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解決編
58.
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この58話なんですが、手違いにより途中で一度公開してしまいまして…!!
その先がありますので、あの時お読みいただいた方もぜひもう一度ご覧くださいm(__)m
あ!一度非公開にしてますが「エール」は届いてます!いつもありがとうございます💕
●●●
「玄関よし、廊下よし、洗面所よし!」
指さし確認する俺は、朝からずっとソワソワしっぱなし。
何でかって言うと…あ、ほら来た!
『もう着く』
LAINのメッセージに飛び上がって、ピカピカに磨き上げた部屋達を最終確認する。
今日は蓮がこのマンションに帰って来る日なんだから、完璧にしないと!
8月末、蓮はしっかりした足取りで退院した。
…うん、待ってね。
ちょっと事実と違うからやり直し。
8月末、蓮は…大層優雅な足取りで退院した。
小さい傷や打撲は治って、20針縫った頭の傷は髪で隠れてるから見た目は完全に事故前の状態で。
着るのが楽って理由で選んだスウェット姿なのに、ロビーを歩く様は完全にランウェイだった。
『リハビリだから』なんて言って、同じく病院を去る俺の荷物の一部(暫く暮らしてたから結構ある)を持ってくれてたのに。
俺の推しのポケ○ンクッション(サトシさんが連れてたゴーストタイプのやつ)がガッツリ見えてたのにも拘らず、だ。
看護師さんや病院スタッフは勿論、掃除のおじさんまで全員が動きを止めて蓮を見てた。
何なら患者さんも、具合が悪いのを忘れたみたいに魅入られてて。
しかもさ、迎えに来たのが蓮母だったのね。
2人が何故か俺を真ん中にして歩きたがるせいで、大変いたたまれなかった。
あんなに視線と注目を浴びて平然としてられるって、慣れもあるんだろうけど一種の才能だと思うんだ…。
と、庶民代表の俺が精神的に疲弊した事を除けば順調そのものの退院で。
蓮は念のため1週間実家で過ごす事になってたから、俺はマンションまで送ってもらった。
運転してた笹森さんに『ご無事で何よりです』なんて言われてちょっと慌てちゃったよね。
どうやら彼も霊泉家の件でかなり動いてて、俺を心配してくれてたみたい。
あ、因みに遥は蓮が目覚めた2日後にはアメリカに戻って行ったよ。
って言うかさ、蓮と遥の会話が『も~、心配させないでよね!じゃあ私アメリカ帰るから。』『おう。』だけだったんだけど!?
片や命の危機で、片や大学休んでまで帰国して来たのに…それだけ???
蓮の体調的に話せる時間が少なかったにしても、アッサリしすぎなのでは?
その一方で俺にはあれやこれやギリギリまで話して、めちゃめちゃ名残惜しんで帰って行ったのに。
蓮と遥の関係って、本当に不思議だ。
でもさ、よく考えると子供の頃からずっとこんな感じだったかも。
そこに一切甘い雰囲気なんてないのに、俺はどうして『2人が付き合ってる』事に疑問を感じなかったのか…。
『よかったね、晴。蓮としっかり話し合って!』
なんて言いながら笑顔で空港に向かう背中を見送ったのが5月だから、あれからもう3ヵ月以上経ったんだなぁ。
そんな今日、遂に蓮がマンションに帰って来ます!!
俺が朝からソワソワしてる理由はこれ。
綺麗に掃除して、花も飾って、蓮が気に入ってくれたロールキャベツを作って。
お出迎えの準備はバッチリ!
