【完結まで残り1話】桜の記憶 幼馴染は俺の事が好きらしい。…2番目に。

あさひてまり

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解決編

51.

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中盤からちょっと毛色の違うお話なので、苦手な方は1番下の●●●までワープして貰って大丈夫です!


●●●



その連絡が切藤拓也の元に入ったのは、霊泉親子が逮捕されて数時間後の事だった。

『慎一郎の第一秘書がいない』

旧知の仲であり、今回の逮捕劇に多大なる貢献をしてくれた誠司の緊迫した声。

その包囲網を掻い潜ったと言う事は、少なくとも数日前から替え玉が用意されていたと言う事になる。

しかし、だからと言って慎一郎が逮捕されるのを見越していたとは考え難い。

何故なら、家宅捜索された霊泉本家から犯罪の証拠が続々と出てきているからだ。

勘付いていたのなら、既にそれらは抹消されていた筈。

つまり、慎一郎には別の目的があった事になる。

『捜索班は動いているが、手が足りない。十分に警戒してくれ。』

難色を示す上を説き伏せて陣頭指揮を取ってくれた誠司に、拓也は礼を伝えて電話を切った。

隣では翔が顔を顰めている。

安全の為自宅で待つ手筈だった翔だが、逮捕完了と同時に切藤総合病院にやって来ていた。

「晴は見つかったのか?」

親子がまず懸念したのは、蓮が断腸の思いで遠ざけた大切な存在の事だった。

急いで蓮のスマホに電話を掛けると、数回のコールの後応答がある。

彼等の耳に届いたのは、吉報。

『晴は無事だ。今は俺の目の届く範囲にいる。』

深く溜息を吐いて、顔を見合わせる。

良かった。

しかも、蓮の声に明るさが含まれている。

それは自分達にしか分からないような微量な物だが、ここ数ヶ月の死んだような蓮とは大違いで。

全てがいい方向に向かっているように思えた。

後は、自分の力にかかっている。

拓也は、これからやるべき仕事を思って拳を握りしめた。

簡潔に蓮に状況を伝えて注意を促しつつ、電話を切ろうとしたその時。

『晴!!!!』

絶叫に近い声と共に、スマホが地面に落ちた衝撃音。

そのすぐ後に、唸りを上げる自動車のエンジン音。

「蓮!何があった!?」

大声で呼びかけるが、返事はない。

そして、ブツリと通話が途切れた。

「もしもし、誠司か⁉︎蓮に何かあったかもしれない!」

恐らく共に行動しているであろう啓太のスマホには、本人の同意の元でGPSが入っている。

「場所は都内だ。住所はーー」

それを伝えると、直ぐに返事が返って来た。

『たった今、その場所にいる警官から救急車要請の連絡があったらしい。』

息を呑む拓也と翔に齎されたのは、意識不明者がいると言うもの。

『轢き逃げだそうだ。被害者は男子大学生で…友人が、蓮と呼んでいた、とーー。』

衝撃に、頭が真っ白になる。

「蓮…嘘だろ…」

翔の声が震えている。

身じろぎする事もできず棒立ちになる2人の様子を感じて、誠司は電話の向こうへ声を張り上げた。

『しっかりしろ!蓮は頭を強く打ってる!』

その言葉に、医師としての条件反射が親子を突き動かした。

「搬送先は!?」

『翔の務める病院だ』

弾かれたように顔を上げた翔に、拓也が頷く。

「美優を頼む!」

そう言い残した翔は、風のように去って行った。

託された拓也は唇を噛む。

その願いを叶えてやる事が、自分にはできない。

呪われた血の全てを終わらせる為に、やらなければならない事がある。

だけどーー

『氷の医師』と呼ばれる彼の表情が苦し気に歪む。

