【完結まで残り1話】桜の記憶 幼馴染は俺の事が好きらしい。…2番目に。

あさひてまり

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解決編

45.

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(side 相川陽菜)

焦燥と沈黙を乗せた車が目的のアパートへと走る。


あの後、戸惑う私と桃を他所に男子達は言い争っていた。

竹田って言う男が、過去に晴ちゃんを襲った犯人だと蓮は確信していて。

「クロ、車のキー寄越せ!」

「ま、待てよ切藤!先輩はそんな人じゃない!!」

直ぐに立ち上がった蓮の前に、珍しく声を荒らげた中野が立ち塞がる。

話を聞いてて分かったけど、中野にとってその竹田って人は、中学の頃からずっと尊敬してきた先輩みたい。

「だからこそだろ!晴が相川に言い残した『信頼できる相手』に当て嵌まる!」

そう、きっと晴ちゃんがこの場にいたら『そんな人じゃない』って庇う筈。

だからこそ疑惑が深まるなんて皮肉よね…。

「アパート、床下、晴が倒れたタイミング…こんだけ条件揃ってる人間が他にいるなら言ってみろ!」

グッと返事に詰まった中野を押し退けて、蓮が部屋を出て行く。

「啓太君…気持ちは分かるけど、俺も偶然にしては出来過ぎだと思う。蓮と2人で行って来るからさ!啓太君はここで相川ちゃん達と待っててよ!」

ね、と気遣う黒崎が私に目配せしてくるけど。

「それは無理。私も行くから。」

「わ、私もです!」

「ちょっ、空気読んで…」

すかさず答えた私と桃に、黒崎が頭を抱えてるけど知ったこっちゃ無いわ。

「晴ちゃんの無事をこの目で確かめるまでは、安心なんかできないもの。で?アンタはどうなのよ?」

私に睨まれた中野はハッとしたように目を見開く。

「そうだよな…ごめん。勿論、俺も行く!」

「啓太くん…。」

力強い言い方に中野は安堵してるけど、私は不服。

「当たり前でしょ、晴ちゃんの親友名乗ってんならそれくらいしなさいよね。」

そのポジションを羨んでる人間だっているんだから。

「相川ちゃん、辛辣すぎ…。とにかく急ごう!」

急いで蓮の後を追うと、丁度黒崎が借りたレンタカーに乗り込む所だった。

「蓮、俺が運転するから助手席行って。今のお前に運転させたら着く前にスピード違反で捕まるから。」

蓮は顔を顰めてるけど、黒崎にも、揃ってやって来た私達にも特に何も言うつもりは無いみたい。

『何があっても自己責任』でしょ、分かってるっての。

ナビに蓮が記憶してた(数年前に一度見たのを覚えてるってどう言う事?)アパートの住所を入れると、車が発進する。

車内では皆んなが晴ちゃんの身を案じて、重い空気が漂った。

特に助手席の蓮は、こっちが息をするのも憚られるくらいピリピリしてて。

それこそ、竹田と対峙したら殺す気なんじゃないかってくらい。

まぁでも、無理もないとは思う。

過去に晴ちゃんを苦しめておいて、先輩面してのうのうと生きてるなんて。

しかも、蓮の推理が正しければずっとチャンスを伺ってたって事になるんだわ。

晴ちゃんを襲う為に…。

ゾワリと鳥肌が立って腕を擦る。

勿論、まだ確定ではないけど。

でも…私も限りなく黒に近いグレーだと思う。

中野には悪いけど、条件に適合しすぎだもの。

訳も分からず蓮に冷たくされて傷付いた晴ちゃんが頼る程、信頼されてる人間。

尊敬する先輩の事だったのね。

そんな人に裏切られた晴ちゃんの気持ちを考えると、やりきれない。


重苦しい思考と空気に耐えられなくなって、そっと窓を開けた。

「あ。」

一片の薄紅がひらりと、春の暖かい空気と一緒に車内に入って来る。

桜だわ…。

ん?桜…?

その時、ずっとモヤモヤしてたが頭の片隅でチカッと光る。

そうだ、晴ちゃんが桜の話をしてた。

それは蓮と遥が抱き合ってた浮気現場(浮気じゃなくて親愛のハグだったけど)の描写だったっけ。

思い出の桜の木の下で2人が、って。

…ううん、待って。

それだけじゃなかった!

確か…あれは…

「思い出した!!」

急に沈黙をぶち破った私に、全員の視線が集まる。

ちょっと、黒崎は前だけ見てなさいよ!

