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解決編
35.
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(side 切藤蓮)
与一郎が持って来た証拠により、こっちの陣営は俄に忙しくなった。
ここからは如何に霊泉家にバレずに逮捕、そして起訴へ持ち込めるかの勝負だ。
奴等の意識が3月31日の遥襲来に向いているうちに、勝負を仕掛けなければならない。
春休み中の俺は『遥を迎える準備』をしていて、堂々と『婚約指輪』を買いに行った。
演出のため時間をかけて選ぶふりをしたが、実際は事前に陽子に聞いたまんまを購入しただけ。
これがもし晴の指輪だったら…何ヶ月も悩んで、1番似合う物を選んだに違いない。
そんな想像に、苦く笑う。
とにかく、某ジュエリーブランドの赤箱を手にした俺の『本気度』は霊泉家に伝わった事だろう。
これで益々、霊泉家の目は遥に向く。
因みに与一郎は霊泉家には戻らず、病院で暮らしている。
聞けば、家を出て来る時、協力者である双子の片方と入れ替わったらしい。
彼女は薬を盛った監視役が眠ってるうちに部屋に入り、与一郎のパーカーのフードを被ってゲーム画面に向かう。
椅子の高さを調節して身長差を誤魔化し、薄暗い部屋で背を向けていれば、部屋の外から時折中を覗くだけの監視役にはバレないらしい。
風呂とトイレ付きの部屋だし、食事を運んで来るのは片割れなのでそれも問題無し。
何ならその時に情報共有までしてると言う。
『あの家の人間は双子の区別が付かないから、1人減ってる事に気付く事は無いです。
ゲーム配信はここで続けてるし、お祖父様が忙しくしてる間は僕がいないって事にも気付かないと思います。』
そう笑う与一郎を複雑な目で見た親父は、その肩を柔らかく叩いた。
『全てが終わったら、その2人には私からお礼をしよう。甥を助けてくれたんだからね。』
そう言われて目を丸くした与一郎は、言葉が出ない様子だった。
ただ、それ以来率先して親父の補佐についている。
そんな中親父に呼び出されて向かった病院には、
翔と笹森さんと与一郎、そして俺が呼んだ中野が揃っていた。
「決戦の日が決まった。4月1日の正午に逮捕へ動く。遥ちゃんの『帰国日』の翌日になってしまうが、ここが限界だ。」
1日なら何とか誤差の範囲だろう。
「万が一それより先に奴等にこっちの動きがバレた場合、奴等は強硬手段に出るだろう。
安全の為、前後数日間は私と笹森以外、切藤家で待機して欲しい。病院は本部になるから。」
中野を含む全員が了承したのを見て親父が続ける。
「遥ちゃんには、傍受されてない中野君のスマホを借りて連絡しておいた。彼女は実際には帰国しないから、安心だと思っていい。陽子さんはお前達と同じく家で待機。美優ちゃんはここで預かってるから安全だ。」
そして、後は…。
「晴ちゃんは、両親と共に京都に行ってもらう。
天敵の守護があるあちらなら、霊泉家は近寄らないからな。豊君が新幹線のチケットも含めて渡してくれた。」
帝詠学院理事長であり俺の伯父でもある豊さんと、萱島家の面々は知り合いだ。
その豊さん経由で『行けなくなったからぜひ!』と萱島家に勧めたのは、京都の有名旅館。
予約が取れないそこを1週間抑えたのは、陽子の伝手だ。
休みの取れない美香さんの職場には、親父が直接掛け合ったらしい。
あっちの病院の院長と親しい事が幸いして、何とか無理が効いたようだ。
確認が終わり解散になると、俺は中野を別室へ誘った。
晴の近況を聞く為だ。
春休みに入ってから直ぐに、俺は中野を晴のいるマンションに送り込んでいた。