それは果たして、重傷を負っているであろう末の息子の元に駆け付けるよりも大切な事なのか。

『拓也、大丈夫か?』

平静を保っていられたのは、親友の気遣わしげな声のお陰だった。

「俺は酷い父親だ…。息子達を巻き込んで、その大切な物を危ぶめてしまった…。」

あと少しで美優を喪っていたかもしれない翔。

何よりも大切な晴人を、自分の人生から弾き出そうとした蓮。

それだけではなく、最愛の妻すらも被害者にしてしまった。

守るべき家族が危険に晒されたのは、全て自分の生まれたの所為。

「それでも…だからこそ、俺が終わらせなければ…」

苦しい友の告白を、誠司もまた悲痛な表情で受け止める。

付き合いの長い誠司は知っていた。

翔が父親に憧れて医師を目指した事も。

陽子が雑誌のインタビューの度に『最愛の家族に感謝を』と締め括る事も。

そして、能力の高すぎる蓮が認める数少ない大人の筆頭が、父親だと言う事も。

『お前は、家族の幸せの為にずっと戦ってきただろう?それが全てだよ。』

人の生まれはどうにもならない。

『子は親を選んで生まれてくる』なんて言うが、そんなものは嘘っぱちだと誠司は確信している。

そうでなければ、自分の親友がこんなに苦しむ事などなかったのだから。

「…誠司、ありがとう。私は最後まで闘い抜かなければ。」

一人称がいつもの通りに戻った拓也に、誠司はホッと息を吐く。

それと同時に、力の及ばない自分が情けなくもあった。

ここから先は、警察高官自分ですら一切の介入ができない。

決戦に向かう親友ともを、送り出す事しかできないのだ。

それは、家族の誰も知らされていない計画。

霊泉家が盾とする『大いなる護り』と、直接対峙する。

その存在に蓮辺りは検討を付けていそうだが、確信は持っていないだろう。

ともすれば都市伝説等と言われるような内容だからだ。

しかし、彼等は…いや、彼女等は確かに存在する。

秘匿された日本の歴史の、闇の部分。

無闇に暴こうとした者は、1人としてこの世に遺っていない。

そんな相手と、拓也は交渉をしに行く。

霊泉家を、滅ぼす為に。

決意した拓也の目の奥に青い炎が揺らめくのが、誠司には見えた気がした。






🟰🟰🟰


「叔父上、本当に良かったのですか?」

重厚な扉の前で、与一郎が気遣わし気に拓也を見遣る。

蓮の状態を知った与一郎は自分1人で行く事を提案していたのだが、拓也はそれを断った。

元々、謁見ができるのは霊泉家の当主のみ。

ほぼ確定と言う段階で与一郎が丈一郎から教えられていなければ、話を通す方法すら掴めなかっただろう。

そう言った意味でも、与一郎の存在は有り難かった。

「蓮の傍に、いてやっては?」

尚も言い募る与一郎の胸中は複雑だ。

自分の親であれば、死にゆく者を案じて祈るなどあり得ない。

替えを用意する方に躍起になる筈だ。

だけど、叔父の家族は違う。

きっと叔父上は息子の傍にいたい筈だ。

そう思っての気遣いだが、それでも拓也は首を横に振る。

「私が蓮の為に祈った所で、状況は変わらないよ。」

その言葉は冷たいものではなく、医師である彼の経験からくる重みのある現実だった。

「蓮には晴ちゃんがついてる。その晴ちゃんにもサポートを送ってある。」

知らせを受けてからの短時間の間に、拓也は様々な手を打っていた。

脳神経外科医である翔を送り、更には晴人の母である美香をも派遣した。

京都にいた彼女がこっちに戻って来ている筈だと言う叔父の読みが当たった時は思わず舌を巻いてしまった。

曰く『晴ちゃんが行方不明なのにその場に留まっていられる女性じゃないからね。』との事。

それでも危険を回避する為、霊泉親子が逮捕される時間までは、到着を何とか引き伸ばしたらしい。

