
そう思いながら人垣に近付くと、女性達は決して大人しくしている訳ではなかった。
((ヤバイわ!ヤバイヤバイヤバイ!))
((なんて神々しいの!!))
ただ、いつもと違って極限まで歓声を押し殺していて、囁き声の興奮が小波のように広がっているのだ。
「あっ……」
突然立ち止まったジェシーがある一点を凝視して言葉を失っている。
どうしたのかと、その視線の先を追って…俺は目を見張った。
見事に咲いたヨシノの樹。
まるでアーチのように連なるその薄紅の中に、彼がいた。
今が盛りと咲くその絢爛さに目を奪われているのか、一心にヨシノを見つめている。
その横顔は、えも言われぬほど麗しい。
白い肌に長い睫毛、ふんわりと色付いた頬と艶のある唇。
柔らかそうな髪は複雑に編み込まれ、チラリと覗く頸は驚くほど細い。
身に付けているのは、袖のフリルが手首を上品に包むシフォンシャツ。
上に着た腰の部分が絞られたベストが華奢な身体を際立たせている。
細身のパンツはスラリとした脚をより長く見せ、控えめにつけられた装飾品が、落ち着きながらも華やかさを添えている。
そして、その肩に纏うショール。
薄紅色のそれは風でふわりと舞い、戯れるかのように動く。
まるで、ヨシノの花がこの美しい人に寄り添い、守っているかのようだ。
((あの方は…ヨシノの妖精なのかしら…。))
幻想的ですらある光景に、前にいる女性がうっとりと呟く。
それに同調が広がるが、それも囁き声だ。
大声など出しては驚かせてしまうと心を配り、
誰一人近付く事もなく、まるで見えないロープが張られているかのように綺麗に整列している。
昨日までの騒ぎが嘘のように秩序が保たれた光景に、唖然とするしかない。
隣ではジェシーが魂を抜かれたように立ち尽くし、メルドラさんは「不死鳥の…」と呟いたきり動かなくなった。
彼に見惚れるその反応が、何故か面白くない。
この胸に抱きしめて、華奢なその身を俺の身体で覆ってしまえば、誰の目からも隠せるだろうか。
他人の目に触れさせたくないーー。
見ていいのは、俺だけーー。
そこまで考えてハッとした。
このドロドロした感情は、まさか「独占欲」だろうか。
俺はそんなものを抱く立場にないのに。
だって彼と俺は、契約上のーーー
「リフエール様。」
涼やかで、だけど甘い声に自分の名を呼ばれて我に返った。
目の前の人垣が騒めきと共にサッと割れ、道ができる。
その先にいる彼は、エメラルドの瞳を真っ直ぐに俺に向けていた。
大きな風が吹き、一際鮮やかに舞う薄紅の吹雪の中で、彼が微笑む。
「お会いしたくて、来てしまいました。」
ほんのり頬を染めるシエラ様に、世界から音が消えた。
●●●
勿論、ミリプロデュースです笑
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