俺と連絡が取れる中野がいれば、京都へ出発するまでの万が一に備えられる。
そして、傷付いた晴をなるべく1人にしない為でもあった。
「かなり沈んではいるよ…うん。でも飯は食わせるようにしてるし、隈も前よりマシになった。」
中野といると気が紛れるらしく、ゲームや課題をして過ごしてるらしい。
護衛からバイトにも行ってる事は聞いてたが、話せる距離にいるコイツから聞くと少し安心する。
「てか、ヤバイのはお前だよ切藤!タバコばっか吸って飯食わないって翔さんが心配してたぞ!」
翔の野郎、中野にチクリやがったな。
湧かない食欲に反比例して吸うようになってしまったタバコを指摘され、苦い顔になる。
「点滴もしてるし問題無い。」
いざと言う時に動けないのは困るから、点滴でカロリーやらビタミンをぶち込んでいる。
ここが病院で良かった、点滴とか売るほどあるし。
「そうじゃなくて…」「で、お前に頼みがあんだけど。」
話を遮られて不服そうな中野の前に、デカイ箱を置く。
中身は食品だ。
ホットチョコレートのキットがブランド違いで数種類、通販で予約待ちのリンゴ飴、日本に上陸したばかりのクッキー。
他にも晴の好みそうな物を詰め合わせたそれに、中野がハッとした顔をする。
「これ…晴人の誕生日プレゼントか…。」
「お前からだって言って渡して。」
もう間もなく来る誕生日を、ほんの少しでも笑顔で過ごして欲しかった。
形が残る物は未練がましいけど、食べ物なら許されるよな…?
そんな言い訳をしながら、あれこれ悩んで揃えたプレゼント。
晴がこの世界に生まれて来てくれた事を、間接的でもいいから祝いたい。
「分かった…!晴人ができる限り楽しく過ごせるように頑張るからな…!」
中野は泣きそうに顔を歪めながらも、力強く約束して帰って行った。
(side 中野啓太)
『春休み中、晴と一緒にいてやって欲しい。』
例の特殊な電話でそう言われて、その日切藤が晴人にした事を聞いた。
会いに来た晴人を手酷く追い返した事を語るその声に、温度はなくて。
感情を殺すそれに、闇堕ち手前のような雰囲気を感じて不安になる。
急いで晴人に連絡を取って『姉ちゃんが実家に帰って来てるから暫く泊めて欲しい』と頼むと、晴人は快諾してくれた。
翌日訪れた、気後れするような高級マンションでは、今までより更に線の細くなった晴人が迎えてくれた。
眠れてないのか隈が酷く、顔色も悪い。
誰だ、俺の親友をこんなになるまで傷付けたのは!
何も知らず、そう怒りのままに声を上げられたらどんなに楽だっただろう。
だけど、その理由も、傷付けた張本人の苦しみも知る俺には、とても責める事なんてできない。
俺が全てを打ち明ければ晴人は元気を取り戻すだろうが…それで霊泉家に狙われる事になったら…。
それは、切藤の覚悟を踏み躙る事になる。
だから、何も知らないみたいに普通に過ごした。
晴人とゲームして、くだらない話しをして。
バイトまで休むと不自然だから別々の時間はあったけど、できるだけ一緒に食事をして。
その間、切藤とは電話のみだけど頻繁にやり取りをしていた。
霊泉家の当主候補だった奴がこっちの協力者になったと聞いた時には仰天したが、同時に期待感も高まる。
もしかして、このまま霊泉家を潰せるんじゃないのか?
そんな事を思っていた矢先、病院へと呼び出された。
晴人には用事で出掛けると言い置いてやって来たそこには、いつもの面子と初めて見る男の姿。
この人が『与一郎』なんだろう。
数週間ぶりに会った切藤の変わりようには驚いた。
元々シャープだった輪郭は更に鋭利になり、目の下には濃い隈。
少し伸びてそのままにしている黒髪が、削げた頬を際立たせる。
それでも…いや、だからこそなのか?
