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解決編

52.

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(side 萱島晴人)

あれから3週間が経った。

切藤総合病院7階の、VIPフロアの一室の窓を開ける。

視線の下には、すっかり葉っぱだけになった桜並木。

少し前までピンク一色だったのになぁ。

「桜の花弁ってさ、散った後どこに消えていくんだろうね。」

その問いかけに対する返事はない。

ベッドの上から穏やかな呼吸音がするだけだ。

「蓮、聞いてる?…もうすぐ5月になるよ。」

肺のドレーン手術を終えて呼吸器が外れたその頬を軽く摘む。

「早く起きろよ、馬鹿…。」










翔君と母さんが勤める病院での施術の後、蓮の容態は安定してた。

だけど、翔君が心配してた通り目を覚さなくて。

長期戦になるならと、切藤総合病院ここに移って来たのが2週間前の事。

『晴ちゃんが参っちゃうから、ちゃんと休みなさい。』

そう蓮父に諭されたけど、不安でたまらなかった。

もしも俺が寝てる間に、蓮に何かあったら?

その心臓が止まってしまったら?

蓮父が駆け付けてくれるから大丈夫だって、頭では分かってる。

それでも、蓮の傍から離れる事が恐くて。

そんな俺を見かねたのか、直ぐに蓮の隣にベッドが運び込まれた。

それでも余裕がある広い部屋に、蓮と2人きり。

蓮の腕に繋がる点滴が落ちるのをボンヤリ眺めてると、これが悪い夢なんじゃないかって気がしてくる。

昨日聞かされた話のせいで、余計にーー。



昨日この部屋を訪れた蓮父と翔君から語られたのは、信じられない内容だった。

逮捕された霊泉丈一郎が、蓮のお祖父ちゃん?

そういえば子供の頃、蓮に聞いた事があった。

『蓮のじいちゃんはどこにいるの?』

それに対する返事は『え、知らん』だった。

それで、小学生の阿保な俺は『じゃあ蓮もうちのじいちゃんの孫になればいいよ』なんて言ったんだっけ。

大人になった今蓮父の話を聞くと、絶縁関係にあったんだって理解できる。

「私の生家は…何と言うか一族絶対主義でね…」

濁しながらも話してくれたのは「何それ、ラノベ?」なんて思わず言っちゃうような内容で。

苦笑した翔君に「残念だけど事実なんだよな」って言われるまでは俄に信じられなかった。

選民主義、近親相姦、男尊女卑。

その全てに耐えきれなくなった蓮父は家出して『切藤』になったんだそうだ。

それでも一族の干渉は続いて、蓮母にも魔の手は伸びて。

そして、それは蓮にも『次期当主候補』って形で影を落とす事になる。

「子供の頃一度、会いに来た丈一郎の誘いを蓮はキッパリ断ってる。」

驚いたのは、遥もこの事を知ってたって話。

遥は『優秀な女子』だったから、蓮の恋人だと思われてて。

蓮父はかなりオブラートに包んでくれたけど、つまりは『蓮は遥に子供を産ませたいに違いない』って考えを霊泉家は持ってたらしい。

…待って『生ませる』って何?

人を人として捉えてない、気味の悪さにゾワリとする。

『愛を理解できない』って蓮父が重ねて言うのも納得だ。

「遥ちゃんにこの事を話したのは、彼女はターゲットとして狙われる可能性があったからだ。
逆に晴ちゃんに黙っていたのは、話す事が狙われる理由になってしまう懸念があった。」

既にマークされている遥には、自衛させる意味も含めて全てを話してたのらしい。

そう言えば小学生の頃は何かと笹森さんが迎えに来てくれたり、中学生になってからは遥ママが迎えに来たりしてたような…。

あれって、遥の安全の為だったのか。

逆にターゲットにならない俺には、何も言わない事で完全に『部外者』にしようとしたみたいだ。

「ほら、晴は嘘付けないだろ?話したら多分、怖がるだろうとも思って…。ごめんな。」

翔君に頭を下げられて慌てる。

翔君が言う通り、子供の頃に聞いてたら俺は挙動不審になってたと思う。

どこかで見られてるんじゃないか、とか想像してキョロキョロしまくりそうだし。

だからこれに関しては、ちょっと寂しいけど仕方ないと思う。

そう言うと、翔君はホッとしたように笑った。

遥を守る一方で、蓮はとにかく目立たないように気を付けてたらしい。

『頑張ってもトップになれない奴』を装って、学年3位をキープして。

…いやいや、3位でも凄いけどね?

