【完結】桜の記憶 幼馴染は俺の事が好きらしい。…2番目に。

あさひてまり

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高校生編side蓮 

34.戻る日常と変わる日常

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突然だが想像して欲しい。

朝から、寝癖を付けてボンヤリ眠そうな表情の好きな相手を眺められる幸せを。

「晴、おはよ。」

自然と口角が上がる。

久しぶりにーー実に4ヶ月ぶりの光景を俺は噛み締めていた。



『朝苦手そう』だと言われる俺だが、むしろ早起きは得意だ。

正確には、得意になった。

小学生の時、偶々寝坊して朝一人で登校した時の事だ。

『私、今日晴と手を繋いで登校したんだから。
蓮はずっといなくていいわよ。』

勝ち誇った遥の言葉に衝撃を受けた。

3人で一緒に登校するのが常だったが、俺がいない隙に遥と晴が親密になるのは許せない。

翌日から寝坊は一切しなくなり、なんなら早めに晴の家に迎えに行くようになりーー。

中学になってからは、萱島家で憲人さんの朝食を食べながら晴の支度を待つのが恒例になり今に至る。



「晴、サンドイッチ持って行く?」

「洗面所行ったから聞いてくるわ。」

キッチンの憲人さんに声をかけてから向かった洗面所では、晴が鏡を見ながら何やら大きく頷いてる。

不思議に思いつつ声を掛けると酷く驚かれた。

ボタボタと髪から垂れる雫を見兼ねてタオルで拭いてやると、目を閉じてされるがまま。

あぁ、これ世話してる感じがしていいな。

「早く乾きそう。ありがと。」

タオルを被ったまま上目遣いで言われてグッと言葉に詰まる。

微笑むその唇に目が吸い寄せられて、何とか思いとどまった。

その代わり、額に軽く唇を触れさせる。

「へ?」

「急げよ?」

これ以上は自重しなければと、ポカンとする晴を置いて洗面所を後にする。

暫くしてリビングに戻って来た晴の耳がほんのり赤くて、少し笑ってしまった。



萱島家を出て学校に着くと、校門の前で女子の一群がギャアギャア騒いでいた。

一昨日の俺を隠し撮りした画像が拡散されていたらしく、陽子は宣伝になると喜んでいたが…迷惑すぎる。

怯む晴の腰を抱き寄せて、近付くなと牽制しながら歩けば大半は大人しくなった。

それでも、空気の読めない一部の馬鹿には「邪魔」だとハッキリ自覚させなければならかったが。

呆気に取られた晴を教室まで送り届けてから、俺も自分のクラスへ向かった。


「蓮のファン、外も内も凄い事になってんね。」

クロが指差す先には、一般クラスのベランダからオペラグラスでこっちを覗く女子の大群。(と、一部野郎。)

