上 下
2 / 65

ショコラ伯爵

しおりを挟む
声に驚いて全員がそちらを見ると、すぐ近くに馬車が止まっている。
しかし、ありえないーー。
こんなに側まで来ているのに、全く気配を感じなかったのだ。

「な!?誰だテメェは!!」

賊が動揺して大声を上げると、スルリと音も無く御者台から降りたルドが馬車の扉を開ける。

カツン

軽いステッキの音と共に馬車から降り立った人物に、全員が息を呑んだ。
輝く白い肌、長い睫毛に縁取られたエメラルドの瞳。
アッシュブラウンの髪は絹のように繊細で、少し癖のある柔らかそうな前髪がハラリと顔にかかっている。

スラリとした体躯に纏う服は一目で上質だと分かる物で、控えめに付けた装飾品も大変に凝った作りだ。
しかし何よりも、その立ち姿が美しい。
指先まで神経の通った洗練された所作から、彼が間違いなくやんごとなき身分であることが窺い知れる。

「私は念願の宝物を手に入れて、今凄く気分が良いんだ。君達がこのまま手を引くなら軽い罰で済ませてあげるよ。」

「ッんだと!?この小僧ォォ???」

嫋やかにほほえむ青年の言葉に、我に返った賊がいきり立つが…語尾が微妙である。
この麗人に対して「小僧」が正しい表現であるのか疑問に思ってしまったようだ。

「と、とにかく!その宝物とやらもオレ達が奪ってや……ヒッ!?」

賊は言葉の途中で情けない悲鳴を上げた。
今まで穏やな雰囲気だった青年が、ヒヤリとする空気を放ったからだ。

「ふぅん?僕の宝物を横取りしようとするなら懲らしめないといけないね。
ミリ、ルド。」

青年が呼びかけた時には、ルドによって賊に捕らわれていた女は解放されていた。
何が起きたか分からず焦る賊の頭上に緑色の閃光が降り注ぐ。
的確に賊だけを狙った雷はすぐに止んだ。
淡い光に包まれていたミリがその光を霧散させる頃には、賊は1人残らず地面に倒れ伏していた。

「ミリ、ルド、ご苦労様。お2人ともお怪我はないですか?」

目の前の事態に唖然とする初老の男と若い女に向かって青年は柔かに話しかける。
こちらに近付いてくる彼を見ながら、初老の男…ディアスは既視感を覚えた。
青年が持つステッキの家紋に見覚えがあったのだ。

「お嬢さんは大丈夫そうですね。貴方は顔の止血が必要だ。足も痛めているようですから、これを使って下さい。」

そう言って差し出されたステッキにディアスはギョッとした。
漆黒のステッキの頭部に金細工で装飾された家紋は、やはり見覚えがある。

若い時分、王国騎士団員だったディアスの憧れであった不死鳥と双剣の家紋ーー。
そして、最近になって元騎士団員の友人から聞いた話しーー。

大陸最強の呼び声高い私兵団、通称「不死鳥」を持つコンウォール伯爵家の三男。
領を離れ王都で暮らす彼の傍らには、常に男女の護衛が付き従っていると言う。

女は国の中でも数人しかいない魔術の使い手。男は体術のスペシャリスト。
国防のためにぜひ欲しい人材であるとの国王からの誘いを断り、生涯主ただ1人を護ることを誓っていると言う。

その双璧の主の名はシエラ・コンウォール。

間違いなく目の前の彼だろう。
私兵団を纏め上げる戦闘狂の一族から生まれた、毛色の違いすぎる「不死鳥の姫」

ただし、彼にはもう1つ渾名があるーー。

「ミリ、賊達を縛って木に吊るしておいてくれるかい?
誰かに発見されるまでそのままにしておこう。」

柔かに言うシエラは、懐から小箱を取り出す。
宝石箱のようなその中から掴んだ物体ーー。1粒のショコラにウットリとした表情を見せながら彼は言った。

「僕の宝物にまで手を出そうとしたんだから、充分に反省してもらわないとね。」

何よりもショコラを愛する美貌の青年を、人々はこう呼ぶ。

「ショコラ伯爵…」

思わず漏れたディアスの呟きは、夜の森に吸い込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

処理中です...