更に、遥を晴の下へと差し向けた。

こちらも安全の為に笹森の迎えが必要だったが、今頃は無事に着いているだろう。

同時に陽子の身柄を切藤総合病院に移し、入院中の美優と共に匿っている。

本部となっている病院には、霊泉家を敵と見なす政界の重鎮達が極秘に終結している。

何があっても…例え霊泉家の残党がいたとしても、みすみす彼女達を危険に晒す事は無いだろう。

それに、逮捕劇の陣頭指揮を取る誠司も目を光らせている。

逆に言うと、ここまで万全の体制でこの時を迎えたのは、偏に命の保証が無いからだ。

今から会う人物達と交渉が決裂すれば、自分達は消される。

『それでも、一緒に闘ってくれるかい?』

そう聞かれた時、与一郎は直ぐに頷いた。

本当は自分がやらなければならなかった事だ。

家を裏切った時点で、そうするべきだった。

『お前、自分の身の安全しか考えてねぇだろ。』

初めて切藤家で顔を合わせた時、蓮にそう言われて。

妹を守りたいと言いつつ、自分は何の覚悟も無かったんだと気付かされた。

命惜しさに、叔父の所に泣きついただけ。

恥ずかしかった。

巻き込まれた被害者にも拘らず戦う蓮が、翔が、そして遥が眩しくて。

何よりも、こんな自分に良くしてくれる叔父の役に立たなければと思った。

だから、自分1人でいいと、そう言ったのにーー。

「何を泣きそうな顔をしている?」

苦笑しながら頭を撫でられる。

与一郎は、この叔父を尊敬している。

人を愛し、人に愛されながら自分の出自と闘う姿は与一郎の理想そのものだった。

「叔父上に死んで欲しくありません。」

ポロリと溢れた本音に、拓也は目を丸くする。

「私も、可愛い甥に死んで欲しくないよ。」

そう笑いかけると、与一郎の耳が赤く染まった。


もしも、を言い出したらキリがないけれど。

もっと気を付けて見ているべきだったのだと、拓也は後悔している。

『霊泉家長男の息子』ではなく『自分の甥』として気に掛けるべきだった。

あの狂った家から彼を救ってやれるのは、自分だけだったのに。

恨みの感情からそれを怠ってしまった自分ができる唯一の事は、この先の未来へ彼を進ませてやる事だけだ。

そんな拓也に、ここで彼1人を行かせる選択肢などない。

いざとなったら、自分を犠牲にしてでも与一郎を生かすと決めていた。



ギィィィ


約束の時間丁度、目の前のドアが開く。

奥に広がる闇は深く、どこまで続いているのか分からない。

『進め』

どこからか聞こえてくる男の声に、黙って従う。

廊下のようでいて、外のようでもある。

4月にしては冷たすぎる空気と、肌を刺す静寂。

まるでこの世では無いかのような、そんな感覚に陥る場所だ。

どれだけ歩いたのか分からなくなった頃、前方にぼんやりと灯りが見えた。

全身に黒い装束を纏い、漆黒のベールから口許だけを晒した人物がこちらを向いている。

その唇が不機嫌そうに歪んだ。

「お前達は当主ではない。この先に進む資格の無い者は殺す。」

袖の下からギラリと光る物が見えて、拓也と与一郎は注意深く一歩下がる。

気付いた時には周りを複数人に囲まれていた。

全員が黒装束を身につけ、その手にはそれぞれ武器を携えている。

与一郎の喉がゴクリと音を立てた。

命の危険性があると想定していたが、ここで殺されるのは早すぎる。

交渉の場にすら上がれないのなら、ただの無駄死にだ。

「僕…私は霊泉家の当主代理として来ました。謁見を許された者を殺す権利が貴方達にあるのですか。」

落ち着いた与一郎の言葉に、黒装束の男がギリッと唇を噛み締めたその時だった。

『その通りだ、道を開けよ。』

入口で響いたのと同じ声がして、黒装束達が一斉に膝をつく。

『こ奴等を招待したのは我だ。手出しは無用』

