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高校生編side蓮
37.悪意と誓い
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フランス暮らしの長かった俺の母親にとって今日、12月24日は家族と過ごす一大イベントらしい。
『クリスマスイブは家族4人で過ごす事』
陽子が定めた鉄の掟に従い、正装して(させられて)三ツ星フレンチで夕食を共にする。
片手では足りない値段に見合う味と見た目ではあるが、俺は萱島家で食べる食事の方が好きだ。
はぁ、早く解散しねぇかな。
家で家族とクリスマスを過ごしているだろう晴に思いを馳せる。
告白から2週間が経ったが、俺達は前と変わらず過ごしている。
正確には、意識してそうしている。
酷く動揺した晴を、これ以上混乱させないように。
俺はとっくに男同士だと言う事実も、それに伴う障害も覚悟していた。
自覚してからずっと晴の事だけ考えてた訳だから当然だし、周りから何を言われようと全く気にならない。
だけど、晴は違う。
親しい人間からの拒絶の言葉は衝撃だったに違いない。
そして、もし俺の気持ちに応えた場合…その辛い思いを何度もするかもしれない。
それは紛れもない事実だが、今はそれを考えて欲しくなかった。
自己中なのは分かってるがーーそこを突き詰めてしまったら、晴はきっと俺の手を取らないだろう。
せめて、もう少し時が経過して冷静になってから判断して欲しい。
だから、今は適正な距離を保っている。
触れる事も我慢して、あんなに脱却したかった『幼馴染』の様に接して。
あぁクソ、何でこんな上手くいかねぇんだよ。
焦るなと言い聞かせても、一度その熱を胸に抱く幸せを知ってしまった身体と心は飢餓状態だ。
晴がいない所で漏れてしまうそれを敏感に察知したらしいクロは、あんなに騒いでいたのにデートについて何も言って来ない。
中野も同じくだから、晴にも余計な事は聞いてないだろう。
空気が読める友人達のお陰でなんとか現状維持はできている。
しかし、現状打破が難しいーー。
そんなジレンマを抱えた俺にとって、今日は特別な日だ。
込められた深い意味を『クリスマスだから』と言う魔法の言葉で薄めて、合法的に贈り物ができる。
毎年行われてきた三家のパーティーの影響で、クリスマスにプレゼントを貰う事が習慣になっている晴も気兼ねなく受け取れるだろう。
『子供達は貰うだけ』だったルールも、高校生になった今なら変えていい頃合いだしな。
「それじゃあね、翔、蓮。」
食事を終え、イルミネーションを見て帰るらしい陽子と親父の車を見送って俺と翔は駅へ向かった。
「それ晴のクリプレだろ?これから会うのか?」
道すがら、俺が手に持つ紙袋を指差して翔が尋ねてくる。
「まあな。お前はもう会ってんだろ?」
俺の返しに翔が目を見開くが、萱島家に寄ってから来たであろう事は察していた。
コイツが実家に着いた時、そんなに寒そうにしていなかったから。
駅からの道で暖を取れる場所は限られているし、
そこから家まで距離が近いとなればもう萱島家一択だ。
「機嫌いいのバレバレだし。」
推理の後にそう付け足すと翔は眉を下げた。
「うん、正解。」
「で、黙ってたのは俺より先に晴にクリプレ渡したからってとこか?…まさかまたペアチケじゃねぇだろうな。」
いつかのクリスマスに味わった屈辱を思い出して声が低くなる。
「クリプレは明日渡してって憲人さんに預けて来たし、晴とは普通に話しただけだって!」
本当かよ。
何処となく言動に違和感を覚えるが、翔には借りがある。
敢えてそれ以上は追求せず、俺達は別々の電車で帰路に着いた。
『今、家の前出れる?』
返事が無ければ萱島家に入ろうと思っていたが、送ったLAINには直ぐに既読が付いた。
数分後、玄関ドアからヒョコッと顔を覗かせた晴に顔が緩む。
できれば2人きりで渡したかったからな。
他愛も無い話しをしつつ、どう切り出したものかと悩む。
「ん、クリプレ。」
その結果がこの素っ気なさとは…。
