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解決編
6.
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(side晴人)
蓮が帰って来なくなってから1週間が経った。
それまでの間、何度もLAINしたけど既読も付かないし、電話は呼び出し音すら鳴らない。
家に帰れない事情があるけど、スマホが壊れて連絡できないとか?
何か事件に巻き込まれてたりする?
そんな俺の心配は杞憂に終わった。
『あっちのキャンパスの友達に聞いたら、切藤普通に授業出てるって言ってたけど…何かあったのか?』
蓮と親しい人に片っ端から連絡を取ろうとしていたら、一発目の啓太からそんな返事があって。
『なんでもない、ありがと!』なんて返して安堵するのと同時に、胸が重苦しくなる。
つまり、蓮は自分の意志で俺との連絡を断ってるって事で…。
蓮が俺に対して怒ってるんだとしたら、身に覚が無くはない。
バイトが無いのにあるふりをしてる事がバレてる場合だ。
でも、蓮ならまず理由を聞いてくるだろうし、いきなり音信不通になったりはしないと思う。
だから多分、怒ってるって言うよりも…俺と会うのが気詰まりって事な気がする。
遥に対する蓮の気持ちを聞く事から逃げてる俺と同じように、蓮も俺に遥の事を話すのは気が進まないんだろう。
俺を傷付けるって、分かってるからーー。
深い溜息を吐いてスニーカーを履くと、重い足を引き摺るようにして家を出た。
どんより曇った2月の空が俺の心をさらに重くする。
目的地は、蓮の大学。
あれからほぼ毎日、いつも待ち合わせてた時間に行っても蓮には会えなかった。
だから、今日は朝から待つ。
この曜日、蓮は必修の筈だから大学に来る所を待ち伏せるつもりだ。
万が一そこで会えなかったとしても、帰りに会えるように一日中でも門に張り付いてやる。
連絡なくちゃ心配するに決まってるだろって怒って、それから…バイトの事を謝って…。
遥の事を聞きたくないのは変わらないけど、今のままじゃいけない。
とにかく、話さないと。
そうじゃないと、蓮は本当に遥の方に行っちゃうかもしれない。
焦りと不安を宥めるように、服の上から首の後ろを撫でる。
一人で目覚めたあの日、俺の首の後ろには、ちょっと引くくらいの鬱血痕と噛み痕があった。
それが、蓮の心がまだここにある証みたいに思えて無意識に触るのが癖になってる。
大丈夫、話せばきっと大丈夫…。
唱えて、言い聞かせて、痕に触れて。
それでも迫る不安に押し潰されそうだ。
あの日、蓮の中で何かが変わったのなら。
それで蓮が帰って来なくなったんだったら、それはーー。
バカ!暗い方に考えるな!
大きく息を吸って空を仰ぐ。
鈍色の空からチラリチラリと落ちてくる白い結晶が見えて、寒い訳だと納得する。
どのくらいそうしていたんだろう。
冷えた足先がスニーカーの中で痺れてきた時、突如周りが騒がしくなった。
既視感にドキリとする。
だって周りのこの反応は、蓮が近くにいる時のーー。
慌てて顔を向けた先に、スラリとした影が見えた。
久しぶりに目にしたその姿に安堵して、こんな時でも会えて嬉しいと思ってしまう。
だけど、高揚した気持ちは近付くその表情を見て一気に地に落ちた。
ウンザリしたような、冷め切った顔。
「…蓮?」
恐る恐る口にした俺に、蓮が鋭い視線を向ける。
物心がついてから今まで、蓮にこんな目をされた事なんて一度もない。
氷みたいな冷たさにたじろいで、次の言葉が出ない。
言わなきゃいけない事が、沢山あるのに。
すると、何も言わない俺に焦れたのか蓮が口を開いた。
「お前、何してんの?」
良く聞いた筈のその言葉が、今までと全く違う。
『晴、何してんの?』
そう言う蓮の声はいつも優しくて、向けられる視線は暖かくて。
なのに、今放たれたその声には甘さなんて一欠片もない。
「……何って…会いに…。俺、蓮と話したくて…」
気圧されながらも懸命に言葉を繋ごうとする俺を見下ろして、蓮は心底面倒臭そうに溜息を吐いた。
「お前、もうここ来んな。」
「…え?」
言われた意味が理解できない俺に、蓮はさらに言う。
「俺の大学とか来んのやめろ。」
「何で…」
「何でも。わかったらさっさと行けよ。」
発される明らかな拒絶の色に喉が震えて、視界がぼやけた。
躊躇いなく背を向けて来た道を戻って行く姿に、必死に手を伸ばそうとする。
だけど、一歩も動けない。
蓮…!待って…!