俺でも分かるくらい、色気が凄い。
女子が『疲れたイケメンって色気あるよね』なんて言う意味が初めて分かった。
男前は、どこまで行っても男前なんだな…。
だけど、関心してる場合じゃなかった。
翔さんから『蓮さぁ、煙草を食事代わりにしてんだよね』と聞いたから。
因みに翔さんとしっかり話すのはこれが初めてで、美優さんを助けたお礼を丁寧に伝えてくれた。
顔は似てるけど、性格はかなり違う兄弟らしい。
その件では切藤の読み通り、『目撃者』である俺の存在を霊泉家は認識していないようだった。
だからこそ、病院で1週間過ごした後、何事も無くすんなり日常に戻れた訳なんだけど。
あまりにも普段通りの毎日に、あれは夢だったんじゃないかと思った事すらあって。
だけど、晴人と離れた切藤の姿に現実の残酷さを改めて思い知る。
仄暗い目の奥に光はなく、青白い炎がユラユラと揺れて。
目的を果たす為だけに命を繋いでいるかのような、そんな危うさに目を瞠る。
これは、話しをしなければーー。
そう思っていたが、拓也さんから今後の段取りを伝えられて解散になると切藤の方から誘われた。
別室で晴人の近況を伝えて、切藤自身の生活を咎めようとするが上手くかわされる。
尚も言い募ろうとした俺に、切藤が渡して来たのは大きな箱だった。
なんだ、これ?
不思議に思いつつ開けた中身はーー晴人の好きな物ばかり。
「お前からだって言って渡して。」
そう言われて、目頭が熱くなるのを懸命に堪えた。
分かってしまったから。
能力も外見も全てが人類の頂点かのようなこの友人が、自分の全てを犠牲に守ろうとするその存在。
それは彼の弱点であると同時に、生きる支えなんだ、と。
その存在がある限りきっとーーこうやって、遠くから見守り続ける。
自分の心を殺してでも。
その献身なのか、愛なのか自己犠牲に対してなのかーー分からない何かに、堪らなく胸が痛んだ。
「分かった…!晴人ができる限り楽しめるように頑張るからな…!」
そんな事しかできない自分が不甲斐ないけれど、切藤は少しだけ表情を和らげて。
俺の背中を軽く叩くと、部屋を出て行った。
数日後、バイトの晴人が帰って来る前にセッティングして誕生日を祝った。
自分の好きな物ばかりが並んだテーブルに、一瞬だけ泣きそうな表情をする。
誰を思い浮かべたのかは、手に取るように分かった。
だけど、贈り主が俺だと思い込んだ晴人はすぐに笑顔になって。
嬉しそうにホットチョコレートを作る晴人の動画や、リンゴ飴を齧る写真を沢山撮った。
少しでも、本当の贈り主の慰めになればいい。
そう思って。
翌日、俺は早朝に晴人の家を後にして切藤家へと向かった。
霊泉丈一郎を逮捕するまで暫くお世話になるそこでは、翔さん、陽子さん、与一郎さんが待機している。
ずっとテラスに籠ってタバコを吹かしている切藤に、翔さんが溜息を吐いた。
「連絡があるまで落ち着かないんだろ。」
そう言う彼も心配そうな表情だ。
待望の『連絡』があったのは9時頃だった。
萱島家が京都駅に着くまでバレないように付いていた警護からの『到着』の報告。
全員が安堵して、ようやく切藤も室内に戻って来た。
「朝食にしましょう!私が作るわね!」
背後に大輪の薔薇を咲かせながらキッチンに入って行く陽子さんを、焦ったように翔さんと与一郎さんが止めている。
それを視界の端に入れながら、切藤に昨日撮った写真を見せた。
スマホを受け取った切藤は何も言わず、でも目に焼き付けるようにそれを見ている。
「サンキュ。」
そして、静かに目を閉じた。
記憶に保存するかのようなその仕草に、言葉をかけるのは躊躇われる。
キッチンからボンッと小さな破裂音がして『だから言ったのに!』なんて声が聞こえて。