「陽菜ちゃん?」

恐る恐るって感じでこっちを見る桃の手をガシッと掴む。

「思い出したのよ!晴ちゃんが『蓮は今も遥が好きなんだ』って最初に思ったきっかけを!」

この話…今じゃなくていいのかもしれないけど、今じゃないといけないかもしれない。

分からないから、とにかく話してしまおう。

「桜の御守りを遥と交換してたとかなんとかで…!」

「それって中等部の修学旅行の伝統ってやつ?お互いの名前を交換するんだっけ?」

同じく高校組の黒崎だけど、私とは違ってその存在は知ってたみたい。

「桜守り?確かにそうだけど…。」

中野の説明によると、それは桜型の薄い硝子らしい。

京都のとある神社でのみ手に入る恋守り。

「大きさは500円玉くらいかな。半分に分かれるようになってて、それぞれにローマ字4文字まで名前を掘って貰うんだ。で、好きな相手に自分の名前の方を渡す。」

ふーん、よくカップルがつけてる『合わせるとハートになるネックレス』みたいなもんね。

例えば私が中野を好きな場合…いや、ちょっと癪だから桃にしよう。

桜の半分に『HINA』と堀って桃に渡す。

もう半分の『MOMO』は私がそのまま持つ、と。

「だからさ『渡す=告白』『受け取る=OK』って事になるんだよ。因みに3ヶ月以内に渡さずに自分で持ってると、その恋は永遠に叶わなくなる。」

つまり、既に付き合ってる2人なら堂々と分けて持てば良くて、片想いなら告白の代わりにこれを渡せば意味が通じるのね。

奥ゆかしい感じはするけど、振られたら結構キツそうだわ。

渡せなかったり受け取って貰えなかったら、処分しないと『永遠に叶わなくなる』って事でしょ。

しかもこれ、流行らせたのは蓮のお兄さんらしい。

学園の伝説として語り継がれる彼の影響なら、伝統にまで昇華されるのも納得だわ。

「晴ちゃんは、過去に蓮と遥がそれを交換してて…今も大切に持ってるんだって言ってたの。」

そう言って視線を向けると、蓮に変化があった。

刺すようなオーラが鎮まって、僅かな動揺が見られる。

「晴が…を知ってた…?」

驚いた声音と共に財布から取り出したのは、小さな桜の片割れ。

よく見るとそれには『HARU』と刻まれてる。

これって『HARUTO』って意味?

え、じゃあ晴ちゃんは『REN』を持ってないとおかしいのよね?

だけど、あの話ぶりからはこれが『HARUKA』って確信してるみたいだった。

つまり…晴ちゃんは『REN』を持ってないって事。

じゃあこれって…やっぱり遥の事なの?

付き合ってなかったんなら、どうして交換してんのよ。

私だけじゃなくて、全員が困惑して蓮を見詰める。

その視線なんか全く気にならないかのように、蓮は何かを考え込んで。

やがて、呟いた。


「まさか…。だって、あれはーー」








🟰🟰🟰



(side 萱島晴人)


「先輩…?嘘、ですよね?」

震える声で紡いだ言葉に、先輩の口許が歪む。

それが弧を描いた事に、背筋を冷たい汗が伝った。

目の前にいる人は、本当に俺の知る竹田先輩なんだろうか。

尊敬するこの人は、こんなに暗い目をしてた…?

「…嫌だッ!」

頬に触れてきた手を、咄嗟に強く振り払う。

バシンッと乾いた音を立てたそれに一瞬動きを止めた先輩は、ゆっくりと瞬きした。

「晴人、お前は間違ってるよ。」

静かな言い方なのに狂気を感じるのはどうしてだろう。

力の抜けた足でなんとか後退ると、背中が壁についた。

外に出られるドアまでは、先輩を越えないと辿り着けない。

だけど、窓からなら…。

すぐ側にある窓は小さいけど、俺の体格なら通れそう。

飛び降りたら、3階って死ぬ?

植え込みでもあれば怪我で済みそうだけど、摺ガラスの古い窓から外は見えなくて、下がどうなってるか分からない。

どうしよう…どうしよう…!

パニックになってる間に、先輩が落ちてるガムテープを手にした。

開いた距離をゆっくりと縮めて来るその姿に、恐怖が募る。

またアレで縛られて…される事なんか分かってる。

先輩のスウェットの前面が見て分かるくらいに膨らんでいて、血の気が引いた。

あの時は未遂だったけど、今度はきっとーー。


もう、逃げる事しか考えられなかった。

怪我なんかしてもいい。

最悪死んだっていい。

触られたくない、奪われたくない。

蓮以外なんて、知りたくない。

蓮が俺を愛してくれた証を、失いたくない。


ーー晴。


ふいに、優しく呼ぶ声が聞こえた気がした。

途端に足に力が戻って、恐怖が薄れていく。


無事にここを出て、蓮に会いたい。

冷たくされてもいいから、もう一度だけーー。

だから、やるしかない!

