【完結まで残り1話】桜の記憶 幼馴染は俺の事が好きらしい。…2番目に。

あさひてまり

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解決編

37.

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場面の変わりは🟰で表しています。
※男女の性描写(胸糞系)があるのでご注意下さい!

●●●


(side 霊泉与一郎)


『でかけた』

お馴染みの縦読みメッセージがコメント欄に届いたのを確認して10分後。

僕はつい最近まで自分の実家だった場所へ足を踏み入れた。

屋敷全体をぐるりと囲う、まるで監獄みたいな塀。

そこの一角が隠し扉になっているのを知っているのは、祖父と父と僕のみ。

有事の際に直系を逃す為に受け継がれてきたそれは、祖父の手によって最新式へ進化している。

小さな窪みに人差し指を掛けて押し込むと、チクリとした痛み。

が作動してギリギリ通れる位の隙間が開くと、そこに体を滑り込ませた。


無事敷地内に入れた僕は勝手口へと回る。

ここは厨へ続いているため、献上される食事を待つのが当たり前の霊泉家の人間がいる心配は無い。

ノックすると直ぐに扉が開いた。

「椿、変わりはない?」

双子の片割れが小さく頷き、僕を中へと招き入れる。

「楓は僕の部屋?」

またも頷く椿に、少し頬が緩む。

彼女にゲームや動画へのコメントの仕方を教えたのは僕だ。

縦読みで情報をくれる時、いつも大人しい楓の文章がギャルっぽいのも面白い。

僕の都合で教えた事だったけど、案外楽しんでくれているのかも。

「菫様も、ご一緒です。」

両親共に血の繋がった妹の名を出されて、首を傾げる。

女に名前を与えない霊泉家では『与一郎の一の妹』なんて呼ばれてる妹。

僕が勝手に付けた好きな花の名前をいたく気に入っていて、呼ぶ度に嬉しそうに笑う。

女に教育を受けさせないこの家の環境の所為で実年齢よりかなり幼い言動をするけれど、僕はそんな妹を愛している。

しかし、何故その菫が楓と共に僕の部屋にいるのか…見張役にバレなかったのか?