これから話し合わなきゃいけない事が沢山あるけど、まずは退院をお祝いしたい。
だって、蓮は本当に頑張ってたから。
神経が傷ついた左手のリハビリは、想像を絶する程大変だった。
本人が見せたがらないから、蓮父に頼んで1度だけコッソリ見学させてもらったんだけど…。
あんなに苦しそうな蓮は初めてで、当たり前にできてた事ができないジレンマと闘ってて。
こんな時何もできない自分の無力さが悔しくて泣きそうだったけど、蓮が頑張ってるんだからって懸命に堪えて。
蓮父にお願いして、夏休みからまた蓮の病室に泊まらせてもらった。
リハビリ自体を助けるのは俺にはできないけど、それ以外で支える事はできると思ったから。
それと俺自身が、蓮を一人にしたくなかった。
暫くして『蓮の穏やかな表情が増えた』って蓮父にお礼を言われたから、少しは役に立てたのかもしれない。
左手は、蓮の頑張りの成果で、退院する時にはかなりスムーズに動くようになった。
ボタンを留めたり細かい動きも、少し時間はかかるけど自分でできるまでになって。
今後も通院は必要だけど『大きな不自由なく日常生活を送れる』って言う段階はクリアしたって、リハビリの先生にもお墨付きを貰った。
だから今日は『お疲れ様』の意味も込めて、頑張った蓮を労わりたい。
と、チャイムの音がして急いで玄関の鍵を開ける。
「おかえり、蓮!!」
「ただいま、晴。」
数カ月ぶりの遣り取りが嬉しくて、笑い合った。
(side 切藤蓮)
退院後1週間を過ごした実家を出て、マンションへ向かう。
実家にいる期間中は、親父がずっと家にいて経過を観察されていた。
随分慎重だなと思ったが、俺に霊泉家の状況を伝えるって目的もあったらしい。
「世間には病死と発表されたが、実際の死因は不明だ。」
丈一郎の死に関して、親父は口が重かった。
前日の夜まで『下民が儂に偉そうな口をきくな!』なんて居丈高だった老害は、翌日の朝冷たくなって倒れていたらしい。
密室で外傷は無く、その顔にはありありと驚愕の表情が浮かんでいたーーなんて聞くと、晴の好きな漫画の名探偵の出番だが現実はそうはいかない。
警察の失態を叩かれないように…はたまた、隠蔽しなければならない何かがあるかのように『病死』と断定して。
「これはトップシークレットだ。国内で数人しか知らない事だから他言しないように。」
晴ちゃんにも遥ちゃんにもね、と釘を刺されたが話すつもりなんか毛頭無い。
そんだけ秘匿されてるって事は、霊泉家の後ろ盾…奴等が言う所の『大いなる守り』とやらが絡んでんだろ?
霊泉家を潰す為に、親父と与一郎がそこと何か交渉したのは薄々察してる。
じゃなければ、今頃丈一郎は無罪放免になってる筈だ。
だけど『何も知らない体』でいるのが正解だって事も理解している。
この世の理から外れるような存在に関われば、あっち側に片足を突っ込んだのと同義だ。
慎一郎が生きている…否、生かされているのは、全ての罪を被せて一族と共に潰せと言う、こっち側に対する圧。
真実を知る政府、警察の要人は、何が何でも慎一郎を戦犯に仕立て上げるだろう。
そこには真偽なんて関係ない。
正義か国の終焉かを問われれば、全員が後者一択なんだから。
「慎一郎が3件の行方不明事件に関わってるとされてるのは正しい。報道されてないのは、丈一郎はそんなものじゃ済まないって事実だ。」
十数件の関与を裏付ける証拠が屋敷から押収されている。
ただし、警察は態々虎の尾を踏ん付けるような事はしないだろう。
余りにも数が多いと、警察や政府の威信に関わるからな。