叫びたいのに、声が出せない。
心と身体が分離してるみたいに機能しなくて、頭の中が真っ白になっていく。
呆然としたまま、どれだけそこに立ってたんだろう。
「萱島君?大丈夫?」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれて、ぼんやり周りが見えるようになった。
それと同時に、周りの騒めきも聞こえて来る。
『蓮様のあの噂って本当だったんだ。』『じゃあ、あの子がそうなの?』
噂?あの子って、俺の事?
ノロノロと顔をそっちに向けようとすると、グイッと反対側に腕を引かれた。
そのまま強引に歩き出した後ろ姿は、毛先が綺麗にカールしたポニーテール。
彼女に会ったのはマウントにマウントで返してしまった時だったはず。
気まずいなぁ、なんて何処か他人事みたいに思ってると、その足がピタリと止まった。
どうやら大学を出て駅の近くまで連れて来られたらしい。
「ねぇ、大丈夫?もしかして、ルームシェアの解消で蓮と揉めてる感じ?」
目の前のリリナは、そう言って眉を顰めた。
…何の話し?
「やっぱり!酷いよね、彼女が帰国するからって追い出そうとするなんて。」
混乱して言葉が出ない俺の態度をどう解釈したのか、リリナは勝手に話し始める。
「あ、何で知ってるのかって?
大学でも噂になってるよ。蓮の彼女が帰国するから、その子と住む為に同居人を追い出すつもりだって。」
…え?
「中には、その同居人と遊びの関係で、本命彼女にバレる前に切ろうとしてるって噂もあって…って、ごめん!これはただ話に尾ヒレがついてるだけだから!蓮の同居人が女の子だって勘違いしてる人が多いのかも!」
彼女は慌てた表情で言葉を重ねる。
「えーっと…あ、それでね、この間『蓮にラブラブな恋人がいる』って教えてくれてありがとう。
何も知らずに付き合ってたら、私がその噂の女みたいになる所だったかもしれないから。君には感謝してるの。」
硬直する俺に構わずギュッと手を握ってくる。
「だからね、変に誰かに絡まれる前に助けたくて。あの感じだと、蓮に話も聞いて貰えてないみたいだったし…。」
自分が勝ち組だって自覚してるイケメンって自己中だよね、やっぱり普通の男が1番なのかも。
なんて持論を展開するリリナの言葉が、耳の上を滑っていく。
「とにかく、早く部屋探した方がいいよ!
新年度近いから物件無くなっちゃうし。
じゃあ、私これからモデルの仕事だから行くね!」
元気だして!と手を振って去っていく後ろ姿を呆然と見送る。
本命彼女
帰国
遊びの関係
切る
どれも聞きたく無い言葉すぎて頭がグラグラする。
まさか、そんなーー。
だって、俺達の関係は遊びなんかじゃなかった。
蓮に本気で愛されてるって、何度も感じた。
そうだ。噂なんか信じずに、蓮を信るべきだ。
だけどーー。
その蓮の態度は、どう考えても俺を迷惑に思ってた。
冷めた視線と言葉を思い出して背筋が震える。
本命彼女が遥の事だとしたら…いや、それでも、遥が帰国するなんて俺は聞いてない。
そこからデタラメの可能性だってある。
だって、遥が帰国するなら家族扱いの俺の家には連絡が来る筈だ。
しょっちゅうLAINしてくる父さんだって、そんな事一言も言ってなかったし。
そう、だから…大丈夫。
「大丈夫じゃ、なさそうですよ?」
突然聞こえた声にビクリと後ずさる。
見上げると、背の高い男性がこっちを心配そうに覗き込んでいた。
「驚かせて申し訳ない。ですが、大丈夫じゃなさそうな顔色です。」
あ、もしかして俺、口に出してた…?
「家までタクシーで送りましょう。」
「あ、いえ…本当に大丈夫です。」
「いえいえ、どうぞ。」
細身の身体から想像できない強い力で腕を引かれる。
え?え?何か、強引じゃない?
