ショコラ伯爵の悩ましい日常

あさひてまり

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腕の中の ※リフエール

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王都の中心部でも一際賑やかなのがロワーヌがいだ。
真っ直ぐ王宮の方に進むとロワーヌ広場にぶつかるメイン通り。
様々な店が並ぶここは、平日でも人の往来が多い。

しかし、パレードから数日が経って熱気の落ち着いた街は普段通りだ。
特に忙しそうなことも無いのだが…。

「騎士団様!!」

平和は俺達を呼ぶ声で破られた。
コック帽をかぶった男性が、大慌てでこちらへ走って来る。

「どうされました?」

ラビから降りて男性に問うと、彼は肩で息をしながら言った。

「女性がバッグを取られました!この先の通りです。」

男性が指さした方向は、幾つかの通りとぶつかる所だ。

「アンリ、ロン、東から回ってくれ。
トーレスとクリスは西側から。
俺とジェシーはこのまま直進する。」

「了解!」

俺の指示に、それぞれが目的の場所へ散って行く。
これで犯人を挟み撃ちにできるだろう。

「ご協力に感謝します。後で詳しいお話しを伺うかもしれません。
グロウベーカリーのご主人ですよね?」

俺の言葉に、男性は驚いたように頷いた。
この通りの店の人間はだいたい頭に入っている。

「ジェシー、行こう!」

ラビに跨って、俺達は現場へと向かった。

「リフ!あれじゃないか⁉︎誰かが追っかけて…えぇ!女の子⁉︎」

見ると、少し離れた所で黒髪の女性が男を追いかけていた。
物凄く足が速い。
しかし、追いついたと思った矢先、男がバッグを仲間に投げた。
そいつは西側…つまりトーレス達が向かった方へ走り出す。

「あちゃー、そっちかい!ほら見ろ、トーレス達のお出ましだ!
もう1人の男の方にもロン達が行ってるな。」

女性が地面に押さえつけている男の元へ、ロンとアンリが駆け寄っている。
これでトーレス達がもう1人の方を捕まえれば終わりだ。

しかし、騎士団に気付いた男は途中で進路を変えた。人が多いため、どうしても近付くのに時間がかかってしまうのだ。
男が向かってくるのは俺たちの方。
ならばここで、片を付けるーー。

そう思っていると、何かが空へ飛んだ。
続けて、誰かの切羽詰まった声。

「シエラ様!」

その瞬間、俺の身体は動いていた。
素早くラビから飛び降り、人々の間をすり抜けて全力疾走する。
馬上から見えたのは、迫り来る男と立ち尽くす後ろ姿。
あのアッシュブラウンの髪は、おそらく間違いないだろう。


彼が危険に晒されているーー。

間に合え!いや、間に合わせる!!


右手で彼の腰に手を回し、自分の方に引き寄せて男から庇う。
左手で鞘ごと剣を握り、その先を迫り来る男の鳩尾に打ち付けた。
屈んでいる不利な体勢ではあるが、カウンターなのでそれ程力はいらない。
大切なのは、怪我をしないように片膝に乗せた彼を護ることーー。

グェッと呻いて、男が地面に伸びた。
俺が剣を左腰に戻すと、こちらに走って来る女性が見えた。
先程犯人の1人を取り押さえていた黒髪の女性だ。
彼女は俺をじっと見つめている。
それは、最近良くある熱っぽいものとは違い、こちらを値踏みするような視線だ。
彼の関係者だろうか。
パレードの男と言い鉄壁の守備だな。

「危ない所でしたね。」

俺が腕の中に話しかけると彼女の目がギラッと光ったので、少し笑いを含んだ言い方になってしまった。
彼がこちらに首を巡らせると、そのエメラルドに驚きが混じる。

「…リフエール…様…。」

彼の口から自分の名前が出た衝撃に、俺は目を見開く。
腕の中の細い腰と顎に触れる柔らかい髪を強く意識してしまう。
もう危険が去ったのだから離すべきなんだろうが…彼がまだ動揺してるからな。うん。

その動揺は事件に巻き込まれた事ではなく、どうも俺の名前を呼んでしまったことのようだけど。
耳がほんのり赤くなっているのが可愛らしくて、思わず笑みが溢れてしまった。

「お怪我はないですか?ーーシエラ様。」

お返しに、俺も敢えて下の名前で呼ぶ。
伯爵家の御子息に対して不敬なのだろうが、彼は気にした様子もなくただ驚いていた。

「な…」

何か言おうとした彼が途中で止まった。
その目は、少し上を見上げている。
不思議に思って彼の視線を追った俺は、驚きに目をみはった。

頭上からキラキラと輝く何かが降ってきて、俺達の周りをゆっくりと舞っている。
空から宝石が降って来たような光景はとても幻想的だった。

彼がそれに触ろうと手を伸ばしたので、俺は慌てて横抱きに切り替える。
掌にその1つを収めると、彼は微笑んだ。


「ショコラが降るなんて、夢みたい。」



この光景は後に、世にも珍しい美しさだったと語り草になるのだが…真っ只中にいた俺はほとんど覚えていない。
その変わりに強く深く記憶に刻まれたのは、彼。

ーーシエラ様の微笑みとその体温だった。





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シエラはショコラ。
リフはシエラ。
このシーンで最も印象に残ったものが、それぞれの視点でのタイトルになってます。
リフ、ドンマイ笑
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