「メディアも情報統制されてるし、上は慎一郎を裁いてこの件を終わりにする腹づもりだ。」
民主主義はどうしたと問いたくなるが、結局の所は国家なんてどこもこんなもんだろう。
「側近達もそれぞれ罪に問われる事になる。
お前を轢いた慎一郎の秘書も逮捕された。
ここまで家名が失墜すれば、もう再建は不可能だろう。」
俺達と協力関係にあった霊泉家の政敵達が、ここぞとばかりに動き出している。
霊泉家と蜜月関係にあった一派も、完膚なきまでに叩かれる筈だ。
「つまり、俺達の勝ちって事でいいのか?」
「そうだな…、本当に長かった…。」
小さな呟きに、親父の心情の全てが詰まっていた。
漸く血の縛りから解放されるのに笑顔が無いのは、
ここまで来る過程で失った物も数多くあったからだろう。
「…なぁ、晴から預かった桜守り直したのはあっち側の奴か?」
「あ、あぁ…そうだ…。」
突然変わった話題に一瞬怪訝な顔をしながらも親父が頷く。
「『REN』の方が粉々だったんだが…。
直ったそれを蓮の病室に置いたのも私じゃない。」
親父曰く『取りに来た』と現れた男に預けただけで、その後は何も知らなかったらしい。
「恐らくだが…『霊泉家に手を出さない』と言う約束を反故にした事への詫び代わりだろうな。」
桜守りの存在をどうやって知ったのか知らないがーーいや、知らない事なんて無いのかもしれない。
何もかもを見通す力があるのならば。
そこまで考えて、ふと思った。
「親父は、そいつらに何を約束したんだ?」
与一郎が切藤総合病院を継ぐと明かされた事から大体の推測はできるが、敢えて尋ねる。
「勝手にすまなかったな。」
謝られたけど俺は興味ないし、翔も特に継ぎたいって希望してた訳じゃないからそれはいい。
だが…
小さな願い事をするだけでも賽銭を要求されるように、神に願うには対価が必要だ。
もしそれが大きな…神側の一族を潰すのであれば、それ相応のものを要求される。
果たして二代に渡って協力ーーしかも病院絡みの件のみーーする事だけで、それを贖う事ができるのか。
「親父…」「分かってる。悔いはないよ。」
人が神へ捧げる事ができる尤も大きな供物は、命。
役目を終えたらきっと、親父は…
「まぁ、爺さんになるまで御役目を頑張るとしよう。」
なるべく長くね、と言うその顔に本当に悔いはなさそうで。
「百歳までやれよ。」
そう返すと、笑いながら頭を撫でられた。
まるで、子供にするみたいに。
実家で過ごす最後の夜、自室のベランダで空を見上げる。
タバコでも吸いたい気分だが、肺のドレーン手術を
した身で喫煙はNGだと翔に釘を刺されたばかりだ。
事故の影響は肺にも多少残って、俺はもうタバコを吸えない。
まぁ、晴に嫌がられたくないからもう吸う気もねぇが。
瞬く星と半月を見ながら考える。
霊泉家を潰す対価が親父の命と与一郎の命だとしたら、2人に課せられた役目の方は何の対価なのか。
それを終えるまでは命を保障するって事か?
それともーー。
切藤がギリギリで失わずに済んだものは3つ。
美優の命とその子供。
そして、俺の命。
どちらも医学の力で一命は取り留めたが、意識不明の状態が続けば容態が急変する事なんて珍しくもない。
目を覚ます事なく生きていられるのは、長くて10年程度。
美優の件は交渉前の出来事だから何とも言えない。
だが、俺はその時正に命の危機に瀕していた。
態々桜守りを直して、俺の元へ届けた意味。
夢の中にそれが現れた理由。
導かれるように意識を取り戻した事。
あれがなければ、俺は死んでいたーー?