少しだけ空気が弛んできた時だった。
切藤の携帯に、拓也さんからの着信。
素早く出た切藤の目つきは鋭い。
『蓮、困った事になった。与一郎君がくれた証拠だが、音声の解析が一部難しいそうだ。』
他の証拠はあっても、100%じゃないなら警察は動かないらしい。
『上は元から霊泉家とやり合うのを嫌がっていたからな。解析不可能は真実だろうが、ギリギリになって言って来たのはその所為だろう。』
苦々しい声に、集まって来た全員の温度が下がる。
『解析できる証拠があれば、誠司が押し切ってくれると言ってるんだが…。』
誠司と言うのは、時期警視総監と言われる拓也さんの友人らしい。
『この状況で予定通りの逮捕は難しい。作戦を立て直してーー』
そんな中、俺のスマホが振動した。
「え、南野?」
『晴ちゃんの状況が知りたいのかもしれない。こちらの状況も伝えておいて貰えるかな?』
俺の声が聞こえたらしい拓也さんに了承の返事をして、電話に出る。
『あ、中野?南野だけど…晴は無事に避難できた?』
「それはできたんだけど…ちょっと困った事になってて…。」
他のメンバーがまた作戦の話しに戻る中、少し離れて南野に現状を伝える。
『…成る程ね。中野、この電話このままにして、話しが私も聞こえるようにしておいて。』
そう言われて、通話のまま輪の中に戻った。
「お祖父様の書斎に入れれば、音声ファイルごと持ち出す事はできます。ただ…お祖父様が家にいる限り難しいかと…。」
『丈一郎は珍しく数日休みを取っているから、外出はしない筈だ。検査入院などと言ってるが、恐らくは明後日の遥ちゃんの『帰国』に合わせて万全の準備をしてるんだろう。』
「遥を捉えたら、お祖父様が直々に会うと聞いています。空港の近くに別邸があるでしょう?そこで話をするつもりのようです。」
『逆に言うと、遥ちゃんを捉えた連絡が無ければ丈一郎は動かないと言う訳か…。31日の便に彼女はいないから、連絡はいかない。そうすると丈一郎が外出する可能性はゼロだな…。』
「解析にかかる時間を加味すると、4月1日に逮捕する為には…少なくとも30日の夕方までにファイルを入手して誠司さんに渡す必要がある。」
『そうだ。現状でそれは難しい。』
「クソッ、ここまできたのに!」
翔さんが拳をテーブルに撃って、静寂が広がる。
「…中野?お前何でまだスマホ持ってんだ…?」
ふと、俺を見た切藤が訝しむ。
「まさか…!おい、すぐ切れ!」
その瞬間、ブツっと向こうから通話が切れた。
「おい!遥が聞いてたのか⁉︎」
「う、うん。頼まれたんだけどダメだったか?」
切藤が目を見開いて俄に慌てだす。
「親父、まずい!聞こえてたか⁉︎」
すると、切藤のスマホが鳴った。
相手は南野。
このスマホを利用する時は、霊泉家に聞かせたい時だ。
「おい、遥!」
『もしもし、ダーリン?実はね、1日早く帰国できる事になったの!30日の10時にはそっちに着くから!お迎えはいらないわ♡会えるのを楽しみにしててね♡』
「ちょっと待…」
ブツッ
勢い良く電話を切られて、それから何度掛けても繋がらない。
『蓮!遥ちゃんの名前で明日、日本行きの便が予約されている!』
「まさか…南野が囮になるなんてつもりじゃない…よな?」
「ッあの馬鹿!」
恐々尋ねた俺に返って来たのは、肯定代わりの切藤の叫びだった。
●●●
解決編『7』の蓮と啓太の様子でした。
誠司→蓮の空手の師匠でもある人。side晴人高校編47話『反撃』やside蓮中学編9話『入学』の中盤にちょろっと話しが出てます。
最近の更新、一話一話が長くない?
読むの大変じゃない?大変ですよね?
誠に申し訳ない!!