そんな努力の甲斐があったのか、徐々に蓮への干渉は無くなっていった。

遥がカナダ留学を決めたのはその辺りで、国外ならむしろ安全だと切藤家も両手を上げて歓迎して。

「その後、俺達の従兄弟がT大に合格してさ。
そいつが一躍当主候補のトップに躍り出たんだよ。」

そんな経緯もあって、蓮が高校生だった3年間は切藤家にとって1番安寧の時だったそうだ。

「何の音沙汰も無くなったからな。蓮も安心して晴と付き合えるようになった。」

翔君の言葉にピャッとなって蓮父を見ると、微笑まれる。

言外に『勿論知ってるよ』と言われて、頬が熱くなった。

俺達の事、蓮父にはバレてたのか…。

とにかくそんな経緯があって、高校卒業後の同棲もアッサリ認めてくれたらしい。

「その時従兄弟は大学3年だったから、あと1年で其奴が当主に決定する筈だったんだよ。」

もう大丈夫だろう。

皆んながそう安心していた時、事態は急変した。

「その従兄弟が卒業目前で、退学しやがった。」

らしくなく、苦々しい口調の翔君。

それもその筈、再び蓮に当主候補のお鉢が回って来てしまったらしい。

しかも、それだけじゃなくて…。

「翔にも調査が入って、そこで初めて美優ちゃんの妊娠を知ったらしい。『穢れた血』である彼女と『尊い血』が流れる翔の子供を、奴等は良しとしなかった。」

淡々と話す蓮父だったけど、その身からヒヤリとする何かが発せられる。

それは蓮が本気で怒った時と良く似ていた。

「妊婦の美優ちゃんを、階段から突き落としたんだ。」

…えっ?

あまりの衝撃で言葉は音にならなかった。

妊婦さんにそんな事したら…って言うか、下手したら美優さん自身も…

愕然とする俺を見て、翔君がフッと息を吐いた。

「大丈夫、どっちも元気だよ。」

「…よ、良かった…。翔君…本当、良かったね…」

ヘナヘナと力が抜けた俺の頭を翔君が撫でてくれる。

「霊泉家の人間は、そう言う事を平気でする。頭がイカれてるとしか思えないけど、奴等にとって正しいのはいつも自分達だ。」

こっちの常識が全く通用しないって言うのは、痛い程に実感できた。

テレビでは『イケオジイ』なんて言われて人気がある霊泉丈一郎が、そんなヤバイ思想の持ち主だったなんて。

普通に怖いし、怒りが湧く。

人の命をなんだと思ってるんだ。

「それでさ、晴。」

やや言い辛いそうにしながらも、翔君は俺をまっすぐに見た。

「蓮が再び当主候補になるって事は、また周りに危険が及ぶって事だ。」

うん、それは分かる。

それが子供の頃は遥だったんだよね?

でも、遥はアメリカにいる訳で…そうなると危険なのって…

「もしかして…俺?」

戸惑う視線の先で、親子が頷く。

「でも俺は男だし…」

霊泉家の基準ではノーマークになってた筈じゃなかったの?

「それが…奴等は数週間後に新当主のお披露目会を控えて、もう後が無かった。使える物はなんでも使って、蓮を脅しに来る可能性があった。」

俺と蓮が一緒に暮らしてる事は、きっと直ぐバレただろう。

奴等がそれを『恋人』じゃなくて『幼馴染』として認識したとしても、蓮を脅す為に利用された可能性があったって事…?

じゃあ、蓮は…

「蓮は、それを防ぐ為に晴ちゃんを遠ざけた。
晴ちゃんが巻き込まれるのを阻止しようとしたんだ。」

俺が思い至った結論を肯定するみたいに、蓮父が頷く。

蓮の冷たい態度は全部、俺を守る為…?