「いや、考えすぎか…」
親父との話のせいか、妙な思考になっている事に苦笑して頭を振る。
ブブッ
と、スマホが震えてメッセージが表示された。
『明日何時頃着く?』
『昼前の予定』
晴からのそれに、速度が遅くなったフリック入力で返す。
まだ慣れなくてもどかしい事も多いけど…
まぁ、本当なら死ぬ筈だったって考えれば安いもんだ。
なんたって、生きてるからこうやって晴と遣り取りできてる訳だし。
『早く会いたい』
この幸運を1秒も無駄にしたくなくてそう送ると、既読が付いた後暫しの沈黙。
そして…
『俺も』
耳を赤くして照れた顔がハッキリ思い浮かんで、幸せな笑いを漏らした。
「お帰り、蓮!!」
「ただいま、晴。」
マンションの玄関で出迎えてくれた晴と笑い合う。
久々に帰って来た部屋は全体が綺麗になっていた。
「掃除してくれた?ありがとな。」
「う、うん…ちょっとだけね!」
いやこれは「ちょっと」じゃねぇよな、花まで飾ってあるし。
どうやら随分頑張ってくれたらしい。
「蓮、退院おめでとう!」
昼食に手作りのロールキャベツまで出して祝ってくれる。
晴の料理は何でも最高に美味いが、誕生日に初めて作って貰ったこれは俺の好物だ。
「あの時みたいに上手くできたか分かんないけど…どう?」
「すげぇ美味い。」
そう答えると、ホッと息を吐いた晴が水を取りに行った隙に頭を抱えた。
…ダメだ、愛しさがカンストしてる…。
何とか平静を装ってはいたが、食事中ずっと晴に目が釘付けだった。
柔らかい笑顔と、明るい声。
自分から突き放して失った大切なものが今、目の前にある。
思わずテーブルの上の手に自分のそれを重ねそうになって、ハッと我に返った。
今現在、俺達の関係はかなり曖昧だ。
完全に別れた訳じゃないが、それと同等の仕打ちを俺は晴にしてる訳で。
流れる暖かい空気に、まるで時が戻ったかのように錯覚しそうな自分を戒める。
この晴の優しさが恋人としてではなくて、幼馴染としての可能性だってある。
俺にそんなつもりはないが、事故から庇った恩人として接してる可能性だって…。
みっともなく縋ってでも許しを乞うと決意したが、晴がもう俺を見限っていたら?
『幼馴染に戻ろう』なんて言われたら…?
自業自得だと分かっていても、それを受け入れられる自信がない。
もしもそこで、制御できないあの執着心が牙を剥いたら?
いつか見た夢みたいに、晴を縛り付けてしまったらーー?
怖い。
何よりも、自分の事が信用できない。
「蓮、あっち行こ。」
俺の様子に何かを察したのか、引っ込めようとした手を晴に引かれてリビングのソファに座る。
「話すの、今日じゃなくてもいいよ?まだ病み上がりだし、もっと落ち着いてからで。」
労わるような言い方に奥歯を噛み締める。
晴はどこまでもーー本当にどこまでも優しい。
自分を傷つけた相手にだって、こんなに配慮してくれる。
だけど、その優しさに甘えてはいけない。
「…大丈夫だ。今、話したい。」
瞳を真っすぐに見ながら伝えると、そのブルーグレーが僅かに揺れた。
「晴に嫌な思いさせる内容もあると思う。だけど…聞いて欲しい。」
好きな相手に自分の本音を晒すのは、どうしてこうも怖いんだろう。
少し掠れてしまった声に、それでも晴は頷いた。
「大丈夫。どんな事でも、ちゃんと全部聞くから。」
あぁ、そうだ。
俺は俺の事を信じられないけど、晴の事なら信じられる。
晴の隣に立っていたいなら、その真っ直ぐな心に応えなければ。
嘘のない言葉と、誠実な心で。
一度深く深呼吸して、前を向く。
「親父と霊泉家の確執については聞いてるよな?
それが俺や翔にも降りかかってきたのは、小学生の時だった。
それまで存在すら認識してなかった『祖父』が突然現れて、為政者だって事を知った。
その時、丈一郎が俺に言ったんだ。『霊泉家に来れば全ての権力が手に入る。』って。
俺は…一瞬その手を取りそうになった。」
既に驚きに目を見開いている晴に、理由を伝えるか迷う。
だけど、誤魔化しは無しだ。
「そうすれば、何からでも晴を守れると思ったから。サッカークラブの事件の後の事だったんだ。
晴が怪我したのを、俺は心底後悔してた。それで…俺が守りたいって思うようになって。」
戸惑いに揺れるブルーグレーを真っ直ぐに見て、告げる。
「俺が自分の気持ちを自覚したのは、その時。
だけどきっと…、もっとずっと前から晴の事が好きだった。」
●●●
丈一郎との出会いはside蓮中学編6話『血族』にあります。
流行りのやーつやってみよ。
蓮→建国顔(ピッタリ!闇堕ちしなければ。)
晴→傾国顔(見た目だけなら!喋ると残念。)
翔→継承顔(蓮と似てるけど雰囲気でこっち!)
啓太→護国顔(の日本男児。サムライ?)