区切りのいい所がなくて💦
あ、次回も多分長いです!笑
与一郎が持って来た証拠により、こっちの陣営は俄に忙しくなった。
ここからは如何に霊泉家にバレずに逮捕、そして起訴へ持ち込めるかの勝負だ。
奴等の意識が3月31日の遥襲来に向いているうちに、勝負を仕掛けなければならない。
春休み中の俺は『遥を迎える準備』をしていて、堂々と『婚約指輪』を買いに行った。
演出のため時間をかけて選ぶふりをしたが、実際は事前に陽子に聞いたまんまを購入しただけ。
これがもし晴の指輪だったら…何ヶ月も悩んで、1番似合う物を選んだに違いない。
そんな想像に、苦く笑う。
とにかく、某ジュエリーブランドの赤箱を手にした俺の『本気度』は霊泉家に伝わった事だろう。
これで益々、霊泉家の目は遥に向く。
因みに与一郎は霊泉家には戻らず、病院で暮らしている。
聞けば、家を出て来る時、協力者である双子の片方と入れ替わったらしい。
彼女は薬を盛った監視役が眠ってるうちに部屋に入り、与一郎のパーカーのフードを被ってゲーム画面に向かう。
椅子の高さを調節して身長差を誤魔化し、薄暗い部屋で背を向けていれば、部屋の外から時折中を覗くだけの監視役にはバレないらしい。
風呂とトイレ付きの部屋だし、食事を運んで来るのは片割れなのでそれも問題無し。
何ならその時に情報共有までしてると言う。
『あの家の人間は双子の区別が付かないから、1人減ってる事に気付く事は無いです。
ゲーム配信はここで続けてるし、お祖父様が忙しくしてる間は僕がいないって事にも気付かないと思います。』
そう笑う与一郎を複雑な目で見た親父は、その肩を柔らかく叩いた。
『全てが終わったら、その2人には私からお礼をしよう。甥を助けてくれたんだからね。』
そう言われて目を丸くした与一郎は、言葉が出ない様子だった。
ただ、それ以来率先して親父の補佐についている。
そんな中親父に呼び出されて向かった病院には、
翔と笹森さんと与一郎、そして俺が呼んだ中野が揃っていた。
「決戦の日が決まった。4月1日の正午に逮捕へ動く。遥ちゃんの『帰国日』の翌日になってしまうが、ここが限界だ。」
1日なら何とか誤差の範囲だろう。
「万が一それより先に奴等にこっちの動きがバレた場合、奴等は強硬手段に出るだろう。
安全の為、前後数日間は私と笹森以外、切藤家で待機して欲しい。病院は本部になるから。」
中野を含む全員が了承したのを見て親父が続ける。
「遥ちゃんには、傍受されてない中野君のスマホを借りて連絡しておいた。彼女は実際には帰国しないから、安心だと思っていい。陽子さんはお前達と同じく家で待機。美優ちゃんはここで預かってるから安全だ。」
そして、後は…。
「晴ちゃんは、両親と共に京都に行ってもらう。
天敵の守護があるあちらなら、霊泉家は近寄らないからな。豊君が新幹線のチケットも含めて渡してくれた。」
帝詠学院理事長であり俺の伯父でもある豊さんと、萱島家の面々は知り合いだ。
その豊さん経由で『行けなくなったからぜひ!』と萱島家に勧めたのは、京都の有名旅館。
予約が取れないそこを1週間抑えたのは、陽子の伝手だ。
休みの取れない美香さんの職場には、親父が直接掛け合ったらしい。
あっちの病院の院長と親しい事が幸いして、何とか無理が効いたようだ。
確認が終わり解散になると、俺は中野を別室へ誘った。
晴の近況を聞く為だ。
春休みに入ってから直ぐに、俺は中野を晴のいるマンションに送り込んでいた。
俺と連絡が取れる中野がいれば、京都へ出発するまでの万が一に備えられる。
そして、傷付いた晴をなるべく1人にしない為でもあった。
「かなり沈んではいるよ…うん。でも飯は食わせるようにしてるし、隈も前よりマシになった。」
中野といると気が紛れるらしく、ゲームや課題をして過ごしてるらしい。
護衛からバイトにも行ってる事は聞いてたが、話せる距離にいるコイツから聞くと少し安心する。
「てか、ヤバイのはお前だよ切藤!タバコばっか吸って飯食わないって翔さんが心配してたぞ!」
翔の野郎、中野にチクリやがったな。
湧かない食欲に反比例して吸うようになってしまったタバコを指摘され、苦い顔になる。
「点滴もしてるし問題無い。」
いざと言う時に動けないのは困るから、点滴でカロリーやらビタミンをぶち込んでいる。
ここが病院で良かった、点滴とか売るほどあるし。
「そうじゃなくて…」「で、お前に頼みがあんだけど。」
話を遮られて不服そうな中野の前に、デカイ箱を置く。
中身は食品だ。
ホットチョコレートのキットがブランド違いで数種類、通販で予約待ちのリンゴ飴、日本に上陸したばかりのクッキー。
他にも晴の好みそうな物を詰め合わせたそれに、中野がハッとした顔をする。
「これ…晴人の誕生日プレゼントか…。」
「お前からだって言って渡して。」
もう間もなく来る誕生日を、ほんの少しでも笑顔で過ごして欲しかった。
形が残る物は未練がましいけど、食べ物なら許されるよな…?