御守り渡した時と一緒じゃねぇか、と内心で頭を抱えながらも渡した紙袋。
驚きながらも中身を出した晴が息を呑んだ。
欲しがっていた限定モデルのスニーカーは、手に入れるのになかなか苦労した。
だけど、夢でも見てるかのような晴の表情に苦労が一気に吹き飛ぶ。
「蓮、本当にありがと。凄い嬉しい。」
あぁ、この笑顔の為ならこの先何だって手入れてやるーー。
「それで…その、一応俺も用意してるんだけど…。」
「…マジで?」
内なる決意に燃えていた俺は、意外すぎる晴の言葉に目を見はった。
期待しないで欲しいと焦りながら渡された箱の中身は、雫型のストームグラス。
これを、晴が俺の為に…。
「マジで嬉しいわ!」
思わずストームグラスを抱きしめるようにして言うと、不安そうだった晴の顔が綻んだ。
校則でバイト出来ない晴はきっと、この為に小遣いをコツコツ貯めてきたんだろう。
好きな相手が自分の事を考えてくれた時間とはこうも嬉しいものなのか。
「俺の部屋に飾るからさ…いつか見に来いよ。」
『今度』とは言わず『いつか』と言う言葉を選択した。
今の状況で俺の部屋に招く事は、晴の負担になるかもしれないから。
向かい合う瞳が一瞬揺れて、心情を悟られた気がして慌てて次の話題を探す。
すると、晴が決心したように口を開いた。
「あのね…蓮。俺、真剣に考えてる。
ただ、ちょっと時間が欲しいんだ。
その…待たせてごめんな?」
あぁーーもう。
俺を不安にさせてるのはお前なのに…その一言で何でこうも安心させるんだよ…。
やっぱり敵わないと心から思う。
「晴のそう言う所好きだわ。」
思わず口をついて出た本音は晴には聞こえなかったようだ。
「考えてくれてんのは分かってるから…前向きに検討をお願いします。」
「は、はい。前向きに検討します。」
そんな会話に、二人して吹き出した。
「冷えただろ?もう帰るから家入れ。」
名残惜しい気持ちを振り切ってそう告げる。
冬休みの予定を確認して、年明け2日から中野と会うらしい事に舌打ちした。
1日に初詣の約束を捩じ込んだから、俺の方が早く晴に会う訳だけどな。
正直毎日でも会いたいが今は自重する時だから、俺もバイトに勤しもう。
背を向けようとした晴の手を引いたのは、完全に無意識だった。
至近距離で一瞬見つめ合ってーー
全身全霊で己を律して頭を撫でるのに留めた。
家に入るのを見届けて、萱島家に背を向ける。
大丈夫、晴は真剣に考えてると言ってくれた。
だから、良い返事を信じて待つだけだーー。
1月に入り、初詣イベントを終えて学校が始まった。
晴は少しスッキリしたような表情が増えて、もしかしたら何かしら心境の変化があったのかもしれない。
それがいい変化である事を祈りながらも、俺達は穏やかな日常を過ごしていた。
しかし、平和と言うものは突然崩れ去る事がある。
その日は日曜で、晴は部活の試合で他校へ行っていた。
帰って来たら家に会いに行くつもりで俺は待機していて。
その合間に、念の為集めておいた竹田の調査書に目を通す。
某有名大学の3年生で、現在は祖父から相続したアパートで一人暮らし。
家族関係、成績、素行に問題は無く人望も厚い。
あの日一緒にいた女は交際1年半の恋人。
当然のように霊泉家との関わりは浮かびか上がって来ないし、同性愛者を嫌悪するような経験も特に無いようだ。
って事は、単純に個人の考えの問題か。
ふと時計を見ると、時刻は22時。
打ち上げがあるにしても、流石に家に着いてるよな。
『カッキーのドラマリアタイする』って息巻いてたし。
スマホに着信があったのは、そんな事を考えている時だった。
「晴、帰ったのか?」
ワンコールで出て話し掛けるが、聞こえるのは物音ばかりだ。
ザリザリと砂を踏む音の中に荒い呼吸音が聞こえた気がして、背筋がゾワリと粟立つ。
胸騒ぎがして、スマホを耳にあてたまま反射的に玄関に走り出した。
「晴!」
何度も呼びかけるとようやく声が聞こえた。
切れ切れだが、間違いなく晴の声。
『蓮…たすけ……公園…』
その後に続く悲鳴に全身の血が凍り付いた。
「晴!?」
呼びかけるが返事は無い。
公園…この近くであの砂音がするのは…あそこか!