黒崎→救国顔(のイケメン。敵国顔もちょっと入ってる)
うちのキャラは亡国顔がいないなぁ…。
その先がありますので、あの時お読みいただいた方もぜひもう一度ご覧くださいm(__)m
あ!一度非公開にしてますが「エール」は届いてます!いつもありがとうございます💕
●●●
「玄関よし、廊下よし、洗面所よし!」
指さし確認する俺は、朝からずっとソワソワしっぱなし。
何でかって言うと…あ、ほら来た!
『もう着く』
LAINのメッセージに飛び上がって、ピカピカに磨き上げた部屋達を最終確認する。
今日は蓮がこのマンションに帰って来る日なんだから、完璧にしないと!
8月末、蓮はしっかりした足取りで退院した。
…うん、待ってね。
ちょっと事実と違うからやり直し。
8月末、蓮は…大層優雅な足取りで退院した。
小さい傷や打撲は治って、20針縫った頭の傷は髪で隠れてるから見た目は完全に事故前の状態で。
着るのが楽って理由で選んだスウェット姿なのに、ロビーを歩く様は完全にランウェイだった。
『リハビリだから』なんて言って、同じく病院を去る俺の荷物の一部(暫く暮らしてたから結構ある)を持ってくれてたのに。
俺の推しのポケ○ンクッション(サトシさんが連れてたゴーストタイプのやつ)がガッツリ見えてたのにも拘らず、だ。
看護師さんや病院スタッフは勿論、掃除のおじさんまで全員が動きを止めて蓮を見てた。
何なら患者さんも、具合が悪いのを忘れたみたいに魅入られてて。
しかもさ、迎えに来たのが蓮母だったのね。
2人が何故か俺を真ん中にして歩きたがるせいで、大変いたたまれなかった。
あんなに視線と注目を浴びて平然としてられるって、慣れもあるんだろうけど一種の才能だと思うんだ…。
と、庶民代表の俺が精神的に疲弊した事を除けば順調そのものの退院で。
蓮は念のため1週間実家で過ごす事になってたから、俺はマンションまで送ってもらった。
運転してた笹森さんに『ご無事で何よりです』なんて言われてちょっと慌てちゃったよね。
どうやら彼も霊泉家の件でかなり動いてて、俺を心配してくれてたみたい。
あ、因みに遥は蓮が目覚めた2日後にはアメリカに戻って行ったよ。
って言うかさ、蓮と遥の会話が『も~、心配させないでよね!じゃあ私アメリカ帰るから。』『おう。』だけだったんだけど!?
片や命の危機で、片や大学休んでまで帰国して来たのに…それだけ???
蓮の体調的に話せる時間が少なかったにしても、アッサリしすぎなのでは?
その一方で俺にはあれやこれやギリギリまで話して、めちゃめちゃ名残惜しんで帰って行ったのに。
蓮と遥の関係って、本当に不思議だ。
でもさ、よく考えると子供の頃からずっとこんな感じだったかも。
そこに一切甘い雰囲気なんてないのに、俺はどうして『2人が付き合ってる』事に疑問を感じなかったのか…。
『よかったね、晴。蓮としっかり話し合って!』
なんて言いながら笑顔で空港に向かう背中を見送ったのが5月だから、あれからもう3ヵ月以上経ったんだなぁ。
そんな今日、遂に蓮がマンションに帰って来ます!!
俺が朝からソワソワしてる理由はこれ。
綺麗に掃除して、花も飾って、蓮が気に入ってくれたロールキャベツを作って。
お出迎えの準備はバッチリ!
