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解決編
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side蓮中学編12話『衝動』の後編~14話『京都』辺りの遥視点になります。
side晴人だと中学編2話『変化の音』~5話『衝撃』の前半辺りの時系列です。
●●●
(side 南野遥)
「遥、晴にジャージ貸して。」
次の授業の準備をしてた私が顔を上げると、そこには不機嫌な蓮と戸惑う晴がいた。
どうやら、ジャージを忘れた晴が部活仲間に借りたのが気に入らなかったみたい。
チャイムの音で慌てて走り去る晴の後ろ姿と、それを見つめる蓮。
そこに仄暗い執着の炎が見えて溜息が溢れた。
3年のクラスは私の願い通り、私と蓮がセットで晴だけが別。
しかも、合同授業も被らない端と端のクラスになった。
蓮はそれが大層不満で理事長に直談判したらしいけど、決定は覆らず。
私は心の中でお礼を言って、晴からの報告に目を細める日々を送ってる。
『2人がいなくてどうしようかと思ったけど、剣道部の鈴木達が一緒にいてくれるから大丈夫そう!』
うんうん、良かったねぇ。
ホッコリする私と対象的にギリッと奥歯を噛み締める蓮は、今みたいに忘れ物の貸し借りをする友達ができたことすら気に入らないらしい。
「ーーねぇ、私のなら良い訳?」
「まだマシ。お前にとって晴は『弟』だろ。」
「うーん、弟であり、ライバルであり……。」
春休み、本当に翔君と2人きりでパークインした晴が少し恨めしくてそう言う。
『遥が好きなの、鼻が赤い方だよね!』
しっかり覚えててお土産を買って来てくれた晴を前に、私のモヤモヤは霧散したけど。
一方で引きずり続けてるのが、目の前にいるこの人。
ただでさえ苛々してたのにクラスは別、さらに晴の交友関係が広がって、最近の蓮はずっと不機嫌。
「ねぇ、中野っていい奴だよ。委員会一緒になった事あるけど。」
「だから何だよ。」
「ーー晴には晴の付き合いがあるんだからさ、私達晴からちょっと離れた方がいいんじゃない?」
「はぁ?冗談じゃねぇ。お前が離れるのは勝手にすれば?」
「でもほら、霊泉家対策だってあるじゃない?私がいなくなってから万が一にでも晴に注意が向かないようにしておいた方が良くない?」
やんわり私の思いを伝えようとするけど、蓮の口調は冷たくなるばかり。
それ所か、クラス替えの件を追求されて少し焦る。
ヤバ、やっぱりバレてるわね。
「待ってよーー蓮には、私と過ごして欲しいの。」
「あ?」
「留学まで1年しかないでしょ?だから…」
その間に晴に友達を!なんてバカ正直には言えなくて口籠ると、蓮は舌打ちして私から離れて行った。
それからは何を言っても電話しても、無視されるようになって。
アンタは面倒い女子かっつーの!
ブチ切れそうになりながら、全てを打ち明けるべく送ったLAINも未読。
それでも、クラス替えの数日後には留学の件を蓮(晴がいるから流石に無視されなかった)と晴に話した。
そろそろ噂になったりするだろうから、いつまでも晴に内緒にしてられないし。
明らかに『ショック!』って顔の晴と無表情の蓮と一緒に、久しぶりに3人で下校して。
『まだ先だから』って、晴の頭を撫でて別れた所までは良かった。
問題は、この後。
あの桜を見に行くって言った2人に、私も一緒に行くべきだったのよねーー。
翌日から、何故か晴が蓮を避けるようになった。
喧嘩でもしたのかなと思ったけど、いつまでたっても仲直りの気配が無い。
こんな事は初めてで、私は少し不安になった。
蓮と晴の距離が離れるのはいいと思ってたけど、それは『適正な距離』になって欲しかっただけ。
さりげなく晴に探りを入れたけど『俺これから部活なんだ!』って逃げられたし、蓮は誰とも話さなくなった。
学校中がその黒いオーラのせいでビクビクしてて、とうとう先生に泣きつかれて。
『何とかして欲しい』って言われても…蓮は私の事無視し続けてるし。
それでも放ってはおけなくて、間近に迫った修学旅行の件(京都と霊泉家の関係)で蓮にLAINを送った。
どうせ無視されるかと思いきや、既読が付いて。
未読にされてた、私の晴に対する想いを読むように促す。