上着も着ずにそのまま家を飛び出した。
ヘルメットをする余裕もなくバイクを発進させる。
晴、晴ーー!
頼むから無事でいてくれ!
最高速度で辿り着いたのは、中学の帰り道2人でよく通っていた公園。
「晴!!どこだ!!」
俺の声が響くばかりの闇に、場所を間違えたのかと不安に駆られたときだった。
サワサワサワ
木で覆われた一角から葉が揺れる音が聞こえる。
「晴?そこにいるのか?」
確証が持てないままバイクのライトでそっちを照らすのと、人影が走り去るのは同時だった。
そして、地面に横たわるのはーー
「晴!!」
駆け寄って抱き起こすと、その姿を見て言葉を失う。
乱れた制服、拘束された手脚。
何があったのかなんて一目瞭然だった。
「……あの野郎………!!」
目の前が真っ赤に染まる。
全身の血が逆巻いて、怒りに身体が震える。
捕まえて、死んだ方がマシだと思う程苦しませて、そしてーー
「…蓮…!!」
激情のままに犯人を追おうとした俺は、名前を呼ぶ晴の声で我に返った。
馬鹿か俺は!晴が最優先だろうが!!
「ごめん、晴。ここにいるから。」
「嫌だ!離れないで!!」
混乱しきって泣きながら手を伸ばしてくる晴を抱き締める。
「不安にさせてごめんな。絶対離れないから安心しろ。」
ゆっくりと、頭を撫でながら語りかける。
「もう大丈夫だ。」
何があっても俺が命に換えても守ってやるから。
「大丈夫だ、晴。」
囁くように何度も言って、その背を撫でる。
想いが伝わったのか、震えていた晴の身体からフッと力が抜けた。
少し落ち着いた様子に安堵して、これからの事を考える。
このままここにいても、晴の恐怖心は募るだけだろう。
一刻も早く安心できる家に連れて帰らなければ。
身体が冷えてしまっているのも気になる。
「帰って憲人さんに話そう。」
そう言って顔を覗き込むと、晴は頷いた。
手を貸して立ち上がったその姿を見て、大丈夫そうだと心底安堵する。
バイクの方へ歩いて、晴のヘルメットを出そうと繋いでいた手を離した。
その油断がいけなかった。
苦しそうな声に慌てて走り寄ると、座り込んだ晴が嘔吐している。
「晴⁉︎」
「ごめ…大丈夫…。」
震えながら、それでも強がろうとする晴を胸に抱き込んだ。
「汚れるから…」
「バカ、俺に気なんて使うな。」
俺の身体も持ち物も、全てお前の為にある。
着ているセーターの袖で口元を拭ってやると、大きな目から涙が溢れた。
「怖いよ…蓮…。怖い…」
しゃくり上げる晴の姿に、胸が張り裂けそうに痛んで強く抱き締めた。
ごめん、晴。
お前がこんなに辛いのに何もしてやれなくて。
こんな目に合わせて。
「晴、もう二度とお前を危険な目に合わせない。
絶対に俺が守るーー。」
意識を失うように眠ってしまった晴に、その誓いは届いただろうかーー。
●●●
side晴人80~84話辺りの話です。
毎年恒例だった三家合同のクリパは、南野家が帰ってくるまで休止になってます。
切藤家が揃って外出すると通行人はイルミネーションよりそっちに釘付け。笑
陽子と翔は目立つのを楽しむタイプ。
拓哉と蓮はウンザリ。
現実の季節に逆行してるなぁ。
『クリスマスイブは家族4人で過ごす事』
陽子が定めた鉄の掟に従い、正装して(させられて)三ツ星フレンチで夕食を共にする。
片手では足りない値段に見合う味と見た目ではあるが、俺は萱島家で食べる食事の方が好きだ。
はぁ、早く解散しねぇかな。
家で家族とクリスマスを過ごしているだろう晴に思いを馳せる。
告白から2週間が経ったが、俺達は前と変わらず過ごしている。
正確には、意識してそうしている。
酷く動揺した晴を、これ以上混乱させないように。