疑問に思いつつも、椿に急かされて祖父の書斎へと向かう。

自室に軟禁されている筈の僕が姿を見られるのは不味いので、ここはかなり神経を使う…筈だったのだけれど。

長い回廊には人の気配が無い。

不審に思っていたが、途中の部屋から漏れ聞こえてきた音で謎は解けた。


「ほら、もっと喉の奥を開け!」

ズボンの前を寛げた男が奉仕させているのは、

苦しさに涙を流すその背後では、彼女のが腰を振っている。

「もっと締められないのか、使えない奴め!
こんなでは、新しい当主様を愉しませられないだろう!子種が貰えなくていいのか!」


気味の悪い行為と同じような会話は、少し離れた部屋でも、その先からも聞こえた。

…新当主となる蓮への貢ぎ物と言う訳らしい。

霊泉家の当主が最初に子供を産ませるのは、その時一番血の濃い初物の女と決まっている。


その後も血の濃い順に孕ませていくが、本人の意思によって変わる事もある。

つまり、自分の娘や姉妹が気に入られれば、血が薄くとも当主の子供を産める可能性がある訳だ。

そうすれば、一族内での序列は上がる。

今日遥を捕らえる任務にあたっているのは、祖父の側近達。

彼等が居ない今、残り物である『下』の者達は下克上の為に必死なんだろう。

蓮が新当主になった場合、最初に抱くのは1番血の濃い菫。

その次以降を狙った戦いの為に、男達は自分の手札に実地で性技を仕込んでいるのだ。

楓達は、菫が巻き込まれないように匿ってくれているんだろう。



あまりの嫌悪感に視界が揺れる。

家を出て切藤家のまともな人間と接するようになって、この家の何もかもが余計にダメになった。

吐き気を堪えながら歩く僕を、横で椿が支えてくれ
る。


この狂った一族は、滅びるべきだ。


そう決意を新たにする事で意識を保ち、なんとか祖父の書斎へと辿り着いた。

当主になると決まった日に教えられた、この部屋のロック番号。

変わっていたらどうしようかと思ったが、その心配はなかったみたいだ。

逆に言うと、それだけ祖父の余裕が無いと言う事でもある。

見張の為、扉の外に掃除中のふりをした椿を残して中に入った。

屋敷の中で数少ない洋室のここには、霊泉家の闇が眠っている。

必要なのは、その中の一つである音声ファイルだ。

叔父上に渡した物の解析ができなかったのはコピーだったから。

今回は原本を持ち出す代わりに、偽のファイルを入れておく。

もしこれがバレてしまったら、祖父はこちらの計画に気付くだろう。

そうならない為には、どれだけ祖父の気を逸らせるかが勝負だ。

その為に名乗り出た遥は本当に凄い。

そして、作戦を考えた蓮も。

僕自身も頭は切れる方だと思っているけど、蓮のそれは別次元だ。

2人が信頼しあってるのも理解しあってるのも、会話を聞いていて良く分かった。

幼馴染と言う特別な関係が少し羨ましくなる位に。

そんな2人が共闘するんだから、大丈夫だと信じたいけど…。

万が一捕まってしまったら、祖父は遥を痛め付けるだろう。

『囮になる』と即決して、自分と蓮を100%信じる遥。

自分の周りにはいない、意志の強い尊敬すべき女性が、どうか無事でありますようにーー。





🟰🟰🟰

男達を乗せた車は、空港から30分程の霊泉家の別邸へ辿り着いた。

軽い渋滞はあったものの、方向が違う為仲間達ほど酷い事にはならず。

計画より多少遅れてしまったが、中を整えて当主を迎える程度の余裕はありそうだ。

車内では、念の為遥が発信器や盗聴器を持っていない事を確認し、スマホの電源は落としておいた。

これで、切藤家が遥の異変に気付く事はないだろう。

本邸とは真逆の洋館スタイルのここは、正確には別邸と言うより別荘に近い。

近隣に家はなく、昼日中でも薄暗い環境は後ろ暗い事をするには打ってつけの場所だった。

地下牢や謎の器具が揃った防音室の存在が、代々この館で何が行われて来たのかを物語っている。

因みに、豪華な装飾品や金品のあるこの館だが、泥棒の被害にあった事はない。

館内に無数に仕掛けられた侵入者避けの罠が牙を剥けば、取られるのは金品ではなく…。

時折、少し離れた高台の民家から、この辺りに煙が立ち昇っているのが見える事がある。

『野焼き』だと思われ気にされていないが、実際には館の外にある焼却炉が稼働しているのだ。

何を燃やしているのかは、誰も知らないがーー。



そんな謎多き館ではあるが、男達は迷いなく遥を地下牢に転がし、鍵を掛けた。

意識を取り戻した所で小娘1人どうと言う事はないが、暴れられると面倒だ。

と、そこで気が付いた。

「当主様に見せる前に、このふざけた化粧を落とさなくては。」

変装の為の濃いメイクは、彼等の主を不愉快な気持ちにさせ兼ねない。

「荷物の中に化粧を落とす物があるだろう。」

焼却炉で処分するつもりだったスーツケースを地下へ運び込むと、中身を床にぶち撒ける。

スキンケア用品の多さに戸惑いながらも、『拭き取りメイク落とし』と表記されたパッケージを見つけた。

廊の鍵を開けて、若い方の男が遥の顔をそれで拭っていく。

1枚では取りきれない濃いメイクも、2枚、3枚と追加する毎に綺麗になっていく。

そしてしっかりと地肌が現れた時ーー衝撃は訪れた。

「だ…誰だ…これは…。」

目の前にいる女には、全く見覚えがなかった。

遥と同様に整った顔だが、完全に別人だ。

「まさか…でも、パスポートは…!」

車のなかで確認したパスポートは、確かに遥の物だった。

ーーどうなっている?