「あの…!」「〇〇駅までお願いします。お釣りはとっておいて下さい。」
男性はそう言うと、タクシーの外から運転手に万札を渡した。
あ、一緒に乗る訳じゃないのか。
少しホッとしたのも束の間、見ず知らずの人にお金を出された事に慌てる。
「あの…!」「くれぐれもお大事に。大切な身体ですから。」
ニコッと微笑まれて、一瞬なにも言えなくなった。
似てる…。
どことなくだけど蓮に…いや、蓮父に似てる気がする。
言葉が出ない俺に微笑みを向けたまま、彼の合図でタクシーは走り出した。
少しして、俺のマンションがある駅まで1万円は相当多い事に気付く。
お礼も言わず…何やってんだ…。
混乱と罪悪感で一杯だった俺は、平常時なら抱くだろう疑問に思い至らなかった。
どうして、俺のマンションの最寄駅を彼が知ってたのかって事に。
蓮に会いに行って、冷たく追い返された日から2週間。
俺は返って来ない連絡をめげずに繰り返してる。
いや、めけずにって言うのは嘘。
本当はこれ以上ないほど落ち込んで、グルグル考えて。
食欲も無いし、夜もあまり眠れてない。
それでもこのマンションに居続けてるのは、荷物がある以上、いつかは蓮がここに来ると思ってるから。
蓮の部屋には、大学用のバッグとパソコン以外ほぼ全てそのまま残ってる。
いつかは取りに戻って来る筈だ。
その時、話しができるかもしれない。
またあの冷たい目で見られたらと思うと怖いけど…どうしても納得できないんだ。
何があったのか、俺の事をどう思ってるのかちゃんと聞きたい。
実はあの後も二度、蓮の大学に行った。
鬱陶しいと思われるのは嫌だから、大学の向かいにあるカフェの窓際に1日中張り付いて。
だけどその日、姿を見る事はできなかった。
『蓮様、何で来ないの!』『話しかけるなんて烏滸がましいから、せめてここから見させてもらいたいだけなのに!』
夕方になるとそんな会話が聞こえてきて、周りの席の女子達が同じ目的でこのカフェにいる事を知ってからは行くのをやめた。
俺、蓮の恋人の筈なのに。
何で、蓮のファン達と同じ距離にしかいられないんだろう。
益々落ち込んで、涙が止まらなかった。
●●●
プロローグ『桜散る春』に関わる部分になってます。
期間が空いてるので、リリナをお忘れの方は解決編『2』をお読み下さい。
更新が大変遅くなって申し訳ありません!
インフル蔓延の決算期…辛かった…。
いい大人なのに泣くとこでした。笑
また更新していきますのでよろしくお願いします。
謎の男登場。新キャラかモブか…。
次回はside晴人、そして時間軸が現在に戻ってside蓮になります!
蓮が帰って来なくなってから1週間が経った。
それまでの間、何度もLAINしたけど既読も付かないし、電話は呼び出し音すら鳴らない。
家に帰れない事情があるけど、スマホが壊れて連絡できないとか?
何か事件に巻き込まれてたりする?
そんな俺の心配は杞憂に終わった。
『あっちのキャンパスの友達に聞いたら、切藤普通に授業出てるって言ってたけど…何かあったのか?』
蓮と親しい人に片っ端から連絡を取ろうとしていたら、一発目の啓太からそんな返事があって。
『なんでもない、ありがと!』なんて返して安堵するのと同時に、胸が重苦しくなる。
つまり、蓮は自分の意志で俺との連絡を断ってるって事で…。
蓮が俺に対して怒ってるんだとしたら、身に覚が無くはない。
バイトが無いのにあるふりをしてる事がバレてる場合だ。
でも、蓮ならまず理由を聞いてくるだろうし、いきなり音信不通になったりはしないと思う。
だから多分、怒ってるって言うよりも…俺と会うのが気詰まりって事な気がする。
遥に対する蓮の気持ちを聞く事から逃げてる俺と同じように、蓮も俺に遥の事を話すのは気が進まないんだろう。
俺を傷付けるって、分かってるからーー。
深い溜息を吐いてスニーカーを履くと、重い足を引き摺るようにして家を出た。
どんより曇った2月の空が俺の心をさらに重くする。
目的地は、蓮の大学。
あれからほぼ毎日、いつも待ち合わせてた時間に行っても蓮には会えなかった。
だから、今日は朝から待つ。
この曜日、蓮は必修の筈だから大学に来る所を待ち伏せるつもりだ。
万が一そこで会えなかったとしても、帰りに会えるように一日中でも門に張り付いてやる。
連絡なくちゃ心配するに決まってるだろって怒って、それから…バイトの事を謝って…。
遥の事を聞きたくないのは変わらないけど、今のままじゃいけない。
とにかく、話さないと。
そうじゃないと、蓮は本当に遥の方に行っちゃうかもしれない。
焦りと不安を宥めるように、服の上から首の後ろを撫でる。
一人で目覚めたあの日、俺の首の後ろには、ちょっと引くくらいの鬱血痕と噛み痕があった。
それが、蓮の心がまだここにある証みたいに思えて無意識に触るのが癖になってる。
大丈夫、話せばきっと大丈夫…。
唱えて、言い聞かせて、痕に触れて。
それでも迫る不安に押し潰されそうだ。
あの日、蓮の中で何かが変わったのなら。
それで蓮が帰って来なくなったんだったら、それはーー。
バカ!暗い方に考えるな!