俺はとっくに男同士だと言う事実も、それに伴う障害も覚悟していた。
自覚してからずっと晴の事だけ考えてた訳だから当然だし、周りから何を言われようと全く気にならない。
だけど、晴は違う。
親しい人間からの拒絶の言葉は衝撃だったに違いない。
そして、もし俺の気持ちに応えた場合…その辛い思いを何度もするかもしれない。
それは紛れもない事実だが、今はそれを考えて欲しくなかった。
自己中なのは分かってるがーーそこを突き詰めてしまったら、晴はきっと俺の手を取らないだろう。
せめて、もう少し時が経過して冷静になってから判断して欲しい。
だから、今は適正な距離を保っている。
触れる事も我慢して、あんなに脱却したかった『幼馴染』の様に接して。
あぁクソ、何でこんな上手くいかねぇんだよ。
焦るなと言い聞かせても、一度その熱を胸に抱く幸せを知ってしまった身体と心は飢餓状態だ。
晴がいない所で漏れてしまうそれを敏感に察知したらしいクロは、あんなに騒いでいたのにデートについて何も言って来ない。
中野も同じくだから、晴にも余計な事は聞いてないだろう。
空気が読める友人達のお陰でなんとか現状維持はできている。
しかし、現状打破が難しいーー。
そんなジレンマを抱えた俺にとって、今日は特別な日だ。
込められた深い意味を『クリスマスだから』と言う魔法の言葉で薄めて、合法的に贈り物ができる。
毎年行われてきた三家のパーティーの影響で、クリスマスにプレゼントを貰う事が習慣になっている晴も気兼ねなく受け取れるだろう。
『子供達は貰うだけ』だったルールも、高校生になった今なら変えていい頃合いだしな。
「それじゃあね、翔、蓮。」
食事を終え、イルミネーションを見て帰るらしい陽子と親父の車を見送って俺と翔は駅へ向かった。
「それ晴のクリプレだろ?これから会うのか?」
道すがら、俺が手に持つ紙袋を指差して翔が尋ねてくる。
「まあな。お前はもう会ってんだろ?」
俺の返しに翔が目を見開くが、萱島家に寄ってから来たであろう事は察していた。
コイツが実家に着いた時、そんなに寒そうにしていなかったから。
駅からの道で暖を取れる場所は限られているし、
そこから家まで距離が近いとなればもう萱島家一択だ。
「機嫌いいのバレバレだし。」
推理の後にそう付け足すと翔は眉を下げた。
「うん、正解。」
「で、黙ってたのは俺より先に晴にクリプレ渡したからってとこか?…まさかまたペアチケじゃねぇだろうな。」
いつかのクリスマスに味わった屈辱を思い出して声が低くなる。
「クリプレは明日渡してって憲人さんに預けて来たし、晴とは普通に話しただけだって!」
本当かよ。
何処となく言動に違和感を覚えるが、翔には借りがある。
敢えてそれ以上は追求せず、俺達は別々の電車で帰路に着いた。
『今、家の前出れる?』
返事が無ければ萱島家に入ろうと思っていたが、送ったLAINには直ぐに既読が付いた。
数分後、玄関ドアからヒョコッと顔を覗かせた晴に顔が緩む。
できれば2人きりで渡したかったからな。
他愛も無い話しをしつつ、どう切り出したものかと悩む。
「ん、クリプレ。」
その結果がこの素っ気なさとは…。
御守り渡した時と一緒じゃねぇか、と内心で頭を抱えながらも渡した紙袋。
驚きながらも中身を出した晴が息を呑んだ。
欲しがっていた限定モデルのスニーカーは、手に入れるのになかなか苦労した。
だけど、夢でも見てるかのような晴の表情に苦労が一気に吹き飛ぶ。
「蓮、本当にありがと。凄い嬉しい。」
あぁ、この笑顔の為ならこの先何だって手入れてやるーー。
「それで…その、一応俺も用意してるんだけど…。」
「…マジで?」