混乱する頭の中で、色んなシーンが甦って来る。

蓮が家に帰らなくなって、連絡も付かなくなって。

「…でも、LAINとか電話で遣り取りする事なら…」

できたんじゃないか、と言い掛けて口をつぐむ。

蓮父と翔君の表情から、それも無理だったんだと悟ったから。

「普通の通信機器での遣り取りは全て奴等に筒抜けだ。金と権力があれば何でもできる。
対抗するには、こう言う物を使うしかない。」

見せて貰った携帯は、見た目はガラケーに近い。

だけど海外の要人が使うような凄いヤツで、登録した人同士しか通話できない変わりに、妨害電波を完全に遮断するらしい。

こんなの何処で手に入れたんだろう…。

普段なら絶対食い付く所だけど、今はそれどころじゃない。

「じゃあ、俺と蓮が親しいって思われないようにする為に連絡しなかったの?でも、一緒に暮らしてる時点で親しいなんて分かりきってるよね?」

「そうだな。だから、蓮は自分の大学である噂を流した。」

「噂?」

「『本命が帰国するから同居人を追い出す』ってやつ。」

「あっ…!」

忘れもしない、あの日の出来事。

会いに行った大学で、冷たく追い返されて。

失意の中、周りから聞こえてきたのはこの噂だった。

モデルのリリナが(多分親切心で)語った、蓮の『彼女』の話。

「それは全部、蓮が故意に流したものだ。大学内部に内通者がいる可能性が極めて高かったから、ソイツらから霊泉家に伝わる事を見越して。」

霊泉家はその本命が遥だと、直ぐに気付いたんだろう。

遥が帰国するなら、俺の存在なんて大した脅しにも使えない。

そう思わせるように、蓮は仕向けたんだ…。

「もしかして、俺が大学に行く事も蓮は予想してたの?」

ノコノコ出向いた俺を冷たくあしらえば、その噂の信憑性は増すよね?

そう思って尋ねると、翔君が眉を下げだ。

「分からない。ただ…晴ならこうするって、思ったのかもしれない。」

ツキリと胸が痛む。

「…確かに、俺を守る為だったのかもしれないけど…あの時の俺が、どれだけ絶望したか…」

声が掠れて、込み上げる涙を懸命に堪える。

「晴、それは本当に悪かったと蓮も思ってる。
謝って済む話じゃないって、本人もきっと。」

だけど、と苦し気に翔君は続けた。

「だけど、美優の事が蓮に酷いショックを与えたのは確かだと思う。…霊泉家に襲われた後、美優はずっと意識不明だったんだ。」

「…え?」

それって、今の蓮みたいにいつ目覚めるか分からなかったって事?

「このまま一生目を覚まさないんじゃないかって…医学の知識があるだけに、その確率とかを考えちゃってさ…。それは、蓮も同じだったと思う。」

翔君の声が、少し震えてる。

「美優も子供も喪うのかって思ったら、絶望しか無くて。…そんな俺の姿を、蓮は見てたと思うんだ。それで、きっと重ねてしまった。
『もし、ベッドに横たわるのが晴だったら?』って。」


眠り続ける蓮の傍を、俺は片時も離れられない。

呼吸や心音を確認してないと、不安でどうにかなりそうで。

もう2度と目覚めなかったらって、涙が止まらない事もあって。

俺を庇った所為で、蓮が死んじゃったらどうしよう。

この先一生、話ができなかったらーー

二度と声を聞けなかったらーー


蓮も、こんな思いでいたんだろうか。

美優さんの姿に俺を重ねて、苦しんでたんだろうか。

今の俺と、同じようにーー。

「…っ…」

「…蓮を許せとは言わないよ。ただ、そこまでしても晴を守ろうとした事は分かってやって欲しい。」

真摯に伝えて来る翔君に、俯いて唇を噛み締める。

俺を守ってくれたんだって分かってる。

全ては俺の身を案じてしてくれたからで、冷たい態度は蓮の本心じゃなかったんだって。

正直、かなりホッとしてる。

だけど…この胸のつかえは何だろう…。


「あの時俺がもっとしっかりしてたらって後悔してる。蓮の不安を煽るような事して…兄貴失格だよな。」

「そんな訳ないじゃん…!」

寂しそうな翔君の声に、思わず顔を上げた。

「翔君が美優さんと赤ちゃんを心配するのは当然だし、だれだってそうなるよ…!悪いのは霊泉家だけなのに、何で翔君が後悔しなくちゃなんないの?
翔君は最高のお兄ちゃんだよ…蓮にとっても、俺にとっても…大好きなお兄ちゃんだよ…!!」

