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猶予 ※リフエール
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王国騎士団長であり、伯爵位のトラント様の執務室に入ったのは勿論初めてだ。
男から見ても格好いい男と言うのは彼のための言葉かもしれない。
灰色の髪に灰色の瞳、惚れ惚れするような筋肉を持つ美丈夫は悩まし気に溜息を吐いた。
「ウェレン、お前が悪い訳ではないのは承知している。しかしだなぁ…。」
直立不動の俺の横で、一緒に呼び出されたヴァン隊長が言う。
「団長の仰る通り、ウェレンに非はありません。寮の近辺に注意書きをしたり、見回りを強化することで対策をしたいと考えております。」
「ヴァンの言うことは一理あるが、それもどれ程効果が見込めることか…。
何しろ標的を目の前にした女性ときたら、敵将軍の首を前にした兵士よりも迫力があるからな…。」
何故か遠い目をする騎士団長。
「団長も若い頃モッテモテだったんだよ。女にも…男にも。」
隊長が小声で教えてくれる。
今年で45歳になる団長は現在でもファンが多い。
若い頃はさらに人気だったのだろう。
そうか、騎士団長も経験者なのか…。
「私の時は婚約者がいることを公にしたら落ち着いたんだが…。」
俺は内心首を捻る。
伯爵家の嫡男であれば子供の頃から許嫁がいるのが普通だ。
しかしその場合、愛情を伴わない政略結婚となる可能性が大いにある。
周りもそれを分かっているため、愛人や第二夫人を狙う者は大勢いるだろう。
婚約者がいると言うだけで引き下がるものだろうか?
「最初はどうせ政略結婚でしょって周りは諦めてなかったんだけどさ、公にしてから団長は奥方様と出掛けてるのを街でしょっちゅう目撃されるようになったんだよ。
…手を繋いでデレデレしながら歩いてる所を。」
俺の疑問が顔に出ていたのか、絶対に本人に聞こえるように注意しながら隊長が囁く。
「いや、まぁ…そうだな。妻を他人の目に晒したくなくて公にしてなかったんだが、それで不安にさせるくらいならと思ってな。」
騎士団長、愛妻家なんですね。
「ウェレン、お前は誰か心に決めた相手はいないのか?交際でも発表すれば落ち着くかもしれんぞ。」
「い、いえ。私にはそのような方はおりません。」
ふいに頭の中にエメラルドがチラつく。
やめてくれ、何でこんな時に…。
「ふむ。縁談は幾らでも見繕えるぞ。
相手がお前ならば、貴族の娘でも嫁ぎたい者は多いだろう。」
「ありがたいお申し出ですが…私はまだ婚姻を結ぶ気は…。」
「そうか。まぁこればかりは周りが言った所で仕方がないからな。」
騎士団長は案外すぐ納得してくれた。
俺は密かにホッとする。
上司からの見合いなんて断れる訳ないから本気で困る。
「暫くはヴァンの言った対策を取ろう。それでも緩和されない場合は、ウェレンには寮から出てもらうしかないだろう。
お前には悪いが…何せ場所が場所だ。」
そう、事が起こっているのは王宮のすぐ側なのだ。
騒ぎに便乗して王宮で何か起こったらその責任は重大になる。
今よりだいぶ遠くはなるが、ユーナのいるタウンハウスで暮らすことはできるだろう。
これ以上迷惑は掛けられない。
「待って下さい、直ぐにと言う訳ではないですよね、団長。」
ヴァン隊長の言葉に団長が頷く。
「ああ。対策をした後でまた改めて話しをしよう。」
俺と隊長は騎士の礼をして執務室から退く。
暫く無言で歩いていたが、俺の頭はもう寮を出る方向で固まりかけていた。
「リフ!そんな顔するな。寮から出なくていいように知恵を絞ろう!」
「いえ、俺が出るのが1番良いです。皆んなにも迷惑をかけてますし…隊長にまで…。」
そんな俺の肩を隊長はバシッと叩いた。
「誰か迷惑だってお前に言ったか?