内なる決意に燃えていた俺は、意外すぎる晴の言葉に目を見はった。
期待しないで欲しいと焦りながら渡された箱の中身は、雫型のストームグラス。
これを、晴が俺の為に…。
「マジで嬉しいわ!」
思わずストームグラスを抱きしめるようにして言うと、不安そうだった晴の顔が綻んだ。
校則でバイト出来ない晴はきっと、この為に小遣いをコツコツ貯めてきたんだろう。
好きな相手が自分の事を考えてくれた時間とはこうも嬉しいものなのか。
「俺の部屋に飾るからさ…いつか見に来いよ。」
『今度』とは言わず『いつか』と言う言葉を選択した。
今の状況で俺の部屋に招く事は、晴の負担になるかもしれないから。
向かい合う瞳が一瞬揺れて、心情を悟られた気がして慌てて次の話題を探す。
すると、晴が決心したように口を開いた。
「あのね…蓮。俺、真剣に考えてる。
ただ、ちょっと時間が欲しいんだ。
その…待たせてごめんな?」
あぁーーもう。
俺を不安にさせてるのはお前なのに…その一言で何でこうも安心させるんだよ…。
やっぱり敵わないと心から思う。
「晴のそう言う所好きだわ。」
思わず口をついて出た本音は晴には聞こえなかったようだ。
「考えてくれてんのは分かってるから…前向きに検討をお願いします。」
「は、はい。前向きに検討します。」
そんな会話に、二人して吹き出した。
「冷えただろ?もう帰るから家入れ。」
名残惜しい気持ちを振り切ってそう告げる。
冬休みの予定を確認して、年明け2日から中野と会うらしい事に舌打ちした。
1日に初詣の約束を捩じ込んだから、俺の方が早く晴に会う訳だけどな。
正直毎日でも会いたいが今は自重する時だから、俺もバイトに勤しもう。
背を向けようとした晴の手を引いたのは、完全に無意識だった。
至近距離で一瞬見つめ合ってーー
全身全霊で己を律して頭を撫でるのに留めた。
家に入るのを見届けて、萱島家に背を向ける。
大丈夫、晴は真剣に考えてると言ってくれた。
だから、良い返事を信じて待つだけだーー。
1月に入り、初詣イベントを終えて学校が始まった。
晴は少しスッキリしたような表情が増えて、もしかしたら何かしら心境の変化があったのかもしれない。
それがいい変化である事を祈りながらも、俺達は穏やかな日常を過ごしていた。
しかし、平和と言うものは突然崩れ去る事がある。
その日は日曜で、晴は部活の試合で他校へ行っていた。
帰って来たら家に会いに行くつもりで俺は待機していて。
その合間に、念の為集めておいた竹田の調査書に目を通す。
某有名大学の3年生で、現在は祖父から相続したアパートで一人暮らし。
家族関係、成績、素行に問題は無く人望も厚い。
あの日一緒にいた女は交際1年半の恋人。
当然のように霊泉家との関わりは浮かびか上がって来ないし、同性愛者を嫌悪するような経験も特に無いようだ。
って事は、単純に個人の考えの問題か。
ふと時計を見ると、時刻は22時。
打ち上げがあるにしても、流石に家に着いてるよな。
『カッキーのドラマリアタイする』って息巻いてたし。
スマホに着信があったのは、そんな事を考えている時だった。
「晴、帰ったのか?」
ワンコールで出て話し掛けるが、聞こえるのは物音ばかりだ。
ザリザリと砂を踏む音の中に荒い呼吸音が聞こえた気がして、背筋がゾワリと粟立つ。
胸騒ぎがして、スマホを耳にあてたまま反射的に玄関に走り出した。
「晴!」
何度も呼びかけるとようやく声が聞こえた。
切れ切れだが、間違いなく晴の声。
『蓮…たすけ……公園…』
その後に続く悲鳴に全身の血が凍り付いた。
「晴!?」
呼びかけるが返事は無い。
公園…この近くであの砂音がするのは…あそこか!