これから話し合わなきゃいけない事が沢山あるけど、まずは退院をお祝いしたい。
だって、蓮は本当に頑張ってたから。
神経が傷ついた左手のリハビリは、想像を絶する程大変だった。
本人が見せたがらないから、蓮父に頼んで1度だけコッソリ見学させてもらったんだけど…。
あんなに苦しそうな蓮は初めてで、当たり前にできてた事ができないジレンマと闘ってて。
こんな時何もできない自分の無力さが悔しくて泣きそうだったけど、蓮が頑張ってるんだからって懸命に堪えて。
蓮父にお願いして、夏休みからまた蓮の病室に泊まらせてもらった。
リハビリ自体を助けるのは俺にはできないけど、それ以外で支える事はできると思ったから。
それと俺自身が、蓮を一人にしたくなかった。
暫くして『蓮の穏やかな表情が増えた』って蓮父にお礼を言われたから、少しは役に立てたのかもしれない。
左手は、蓮の頑張りの成果で、退院する時にはかなりスムーズに動くようになった。
ボタンを留めたり細かい動きも、少し時間はかかるけど自分でできるまでになって。
今後も通院は必要だけど『大きな不自由なく日常生活を送れる』って言う段階はクリアしたって、リハビリの先生にもお墨付きを貰った。
だから今日は『お疲れ様』の意味も込めて、頑張った蓮を労わりたい。
と、チャイムの音がして急いで玄関の鍵を開ける。
「おかえり、蓮!!」
「ただいま、晴。」
数カ月ぶりの遣り取りが嬉しくて、笑い合った。
(side 切藤蓮)
退院後1週間を過ごした実家を出て、マンションへ向かう。
実家にいる期間中は、親父がずっと家にいて経過を観察されていた。
随分慎重だなと思ったが、俺に霊泉家の状況を伝えるって目的もあったらしい。
「世間には病死と発表されたが、実際の死因は不明だ。」
丈一郎の死に関して、親父は口が重かった。
前日の夜まで『下民が儂に偉そうな口をきくな!』なんて居丈高だった老害は、翌日の朝冷たくなって倒れていたらしい。
密室で外傷は無く、その顔にはありありと驚愕の表情が浮かんでいたーーなんて聞くと、晴の好きな漫画の名探偵の出番だが現実はそうはいかない。
警察の失態を叩かれないように…はたまた、隠蔽しなければならない何かがあるかのように『病死』と断定して。
「これはトップシークレットだ。国内で数人しか知らない事だから他言しないように。」
晴ちゃんにも遥ちゃんにもね、と釘を刺されたが話すつもりなんか毛頭無い。
そんだけ秘匿されてるって事は、霊泉家の後ろ盾…奴等が言う所の『大いなる守り』とやらが絡んでんだろ?
霊泉家を潰す為に、親父と与一郎がそこと何か交渉したのは薄々察してる。
じゃなければ、今頃丈一郎は無罪放免になってる筈だ。
だけど『何も知らない体』でいるのが正解だって事も理解している。
この世の理から外れるような存在に関われば、あっち側に片足を突っ込んだのと同義だ。
慎一郎が生きている…否、生かされているのは、全ての罪を被せて一族と共に潰せと言う、こっち側に対する圧。
真実を知る政府、警察の要人は、何が何でも慎一郎を戦犯に仕立て上げるだろう。
そこには真偽なんて関係ない。
正義か国の終焉かを問われれば、全員が後者一択なんだから。
「慎一郎が3件の行方不明事件に関わってるとされてるのは正しい。報道されてないのは、丈一郎はそんなものじゃ済まないって事実だ。」
十数件の関与を裏付ける証拠が屋敷から押収されている。
ただし、警察は態々虎の尾を踏ん付けるような事はしないだろう。
余りにも数が多いと、警察や政府の威信に関わるからな。
「メディアも情報統制されてるし、上は慎一郎を裁いてこの件を終わりにする腹づもりだ。」
民主主義はどうしたと問いたくなるが、結局の所は国家なんてどこもこんなもんだろう。
「側近達もそれぞれ罪に問われる事になる。
お前を轢いた慎一郎の秘書も逮捕された。
ここまで家名が失墜すれば、もう再建は不可能だろう。」
俺達と協力関係にあった霊泉家の政敵達が、ここぞとばかりに動き出している。
霊泉家と蜜月関係にあった一派も、完膚なきまでに叩かれる筈だ。
「つまり、俺達の勝ちって事でいいのか?」
「そうだな…、本当に長かった…。」
小さな呟きに、親父の心情の全てが詰まっていた。
漸く血の縛りから解放されるのに笑顔が無いのは、
ここまで来る過程で失った物も数多くあったからだろう。
「…なぁ、晴から預かった桜守り直したのはあっち側の奴か?」
「あ、あぁ…そうだ…。」
突然変わった話題に一瞬怪訝な顔をしながらも親父が頷く。
「『REN』の方が粉々だったんだが…。
直ったそれを蓮の病室に置いたのも私じゃない。」
