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訪ねる ※リフエール
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「デカイな…。」
俺はある邸宅_の門前で思わず呟いていた。
貴族街の一画に建つそれは、我が家のタウンハウス…と比べるのは失礼だからやめよう。
領地にあるウェレン男爵家本邸よりも遥かに大きい。
あの本邸、田舎だからやたら広いのに。
「ここに1人で住んでるのか…。」
使用人は大勢いるのだろうが、俺なら寂しく感じてしまいそうだ。
我が家の本邸は広さこそあったものの不具合のある部屋が多く、生活スペースは限られていた。
不具合とは、まぁあれだ…。
修繕に手が回らず雨漏りする部屋とか、ドアが完全には閉まらない部屋とか。
親父殿はそう言ったことに無頓着だし、直すには金がいるしで放ったらかし。
だから家族と一緒に同じ部屋で過ごす時間が多かったし、1人で自室にいても近くに家族の誰かがいると言う安心感の中で育ってきた。
これは貧乏貴族の我が家だからの話しで、普通はこうでは無いと理解はしている。
しかし、それを踏まえてもこの豪邸でたった1人と言うのは何とも…。
そんなことを考えていると、邸の中から人が出てきた。
一度見た事があるーーあの日、引ったくり犯を捕らえていた女性だ。
「ウェレン様、本日はお越しくださりありがとうございます。」
綺麗なお辞儀をした女性はミリと名乗った。
顔を上げた拍子に、肩の辺りで切り揃えられた髪がサラサラと揺れる。
この国では珍しい黒髪だ。
小柄だが意思の強そうな印象を受ける。
よく見ると、切長の目も黒い事に気付いた。
「主が待っておりますので、どうぞ中にお入り下さい。」
そう言うと、音も無く開いた門の内側に俺を招き入れる。
邸に入ってすぐの玄関ホールは白い光沢のある石でできた明るい空間だった。
窓に嵌め込まれたステンドグラスの色彩が美しい。
アーチ状になった天井は螺鈿細工だろうか。
華やかだが決して華美ではない上品な空間になっている。
「素晴らしいですね。」
俺が言うと、ミリ殿は頭を下げた。
「こちらは主のお母上がご健在だった時にデザインされたものです。」
「ご健在だった、と言うことは…。」
「はい。主が3歳の頃に身罷られております。」
…そうだったのか。
ハリマーさんが子供の頃のシエラ様と会った時には、既にお母上を亡くしていたんだな。
「このタウンハウスは建築に奥方様が携わったため華やかな創りとなっております。
もう1つ、ここから南の方にも当家が所有する邸宅があるのですが、そちらは本邸に近い創りです。」
なんとまぁ、この王都貴族街に2軒も邸宅を持っているとは…。
これだけでコンウォール家の財力が半端ではないことが分かる。
こことは違うもう一軒というのは、巡回中によく目にするあの邸宅だろうか。
質実剛健と言った感じが他の邸とは明らかに違うためかなり目立つ建物。
なるほど、コーンウォール家の所有ならば納得がいく。
玄関ホールの奥には左右に伸びる階段と、そのまま直進する廊下があった。
白い階段の手すりには細かい装飾が施されている。
廊下は翡翠色の絨毯が敷かれていて靴音がせず歩きやすい。
邸の奥に進むにつれて色彩は落ち着いたブラウンへと変化していく。
所々に設置された絵画や調度品はシンプルだが、どれも値が張る物に違いない。
どこもかしこも洗練された素晴らしい邸だ。
だけど…静かすぎる。
これだけ大きな邸ならば使用人が大勢いるだろうと思っていた。
どれだけ静かに過ごそうとも、人がいればそれなりに物音もするし気配があるはずだ。
それなのに、この邸には音が無い。
俺は学生の頃一度だけ訪れた王立図書館のような静謐さを感じていた。
外の世界とは別の、独特の空気と時間が流れるあの空間に良く似ている。
暫く歩くとある部屋の前でミリ殿が止まった。
「こちらが当家のサロンでございます。」
そう言ってドアを開けると、中から柔らかな陽の光が溢れて来た。
白い壁に翡翠色の絨毯、花が至る所に飾られたその部屋のソファから立ち上がった彼が言う。
「ようこそ、ウェレン男爵子息様。」
流れるような貴族の礼をしたシエラ様が優雅に微笑んだ。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
リフのお父さんは自分の邸の修繕費用があったら領地の整備や備蓄に回す賢君です。