上着も着ずにそのまま家を飛び出した。
ヘルメットをする余裕もなくバイクを発進させる。
晴、晴ーー!
頼むから無事でいてくれ!
最高速度で辿り着いたのは、中学の帰り道2人でよく通っていた公園。
「晴!!どこだ!!」
俺の声が響くばかりの闇に、場所を間違えたのかと不安に駆られたときだった。
サワサワサワ
木で覆われた一角から葉が揺れる音が聞こえる。
「晴?そこにいるのか?」
確証が持てないままバイクのライトでそっちを照らすのと、人影が走り去るのは同時だった。
そして、地面に横たわるのはーー
「晴!!」
駆け寄って抱き起こすと、その姿を見て言葉を失う。
乱れた制服、拘束された手脚。
何があったのかなんて一目瞭然だった。
「……あの野郎………!!」
目の前が真っ赤に染まる。
全身の血が逆巻いて、怒りに身体が震える。
捕まえて、死んだ方がマシだと思う程苦しませて、そしてーー
「…蓮…!!」
激情のままに犯人を追おうとした俺は、名前を呼ぶ晴の声で我に返った。
馬鹿か俺は!晴が最優先だろうが!!
「ごめん、晴。ここにいるから。」
「嫌だ!離れないで!!」
混乱しきって泣きながら手を伸ばしてくる晴を抱き締める。
「不安にさせてごめんな。絶対離れないから安心しろ。」
ゆっくりと、頭を撫でながら語りかける。
「もう大丈夫だ。」
何があっても俺が命に換えても守ってやるから。
「大丈夫だ、晴。」
囁くように何度も言って、その背を撫でる。
想いが伝わったのか、震えていた晴の身体からフッと力が抜けた。
少し落ち着いた様子に安堵して、これからの事を考える。
このままここにいても、晴の恐怖心は募るだけだろう。
一刻も早く安心できる家に連れて帰らなければ。
身体が冷えてしまっているのも気になる。
「帰って憲人さんに話そう。」
そう言って顔を覗き込むと、晴は頷いた。
手を貸して立ち上がったその姿を見て、大丈夫そうだと心底安堵する。
バイクの方へ歩いて、晴のヘルメットを出そうと繋いでいた手を離した。
その油断がいけなかった。
苦しそうな声に慌てて走り寄ると、座り込んだ晴が嘔吐している。
「晴⁉︎」
「ごめ…大丈夫…。」
震えながら、それでも強がろうとする晴を胸に抱き込んだ。
「汚れるから…」
「バカ、俺に気なんて使うな。」
俺の身体も持ち物も、全てお前の為にある。
着ているセーターの袖で口元を拭ってやると、大きな目から涙が溢れた。
「怖いよ…蓮…。怖い…」
しゃくり上げる晴の姿に、胸が張り裂けそうに痛んで強く抱き締めた。
ごめん、晴。
お前がこんなに辛いのに何もしてやれなくて。
こんな目に合わせて。
「晴、もう二度とお前を危険な目に合わせない。
絶対に俺が守るーー。」
意識を失うように眠ってしまった晴に、その誓いは届いただろうかーー。
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side晴人80~84話辺りの話です。
毎年恒例だった三家合同のクリパは、南野家が帰ってくるまで休止になってます。
切藤家が揃って外出すると通行人はイルミネーションよりそっちに釘付け。笑
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拓哉と蓮はウンザリ。
現実の季節に逆行してるなぁ。
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