ショコラ伯爵の悩ましい日常

あさひてまり

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ショコラ伯爵

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声に驚いて全員がそちらを見ると、すぐ近くに馬車が止まっている。
しかし、ありえないーー。
こんなに側まで来ているのに、全く気配を感じなかったのだ。

「な!?誰だテメェは!!」

賊が動揺して大声を上げると、スルリと音も無く御者台から降りたルドが馬車の扉を開ける。

カツン

軽いステッキの音と共に馬車から降り立った人物に、全員が息を呑んだ。
輝く白い肌、長い睫毛に縁取られたエメラルドの瞳。
アッシュブラウンの髪は絹のように繊細で、少し癖のある柔らかそうな前髪がハラリと顔にかかっている。

スラリとした体躯に纏う服は一目で上質だと分かる物で、控えめに付けた装飾品も大変に凝った作りだ。
しかし何よりも、その立ち姿が美しい。
指先まで神経の通った洗練された所作から、彼が間違いなくやんごとなき身分であることが窺い知れる。

「私は念願の宝物を手に入れて、今凄く気分が良いんだ。君達がこのまま手を引くなら軽い罰で済ませてあげるよ。」

「ッんだと!?この小僧ォォ???」

嫋やかにほほえむ青年の言葉に、我に返った賊がいきり立つが…語尾が微妙である。
この麗人に対して「小僧」が正しい表現であるのか疑問に思ってしまったようだ。

「と、とにかく!その宝物とやらもオレ達が奪ってや……ヒッ!?」

賊は言葉の途中で情けない悲鳴を上げた。
今まで穏やな雰囲気だった青年が、ヒヤリとする空気を放ったからだ。

「ふぅん?僕の宝物を横取りしようとするなら懲らしめないといけないね。
ミリ、ルド。」

青年が呼びかけた時には、ルドによって賊に捕らわれていた女は解放されていた。
何が起きたか分からず焦る賊の頭上に緑色の閃光が降り注ぐ。
的確に賊だけを狙った雷はすぐに止んだ。
淡い光に包まれていたミリがその光を霧散させる頃には、賊は1人残らず地面に倒れ伏していた。

「ミリ、ルド、ご苦労様。お2人ともお怪我はないですか?」

目の前の事態に唖然とする初老の男と若い女に向かって青年は柔かに話しかける。
こちらに近付いてくる彼を見ながら、初老の男…ディアスは既視感を覚えた。
青年が持つステッキの家紋に見覚えがあったのだ。

「お嬢さんは大丈夫そうですね。貴方は顔の止血が必要だ。足も痛めているようですから、これを使って下さい。」

そう言って差し出されたステッキにディアスはギョッとした。
漆黒のステッキの頭部に金細工で装飾された家紋は、やはり見覚えがある。

若い時分、王国騎士団員だったディアスの憧れであった不死鳥と双剣の家紋ーー。
そして、最近になって元騎士団員の友人から聞いた話しーー。

大陸最強の呼び声高い私兵団、通称「不死鳥」を持つコンウォール伯爵家の三男。
領を離れ王都で暮らす彼の傍らには、常に男女の護衛が付き従っていると言う。

女は国の中でも数人しかいない魔術の使い手。男は体術のスペシャリスト。
国防のためにぜひ欲しい人材であるとの国王からの誘いを断り、生涯主ただ1人を護ることを誓っていると言う。

その双璧の主の名はシエラ・コンウォール。

間違いなく目の前の彼だろう。
私兵団を纏め上げる戦闘狂の一族から生まれた、毛色の違いすぎる「不死鳥の姫」

ただし、彼にはもう1つ渾名があるーー。

「ミリ、賊達を縛って木に吊るしておいてくれるかい?
誰かに発見されるまでそのままにしておこう。」

柔かに言うシエラは、懐から小箱を取り出す。
宝石箱のようなその中から掴んだ物体ーー。1粒のショコラにウットリとした表情を見せながら彼は言った。

「僕の宝物にまで手を出そうとしたんだから、充分に反省してもらわないとね。」

何よりもショコラを愛する美貌の青年を、人々はこう呼ぶ。

「ショコラ伯爵…」

思わず漏れたディアスの呟きは、夜の森に吸い込まれていった。
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