『理由を言わなかったのは悪かったわ。だけど、私がそう言っても蓮には伝わらないと思ったの。』
だって蓮は、晴が自立できなくなる事を悪いと思ってなかったでしょ。
晴には晴の人生があって、誰もそれを邪魔しちゃいけない。
好きなら晴の意思を尊重して、一緒にいたいって思って貰わないとダメなのよ。
自分の気持ちを押し付けるだけじゃダメ。
『なんて偉そうに言ってるけど、私だって上手くいかなかくてジタバタしてる。私ね、翔君が好きなの。今まで由奈にしか言って来なかったけど、蓮にはきちんと話したい。』
それから暫く間があって、次の日会って話す事に決まった。
15年の付き合いで、蓮が初めて私の願いを受け止めてくれた瞬間だった。
桜が散った静かな神社に、私と蓮の声が響く。
未読スルーの件を詰めると、蓮はやや気まずそうな顔。
それすらも初めてで、ちょっと新鮮だわ。
私が翔君を好きな事に気付かなかったと言う蓮に『晴以外に興味が無いから気づこうともしなかった』と事実を突きつける。
「…好きって、いつからだよ。」
微妙に話を逸らされたけど、まぁいいわ。
「覚えてない頃からずっと。…仕方ないじゃない、物心付いた時にはもう側にいたんだもの。」
笑おうとして、不自然に声が揺れた。
「お前には悪いけど…」「言われなくても分かってるわよ。」
蓮の言葉の先を察して遮ると、涙が溢れた。
「…あんな可愛い生き物に叶う訳ないって…事…くらい…。」
私と違って小柄で華奢で、守りたくなるような『美優』が翔君の恋人だって、蓮も知ってるんだろう。
それを見る翔君の、蕩けるような優しい眼差しを思い出して胸が痛い。
その時、俯いた頭にポンッと手が触れた。
涙目で見上げると、微妙な表情の蓮。
こういう時の表情の作り方に慣れてないんだろうけど、気遣ってくれてる事は伝わる。
蓮に心配されて、慰められたのも初めてだわ。
こんなに一緒にいるのに、今やっと『幼馴染』になれたような気がするのはどうしてだろう。
なんて、少し感動してたのに…何となく蓮の顔が『コイツも女だったんだな。』って言ってるように思えて。
「…今、凄い失礼な事考えてない?」
ジロリと睨めば、そこからはもういつもの私達だった。
「まぁ、いいわ。…で、アンタは晴と何があったのよ。おかしいでしょ、蓮が晴以外に優しいなんて。」
問いただすけど、蓮は黙秘。
でも、何となく検討はつく。
「どうせ晴の気持ち考えずに何かしちゃって後悔してんでしょ。
『反省』って言葉の意味、やっと分かるようになった?」
苦々しい顔だけど言い返して来ない辺り、図星みたい。
晴に避けられてようやく『相手の気持ちを考える』事に思い至ったって感じかしら。
「晴が蓮を避けるなんて今までなかったじゃない。私は大事な『弟』が心配なの。
…それから『幼馴染』の事もね。」
晴に対する気持ちとは方向が大きく違うけど、蓮の事だって。
少し笑いを含んでそう言うと、蓮の瞳から怒りや焦燥が薄くなった。
「お前、凄ぇな…。」
思わずって感じで言われて、クスリと笑う。
「ずっと一緒にいたのに、今頃気付いたの?
ほら、何があったか話しなさいよ。蓮に足りないのは人に頼る事と、周りの意見を聞く事ね。
晴に関する私の考えはどう思う?」
LAINで送った件に触れると、蓮は渋々頷いた。
「多少は、理解できる…。」
「じゃあ、晴とは少し距離を置いて。代わりに私と一緒にいてよね。」
避けられてる今こそ、晴の気持ちを慮る時だわ。
「焦りは禁物よ。アンタが暴走しそうになったら止めるから。
あと私、日本にいる間は翔君の事好きでいるって決めたの。告白する気はないけど…できる限り近くにいたいから協力して。」
「…お前、それでいい訳?」
「いい。だって…思い出も作れるし。これからは頻繁に蓮の家行ってもいいわよね?」
「はぁ。…好きにすれば?」
そのニュアンスが、いつもの『どうでもいい』とは違う事に気付いて嬉しくなった。
この日を堺に、約束通り私達が一緒に居る時間は長くなった。
それは思っていたよりずっと心地良くて、ようやくお互いを知った気がして。
きっと私達の関係は、『幼馴染』でありつつ『同志』に変わったんだと思う。
ベクトルは違えど晴が大切で、
相手は違えど『好き』な感情を持て余して苦しんでーー。
この間に、蓮が晴にした事がキスだと知って、私が噴火したのは言うまでもないけどね!!