「御意。」

一瞬で闇に溶けるようにいなくなった彼等の奥で、
音を立てながら2枚の扉が開いて行く。

その先は、今までの闇とは全く違っていた。


外に繋がっていたのか、と疑うような広いスペースは、だがしかし良く見ると螺鈿細工の壁で覆われている。

最も目を引くのは、鏡のように磨き上げられた巨大な黒漆の鳥居。

その根元は地面ではなく同じ黒漆の床に埋まり、長い道のように先へと続いている。

行き止まりにあるのは、高さ10mはあろうかという祭壇。

金細工の優美な装飾で彩られたその最上段には御簾が下がり、奥に部屋のようなスペースがある事が窺える。

「無礼を許せ、霊泉の。」

声を発したのは御簾より手前、祭壇の最下部に佇む長身の男だった。

先程の黒装束達とは違い顔を晒し、スーツを身に纏っている。

「あ奴等はお前達の謀りで主様の存在が露見する事を危惧しておるのだ。」

その言い方から、彼等は全てを知っているんだと悟った。

「…決して貴方の主にご迷惑をかけるつもりではありません。私達が敵とするのは霊泉だけです。」

拓也がそう言うと、男は目を眇める。

「ふん、その身に霊泉の血を流しながら良く言う。」

端的な言葉のようだが、この男にとってはそうだろう。

126代続くとされる系譜に空白があるのは一般的にも知られているが、その後実は枝分かれしていると言うのは国家機密。

表舞台に立った者は、神に仕える者の頂点に。

裏へと回った者は、国の守護神そのものに。

「主様、表の御方、我等守護の三家、そして霊泉家。それ以外の区別など無い。」

国民を重んじる表とは対象的に、裏の一族に忠こころを捧げる彼等にとって、その他の国民などいないに等しい。

「仮にお前達が霊泉の一族で無いと言うのなら、主様の存在を知る不届き者。生きては帰さん。」

その言葉と同時に、周りを再び黒装束が囲む。

「…私達には確かに霊泉の血が流れています。ですが、それを誇りとするかはまた別の話でございましょう。」

拓也の言葉に、男の瞳に殺意が閃く。

「主様に遣えるを、誇りでは無いと申すか。」

喉元に突きつけるられたナイフから、一筋鮮血が流れた。

もうほんの少し手に力が入れば、喉笛を掻っ切られる。

「否、そうではございません。貴方の主に仕える事は最高の誉れでしょう。…本当に御役目を果たせていれば、私とて一族から逃げ出しはしなかった筈です。」

冷静な拓也の言葉に、男の片眉がピクリと上がる。

「貴方も知っておいでの筈です。大正時代よりこっち、私利私欲にに塗れ、一族絶対主義へと堕ちた霊泉家の事を。忠心を無くしたにも関わらず権力だけはある家の成れの果てを、私と甥はこの目で見て来ました。」

拓也の目が真っ直ぐに男を射抜く。

「霊泉家は終わらせる為に、長年準備してきました。そして、今がその時です。」

「…我等に何をしろと?」

「何も。」

軽く目を見張った男に、拓也は微笑む。

「金輪際、霊泉家に何もしないでいただきたくお願いに参りました。一族の恥はその血の者でしっかりと片をつけます。」

男は意外に思った。

予想していた内容とは違ったからだ。

自分達にとって霊泉家の存在が疎ましいものになっていたのは、確かだった。

だからそこを突いて、協力を要請してくるのだと。

そう思っていたのだが…



「その辺りにしておけ、皆のもの。」

突然の女性の声に、男と黒装束が一斉に膝をつく。

それは祭壇の最上部ーー御簾の奥から響いていた。

やはり、いたのか。

凛とした厳かな声音に、拓也と与一郎の背筋が伸びる。

この女性が、裏の一族の最高位にして神の化身。


「つまり『こっちの喧嘩に手ェ出すんじゃねぇボケ!』と言う奴じゃな。」

…は?