悲しくて悔しくて、声が震える。

全部、全部悪いのはそいつらなのに。

蓮父も蓮母も、翔君も美優さんも赤ちゃんも。

それから、何より蓮の事を。

俺の大切な人達を傷付けられた事が、悔しくて堪らない。

「晴…ありがとう。俺も可愛い弟が大好きだよ…。」

そう言って、翔君が俺にハグしたその時。

「…うっ…」

聞こえた小さな声に、全員が一斉に振り返った。

「今の…蓮の声だよな?」

「あぁ、間違いないだろう。」

「蓮…!聞こえる!?」

だけど、その後はまた穏やかな呼吸音がするだけで。

「しかし、声が出たのは良い兆候だ。」

もしかしたらって希望が弾け関係者けた俺を、蓮父の言葉が支えてくれる。

「コイツさぁ、意識なくても俺と晴がイチャイチャすんの阻止しようとすんのな。」

ちょっと不貞腐れたように言う翔君に、思わず笑みが溢れて。

3人で声を出して笑って、久しぶりに少しだけ明るい気分になれた。




その後聞いたのは、蓮の思惑通り俺へのマークが無くなった事。

これは、例の従兄弟が霊泉家の会議を聞いて教えてくれたらしい。

まさか従兄弟がこっちサイドに寝返るなんて…スパイ漫画みたいじゃんって、一瞬浮き足立ってしまったのは反省。

その従兄弟のお陰で丈一郎の罪の証拠が手に入ったらしいし、大活躍だ。

因みにそれが、蓮の大学近くでフラフラしてた俺をタクシーに乗せてくれた人だと知って仰天して。

あの時、誰かに似てると思ったのは蓮父だったのかも。

甥っ子なら、似てても全然不思議じゃないもんね。

「そうだ、あの時のタクシー代…!」

流れるように支払いを終えられてしまったのを思い出す。

後で蓮父経由で返してもらおう。

…なんて考えてたんだけど「蓮が諭吉叩き付けてたから大丈夫。」って言われた。

諭吉を叩き付ける状況とは…?

と、とにかくその人のお陰で、何年…何十年先まで続くかもしれなかった戦いに勝算が見えて来たらしい。

お金と権力で警察を押さえつける事って、本当にできるんだね。

ドラマとかの話だと思ってたけど、実際に霊泉家は今までそうやって罪を逃れて来たらしい。

ただ、今回はその従兄弟の活躍で証拠が全部揃ってるから言い逃れができない。

「じゃあ、丈一郎は罰を受けるんだね!」

これだけ皆んなを苦しめてきたんだ、できる限り重いやつですように。

そう願いながら言うと、蓮父は微笑んだ。

「…そうだね。そうであるべきだ…」

その言い方を何だか曖昧に感じて口を開きかけたけど、翔君に先を越された。

「晴、美優が突き落とされたのを救ってくれたのは誰だと思う?」

唐突なクイズに、一瞬ポカンとする。

「啓太君だよ。」

「ええっ!?」

ちょっと啓太、そんなの一言も聞いてないけど⁉︎

翔君の話だと、どうやら啓太は偶然現場を通りかかったらしい。

「感謝を伝えたら『助けられなくてすみません』って丁寧に謝られてさぁ。人格者だよなぁ。」

親友を誉められて、ちょっとくすぐったい。

身を呈して庇ったって言うのが、如何にも啓太らしいなと思う。

そんな啓太は犯人に顔バレした可能性があって、暫くここで匿われてたそうだ。

下手したら命の危険もあるから、霊泉家の事を説明した上で。

…ふーん、遥だけじゃなくて啓太も知ってたんだ。

助けに来てくれた時以来、啓太とは深く話す余裕が無かった。

だから知らなかったけど、結構しっかり作戦に関与してたみたい。

それじゃあ、一緒にいたサッキーとか姫とかピィちゃんも全部知ってたのかな。

知らなかったのは、俺だけーー?