力強く立ち上がると、一目散に窓へ走り寄る。

視界の端に先輩が映ったけど、特に焦る様子は無い。

それを疑問に思いつつ窓を思い切り開いてーー

「えっ?」

「ハハハッ、珍しいだろ?古いアパートだから昔の作りなんだよ。」

外側から窓を覆うように嵌った転落防止用の鉄格子を見て呆然とする俺に、先輩が愉快そうに笑う。

鉄格子の隙間から、下に植え込みがあるのが見えた。

クソッ、これさえなければ飛び降りて逃げられたかもしれないのに…!

歯噛みして見てると、丁度その前の道を犬を連れた男の人が歩いて来た。

角度的に先輩からは見えてない筈のその人に、助けを求めよう。

住宅街の端にあるここは人通りが少ないらしいから…チャンスはきっと、この一度きり。

大きく息を吸って、外へ向けて叫ぶ。

「助けて!警さ…ングッ…!」

通報して欲しいと求める声は、そこで途切れた。

服の襟首を捕まれ背中から床に引き倒されて、一瞬息が詰まる。

ピシャリと音がして閉じられた窓の前には、一気に距離を詰めてきた先輩がこっちを見下ろしていた。

「助けを呼ぼうとするなんて、案外冷静だな。
…あの時は泣きながら震えてたのに。」

ウットリと付け足された言葉に背筋が凍る。

咳き込みながらも何とか身を起こすけど、再び這い上がって来た恐怖でそれ以上動けない。

逃げないと…逃げろ!

心の中ではこんなに叫んでるのに、身体が言う事を聞かない。

暗い瞳が、追い詰められた俺を見て嗤う。

あの日と同じように、両足にガムテープが巻かれて自由を奪われた。

「泣き声が聞きたいから、口はやめておこうな?」

恐い、恐い、恐いーー!!!


その時、首元からハラリと何かが落ちた。

それは、中学生の頃からずっと習慣でつけてる御守り。

引っ張られた時に巻き込まれたらしく、飾り紐がブツリと切れてしまってる。

膝の上に落ちてきたそれを、震える指でギュッと握り締めた。

「…れん…」

絶望的な状況で、蓮を感じられるこれだけが心の支えだった。



なぁ、蓮

どんなに冷たくされても、蓮が遥を選んでも

俺の気持ちは一生変わらないよ

蓮が好き

蓮だけが、好き

だからさ

これからされる行為がどんなに辛くても痛くても、耐えてやる

こんな奴に何をされたって、泣いてなんかやらない

傷付いてなんかやらない

俺の心を動かせるのは、蓮だけだから



伸びて来た手に鎖骨を撫でられて、歯を食いしばる。

「手は上で縛るか。晴人、それ寄越せ。」

縁にしていた御守りに気付いた先輩が奪おうとする。

「…嫌だ…!やめろ!」

アンタなんかが、これに触れるな!

抵抗すると、衝撃と共に頭が揺れた。

耳の上から痛みが広がって、殴られたんだと気付いた時にはもう、手を開かされていて。

嫌だ…触らないで…取り上げないで…!

これだけが、俺と蓮の繋がりなのに!!


願いも虚しく、先輩の手が御守りを掴む。


バチンッ!!


「うわっ!!」

驚いた声がして、御守りが放り投げられた。

「何だ?静電気か⁉︎」

それにしては大きい音だった気がするけど、手を抑えた先輩は警戒するように俺から少し離れる。

放り出された御守りはやけにゆっくり空中で回転して…その拍子に、中から何かを吐き出した。

小さな御守りの口から溢れた、さらに小さな何か。

それはカツンッと軽い音を立てて、俺の目の前に落ちる。

「……え?」

薄ピンクの小さなガラスは、桜の花の半分。

「桜…守り…?」

それは俺にとって因縁と言ってもいい、桜守りだった。

でも、どうしてこんな物が御守りの中から出て来たんだろう。

恐る恐る手を伸ばして拾い上げる。

そして裏返してーー息を呑んだ。


「ど…して…?」



そこには、ハッキリとこう刻まれていたから。






『REN』







●●●

桜守りについて↓

side晴人中学編5話『衝撃』
side蓮中学編14話『京都』(晴が持ってる御守りについての話もここにあります。)












































またもや更新が久しぶりになってしまいました💦
前回愚痴らせていただいた職場の問題が解決した(上司の片方が異動で決着)ので!!
やっとこっちに集中できそうです!



次回は蓮視点です。
桜守りの謎がようやく解決します!

















































































































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