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高校生編side蓮 

23.焦

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最悪の精神状況でどう帰って来たのか覚えていないが、気が付くと家のシアタールームに居た。

ソファに投げ出した身体は、夏だと言うのに酷く冷たい。


晴と過ごした時間は、この部屋が一番長いだろう。

棚にズラリと並ぶのは、ネトフリでは観れない特典付きのDVD。

それから、各種ゲーム機と夥しい量のソフト。

俺にとって興味の無いそれらは全て、晴と過ごす為の口実だ。

トイレやシャワールーム、簡易ベッドが完備されたこの部屋は、食糧さえ持ち込めば何時間でも、何日でも過ごす事ができる。

『最高すぎる!ずっとここにいたい!』

自分が用意したスペースに晴の方から飛び込んで来る様子は、俺の心に大きな満足感を与えた。


中学に入ると部活も有り流石に頻度は減ったが、それでも夏休みはその殆どを俺の家で過ごした。

時折遥からの誘いで外に出る以外は、ずっと2人きり。

閉ざされたその場所は、俺にとって晴を独占する為の最高の持ち札カードだった。


しかし去年の春、それは終わりを告げる。

俺がキスした事で変わった関係性。

『無かった事にする』のを望む晴に無理矢理合わせて和解しても、全てが元通りになった訳では無い。

一緒に過ごす時間は確実に減り、夜になる前に自分の家に帰って行く。

警戒されるのは自業自得だが、明らかに距離を取ろうとするその様子は堪えた。

どうにかしなければと日々増して行く焦燥感を抑えつけて、なるべく普段通り接して。

時間をかけて修復している途中だったのにーー。


『さよなら、蓮』


告げられた言葉に、全てが崩れていくのを感じた。

自分が悪いのは分かってる。

余裕の無さから思ってもいない事を晴にぶつけて。

傷付けて泣かせて、決別の言葉を口にさせたのは俺だ。

あの時、翔なんか気にせず追いかけて謝っていれば…。


しかし、そんな考えは直ぐに打ち消される。

今までなんとか繋ぎ止めていただけで、俺と晴の関係にはひずみが生じていた。

『今回の事だけじゃない』と言った翔の言葉は、恐らく正しい。

そのきっかけは、俺が気持ちを抑えられなかった事によるものなのか…それとも、もっと以前からの兆候に気付けなかったのか。

子供の頃は手に取るように分かっていた晴の感情。

その言動の全てを理解できていたのは、いつまでだったのか。

それとも、そう思っていた事自体が俺の傲慢だったのかーー。


ただ一つ確かなのは、晴が何を考えているのか、もう俺には分からないと言う事実。

その思いも、発した言葉の意味もーー。

どうでもいいその他大勢に関する事は簡単に最適解を導き出せるのに。

知りたい相手はたった1人なのに、何故それだけが上手くいかないのか。

誰より大切なのに傷付けてしまうのか。

晴の泣き顔が脳裏に焼き付いて離れない。




「お前なぁ、電気ぐらい付けろよ。」

呆れたような声と共に隣に座ったのは翔だった。

「…晴は?」

「家まで送って来た。…だいぶ落ち着いたから大丈夫だ。お前は?」

間接照明に照らされたその顔が思いの外優しげで戸惑う。

「説教すんじゃねぇの?」

全面的に晴の味方であろう翔になじられると思っていたし、俺は甘んじてそれを受けるべきだと思っていた。

「いや、そんなつもりないけど?」

「晴の事泣かせたんだぜ。」

「あー、まぁそれはダメだけどさ。蓮も反省してる…って言うか蓮の方がダメージ受けてるのは見て分かるし。…お前も晴も俺の弟なんだから、どっちかに肩入れしたりしねえって。」

翔が苦笑しながら続ける。

「蓮、色々思う所があったのは分かる。晴はこう…鈍感の極みな性格だもんな。伝わらなくてヤキモキする事も苛々させられる事もあると思う。
だけど、晴の決意をあんな風に否定するのはダメだ。」