そんな言い訳をしながら、あれこれ悩んで揃えたプレゼント。
晴がこの世界に生まれて来てくれた事を、間接的でもいいから祝いたい。
「分かった…!晴人ができる限り楽しく過ごせるように頑張るからな…!」
中野は泣きそうに顔を歪めながらも、力強く約束して帰って行った。
(side 中野啓太)
『春休み中、晴と一緒にいてやって欲しい。』
例の特殊な電話でそう言われて、その日切藤が晴人にした事を聞いた。
会いに来た晴人を手酷く追い返した事を語るその声に、温度はなくて。
感情を殺すそれに、闇堕ち手前のような雰囲気を感じて不安になる。
急いで晴人に連絡を取って『姉ちゃんが実家に帰って来てるから暫く泊めて欲しい』と頼むと、晴人は快諾してくれた。
翌日訪れた、気後れするような高級マンションでは、今までより更に線の細くなった晴人が迎えてくれた。
眠れてないのか隈が酷く、顔色も悪い。
誰だ、俺の親友をこんなになるまで傷付けたのは!
何も知らず、そう怒りのままに声を上げられたらどんなに楽だっただろう。
だけど、その理由も、傷付けた張本人の苦しみも知る俺には、とても責める事なんてできない。
俺が全てを打ち明ければ晴人は元気を取り戻すだろうが…それで霊泉家に狙われる事になったら…。
それは、切藤の覚悟を踏み躙る事になる。
だから、何も知らないみたいに普通に過ごした。
晴人とゲームして、くだらない話しをして。
バイトまで休むと不自然だから別々の時間はあったけど、できるだけ一緒に食事をして。
その間、切藤とは電話のみだけど頻繁にやり取りをしていた。
霊泉家の当主候補だった奴がこっちの協力者になったと聞いた時には仰天したが、同時に期待感も高まる。
もしかして、このまま霊泉家を潰せるんじゃないのか?
そんな事を思っていた矢先、病院へと呼び出された。
晴人には用事で出掛けると言い置いてやって来たそこには、いつもの面子と初めて見る男の姿。
この人が『与一郎』なんだろう。
数週間ぶりに会った切藤の変わりようには驚いた。
元々シャープだった輪郭は更に鋭利になり、目の下には濃い隈。
少し伸びてそのままにしている黒髪が、削げた頬を際立たせる。
それでも…いや、だからこそなのか?