「クッソダルいわ…こーゆーの耳に入れたくねぇんだけどな。」

誰の耳かを察したらしいクロが笑う。

例え何百人の視線に晒されても俺は一向に気にならないが、晴にとっては違う。

外での騒動と言い、晴が負担を感じてしまわないか心配だ。

それこそ相川のように変な事を吹き込む輩がいないとも限らない。

「なあ、白田がふざけて持ってきた爆竹あったよな?」

「待て待て!使用用途が怖すぎる!」

俺の視線の先を追ったクロが、慌ててカーテンを閉める。

「あの件で蓮と晴人君が幼馴染だって知れ渡ったし、滅多な事はされないんじゃない?」

それに、と続ける。

「蓮の為に頑張ってた様子からすると何か言われても大丈夫じゃないかなぁ。信じてあげたら?」

俺が謹慎していた数日の詳細は、晴が俺に話さなかった事を含めて全てクロから聞いた。

それを踏まえて信じたいし、勿論信じてもいるが…。

ずっと一緒にいると約束したからこそ、晴が無理をしないように小さな不安の芽も摘んでおきたい。

「…名前。」

「ん?」

「名前で呼んでんじゃねぇ。」

「いや心狭ッ!!」

大切な相手に関する心配事と言うのは際限がない。

いいじゃん俺だって友達なんだよ、と騒ぐクロを尻目に深く溜息を吐いた。





翌日、迎えに行った萱島家には起きて支度中の晴の姿があった。

あわよくば今日も俺が髪を拭いてやりたかったが…まぁ仕方ない。

ふと視線を感じて読んでいた本から顔を上げると、隣に座って朝食の用意を待つ晴が俺を凝視している。

「何?」

「べ、別に⁉︎」

そう言ってそっぽを向くが、明らかに挙動不審だ。

横目でチラリと様子を伺ってくるのおかしくて、笑いながら頬を摘んでこっちを向かせる。

良く分かんねぇけど、見たいなら幾らでも。

晴が俺の顔を気に入ってるのは知ってるし、使えるもんは使わないとな。

「…な、何の本読んでんのか気になって!」

本人は冷静なつもりだろうが、持ち主の願いを裏切る真っ赤な耳によって動揺はバレバレ。

「フランス語。本当は誰かさんの本だけどな?」

読むのを放棄した晴を揶揄って軽口を叩き合う。

その延長で晴の髪をかき混ぜると抗議されたので、セットしてやった。

「オシャレ上級者の技術すげぇな!」

今さっきまで怒っていたのに、今はキラキラ満足気な表情だ。

思わず猫にするように顎の下をスリスリと撫でてしまった。

こう言う時は撫で回したくなるような可愛さなのに、一度スイッチ入るとなるんだもんな…。

快楽に蕩けた晴を思い出すだけで、何処にとは言わないが熱が集まる。

「ほらほら晴、蓮君に戯れついてないで朝ご飯食べな?」

「父さんまで俺を猫扱いしてくる…。」

目の前の親子の微笑ましい遣り取りを眺めて、何とか気持ちを落ち着けた。



家を出てからも晴の様子は妙だった。

何と言うか…観察されている感じがする。

いつも通り晴が車道側にならないように歩く俺を見て「あ。」とか言ってるし。

かと思えば剣道部の焼けた備品について真剣な相談をしてきたりと脈絡が無い。

学校に着いてからは俺と中野の日常風景(「距離近い離れろ。」「普通だろ。」)を見て首を捻っている。

さらに英語の小テストで赤点を取ったらしいが…まぁこれはそんなに珍しい事でも無いか。

再テストまで俺が勉強を見てやる事になり、嫌がるのを好物のホットチョコレートで釣る。

烈火の如く母親美香さんに怒られるだろう晴には悪いが、放課後も一緒にいる時間が確保できて俺得でしかない。

その日の夕食に晴が作った卵焼きが出たのは、母親へのご機嫌取りだろうか。

案外こう言う所ちゃっかりしてんだよな。

しかし運悪く急患が入って帰宅できなくなってしまい、代わりに俺が全部いただいた。

晴が微妙な顔をしていたのは、計画が失敗したからだろうか。

因みに俺は卵焼きが好物だと思われているらしいが、実際の所は「普通」だ。

晴が唯一作れるそれを誰にも渡したくないってだけで、家で家政婦が作った卵焼きを率先して食ったりはしない、断じて。


そんなこんなで謎に満ちた数日を過ごしたある日。

俺はバイト先で常連客に声をかけられた。

俺と同じ特進クラス出身のオーナーが経営するこのカフェは、ルックスがいい事と、英語での日常会話さえできれば高時給で働ける。

だが今は、晴の部活が暫くなくなるなんて予想もしなかったためにギッチリ入れてしまったシフトが恨めしい。

晴は今何をしてるだろうかーーまさか、中野と2人きりとかないよな?

「ねぇ、レン聞いてる~?」

ハッとして思考を現実に戻した先には、常連客が不満そうにこっちを見ている。

「このハーブブレンドって何が入ってるの?」

メニュー表を指差す彼女に、屈んでそれを見ながら説明する。

腕を触られたりしてるが、この人はキスハグ文化の育ちで性別問わず誰にでも距離が近い。

因みに俺の顔が『観賞用として好き』なんだそうだ。

「ねね、マークに聞いたけど、遂にバイク買うんだって?を乗せられそうって事?良かったね!」

マークはこの人の彼氏で、バイク屋を営んでいる。

俺は買うならコレだと決めているバイクがあって、割引してくれるマークのお陰でそれを買う為の金は貯まっていたんだが…。

『最初に後ろに乗せたい奴がいるから、そいつを誘えるようになったら』と言って、まだ購入には至っていない。

その相手とは言わずもがな晴の事で、それは一つの願掛けでもあった。

『いつか免許とったら、色んな所行こうな!』

話す事もできない日々の中、何年も前に晴が言った言葉を希望にしてーー。

そして昨日、マークにバイク購入の旨を伝える事ができた。

晴には内緒にしておいて驚かせたい。

何処へ連れて行こうかと胸が躍る。



その時新たな客が来て、出迎える為に振り返ったそこにーー。

「あ、えっと、バイト頑張って?」

…晴?

驚いていると、晴がドアから滑り出て行く。

は?何で?ここの場所教えた事無かったよな?

別の方向に目を向けると、そこには慌てるクロの姿。

ーー後で話がある。

目線だけで伝えると、項垂れるクロを残して店を飛び出した。

クソ!電話出ねぇしLAINも既読つかねぇ!

走り去った方向には駅があるから、家に向かったのかもしれない。

電車に揺られながらイライラと何度もスマホを見る。

晴が走り去った原因が分からない。

俺が気付く随分前から店にいたとしても、接客しかしていないから晴が嫌がるような事は無かった筈だ。

って事は、誰かに何かされたーー?

いやでもその場合クロが俺に何か言うだろうし、あの気まずそうな顔の意味もーー。

纏まらない思考のまま最寄り駅の改札を駆け抜ける。

落ち着いて一度冷静に考えてから行動するべきだと分かってるのに、身体が言う事を聞かない。

『さよなら、蓮。』

晴が去って行ったあの日の光景が重なって、内側から胃癖を引っかかれるような焦燥を感じる。

晴、晴ーー!!

『も…もしもし…』

祈りを込めて走りながら掛けた電話は、14回目にして漸く繋がった。

声が聞けた事にとにかくホッとして、逃げた理由を追求する。

暫くの押し問答の末、電話口の晴が叫んだ。

『何だよ!綺麗な女の人にデレデレしやがって!
俺の事なんかほっといて仲良くしてればいいだろ!!』

…え?

直後、慌てたように何か言う晴を遮って居場所を吐かせた。



『チャンスの神様には前髪しかないんだよ。』


まだ幼い俺にこの言葉を教えたのは、美優だっただろうかーー。


俺の千載一遇のチャンスは今しかない。

だって、晴の感情はーー。

「そこ!絶対動くなよ!」

俺は電話を切って、笑う膝を叱咤して走り出した。



チャンスの神とやらの前髪を鷲掴んで、ぶん回す為に。



●●●
side晴人72~75話辺りの話しです。
73・74を読んでいただくと、真剣な晴人と困惑する蓮の様子の対比が面白い(といいな)かもしれません。























蓮、過激派ダメ、前髪抜けちゃう。

蓮も晴人も美優からの助言…人の縁って大事だよなと思いながら書きました。笑























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