パニックに陥りながらまず思い至ったのは、当主がもう近くまで来ていると言う現実。

まずい…。

この状況は、まずすぎる…。

今日に懸ける当主の熱の入り用を知る彼等は、指一本動かせない。

冷や汗が背中を伝い、気が遠くなっていたその時だった。

ウー ウー 

鳴り響くのはサイレンの音。

そして、拡声器越しの声。

『そこにいるのは分かっている、諦めて今すぐ投降しなさい。』

警察と思わしきそれに、男達は青褪めた顔を見合わせた。





🟰🟰🟰


時は少しだけ遡る。

男達が必死になって遥のメイクを落としていた頃、屋敷には1台の車が近付いていた。

オーナーになる為には最低2億の年収が必要と言われる、某イギリス車の後部座席で、霊泉丈一郎の気分は高揚していた。

向かう先に、ここ数ヶ月彼を悩ませて来た問題を解決するキーパーソンがいるのだから無理もない。

丈一郎は、遥を捕らえた事で勝ちを確信していた。

当主になるのを拒むであろう蓮だが、遥がいれば言う事を聞かせる事ができる。

なぜなら、子供を産ませるのに適した個体を、蓮は失いたくないだろうからだ。

しかし、当主になれば気付くだろう。

尊い血を残すためには、霊泉家の器の方が適している事に。

そうなったら用済みの遥は始末して、蓮には自らが当主としての手ほどきをしてやろう。

いずれ蓮は、下界で間違った思想を植え付けられた事を理解し、自分に感謝する事になる。

与一郎が正気を失った時はどうしようかと思ったが、これで万事上手くいくであろう。

彼は本気でそう思っている。


希望の地である別邸に、間もなく到着すると言う時だった。

「当主様、警察がおります。」

運転する秘書に言われて窓の外をみれば、館へと続く門の前に、複数台のパトカーが停まっている。


殆ど存在を知られていない筈のこの場所に、なぜ警察イヌ共がいるのか。

思い浮かんだのは、血を裏切った2番目の息子。

望んで下界へ堕ちた異常者は、こちらに抗おうと必死だ。

孫の1人を誑かした阿婆擦れの件は事故として処理されたが、こちらの関与を疑っているのかもしれない。

そうであれば、遥の帰国に備えて霊泉家のテリトリーに予防線を張っていてもおかしくはないだろう。

ただし、警察が中に突入していない事から、遥を運び込む所を見られた訳では無さそうだ。

念の為に警備を回しておいたのだろうが、まさか丈一郎自身が来るとは思っていなかったに違いない。

証拠が無ければ、警察は介入できない。

それにーー。

全く、考えが浅はかだと嘆息する。

どんな容疑をかけられようと、権力と大いなる守りで、丈一郎は罪から逃れる事ができるのだ。

警察イヌ共の上層部は、嫌と言うほどそれを知っている筈だが…。

まぁ、いいだろう。

ここの存在を警察に知らしめた愚かな息子への報復は、後日しっかりとしてやる。

それは遥の件を片付けてからだ。

尤も、蓮を自分達に取られる事こそがら奴にとって1番の報復にあたるかもしれないが。

そんな事を考えながら、秘書が開けたドアから車外へ降り立つ。

すぐに走って来た警官の1人が、丈一郎の前で敬礼した。

「霊泉丈一郎先生であられますね!お騒がせして申し訳ありません。実はここに…」

『不審者が出た』などと当たり障りの無い事を口にして取り繕うつもりだろう。

ほう察した丈一郎は、眉間に皺を寄せる。

不機嫌そうな顔を見せれば、大抵の人間は後が続かなくなるのだ。

しかし、今回に関しては彼の伝家の宝刀の出番はなかった。

言われた言葉が、あまりにも理解不能だったから。


「実はここに、指名手配中の女が潜伏している可能性がありまして。」

「…何と言った?」

「最初からご説明します。先ほど、国際空港のトイレ内で若い女性が襲われ、スーツケースを盗まれる事件があったのです。その女性がトイレの個室で気を失っている間に、犯人は本人に成りすましてスーツケースを持ち去りました。これは空港の駐車場にある防犯カメラなんですが…ここにある車がその犯人を車に乗せているように見えます。」