むしろ、皆んなそんなことでお前が寮を出るなんて言ったら怒るだろうな。
いいか、騎士団が寮で暮らす意味は本部に近いからだけじゃない。」
ヴァン隊長の目は真剣だ。
「寮で暮らすことで仲間意識が強くなる。
それは連帯感につながるんだ。
一緒に過ごす時間が長くなればお互いの長所も短所も分かるだろう。
いざ戦闘になった時、仲間の意識が読めるのは重要だ。」
そこまで深く考えたことが無かった俺は、隊長の言葉にハッとした。
「お前には特に、周りを見れるようになって欲しいと思ってる。それが将来の騎士団のためになると団長もご存知だから猶予をくれたんだ。」
言外に期待していると言われて胸が熱くなる。
「だから、まずは方法を考えよう。」
いつもの笑顔で笑う隊長に、俺の心は少しだけ軽くなったのだった。
男から見ても格好いい男と言うのは彼のための言葉かもしれない。
灰色の髪に灰色の瞳、惚れ惚れするような筋肉を持つ美丈夫は悩まし気に溜息を吐いた。
「ウェレン、お前が悪い訳ではないのは承知している。しかしだなぁ…。」
直立不動の俺の横で、一緒に呼び出されたヴァン隊長が言う。
「団長の仰る通り、ウェレンに非はありません。寮の近辺に注意書きをしたり、見回りを強化することで対策をしたいと考えております。」
「ヴァンの言うことは一理あるが、それもどれ程効果が見込めることか…。
何しろ標的を目の前にした女性ときたら、敵将軍の首を前にした兵士よりも迫力があるからな…。」
何故か遠い目をする騎士団長。
「団長も若い頃モッテモテだったんだよ。女にも…男にも。」
隊長が小声で教えてくれる。
今年で45歳になる団長は現在でもファンが多い。
若い頃はさらに人気だったのだろう。
そうか、騎士団長も経験者なのか…。
「私の時は婚約者がいることを公にしたら落ち着いたんだが…。」
俺は内心首を捻る。
伯爵家の嫡男であれば子供の頃から許嫁がいるのが普通だ。
しかしその場合、愛情を伴わない政略結婚となる可能性が大いにある。
周りもそれを分かっているため、愛人や第二夫人を狙う者は大勢いるだろう。
婚約者がいると言うだけで引き下がるものだろうか?
「最初はどうせ政略結婚でしょって周りは諦めてなかったんだけどさ、公にしてから団長は奥方様と出掛けてるのを街でしょっちゅう目撃されるようになったんだよ。
…手を繋いでデレデレしながら歩いてる所を。」
俺の疑問が顔に出ていたのか、絶対に本人に聞こえるように注意しながら隊長が囁く。
「いや、まぁ…そうだな。妻を他人の目に晒したくなくて公にしてなかったんだが、それで不安にさせるくらいならと思ってな。」
騎士団長、愛妻家なんですね。
「ウェレン、お前は誰か心に決めた相手はいないのか?交際でも発表すれば落ち着くかもしれんぞ。」
「い、いえ。私にはそのような方はおりません。」
ふいに頭の中にエメラルドがチラつく。
やめてくれ、何でこんな時に…。
「ふむ。縁談は幾らでも見繕えるぞ。
相手がお前ならば、貴族の娘でも嫁ぎたい者は多いだろう。」
「ありがたいお申し出ですが…私はまだ婚姻を結ぶ気は…。」
「そうか。まぁこればかりは周りが言った所で仕方がないからな。」
騎士団長は案外すぐ納得してくれた。
俺は密かにホッとする。
上司からの見合いなんて断れる訳ないから本気で困る。
「暫くはヴァンの言った対策を取ろう。それでも緩和されない場合は、ウェレンには寮から出てもらうしかないだろう。
お前には悪いが…何せ場所が場所だ。」
そう、事が起こっているのは王宮のすぐ側なのだ。
騒ぎに便乗して王宮で何か起こったらその責任は重大になる。
今よりだいぶ遠くはなるが、ユーナのいるタウンハウスで暮らすことはできるだろう。
これ以上迷惑は掛けられない。
「待って下さい、直ぐにと言う訳ではないですよね、団長。」
ヴァン隊長の言葉に団長が頷く。
「ああ。対策をした後でまた改めて話しをしよう。」
俺と隊長は騎士の礼をして執務室から退く。
暫く無言で歩いていたが、俺の頭はもう寮を出る方向で固まりかけていた。
「リフ!そんな顔するな。寮から出なくていいように知恵を絞ろう!」
「いえ、俺が出るのが1番良いです。皆んなにも迷惑をかけてますし…隊長にまで…。」
そんな俺の肩を隊長はバシッと叩いた。
「誰か迷惑だってお前に言ったか?
むしろ、皆んなそんなことでお前が寮を出るなんて言ったら怒るだろうな。
いいか、騎士団が寮で暮らす意味は本部に近いからだけじゃない。」
ヴァン隊長の目は真剣だ。
「寮で暮らすことで仲間意識が強くなる。
それは連帯感につながるんだ。
一緒に過ごす時間が長くなればお互いの長所も短所も分かるだろう。
いざ戦闘になった時、仲間の意識が読めるのは重要だ。」
そこまで深く考えたことが無かった俺は、隊長の言葉にハッとした。
「お前には特に、周りを見れるようになって欲しいと思ってる。それが将来の騎士団のためになると団長もご存知だから猶予をくれたんだ。」
言外に期待していると言われて胸が熱くなる。
「だから、まずは方法を考えよう。」
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