「晴ちゃんの行方が分からなくなってからの事は、啓太君の方が説明役に適任だろうな。
私達はその頃、丈一郎の方にかかりきりだったから…。」

またモヤモヤしてちょっと聞き逃しちゃった部分もあるけど、俺が竹田先輩のアパートにいる頃、切藤家は丈一郎逮捕に向けて厳戒態勢だったらしい。

遥が帰国したのも、その計画の一部なんだとか。

しかもさ、我が家の旅行にすら意味があった。

家族3人まるっと守るために、霊泉家の天敵がいるらしい京都に御招待されてたって訳で。

数年先まで予約が埋まってる筈の超人気旅館を抑えたのは、蓮母の伝手によるもの。

自分達の都合で移動して貰う事を申し訳なく思って、せめて楽しんで欲しいって趣旨だったらしいんだけど…。

何も知らなかった俺は、大谷君に会う為に早々に都内へ戻ってしまった。

それを知った蓮は、相当焦って俺を探したらしい。

ようやく辿り着いた竹田先輩のアパートで俺を発見した時には、丈一郎は既に逮捕されてて。

「だけど、まだ終わりじゃなかったんだ。霊泉家の中でただ1人だけ、蓮にとって晴ちゃんが大切な存在だと気付いてる者がいた。…私の生物学上の兄である慎一郎だ。」

慎一郎はかなり前からその可能性に気付き、丈一郎にすら内緒で俺の利用価値を探ってたらしい。

そして、竹田先輩を利用して俺を監禁しようとした。

「助けに来るであろう蓮を、殺す為に。」

頭を殴られたようなショックで、言葉が出ない。

蓮を殺すつもりだった?

蓮を当主にしようとしてたのは霊泉家なのに?

「慎一郎にとっては、蓮は邪魔な存在だ。
奴は『当主の父親』になりたかった。」

そんな事の為に、蓮の命を狙ってたの?

「だけど、逮捕された事で丈一郎が身内を疑い出した。当主候補を殺そうとしてたなんてバレたら反逆罪で罰せられる。焦った慎一郎は、逮捕前から行方をくらませていた秘書を使って竹田の口を封じようとした。」

あの時、啓太達を振り切って道路に飛び出したのは竹田先輩だった。

どこかで一部始終を見ていた車は、チャンスとばかりに加速する。

だけど、そこに割り込んだ人間がいる。

構わず諸共に轢き殺そうとした車に気付いたもう1人が、それを庇ってーー。

「待って…じゃあ、蓮が轢かれたのって…」

俺が、余計な事をしたからーー?

逃げた竹田先輩を捕まえようなんてしなければ…

そもそも俺が竹田先輩のアパートへ行かなければ、蓮は安全な場所にいた筈で…

意識のない蓮の顔に視線を向けるけど、その顔がぼやけていく。

こんなに守ろうとしてくれたのに、俺は最後の最後にそれを台無しにして…



それで、蓮が…


「…ごめ…っ、ごめんなさい…」


遥に諭されてから、頑張って意識して考えないようにしてたけど…

ずっと、心の中では思ってた。



蓮がこうなったのは、俺の所為だって。



「晴ちゃん、それは違う!言っただろう、元々狙われてたのは蓮だ。晴ちゃんはそれに利用されただけで、何の責任も無い!」

「…でも…」

涙が止まらない俺の肩を、翔君が強く掴む。

「晴、さっき俺に言ってくれたよな。『悪いのは霊泉家だけ』って。あれは俺を慰める為に言ってくれただけだったのか?」

「違…う、けど…」

本当に本心からそう思ってる。

「だろ?俺もそっくりそのまま返すよ。『悪いのはアイツらだけ』だ。何より蓮が、晴の所為だなんて思う訳がない。」

自分で言った言葉が返って来て、嗚咽を押し殺す。

ここで否定したら、翔君に言った事が嘘になってしまう。

『悪いのは、霊泉家だけ』

本当に、そう思っていいんだろうか。

「晴、蓮が目覚めたら怒っても泣いてもいい。文句もめちゃめちゃ言っていい。ただ、晴が自分を責めるのだけはやめてやって。…アイツが命をかけて守りたかった大切な物を、晴も大切にして欲しい。」

『逆の立場だったらどう?』

遥の言葉が胸に甦る。

蓮に謝って欲しくなんかない。

自分より大切な物を守るのなんて、当たり前だ。

掛けて欲しい言葉は、ありがとうでもなくて、もっとーー


「うん…分かった…」

服の袖で涙を拭って頷くと、翔君と蓮父が安心したように微笑む。







ねぇ、蓮。


蓮が目を覚ましたら、最初に言う言葉が決まったよ。

俺だったらこう言って欲しいなって思ったんだけど、蓮はどうかな。

2人で、答え合わせしよう。



だから早く、目を覚まして。







●●●

晴人と翔達が話しているこの時、既に丈一郎は死んでます。拓也と翔は知ってますが、その情報は国家機密扱いになってるので晴には言えません。
上層部は犯人に検討がついてるので神経を擦り減らしてます。







































晴人視点だと暗くなりすぎないので助かります。
ほんわかした子でよかった。笑
次回も晴人視点で、ついにあの問題に決着がつきます。





























































































































































































































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