屋敷の中に見える車と映像が一致している。

「被害者の女性が発見されてから直ぐに映像を解析して、この車のナンバーを追いました。高速を使っていたのでこの辺りにいる事は分かったのですが、途中で見失ってしまって。
しらみ潰しに探していたらこの場所と車を見つけた訳です。」

遥を運ぶのを見られなかったのは運が良かったと言う事のようだ。

いや、しかし…それよりも。

「その被害にあった…女性と言うのは?」

「詳しくはお話しできませんが、アメリカから帰国した日本人大学生です。」

何故か、嫌な予感がする。

「こちらの建物が先生の所有と言うのは、たった今分かった所でして。事務所の方に問い合わせて敷地内に入る許可をいただけたらと思っていたんですが…まさかご本人がいらっしゃるとは。
こちらへは、何のご用事で?」

世間話のように聞いてくる。

「…休みを取ったから、ここで静かに過ごそうと思っただけだが?」

動揺を隠して答えると、警官は少し笑った。

「愚問でしたね、申し訳ありません。職務上、聞いておかなければならなくて。」

そして、続ける。

「この犯人の女と言うのが、何と言うか…色仕掛けで男を騙して逃走に使うのがいつもの手でして。
この車を運転していた男性は、先生のお知り合いですか?」

警察官の質問に、内心で焦る、

どう答えるべきか…。

「お知り合いだとしたら、もしかしたら女に騙されてここに匿ってるのかもしれません。中に入る許可をいただけませんか?」

その方の安全の為にも、と言われれば、断るのは不自然だ。

しかし、中にいるのがその女だと言う保証はない。

連絡では確かに遥の名前を言っていたから、何かしらの確証がある筈だ。

「他人を家に入れるのは避けたい。仕事に関する書類等もあるからな。」

その答えに、警官は眉を下げた。

「そうですか…では、警告だけでもさせていただけませんか?サイレンを鳴らせば、焦った女が逃げ出そうとするかもしれないので。」

サイレンが鳴れば、中にいる男達に現状を知らせる事ができるかもしれない。

少なくとも、危うい状況だと言う事は分かるだろう。

「分かった、それは許可しよう。」




🟰🟰🟰


サイレンと警告を聞いた男達は、自分達の誘拐が露見したのだと焦った。

この館で女が見つかれば、自分達は逮捕されるだろう。

そうすれば当主にまで被害が及ぶ。

それだけは絶対に避けなくてはならない。

「とにかく隠し通すしかーー」

そう言って振り返った年嵩の男は、固まった。

何故なら、若い男が昏倒して床に伸びていたからだ。

「なっ!?」

慌てて牢の中に入り脈を確認しようとすると、頬に衝撃が走った。

暫くして、殴られたのだと理解する。

ーー誰に?

呆然とする男の前で、ユラリと立ち上がったのは。

「ちょっと、よくもやってくれたわね!」

遥ーーではない、謎の女だった。

「せっかく盗みが上手く行った所だったのに。
覚悟しなさい!」

言葉と同時に放たれた右ストレートで、男の身体が吹っ飛ぶ。


どうやら…とんでもない相手を間違えて拉致してしまったらしい。


そう思ったのを最後に、男の意識はプツリと途切れた。



●●●
次回は蓮視点です!
今回の作戦をなぞってプロローグ辺りの話しに入っていきます。
































次回、あのシーンが出て来ます!
やっと!!


















































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