それからすぐに迎えた修学旅行で、蓮は夥しい数の女子に告白されてた。
その全てをバッサリ切り捨てて、視線はずっと晴を追ってて。
それでも、晴の心境を思って無理に距離を詰めようとしない蓮。
一方的にキスしたんだから避けられるのは自業自得だけど、後悔してるのは充分伝わる。
多分だけど、晴は今、混乱真っ最中だと思うのよね。
兄弟同然の幼馴染からいきなりキス(蓮にはかなり濁されたけど、多分ディープなやつ)って言う『欲』を伴う行為をされたんだから当然。
それが嫌だったのか気持ち悪かったのか…それとも嫌じゃないから戸惑ってるのか。
これは晴自身が答えに辿り着かない限り、蓮からのアクションは悪手になりかねない。
蓮もそれは分かってるから、苛々しながらも耐えてるのよね…。
そんな蓮だけど、今日は『霊泉家の天敵』が管理する神社に行ってる。
霊泉家をお取り潰し寸前まで追い詰めた一族…ぜひとも協力してほしいけど、そうもいかないみたい。
それでも顔を繋ぐのは大事って事で、理事長の許可のもと、別行動。
私の方はって言うと、今日は『桜守り』を買うって一大イベントがある。
伝説の卒業生である翔君が流行らせたこれは、今では我が校の伝統。
好きな相手に自分の名前を、自分用に相手の名前を掘った桜型のお守りを半分ずつ持つ。
そうすると恋が叶うって言う素敵な話しは、実は拓也さんと陽子さんの縁を結んだ物らしい。
切藤家がこれだけ絡んでる時点で、私にそれを買わない選択肢なんて無いわよね。
他にも大勢の生徒が買ってて、この後は荒れるわね…とちょっと遠い目になった。
頬を蒸気させた女子が持つ、その殆どに『REN』って刻まれてたから。
案の定、蓮は夜のBBQ中ひっきりなしに女子に呼ばれてた。
確かに顔と身長と頭脳と運動神経がいい蓮はハイスペなのかもだけど…あの性格の奴と付き合いたいの?
そもそも、あれだけ牽制してるのに『晴の事が好き』だって誰も気付かないのが謎だわ。
そんな風に思いながら、無表情で断り続ける蓮を遠くから見守った。
そのときふと、蓮の視線が告白相手の後方に向いて。
動きを止めたその先に、晴の姿があった。
少し遠いけど、もしかして…蓮の事を見てる?
ちょっと待って!タイミング!!
自分にキスした相手が暗がりに女子と2人っきりって…どう考えてもマズイわよね!?
あぁ…行っちゃったわ!
もしかしたら蓮と話す気になってたかもしれないのに…!
告白して来た女子は悪くないけど、振られた後もグズグズして蓮の関心を引こうとしてたのはいただけない。
泣いたふりでチラチラ蓮を見てた事、私は気付いてーー
「蓮!!!!」
考えるよりも先に声と体が飛び出してた。
その振り上げた手を止めて、何も気付いてない女子を追い払う。
その背中が見えなくなると、捕らえた蓮の腕から力が抜けた。
「このバカッ!私が見てなかったらヤバかったんだからね!?」
女子を殴ったりしたらどうなってた事か!
「ムリだ…、キツイ…」
絞り出すような声で頭を抱える蓮は、本当に苦しそうで。
咄嗟に手が出そうになったのは反省するべきだけど、こんな姿は見てられない。
好きで好きでどうしようもない相手が数ヶ月ぶりに自分を見てくれたのに、その視線はすぐに逸らされてしまった。
蓮の心境を思うと、胸が痛い。
「蓮、大丈夫。また必ずチャンスは来るから。」
そう言って優しく背中を叩きながら、私も泣きそうだった。
●●●
side蓮で紛らわしかった遥とのやり取り、実際はこんな感じでした。笑
15年かかって和解(?)しましたが、もし晴がいない世界線だったら、小学生になった辺りで完全に『他人』になってた2人だと思います。
切藤家と南野家の関わりも今より少なくて、そうすると遥が翔に恋しなかった可能性も…?
