上 下
60 / 65

妖精 ※リフエール

しおりを挟む
「よーし!今日は何事も無くて平和だった!」

ジェシーの声に皆が同意する。

時刻は朝の9時。
夜警を終えた俺達は、朝勤務のメンバーと交代して今日の任務は終了だ。

本部に戻り報告と愛馬の手入れを済ませる。

「リフ!朝飯行く?新しい食堂がオープンしてるらしいぜ!」

ジェシーの声に俺は首を横に振った。

「今日は真っ直ぐ寮に戻るよ。また誘ってくれ。」

「マジか!皆んな直帰するらしいんだよなぁ。
俺も一旦帰るか…。」

残念そうなジェシーに悪いなと思いつつ…俺はコンウォール邸から帰る際に言われた言葉を思い出す。

『今週はなるべく寮に真っ直ぐお帰り下さい。』

ミリ殿のその囁きは、シエラ様に聞こえないようにしているようだった。
おそらく「恋人のふり」の対価である例の件だろう。

それに従って直帰するようにしているが、今日でもう1週間が経とうとしている。

何か事情があって延期になったのかもしれないな、なんて思いながら愛馬の世話をし、シャワーを浴びてから本部を出た。

寮に帰るべくジェシーと歩いていると、途中でメルドラさんにバッタリ会った。
今日が昼から勤務の彼は、朝食を買いにパン屋に行った帰りらしい。

「たまに寮の飯じゃない物食べたくなんだよな。」

「マジ分かるっす!リフには振られましたけど!」

「だから、ごめんって言ってるだろ。」

他愛も無い話しをしていると、前方に人垣が見えて来た。

「ヒャー!今日も凄い数いそうじゃね⁉︎」

「完全に勤務時間を把握されてんなぁ。」

……はぁ。

空は春らしい穏やかな晴天なのに、俺の心はどんより曇った。

散り始めたヨシノの花弁が項垂れた俺の肩にヒラリと乗る。
まるで慰めてくれているかのようだ。

薄紅の瑞々しい花弁が風に乗って可憐に舞う様は、どこかを思い起こさせる。


「あれ?でも何か様子がおかしくないか?」

戸惑うメルドラさんの声に顔を上げると、いつもは叫びながら走り寄って来る女性達が大人しい。

こちらに気付かないどころか、反対側…騎士団寮の建物側を見て固まっている。


これは今までに無かった反応だ。
何が彼女達の目を引いているんだろうか。

そう思いながら人垣に近付くと、女性達は決して大人しくしている訳ではなかった。

((ヤバイわ!ヤバイヤバイヤバイ!))
((なんて神々しいの!!))

ただ、いつもと違って極限まで歓声を押し殺していて、囁き声の興奮が小波のように広がっているのだ。


「あっ……」

突然立ち止まったジェシーがある一点を凝視して言葉を失っている。

どうしたのかと、その視線の先を追って…俺は目を見張った。


見事に咲いたヨシノの樹。
まるでアーチのように連なるその薄紅の中に、がいた。


今が盛りと咲くその絢爛さに目を奪われているのか、一心にヨシノを見つめている。

その横顔は、えも言われぬほど麗しい。

白い肌に長い睫毛、ふんわりと色付いた頬と艶のある唇。
柔らかそうな髪は複雑に編み込まれ、チラリと覗くうなじは驚くほど細い。

身に付けているのは、袖のフリルが手首を上品に包むシフォンシャツ。
上に着た腰の部分が絞られたベストが華奢な身体を際立たせている。
細身のパンツはスラリとした脚をより長く見せ、控えめにつけられた装飾品が、落ち着きながらも華やかさを添えている。

そして、その肩に纏うショール。

薄紅色のそれは風でふわりと舞い、戯れるかのように動く。

まるで、ヨシノの花がこの美しい人に寄り添い、守っているかのようだ。


((あの方は…ヨシノの妖精なのかしら…。))

幻想的ですらある光景に、前にいる女性がうっとりと呟く。
それに同調が広がるが、それも囁き声だ。

大声など出しては驚かせてしまうと心を配り、
誰一人近付く事もなく、まるで見えないロープが張られているかのように綺麗に整列している。


昨日までの騒ぎが嘘のように秩序が保たれた光景に、唖然とするしかない。


隣ではジェシーが魂を抜かれたように立ち尽くし、メルドラさんは「不死鳥の…」と呟いたきり動かなくなった。


に見惚れるその反応が、何故か面白くない。


この胸に抱きしめて、華奢なその身を俺の身体で覆ってしまえば、誰の目からも隠せるだろうか。

他人の目に触れさせたくないーー。

見ていいのは、俺だけーー。



そこまで考えてハッとした。

このドロドロした感情は、まさか「独占欲」だろうか。

俺はそんなものを抱く立場にないのに。

だって彼と俺は、のーーー



「リフエール様。」


涼やかで、だけど甘い声に自分の名を呼ばれて我に返った。

目の前の人垣が騒めきと共にサッと割れ、道ができる。

その先にいる彼は、エメラルドの瞳を真っ直ぐに俺に向けていた。

大きな風が吹き、一際鮮やかに舞う薄紅の吹雪の中で、彼が微笑む。


「お会いしたくて、来てしまいました。」


ほんのり頬を染めるシエラ様に、世界から音が消えた。





●●●
勿論、ミリプロデュースです笑





















































しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

王は約束の香りを娶る 〜偽りのアルファが俺の運命の番だった件〜

東院さち
BL
オメガであるレフィは母が亡くなった後、フロレシア国の王である義父の命令で神殿に住むことになった。可愛がってくれた義兄エルネストと引き離されて寂しく思いながらも、『迎えに行く』と言ってくれたエルネストの言葉を信じて待っていた。 義父が亡くなったと報されて、その後でやってきた遣いはエルネストの迎えでなく、レフィと亡くなった母を憎む侯爵の手先だった。怪我を負わされ視力を失ったレフィはオークションにかけられる。 オークションで売られてしまったのか、連れてこられた場所でレフィはアルファであるローレルの番にさせられてしまった。身体はアルファであるローレルを受け入れても心は千々に乱れる。そんなレフィにローレルは優しく愛を注ぎ続けるが……。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

魔物好感度MAX勇者は魔王のストーカー!?

ミクリ21
BL
異世界で勇者召喚された七海 凛太郎は、チート能力を活かして魔王ラージュのストーカーをする!

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

処理中です...