目が点になる拓也達とは対照的に、男が頭をかかえる。

「主様、そのような物言いは…」

「うるさいのぅ、其方は話が長すぎるのじゃ。
キャラ立ちしようと必死か、勿体ぶりおって。」

「日本語が乱れておりまするぞ!だからSNSはお控え下されと、あれ程…」

何だ、この年頃の娘と父親のような遣り取りは…。

唖然とする拓也達の前から、黒装束達が逃げるように消えていく。

「黙れ頑固ジジイが!」

地面が揺れてたたらを踏むが、男は慣れた様子で嘆息するだけ。

「主様、それについては後でお話致しましょう。今はこの者等の処遇です。」

するとピタリと揺れが収まり、御簾がシャラシャラと鳴った。

「なにを迷う事がある?霊泉のに対して頭を抱えておったのは其方を含めた三家の頭ではないか。丁度
良いであろう。」

バッと男の方を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「そも、神力を使えなくなった時点で失格じゃ。
奴等が三家に継ぐ権力を与えられたのは、その能力によるものだからの。とうの昔に片をつけるべきだったと言うのに、御先祖様は何を日和っていたのやら。」

「主様!」

「霊泉の…いや、元霊泉のと言えば良いかの。其方等の好きにするが良いぞ。」

あっけらかんと言い放たれて、拓也は固まった。

与一郎も呆然としている。

まさか噂のラスボスが、このような柔軟な方だったとは…。

「主様、本当に許可なさるおつもりか。」

「勿論じゃ。交渉の材料として持って来た件はこちらとしても魅力的だからのう。」

「交渉…?何を…」

ハッとしたように男がこちらを見てくるが、拓也はもっと驚いていた。

どうやら話は本当だったらしい。

裏の一族は千里眼を持つ、と。

「詮索されずに治療を受けられるのはラッキィじゃからな。」

拓也が交渉の材料に提案しようと思っていたのは、正にこれだ。

三家の人間は様々な名前を持ち、日本中を…時には世界を暗躍している。

何と闘っているのかは想像でしかないが、当然ながら怪我は付きものだ。

そんな時、偽造した名前では病院を受診しにくい。

勿論お抱えの医者はいるが、数が少ないのだ。

「病院にはプライバシーを守る特別フロアがあります。私が所有者である限り、いつでも融通を効かせましょう。」

確かに、目算でおおよそ20年、書類偽造と言う面倒に煩わされないのは魅力的である。

「丈一郎に何もしないだけで得があるんじゃ、乗らない手はなかろう。」

それには男も異論は無いらしく、拓也は安堵する。

ただし、これで終わりではない。

「問題は、其方を含めた残りの者の処遇じゃな。」

視線を向けられた気がして与一郎の肌が粟立つ。

「主様、この者は内情を知りすぎておりましょう。それに、残党がこの者を旗頭として一族の再建を図る可能性は看過できませぬ。」

「そうじゃなぁ、一族郎党皆殺しが良いか。」

ごく当たり前かのような口調に与一郎が青褪める。

親しみすら抱く言動に騙されてはならない。

この女性にとって、人の命など箸より軽い物だ。

「お、お待ち下さい…!」

僅かに震えながらも与一郎が声を上げる。

ここで何もできなければ、自分が来た意味がない。

「私は…どうなっても構いません。私欲に溺れた者を庇う気もありません。…ただ、年端の行かない者や知識の無い者にはまだ更生の余地があります。」

妹や双子、そして分家にいるらしい幼い子供達を思う。

「霊泉家から切り離して育てれば、一般人として生きていける筈です。彼等には何の落ち度もありません。」

「選別方法を此方に任せると言うならば、叶えてやっても良い。嫌だと申すなら全員消す。」

ヒヤリとする声音に、これ以上の譲歩は不可能だと判断する。

「それと、其方は駄目じゃ。死んでもらわなければ。」

その言葉に、男が右手をスーツの胸元に差し入れた。

「お待ちを。彼には大役があります。」

遮ったのは拓也だった。

「私が退いた後、切藤総合病院は契約をそのままに彼に譲ろうかと。」

目を見開いた男が、指示を仰ぐように神座を振り返る。

