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主と私 ※ミリ

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塞ぎ込む私の前にシエラ様が現れたのは突然だった。
ノックの音に部屋のドアを開けた私は、その姿に目を見張ったわ。

エルフの末裔と謳われたマリーナに生き写しだったから…。
彼女との手紙のやり取りは、三男を妊娠した所で終わっていたの。

この子が、マリーナの忘れ形見なのね…。

エメラルド色の瞳は正しくマリーナの色。
髪の色やちょっとした違いはあれども、初めて出会った時、妖精を見たと錯覚する程美しく可憐だった彼女の面影がそこにあった。

「早く貴女が元気になられますように…。」

乳母から、私が病気だと聞いていたらしい。
はにかみながら手に持ったピンクの花を渡してくれたシエラ様は、その日から私の生きる意味となった。

モノクロだった世界は色を持ち、花も木も、人々も皆眩しく輝いた。
母国での暮らしで知らずに失っていた私の希望とか、安らぎとか、愛情とか…。

涙と共に溢れ出したそれらは、全て彼に捧げよう。


誰よりも美しく、可憐で優しい私の主。
自分を見誤る事のない謙虚さと、それなのに時折見られる無鉄砲な一面。

私が生き残った意味は、シエラ様をお守りするため。
私の魔術はただ一人、シエラ様のために。


コンウォール伯爵にシエラ様の世話役兼護衛を願い出ると、伯爵はを条件にそれを受け入れてくれたわ。
後にルドも結ぶことになるその契約を断る理由なんて一つも無かった。
まぁシエラ様は知らない事なのだけれど…。

私の主となったシエラ様は、愛情に飢えていたように思う。
父親は無関心、歳の離れた兄達とも交流は見受けられなかった。

8歳の子供に対するあまりにそっけない態度。
それはどうもマリーナが亡くなった5年前から一貫していたらしい。
当時3歳だったシエラ様は母を亡くし、父には顧みられず乳母に育てられた。

何一つ不自由は無いけれど、愛情の無い生活。
私はシエラ様を本当の息子のように、弟のように愛を注いだつもりだ。
シエラ様もそれを分かってくれたのか、常に私と共にいるようになってくれた。


シエラ様がスレることなく育ったのは、トッド様の影響が大きかった。
シエラ様は彼を兄のようにも、父親のように思っていたようだ。

トッド様の自由な生き方に共鳴したシエラ様は、チョコレートに夢中だった。
私と出会う少し前にそのお菓子に出会ったシエラ様は、それを世の中に広めたいと思ったらしい。

原料となる国や特徴、輸入経路や方法、原産国での利用法など、いつも勉強していた。
この時もトッド様が大いに協力してくれた。

反対に、旧知の仲であるトッド様から話しを聞いていたであろうコンウォール伯爵は我関せず。

シエラ様は10歳になる頃にはもう、血の繋がった家族と関わることを諦めていた。
彼は年齢の割に達観した所があって、父親や兄達に認められたいと躍起になることは無かった。

『分かり合えない人とは関わらない方が幸せだからね。』

こんな事を本気で宣う私の主の頭の中には、成人男性でも住んでいるんだろうか…。
あり得ないのは分かってるけど、私は本気でそう思った。

丁度この頃、行き倒れていたルドを拾って護衛が増えたんだけど、シエラ様は私達2人を「家族」だと仰った。
私達の前でだけ見せるリラックスした表情と砕けた言葉使いがその証明。

いくら精神的に距離を置いた所で付き纏う「コンウォール」の名を汚さないようにと、シエラ様は外では常に気を張っていた。

『せめて迷惑はかけないようにするよ。
不自由なく育ててもらった恩はあるから。』

それはシエラ様が成人された今現在も変わっていない。
邸の中でどれだけ緩んでいても、一度外に出れば完璧な貴族の姿となる。

シエラ様本人がこれを「貴族モード」と名付けたので、私達もいつの間にか言い慣れてしまった。
そして困った事に、この「貴族モード」のシエラ様と接した人間は須く皆シエラ様に心酔してしまう。


幼い頃から「不死鳥の姫」と呼ばれた少年は、その可憐さをそのままに貴族らしく麗しく成長した…。

と言うのが周りの声。

成人した今も「姫」扱いなのは、そう言った信者達の話しが広がっているせいだ。
後、シエラ様を見かける機会が極端に少ないから伝説の生きものみたいな扱いになってるのも一端。

当の本人は、
『そんなツチノコみたいな!!』
と言ってゲラゲラ笑っていたけれど。
…ツチノコって何かしら。



そんな社交の場で誉めそやされる息子を自慢に思っても良い筈なのに…。
時が経ってシエラ様が貴族学校に行く際に一悶着あった。
あろう事かコンウォール伯爵は、学院在学中はシエラ様に「認識阻害」の魔術をかけるようにと言ってきたのだ。

それが嫌ならコンウォール領で家庭教師を呼んで勉強するように、と。

この魔術は対象者の存在を朧気にする。
なんとなく居るのは分かるけれど、その顔は人々の記憶には残らない。
名前は思い出せるけど、顔が出てこない。

シエラ様はその条件を了承してしまった。
伯爵に対して憤る私とルドに対してシエラ様は言った。

『いいよ、別に。それくらいで領地ここから離れられるなら。
試験とか授業には影響ないし。』

あっけらかんと話した彼は、最後にこうも言った。

『僕がコンウォールだって周りの記憶に残したくないってことでしょ。僕は外の世界で勉強できればそれだけでいいよ。』



そうして認識阻害をかけたシエラ様の学院生活は始まった。
私とルドの心配を他所に、シエラ様は淡々と学び、
優秀な成績で卒業した。


だけど、誰の記憶にもシエラ様はぼんやりとしか残っていない。
当たり前だけれど、友人は一人もできなかった。






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