俺でも分かるくらい、色気が凄い。
女子が『疲れたイケメンって色気あるよね』なんて言う意味が初めて分かった。
男前は、どこまで行っても男前なんだな…。
だけど、関心してる場合じゃなかった。
翔さんから『蓮さぁ、煙草を食事代わりにしてんだよね』と聞いたから。
因みに翔さんとしっかり話すのはこれが初めてで、美優さんを助けたお礼を丁寧に伝えてくれた。
顔は似てるけど、性格はかなり違う兄弟らしい。
その件では切藤の読み通り、『目撃者』である俺の存在を霊泉家は認識していないようだった。
だからこそ、病院で1週間過ごした後、何事も無くすんなり日常に戻れた訳なんだけど。
あまりにも普段通りの毎日に、あれは夢だったんじゃないかと思った事すらあって。
だけど、晴人と離れた切藤の姿に現実の残酷さを改めて思い知る。
仄暗い目の奥に光はなく、青白い炎がユラユラと揺れて。
目的を果たす為だけに命を繋いでいるかのような、そんな危うさに目を瞠る。
これは、話しをしなければーー。
そう思っていたが、拓也さんから今後の段取りを伝えられて解散になると切藤の方から誘われた。
別室で晴人の近況を伝えて、切藤自身の生活を咎めようとするが上手くかわされる。
尚も言い募ろうとした俺に、切藤が渡して来たのは大きな箱だった。
なんだ、これ?
不思議に思いつつ開けた中身はーー晴人の好きな物ばかり。
「お前からだって言って渡して。」
そう言われて、目頭が熱くなるのを懸命に堪えた。
分かってしまったから。
能力も外見も全てが人類の頂点かのようなこの友人が、自分の全てを犠牲に守ろうとするその存在。
それは彼の弱点であると同時に、生きる支えなんだ、と。
その存在がある限りきっとーーこうやって、遠くから見守り続ける。
自分の心を殺してでも。
その献身なのか、愛なのか自己犠牲に対してなのかーー分からない何かに、堪らなく胸が痛んだ。
「分かった…!晴人ができる限り楽しめるように頑張るからな…!」
そんな事しかできない自分が不甲斐ないけれど、切藤は少しだけ表情を和らげて。
俺の背中を軽く叩くと、部屋を出て行った。
数日後、バイトの晴人が帰って来る前にセッティングして誕生日を祝った。
自分の好きな物ばかりが並んだテーブルに、一瞬だけ泣きそうな表情をする。
誰を思い浮かべたのかは、手に取るように分かった。
だけど、贈り主が俺だと思い込んだ晴人はすぐに笑顔になって。
嬉しそうにホットチョコレートを作る晴人の動画や、リンゴ飴を齧る写真を沢山撮った。
少しでも、本当の贈り主の慰めになればいい。
そう思って。
翌日、俺は早朝に晴人の家を後にして切藤家へと向かった。
霊泉丈一郎を逮捕するまで暫くお世話になるそこでは、翔さん、陽子さん、与一郎さんが待機している。
ずっとテラスに籠ってタバコを吹かしている切藤に、翔さんが溜息を吐いた。
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そう言う彼も心配そうな表情だ。
待望の『連絡』があったのは9時頃だった。
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「朝食にしましょう!私が作るわね!」
背後に大輪の薔薇を咲かせながらキッチンに入って行く陽子さんを、焦ったように翔さんと与一郎さんが止めている。
それを視界の端に入れながら、切藤に昨日撮った写真を見せた。
スマホを受け取った切藤は何も言わず、でも目に焼き付けるようにそれを見ている。
「サンキュ。」
そして、静かに目を閉じた。
記憶に保存するかのようなその仕草に、言葉をかけるのは躊躇われる。
キッチンからボンッと小さな破裂音がして『だから言ったのに!』なんて声が聞こえて。
少しだけ空気が弛んできた時だった。
切藤の携帯に、拓也さんからの着信。
素早く出た切藤の目つきは鋭い。
『蓮、困った事になった。与一郎君がくれた証拠だが、音声の解析が一部難しいそうだ。』
他の証拠はあっても、100%じゃないなら警察は動かないらしい。
『上は元から霊泉家とやり合うのを嫌がっていたからな。解析不可能は真実だろうが、ギリギリになって言って来たのはその所為だろう。』
苦々しい声に、集まって来た全員の温度が下がる。
『解析できる証拠があれば、誠司が押し切ってくれると言ってるんだが…。』
誠司と言うのは、時期警視総監と言われる拓也さんの友人らしい。
『この状況で予定通りの逮捕は難しい。作戦を立て直してーー』
そんな中、俺のスマホが振動した。
「え、南野?」
『晴ちゃんの状況が知りたいのかもしれない。こちらの状況も伝えておいて貰えるかな?』
俺の声が聞こえたらしい拓也さんに了承の返事をして、電話に出る。
『あ、中野?南野だけど…晴は無事に避難できた?』
「それはできたんだけど…ちょっと困った事になってて…。」
他のメンバーがまた作戦の話しに戻る中、少し離れて南野に現状を伝える。