家族もそれを分かってるので雨漏りも気にしていません。ええ家族や。
俺はある邸宅_の門前で思わず呟いていた。
貴族街の一画に建つそれは、我が家のタウンハウス…と比べるのは失礼だからやめよう。
領地にあるウェレン男爵家本邸よりも遥かに大きい。
あの本邸、田舎だからやたら広いのに。
「ここに1人で住んでるのか…。」
使用人は大勢いるのだろうが、俺なら寂しく感じてしまいそうだ。
我が家の本邸は広さこそあったものの不具合のある部屋が多く、生活スペースは限られていた。
不具合とは、まぁあれだ…。
修繕に手が回らず雨漏りする部屋とか、ドアが完全には閉まらない部屋とか。
親父殿はそう言ったことに無頓着だし、直すには金がいるしで放ったらかし。
だから家族と一緒に同じ部屋で過ごす時間が多かったし、1人で自室にいても近くに家族の誰かがいると言う安心感の中で育ってきた。
これは貧乏貴族の我が家だからの話しで、普通はこうでは無いと理解はしている。
しかし、それを踏まえてもこの豪邸でたった1人と言うのは何とも…。
そんなことを考えていると、邸の中から人が出てきた。
一度見た事があるーーあの日、引ったくり犯を捕らえていた女性だ。
「ウェレン様、本日はお越しくださりありがとうございます。」
綺麗なお辞儀をした女性はミリと名乗った。
顔を上げた拍子に、肩の辺りで切り揃えられた髪がサラサラと揺れる。
この国では珍しい黒髪だ。
小柄だが意思の強そうな印象を受ける。
よく見ると、切長の目も黒い事に気付いた。
「主が待っておりますので、どうぞ中にお入り下さい。」
そう言うと、音も無く開いた門の内側に俺を招き入れる。
邸に入ってすぐの玄関ホールは白い光沢のある石でできた明るい空間だった。
窓に嵌め込まれたステンドグラスの色彩が美しい。
アーチ状になった天井は螺鈿細工だろうか。
華やかだが決して華美ではない上品な空間になっている。
「素晴らしいですね。」
俺が言うと、ミリ殿は頭を下げた。
「こちらは主のお母上がご健在だった時にデザインされたものです。」
「ご健在だった、と言うことは…。」
「はい。主が3歳の頃に身罷られております。」
…そうだったのか。
ハリマーさんが子供の頃のシエラ様と会った時には、既にお母上を亡くしていたんだな。
「このタウンハウスは建築に奥方様が携わったため華やかな創りとなっております。
もう1つ、ここから南の方にも当家が所有する邸宅があるのですが、そちらは本邸に近い創りです。」
なんとまぁ、この王都貴族街に2軒も邸宅を持っているとは…。
これだけでコンウォール家の財力が半端ではないことが分かる。
こことは違うもう一軒というのは、巡回中によく目にするあの邸宅だろうか。
質実剛健と言った感じが他の邸とは明らかに違うためかなり目立つ建物。
なるほど、コーンウォール家の所有ならば納得がいく。
玄関ホールの奥には左右に伸びる階段と、そのまま直進する廊下があった。
白い階段の手すりには細かい装飾が施されている。
廊下は翡翠色の絨毯が敷かれていて靴音がせず歩きやすい。
邸の奥に進むにつれて色彩は落ち着いたブラウンへと変化していく。
所々に設置された絵画や調度品はシンプルだが、どれも値が張る物に違いない。
どこもかしこも洗練された素晴らしい邸だ。
だけど…静かすぎる。
これだけ大きな邸ならば使用人が大勢いるだろうと思っていた。
どれだけ静かに過ごそうとも、人がいればそれなりに物音もするし気配があるはずだ。
それなのに、この邸には音が無い。
俺は学生の頃一度だけ訪れた王立図書館のような静謐さを感じていた。
外の世界とは別の、独特の空気と時間が流れるあの空間に良く似ている。
暫く歩くとある部屋の前でミリ殿が止まった。
「こちらが当家のサロンでございます。」
そう言ってドアを開けると、中から柔らかな陽の光が溢れて来た。
白い壁に翡翠色の絨毯、花が至る所に飾られたその部屋のソファから立ち上がった彼が言う。
「ようこそ、ウェレン男爵子息様。」
流れるような貴族の礼をしたシエラ様が優雅に微笑んだ。
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リフのお父さんは自分の邸の修繕費用があったら領地の整備や備蓄に回す賢君です。
家族もそれを分かってるので雨漏りも気にしていません。ええ家族や。
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