大きく息を吸って空を仰ぐ。
鈍色の空からチラリチラリと落ちてくる白い結晶が見えて、寒い訳だと納得する。
どのくらいそうしていたんだろう。
冷えた足先がスニーカーの中で痺れてきた時、突如周りが騒がしくなった。
既視感にドキリとする。
だって周りのこの反応は、蓮が近くにいる時のーー。
慌てて顔を向けた先に、スラリとした影が見えた。
久しぶりに目にしたその姿に安堵して、こんな時でも会えて嬉しいと思ってしまう。
だけど、高揚した気持ちは近付くその表情を見て一気に地に落ちた。
ウンザリしたような、冷め切った顔。
「…蓮?」
恐る恐る口にした俺に、蓮が鋭い視線を向ける。
物心がついてから今まで、蓮にこんな目をされた事なんて一度もない。
氷みたいな冷たさにたじろいで、次の言葉が出ない。
言わなきゃいけない事が、沢山あるのに。
すると、何も言わない俺に焦れたのか蓮が口を開いた。
「お前、何してんの?」
良く聞いた筈のその言葉が、今までと全く違う。
『晴、何してんの?』
そう言う蓮の声はいつも優しくて、向けられる視線は暖かくて。
なのに、今放たれたその声には甘さなんて一欠片もない。
「……何って…会いに…。俺、蓮と話したくて…」
気圧されながらも懸命に言葉を繋ごうとする俺を見下ろして、蓮は心底面倒臭そうに溜息を吐いた。
「お前、もうここ来んな。」
「…え?」
言われた意味が理解できない俺に、蓮はさらに言う。
「俺の大学とか来んのやめろ。」
「何で…」
「何でも。わかったらさっさと行けよ。」
発される明らかな拒絶の色に喉が震えて、視界がぼやけた。
躊躇いなく背を向けて来た道を戻って行く姿に、必死に手を伸ばそうとする。
だけど、一歩も動けない。
蓮…!待って…!
叫びたいのに、声が出せない。
心と身体が分離してるみたいに機能しなくて、頭の中が真っ白になっていく。
呆然としたまま、どれだけそこに立ってたんだろう。
「萱島君?大丈夫?」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれて、ぼんやり周りが見えるようになった。
それと同時に、周りの騒めきも聞こえて来る。
『蓮様のあの噂って本当だったんだ。』『じゃあ、あの子がそうなの?』
噂?あの子って、俺の事?
ノロノロと顔をそっちに向けようとすると、グイッと反対側に腕を引かれた。
そのまま強引に歩き出した後ろ姿は、毛先が綺麗にカールしたポニーテール。
彼女に会ったのはマウントにマウントで返してしまった時だったはず。
気まずいなぁ、なんて何処か他人事みたいに思ってると、その足がピタリと止まった。
どうやら大学を出て駅の近くまで連れて来られたらしい。
「ねぇ、大丈夫?もしかして、ルームシェアの解消で蓮と揉めてる感じ?」
目の前のリリナは、そう言って眉を顰めた。
…何の話し?
「やっぱり!酷いよね、彼女が帰国するからって追い出そうとするなんて。」
混乱して言葉が出ない俺の態度をどう解釈したのか、リリナは勝手に話し始める。
「あ、何で知ってるのかって?
大学でも噂になってるよ。蓮の彼女が帰国するから、その子と住む為に同居人を追い出すつもりだって。」
…え?
「中には、その同居人と遊びの関係で、本命彼女にバレる前に切ろうとしてるって噂もあって…って、ごめん!これはただ話に尾ヒレがついてるだけだから!蓮の同居人が女の子だって勘違いしてる人が多いのかも!」
彼女は慌てた表情で言葉を重ねる。
「えーっと…あ、それでね、この間『蓮にラブラブな恋人がいる』って教えてくれてありがとう。
何も知らずに付き合ってたら、私がその噂の女みたいになる所だったかもしれないから。君には感謝してるの。」
硬直する俺に構わずギュッと手を握ってくる。
「だからね、変に誰かに絡まれる前に助けたくて。あの感じだと、蓮に話も聞いて貰えてないみたいだったし…。」
自分が勝ち組だって自覚してるイケメンって自己中だよね、やっぱり普通の男が1番なのかも。
なんて持論を展開するリリナの言葉が、耳の上を滑っていく。
「とにかく、早く部屋探した方がいいよ!