親父曰く『取りに来た』と現れた男に預けただけで、その後は何も知らなかったらしい。
「恐らくだが…『霊泉家に手を出さない』と言う約束を反故にした事への詫び代わりだろうな。」
桜守りの存在をどうやって知ったのか知らないがーーいや、知らない事なんて無いのかもしれない。
何もかもを見通す力があるのならば。
そこまで考えて、ふと思った。
「親父は、そいつらに何を約束したんだ?」
与一郎が切藤総合病院を継ぐと明かされた事から大体の推測はできるが、敢えて尋ねる。
「勝手にすまなかったな。」
謝られたけど俺は興味ないし、翔も特に継ぎたいって希望してた訳じゃないからそれはいい。
だが…
小さな願い事をするだけでも賽銭を要求されるように、神に願うには対価が必要だ。
もしそれが大きな…神側の一族を潰すのであれば、それ相応のものを要求される。
果たして二代に渡って協力ーーしかも病院絡みの件のみーーする事だけで、それを贖う事ができるのか。
「親父…」「分かってる。悔いはないよ。」
人が神へ捧げる事ができる尤も大きな供物は、命。
役目を終えたらきっと、親父は…
「まぁ、爺さんになるまで御役目を頑張るとしよう。」
なるべく長くね、と言うその顔に本当に悔いはなさそうで。
「百歳までやれよ。」
そう返すと、笑いながら頭を撫でられた。
まるで、子供にするみたいに。
実家で過ごす最後の夜、自室のベランダで空を見上げる。
タバコでも吸いたい気分だが、肺のドレーン手術を
した身で喫煙はNGだと翔に釘を刺されたばかりだ。
事故の影響は肺にも多少残って、俺はもうタバコを吸えない。
まぁ、晴に嫌がられたくないからもう吸う気もねぇが。
瞬く星と半月を見ながら考える。
霊泉家を潰す対価が親父の命と与一郎の命だとしたら、2人に課せられた役目の方は何の対価なのか。
それを終えるまでは命を保障するって事か?
それともーー。
切藤がギリギリで失わずに済んだものは3つ。
美優の命とその子供。
そして、俺の命。
どちらも医学の力で一命は取り留めたが、意識不明の状態が続けば容態が急変する事なんて珍しくもない。
目を覚ます事なく生きていられるのは、長くて10年程度。
美優の件は交渉前の出来事だから何とも言えない。
だが、俺はその時正に命の危機に瀕していた。
態々桜守りを直して、俺の元へ届けた意味。
夢の中にそれが現れた理由。
導かれるように意識を取り戻した事。
あれがなければ、俺は死んでいたーー?
「いや、考えすぎか…」
親父との話のせいか、妙な思考になっている事に苦笑して頭を振る。
ブブッ
と、スマホが震えてメッセージが表示された。
『明日何時頃着く?』
『昼前の予定』
晴からのそれに、速度が遅くなったフリック入力で返す。
まだ慣れなくてもどかしい事も多いけど…
まぁ、本当なら死ぬ筈だったって考えれば安いもんだ。
なんたって、生きてるからこうやって晴と遣り取りできてる訳だし。
『早く会いたい』
この幸運を1秒も無駄にしたくなくてそう送ると、既読が付いた後暫しの沈黙。
そして…
『俺も』
耳を赤くして照れた顔がハッキリ思い浮かんで、幸せな笑いを漏らした。
「お帰り、蓮!!」
「ただいま、晴。」
マンションの玄関で出迎えてくれた晴と笑い合う。
久々に帰って来た部屋は全体が綺麗になっていた。
「掃除してくれた?ありがとな。」
「う、うん…ちょっとだけね!」
いやこれは「ちょっと」じゃねぇよな、花まで飾ってあるし。
どうやら随分頑張ってくれたらしい。
「蓮、退院おめでとう!」
昼食に手作りのロールキャベツまで出して祝ってくれる。
晴の料理は何でも最高に美味いが、誕生日に初めて作って貰ったこれは俺の好物だ。
「あの時みたいに上手くできたか分かんないけど…どう?」
「すげぇ美味い。」
そう答えると、ホッと息を吐いた晴が水を取りに行った隙に頭を抱えた。
…ダメだ、愛しさがカンストしてる…。
何とか平静を装ってはいたが、食事中ずっと晴に目が釘付けだった。
柔らかい笑顔と、明るい声。
自分から突き放して失った大切なものが今、目の前にある。
思わずテーブルの上の手に自分のそれを重ねそうになって、ハッと我に返った。
今現在、俺達の関係はかなり曖昧だ。
完全に別れた訳じゃないが、それと同等の仕打ちを俺は晴にしてる訳で。
流れる暖かい空気に、まるで時が戻ったかのように錯覚しそうな自分を戒める。
この晴の優しさが恋人としてではなくて、幼馴染としての可能性だってある。
俺にそんなつもりはないが、事故から庇った恩人として接してる可能性だって…。
みっともなく縋ってでも許しを乞うと決意したが、晴がもう俺を見限っていたら?