これは事前に与一郎と話し合っていた事だった。

拓也が理事の間ならば、彼等にメリットがあるのはせいぜい20年。

それでも好条件と宣う彼等からしてみれば、与一郎に引き継がれる事でプラス数十年の安寧が約束される。

「この、腹黒狸が。態と小出しにしおって…」

ここぞと言うタイミングでカードを切ってきた拓也に、神座の声が震えた。

「ふふっ、はははっ!良い!良いぞ!久方振りに楽しい気分じゃ!」

やがて大変満足そうな笑いに変わったそれは、ハッキリと言い切った。

「交渉成立じゃな。妾の前で約束を違える事はできんぞ。」

「「御意」」

「ふーむ、霊泉のは勿体の無い。この様な面白い男がいるのに気付かぬとは、愚かじゃのぅ。
ジイ、此奴等を送ってやれ。…あぁ、そうじゃ!」

丁寧に頭を下げて背を向けた拓也と与一郎に、言葉が追いかけて来た。

「其方の倅はまだ生きておるか?」

グッと一瞬息を呑んだ拓也は、それでも微笑んだ。

「勿論です。息子は最愛を遺して逝く事などあり得ませんので。」

すると、カラカラと笑い声が響く。

「それでこそ霊泉の血であろうよ。」

「「え?」」

「うむ、粉々じゃな。人を遣わしてやろう。」



何が何だか分からないうちに、2人は外の扉の前に立っていた。

『この入口は直ぐに無くなる。早く去る事だな。』

暫く動けない叔父と甥だったが、男の声にハッとして急いでその場を離れたのだった。







🟰🟰🟰


「主様。」

来訪者が去り2人きりになった祭壇で、男が声を掛ける。

「分かっておろう。行け。」

その命は『殺れ』と同義語だ。

瞬時に身を翻した男は思う。

自分の仕える御方にとって、約束とは反故にして良いものだ。

神に誓った約束を破れないのは人のみであり、この主には無関係である。

「…悪く思うなよ。」







🟰🟰🟰


逮捕された丈一郎は、特別に用意された部屋を独りで苛々と歩き回っていた。

時刻は既に深夜。

まさかこんな時間まで自分が拘束される事になるとは。

賤しい血の者達に取り調べをされる等、丈一郎にとって屈辱以外の何者でもない。

この礼は、警察上層部にもたっぷりとしてやらなくては。

それでも、間もなく解放されるであろう事を彼は1ミリも疑わない。

何故ならば…

「霊泉の」

ほら、来た。

「遅いぞ、待たせおって!いつ解放されるんだ!」

突然背後に現れた相手にも驚く事の無い丈一郎は、その訪問を心待ちにしていたらしい。

黒いスーツの男は、そんな丈一郎を静かに見下ろした。

「何をモタモタしている!サッサとしろ!我が一族がどれ程の働きをしてきたと思っている!」

喚く丈一郎に、それでも男は動じない。

そして、静かに言った。

「全ては初代様の功績ではないか。お前は何もしていない。」

一瞬ポカンとした丈一郎の顔が、やがて怒りで真っ赤に染まる。

「なっ…!」

「主様からの御言葉だ、心して聞け。」


反論しようとする丈一郎を押し留めるかのように、ゆっくりと告げる。


『永きの務め、御苦労であった。』


驚愕に目を見開いた丈一郎へ、男が手を伸ばす。



やがて部屋は、深夜の静寂に包まれた。


















密室の中で横たわる丈一郎の遺体が発見されたのは、翌日の早朝の事だった。




●●●

ここまでワープして来た方は、丈一郎が死んだ事だけご理解いただければ今後に支障はありません。

次回は晴人視点です。





























『三本脚の烏』の都市前説をお借りしてアレンジしております。信じるか信じないかは…笑
霊泉家のアレコレに関してはあまり深掘りするとファンタジー色(?)が出ちゃいそうなので、完結後に番外編でちょっと書き足そうかなと思ってます。
























































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