想いのベクトルは違うけど、晴の存在によって大きく運命が変わった2人です。
side晴人だと中学編2話『変化の音』~5話『衝撃』の前半辺りの時系列です。
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(side 南野遥)
「遥、晴にジャージ貸して。」
次の授業の準備をしてた私が顔を上げると、そこには不機嫌な蓮と戸惑う晴がいた。
どうやら、ジャージを忘れた晴が部活仲間に借りたのが気に入らなかったみたい。
チャイムの音で慌てて走り去る晴の後ろ姿と、それを見つめる蓮。
そこに仄暗い執着の炎が見えて溜息が溢れた。
3年のクラスは私の願い通り、私と蓮がセットで晴だけが別。
しかも、合同授業も被らない端と端のクラスになった。
蓮はそれが大層不満で理事長に直談判したらしいけど、決定は覆らず。
私は心の中でお礼を言って、晴からの報告に目を細める日々を送ってる。
『2人がいなくてどうしようかと思ったけど、剣道部の鈴木達が一緒にいてくれるから大丈夫そう!』
うんうん、良かったねぇ。
ホッコリする私と対象的にギリッと奥歯を噛み締める蓮は、今みたいに忘れ物の貸し借りをする友達ができたことすら気に入らないらしい。
「ーーねぇ、私のなら良い訳?」
「まだマシ。お前にとって晴は『弟』だろ。」
「うーん、弟であり、ライバルであり……。」
春休み、本当に翔君と2人きりでパークインした晴が少し恨めしくてそう言う。
『遥が好きなの、鼻が赤い方だよね!』
しっかり覚えててお土産を買って来てくれた晴を前に、私のモヤモヤは霧散したけど。
一方で引きずり続けてるのが、目の前にいるこの人。
ただでさえ苛々してたのにクラスは別、さらに晴の交友関係が広がって、最近の蓮はずっと不機嫌。
「ねぇ、中野っていい奴だよ。委員会一緒になった事あるけど。」
「だから何だよ。」
「ーー晴には晴の付き合いがあるんだからさ、私達晴からちょっと離れた方がいいんじゃない?」
「はぁ?冗談じゃねぇ。お前が離れるのは勝手にすれば?」
「でもほら、霊泉家対策だってあるじゃない?私がいなくなってから万が一にでも晴に注意が向かないようにしておいた方が良くない?」
やんわり私の思いを伝えようとするけど、蓮の口調は冷たくなるばかり。
それ所か、クラス替えの件を追求されて少し焦る。
ヤバ、やっぱりバレてるわね。
「待ってよーー蓮には、私と過ごして欲しいの。」
「あ?」
「留学まで1年しかないでしょ?だから…」
その間に晴に友達を!なんてバカ正直には言えなくて口籠ると、蓮は舌打ちして私から離れて行った。
それからは何を言っても電話しても、無視されるようになって。
アンタは面倒い女子かっつーの!
ブチ切れそうになりながら、全てを打ち明けるべく送ったLAINも未読。
それでも、クラス替えの数日後には留学の件を蓮(晴がいるから流石に無視されなかった)と晴に話した。
そろそろ噂になったりするだろうから、いつまでも晴に内緒にしてられないし。
明らかに『ショック!』って顔の晴と無表情の蓮と一緒に、久しぶりに3人で下校して。
『まだ先だから』って、晴の頭を撫でて別れた所までは良かった。
問題は、この後。
あの桜を見に行くって言った2人に、私も一緒に行くべきだったのよねーー。
翌日から、何故か晴が蓮を避けるようになった。
喧嘩でもしたのかなと思ったけど、いつまでたっても仲直りの気配が無い。
こんな事は初めてで、私は少し不安になった。
蓮と晴の距離が離れるのはいいと思ってたけど、それは『適正な距離』になって欲しかっただけ。
さりげなく晴に探りを入れたけど『俺これから部活なんだ!』って逃げられたし、蓮は誰とも話さなくなった。
学校中がその黒いオーラのせいでビクビクしてて、とうとう先生に泣きつかれて。
『何とかして欲しい』って言われても…蓮は私の事無視し続けてるし。
それでも放ってはおけなくて、間近に迫った修学旅行の件(京都と霊泉家の関係)で蓮にLAINを送った。
どうせ無視されるかと思いきや、既読が付いて。
未読にされてた、私の晴に対する想いを読むように促す。
『理由を言わなかったのは悪かったわ。だけど、私がそう言っても蓮には伝わらないと思ったの。』