新年度近いから物件無くなっちゃうし。
じゃあ、私これからモデルの仕事だから行くね!」
元気だして!と手を振って去っていく後ろ姿を呆然と見送る。
本命彼女
帰国
遊びの関係
切る
どれも聞きたく無い言葉すぎて頭がグラグラする。
まさか、そんなーー。
だって、俺達の関係は遊びなんかじゃなかった。
蓮に本気で愛されてるって、何度も感じた。
そうだ。噂なんか信じずに、蓮を信るべきだ。
だけどーー。
その蓮の態度は、どう考えても俺を迷惑に思ってた。
冷めた視線と言葉を思い出して背筋が震える。
本命彼女が遥の事だとしたら…いや、それでも、遥が帰国するなんて俺は聞いてない。
そこからデタラメの可能性だってある。
だって、遥が帰国するなら家族扱いの俺の家には連絡が来る筈だ。
しょっちゅうLAINしてくる父さんだって、そんな事一言も言ってなかったし。
そう、だから…大丈夫。
「大丈夫じゃ、なさそうですよ?」
突然聞こえた声にビクリと後ずさる。
見上げると、背の高い男性がこっちを心配そうに覗き込んでいた。
「驚かせて申し訳ない。ですが、大丈夫じゃなさそうな顔色です。」
あ、もしかして俺、口に出してた…?
「家までタクシーで送りましょう。」
「あ、いえ…本当に大丈夫です。」
「いえいえ、どうぞ。」
細身の身体から想像できない強い力で腕を引かれる。
え?え?何か、強引じゃない?
「あの…!」「〇〇駅までお願いします。お釣りはとっておいて下さい。」
男性はそう言うと、タクシーの外から運転手に万札を渡した。
あ、一緒に乗る訳じゃないのか。
少しホッとしたのも束の間、見ず知らずの人にお金を出された事に慌てる。
「あの…!」「くれぐれもお大事に。大切な身体ですから。」
ニコッと微笑まれて、一瞬なにも言えなくなった。
似てる…。
どことなくだけど蓮に…いや、蓮父に似てる気がする。
言葉が出ない俺に微笑みを向けたまま、彼の合図でタクシーは走り出した。
少しして、俺のマンションがある駅まで1万円は相当多い事に気付く。
お礼も言わず…何やってんだ…。
混乱と罪悪感で一杯だった俺は、平常時なら抱くだろう疑問に思い至らなかった。
どうして、俺のマンションの最寄駅を彼が知ってたのかって事に。
蓮に会いに行って、冷たく追い返された日から2週間。
俺は返って来ない連絡をめげずに繰り返してる。
いや、めけずにって言うのは嘘。
本当はこれ以上ないほど落ち込んで、グルグル考えて。
食欲も無いし、夜もあまり眠れてない。
それでもこのマンションに居続けてるのは、荷物がある以上、いつかは蓮がここに来ると思ってるから。
蓮の部屋には、大学用のバッグとパソコン以外ほぼ全てそのまま残ってる。
いつかは取りに戻って来る筈だ。
その時、話しができるかもしれない。
またあの冷たい目で見られたらと思うと怖いけど…どうしても納得できないんだ。
何があったのか、俺の事をどう思ってるのかちゃんと聞きたい。
実はあの後も二度、蓮の大学に行った。
鬱陶しいと思われるのは嫌だから、大学の向かいにあるカフェの窓際に1日中張り付いて。
だけどその日、姿を見る事はできなかった。
『蓮様、何で来ないの!』『話しかけるなんて烏滸がましいから、せめてここから見させてもらいたいだけなのに!』
夕方になるとそんな会話が聞こえてきて、周りの席の女子達が同じ目的でこのカフェにいる事を知ってからは行くのをやめた。
俺、蓮の恋人の筈なのに。
何で、蓮のファン達と同じ距離にしかいられないんだろう。
益々落ち込んで、涙が止まらなかった。
●●●
プロローグ『桜散る春』に関わる部分になってます。
期間が空いてるので、リリナをお忘れの方は解決編『2』をお読み下さい。
更新が大変遅くなって申し訳ありません!
インフル蔓延の決算期…辛かった…。
いい大人なのに泣くとこでした。笑
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