『幼馴染に戻ろう』なんて言われたら…?
自業自得だと分かっていても、それを受け入れられる自信がない。
もしもそこで、制御できないあの執着心が牙を剥いたら?
いつか見た夢みたいに、晴を縛り付けてしまったらーー?
怖い。
何よりも、自分の事が信用できない。
「蓮、あっち行こ。」
俺の様子に何かを察したのか、引っ込めようとした手を晴に引かれてリビングのソファに座る。
「話すの、今日じゃなくてもいいよ?まだ病み上がりだし、もっと落ち着いてからで。」
労わるような言い方に奥歯を噛み締める。
晴はどこまでもーー本当にどこまでも優しい。
自分を傷つけた相手にだって、こんなに配慮してくれる。
だけど、その優しさに甘えてはいけない。
「…大丈夫だ。今、話したい。」
瞳を真っすぐに見ながら伝えると、そのブルーグレーが僅かに揺れた。
「晴に嫌な思いさせる内容もあると思う。だけど…聞いて欲しい。」
好きな相手に自分の本音を晒すのは、どうしてこうも怖いんだろう。
少し掠れてしまった声に、それでも晴は頷いた。
「大丈夫。どんな事でも、ちゃんと全部聞くから。」
あぁ、そうだ。
俺は俺の事を信じられないけど、晴の事なら信じられる。
晴の隣に立っていたいなら、その真っ直ぐな心に応えなければ。
嘘のない言葉と、誠実な心で。
一度深く深呼吸して、前を向く。
「親父と霊泉家の確執については聞いてるよな?
それが俺や翔にも降りかかってきたのは、小学生の時だった。
それまで存在すら認識してなかった『祖父』が突然現れて、為政者だって事を知った。
その時、丈一郎が俺に言ったんだ。『霊泉家に来れば全ての権力が手に入る。』って。
俺は…一瞬その手を取りそうになった。」
既に驚きに目を見開いている晴に、理由を伝えるか迷う。
だけど、誤魔化しは無しだ。
「そうすれば、何からでも晴を守れると思ったから。サッカークラブの事件の後の事だったんだ。
晴が怪我したのを、俺は心底後悔してた。それで…俺が守りたいって思うようになって。」
戸惑いに揺れるブルーグレーを真っ直ぐに見て、告げる。
「俺が自分の気持ちを自覚したのは、その時。
だけどきっと…、もっとずっと前から晴の事が好きだった。」
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丈一郎との出会いはside蓮中学編6話『血族』にあります。
流行りのやーつやってみよ。
蓮→建国顔(ピッタリ!闇堕ちしなければ。)
晴→傾国顔(見た目だけなら!喋ると残念。)
翔→継承顔(蓮と似てるけど雰囲気でこっち!)
啓太→護国顔(の日本男児。サムライ?)
黒崎→救国顔(のイケメン。敵国顔もちょっと入ってる)
うちのキャラは亡国顔がいないなぁ…。
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