だって蓮は、晴が自立できなくなる事を悪いと思ってなかったでしょ。
晴には晴の人生があって、誰もそれを邪魔しちゃいけない。
好きなら晴の意思を尊重して、一緒にいたいって思って貰わないとダメなのよ。
自分の気持ちを押し付けるだけじゃダメ。
『なんて偉そうに言ってるけど、私だって上手くいかなかくてジタバタしてる。私ね、翔君が好きなの。今まで由奈にしか言って来なかったけど、蓮にはきちんと話したい。』
それから暫く間があって、次の日会って話す事に決まった。
15年の付き合いで、蓮が初めて私の願いを受け止めてくれた瞬間だった。
桜が散った静かな神社に、私と蓮の声が響く。
未読スルーの件を詰めると、蓮はやや気まずそうな顔。
それすらも初めてで、ちょっと新鮮だわ。
私が翔君を好きな事に気付かなかったと言う蓮に『晴以外に興味が無いから気づこうともしなかった』と事実を突きつける。
「…好きって、いつからだよ。」
微妙に話を逸らされたけど、まぁいいわ。
「覚えてない頃からずっと。…仕方ないじゃない、物心付いた時にはもう側にいたんだもの。」
笑おうとして、不自然に声が揺れた。
「お前には悪いけど…」「言われなくても分かってるわよ。」
蓮の言葉の先を察して遮ると、涙が溢れた。
「…あんな可愛い生き物に叶う訳ないって…事…くらい…。」
私と違って小柄で華奢で、守りたくなるような『美優』が翔君の恋人だって、蓮も知ってるんだろう。
それを見る翔君の、蕩けるような優しい眼差しを思い出して胸が痛い。
その時、俯いた頭にポンッと手が触れた。
涙目で見上げると、微妙な表情の蓮。
こういう時の表情の作り方に慣れてないんだろうけど、気遣ってくれてる事は伝わる。
蓮に心配されて、慰められたのも初めてだわ。
こんなに一緒にいるのに、今やっと『幼馴染』になれたような気がするのはどうしてだろう。
なんて、少し感動してたのに…何となく蓮の顔が『コイツも女だったんだな。』って言ってるように思えて。
「…今、凄い失礼な事考えてない?」
ジロリと睨めば、そこからはもういつもの私達だった。
「まぁ、いいわ。…で、アンタは晴と何があったのよ。おかしいでしょ、蓮が晴以外に優しいなんて。」
問いただすけど、蓮は黙秘。
でも、何となく検討はつく。
「どうせ晴の気持ち考えずに何かしちゃって後悔してんでしょ。
『反省』って言葉の意味、やっと分かるようになった?」
苦々しい顔だけど言い返して来ない辺り、図星みたい。
晴に避けられてようやく『相手の気持ちを考える』事に思い至ったって感じかしら。
「晴が蓮を避けるなんて今までなかったじゃない。私は大事な『弟』が心配なの。
…それから『幼馴染』の事もね。」
晴に対する気持ちとは方向が大きく違うけど、蓮の事だって。
少し笑いを含んでそう言うと、蓮の瞳から怒りや焦燥が薄くなった。
「お前、凄ぇな…。」
思わずって感じで言われて、クスリと笑う。
「ずっと一緒にいたのに、今頃気付いたの?
ほら、何があったか話しなさいよ。蓮に足りないのは人に頼る事と、周りの意見を聞く事ね。
晴に関する私の考えはどう思う?」
LAINで送った件に触れると、蓮は渋々頷いた。
「多少は、理解できる…。」
「じゃあ、晴とは少し距離を置いて。代わりに私と一緒にいてよね。」
避けられてる今こそ、晴の気持ちを慮る時だわ。
「焦りは禁物よ。アンタが暴走しそうになったら止めるから。
あと私、日本にいる間は翔君の事好きでいるって決めたの。告白する気はないけど…できる限り近くにいたいから協力して。」
「…お前、それでいい訳?」
「いい。だって…思い出も作れるし。これからは頻繁に蓮の家行ってもいいわよね?」
「はぁ。…好きにすれば?」
そのニュアンスが、いつもの『どうでもいい』とは違う事に気付いて嬉しくなった。
この日を堺に、約束通り私達が一緒に居る時間は長くなった。
それは思っていたよりずっと心地良くて、ようやくお互いを知った気がして。
きっと私達の関係は、『幼馴染』でありつつ『同志』に変わったんだと思う。
ベクトルは違えど晴が大切で、
相手は違えど『好き』な感情を持て余して苦しんでーー。
この間に、蓮が晴にした事がキスだと知って、私が噴火したのは言うまでもないけどね!!