『…成る程ね。中野、この電話このままにして、話しが私も聞こえるようにしておいて。』
そう言われて、通話のまま輪の中に戻った。
「お祖父様の書斎に入れれば、音声ファイルごと持ち出す事はできます。ただ…お祖父様が家にいる限り難しいかと…。」
『丈一郎は珍しく数日休みを取っているから、外出はしない筈だ。検査入院などと言ってるが、恐らくは明後日の遥ちゃんの『帰国』に合わせて万全の準備をしてるんだろう。』
「遥を捉えたら、お祖父様が直々に会うと聞いています。空港の近くに別邸があるでしょう?そこで話をするつもりのようです。」
『逆に言うと、遥ちゃんを捉えた連絡が無ければ丈一郎は動かないと言う訳か…。31日の便に彼女はいないから、連絡はいかない。そうすると丈一郎が外出する可能性はゼロだな…。』
「解析にかかる時間を加味すると、4月1日に逮捕する為には…少なくとも30日の夕方までにファイルを入手して誠司さんに渡す必要がある。」
『そうだ。現状でそれは難しい。』
「クソッ、ここまできたのに!」
翔さんが拳をテーブルに撃って、静寂が広がる。
「…中野?お前何でまだスマホ持ってんだ…?」
ふと、俺を見た切藤が訝しむ。
「まさか…!おい、すぐ切れ!」
その瞬間、ブツっと向こうから通話が切れた。
「おい!遥が聞いてたのか⁉︎」
「う、うん。頼まれたんだけどダメだったか?」
切藤が目を見開いて俄に慌てだす。
「親父、まずい!聞こえてたか⁉︎」
すると、切藤のスマホが鳴った。
相手は南野。
このスマホを利用する時は、霊泉家に聞かせたい時だ。
「おい、遥!」
『もしもし、ダーリン?実はね、1日早く帰国できる事になったの!30日の10時にはそっちに着くから!お迎えはいらないわ♡会えるのを楽しみにしててね♡』
「ちょっと待…」
ブツッ
勢い良く電話を切られて、それから何度掛けても繋がらない。
『蓮!遥ちゃんの名前で明日、日本行きの便が予約されている!』
「まさか…南野が囮になるなんてつもりじゃない…よな?」
「ッあの馬鹿!」
恐々尋ねた俺に返って来たのは、肯定代わりの切藤の叫びだった。
●●●
解決編『7』の蓮と啓太の様子でした。
誠司→蓮の空手の師匠でもある人。side晴人高校編47話『反撃』やside蓮中学編9話『入学』の中盤にちょろっと話しが出てます。
最近の更新、一話一話が長くない?
読むの大変じゃない?大変ですよね?
誠に申し訳ない!!
区切りのいい所がなくて💦
あ、次回も多分長いです!笑
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金曜日
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親同士の約束で勝手に許嫁にされて同居生活をスタートすることになった、商社勤務のエリートサラリーマン(樋口 爽)×国立大一年生(日下部 暁人)が本当の恋に落ちてゆっくり成長していくお話。糖度高めの甘々溺愛執着攻めによって、天然で無垢な美少年受けが徐々に恋と性に目覚めさせられていきます。ハッピーエンド至上主義。
スピンオフも掲載しています。
一見チャラ男だけど一途で苦労人なサラリーマン(和倉 恭介)×毒舌美人のデザイナー志望大学生(結城 要)のお話。恋愛を諦めた2人が、お互いの過去を知り傷を埋め合っていきます。
※こちらの作品はpixivとムーンライトノベルズにも投稿しています。
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俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
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もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
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もし、運命の番になれたのなら。
天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(α)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。
まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。
水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。
そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。
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