それからすぐに迎えた修学旅行で、蓮は夥しい数の女子に告白されてた。
その全てをバッサリ切り捨てて、視線はずっと晴を追ってて。
それでも、晴の心境を思って無理に距離を詰めようとしない蓮。
一方的にキスしたんだから避けられるのは自業自得だけど、後悔してるのは充分伝わる。
多分だけど、晴は今、混乱真っ最中だと思うのよね。
兄弟同然の幼馴染からいきなりキス(蓮にはかなり濁されたけど、多分ディープなやつ)って言う『欲』を伴う行為をされたんだから当然。
それが嫌だったのか気持ち悪かったのか…それとも嫌じゃないから戸惑ってるのか。
これは晴自身が答えに辿り着かない限り、蓮からのアクションは悪手になりかねない。
蓮もそれは分かってるから、苛々しながらも耐えてるのよね…。
そんな蓮だけど、今日は『霊泉家の天敵』が管理する神社に行ってる。
霊泉家をお取り潰し寸前まで追い詰めた一族…ぜひとも協力してほしいけど、そうもいかないみたい。
それでも顔を繋ぐのは大事って事で、理事長の許可のもと、別行動。
私の方はって言うと、今日は『桜守り』を買うって一大イベントがある。
伝説の卒業生である翔君が流行らせたこれは、今では我が校の伝統。
好きな相手に自分の名前を、自分用に相手の名前を掘った桜型のお守りを半分ずつ持つ。
そうすると恋が叶うって言う素敵な話しは、実は拓也さんと陽子さんの縁を結んだ物らしい。
切藤家がこれだけ絡んでる時点で、私にそれを買わない選択肢なんて無いわよね。
他にも大勢の生徒が買ってて、この後は荒れるわね…とちょっと遠い目になった。
頬を蒸気させた女子が持つ、その殆どに『REN』って刻まれてたから。
案の定、蓮は夜のBBQ中ひっきりなしに女子に呼ばれてた。
確かに顔と身長と頭脳と運動神経がいい蓮はハイスペなのかもだけど…あの性格の奴と付き合いたいの?
そもそも、あれだけ牽制してるのに『晴の事が好き』だって誰も気付かないのが謎だわ。
そんな風に思いながら、無表情で断り続ける蓮を遠くから見守った。
そのときふと、蓮の視線が告白相手の後方に向いて。
動きを止めたその先に、晴の姿があった。
少し遠いけど、もしかして…蓮の事を見てる?
ちょっと待って!タイミング!!
自分にキスした相手が暗がりに女子と2人っきりって…どう考えてもマズイわよね!?
あぁ…行っちゃったわ!
もしかしたら蓮と話す気になってたかもしれないのに…!
告白して来た女子は悪くないけど、振られた後もグズグズして蓮の関心を引こうとしてたのはいただけない。
泣いたふりでチラチラ蓮を見てた事、私は気付いてーー
「蓮!!!!」
考えるよりも先に声と体が飛び出してた。
その振り上げた手を止めて、何も気付いてない女子を追い払う。
その背中が見えなくなると、捕らえた蓮の腕から力が抜けた。
「このバカッ!私が見てなかったらヤバかったんだからね!?」
女子を殴ったりしたらどうなってた事か!
「ムリだ…、キツイ…」
絞り出すような声で頭を抱える蓮は、本当に苦しそうで。
咄嗟に手が出そうになったのは反省するべきだけど、こんな姿は見てられない。
好きで好きでどうしようもない相手が数ヶ月ぶりに自分を見てくれたのに、その視線はすぐに逸らされてしまった。
蓮の心境を思うと、胸が痛い。
「蓮、大丈夫。また必ずチャンスは来るから。」
そう言って優しく背中を叩きながら、私も泣きそうだった。
●●●
side蓮で紛らわしかった遥とのやり取り、実際はこんな感じでした。笑
15年かかって和解(?)しましたが、もし晴がいない世界線だったら、小学生になった辺りで完全に『他人』になってた2人だと思います。
切藤家と南野家の関わりも今より少なくて、そうすると遥が翔に恋しなかった可能性も…?
想いのベクトルは違うけど、晴の存在によって大きく運命が変わった2人です。
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彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
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