しっかり話した事はないが、翔は俺の晴に対する気持ちを知っている。

そして、晴にとって瞳を出す事が大きな決断である事も。

「分かってる…全面的に俺が悪い。」

俺が頷くと、翔は少し考えるような素振りを見せた。

「全面的…うーん、晴の方も何か勝手に決め付けてる感じだったからなぁ。」

「あ?」

「いや、何でも。」

1人でぶつぶつ言う翔が、今度は困ったような顔をする。

「晴の髪切ったのは美優なんだよ。モデル探してて、いいきっかけになればと思って俺が紹介してさ。」

「ふざけんなよ。」

勝手な事してんじゃねぇよ馬鹿野郎。

「いや、それはごめんて。だけど美優は絶対無理矢理切ったりしない。変わりたいって願ったのは晴の意思だ。」

それは分かってる。

そして、だからこそタチが悪い。

「…の為だろ。」

Tシャツの胸元をギリッと握る。

俯いていた俺は、翔が探るような表情をしている事に気付かなかった。

「晴のあの感じだと、他のって言うよりも…あれ、もしかしてめちゃめちゃスレ違ってる…のか…?」

「さっきから何だよ。」

「な、何でもない。えーと、つまりだな。お前達には時間が必要だと思う。」

「は?何でいきなりそうなる訳?」

「祭りでも言っただろ。『一時的に距離ができる事は我慢しろ』って。例えば今晴に謝ったとして、それで全部解決できると思うか?」

「……。」

「だろ?お前に足りないのは『晴の目線で周りを見る事』だ。」

「いや意味分からん。」

「それが理解できないと多分、いつまでもこのままだぞ。あと『晴以外の人間の気持ちにも関心を持て』そんで、学校楽しめ!今しかないぞ!」

馬鹿かよ、晴とこんなんなってんのに学校生活なんてどうでもいいわ。

「それで分かる事もきっとあるから。」

「…なぁ、お前日本語喋ってる?」

「英語でもフランス語でも通じるだろうよ。」

ついでに中国語でもドイツ語でもスペイン語でも通じるけどな。

それよりも、翔の『助言』が難解すぎる。

晴の目線?

晴以外の人間と関わって分かる事?

「…もう1言語習得する方が簡単そうだな…。」

「ブッ!お前にとってはそうかもな!でも大事な事だ、頑張れ弟よ!」

「触んな。」

頭を撫でようとするの手をバシッと叩きながら、それでも幾分気持ちを持ち直す。

とにかく今は、晴と話した事で何かしら思う所があったらしい翔の言葉を信じるしかない。

「よーし、今日はお兄ちゃんとゲームしようぜ♡」

「んなわけ。出てけよ。」

揉めながらも結局オールでゲームをした翌日、翔はかなり気遣わし気な様子で帰って行った。

もしかしたら、翔には分かっていたのかもしれない。

その記憶力故に嫌な事も忘れられない俺が、何度も鮮明にそのシーンを再生してしまう事を。


それから逃れるように入れたバイトと、バイクの教習で夏休みは秒速で過ぎ去った。

『いつか免許とったらもっと色んな所行こうな!』

テレビに映るテーマパークを見ながら晴が言ったのは、何年前の事だっただろうか。

実現のために免許も取ったし、バイク購入資金も貯めている。

そうやって行動する事が、晴との唯一の繋がりであり俺の心の拠り所でもあった。




新学期が始まると、更に事態は悪化した。

『あの子ってさ、綺麗な顔してたんだな。』

囁かれるのは、髪を切った晴への評価。

俺だけが知っていた晴の素顔が、他人の口に登る事が許せない。

不機嫌を隠さず、威圧しまくっていたある日の事。


「ヤバイぞ蓮!お前黒いオーラ出まくりで一般クラスから『魔王様』って呼ばれてる!」

体育祭の練習前に、そう言いながらデカイ水鉄砲を押し付けて来たのは黒崎だ。

騒ぐ気分にならず拒否しようとしたが、ふと翔の言葉が過ぎる。

『晴以外の人間の気持ちにも関心を持て』

夏休み中、連絡をスルーしていた俺に対して怒った様子の無い黒崎。

唐突な水遊びへの誘いも、俺を元気付けようとしているようだ。

どうやら、心配されている、らしい…。

身内である三家以外の人間からそんな風に感じたのは、初めてだった。

『特別な人間』として俺を見ている他人は、決してそんな感情を抱かない。

まるで、『人生の全てが完璧だろう』とでも思っているかのようにーー。


黒崎は自分自身もそう見られる側として、俺の心情が分かるんだろう。

理解者がいると言う事実は、不思議と安心感があった。

そして、ふと思う。

晴にとっては中野がこうなのかもしれない、と。

距離が近い中野に対して敵対心を抱いていたが、晴にとっては大事な存在なんだろう。

それは俺が黒崎に対して感じるのと同様に、恋愛とは全く別のベクトルだ。

『親友』と豪語する関係を信用しきってはいなかったが、少しだけ分かった気がする。


数分後、晴が水を被って中野にセクハラされる事件が起こる訳だが…。

この気付きが無かったら、ぶち抜いたのはバケツではなく中野本体だっただろう。

これがどっかのモブAだったら、確実に排除していた自信がある。

目が合うと大慌てで手を離した中野に内心舌打ちしながらも、晴の為だと思って懸命に我慢してその場を離れた。

水をかけた黒崎は後日しめよう。


それよりも今は、濡れた晴が心配だ。

すぐに乾きそうな陽射しではあるが、万が一風邪を引いたら?

急いで制服に着替えた俺は、替えのTシャツを持って校舎を出る。

問題はどうやって渡すがだったが、それは杞憂に終わった。

上半身裸の晴がすぐそこにいて、俺の思考は停止する。

白い肌が眩しくて、無防備に晒している事に怒りを覚えて。

「やる。」

葛藤しながら出た言葉は、あまりにもそっけないものだった。

Tシャツを投げ渡して、キョトンとする表情に構わず背を向ける。

そうしなければ、駆け寄って抱き締めてしまいそうだった。

誰にも見せるなと、懇願してーー。

俺には、そんな権利も無いのに。


「…あの…蓮、ありがとう。」

未練を断ち切るように歩き出した俺の背中に、柔らかい声がかかる。

名前を呼ばれた事に胸が熱くなって、ほんのささいな事だが晴の為に何かできた事に喜びが湧く。

だからと言って、傷付けた事がチャラになるとは思っていないが。

「ん。」

だから、それだけでその場を離れた。


十分に距離を取ってから振り返って、校庭に戻ったその姿を探す。

俺の服を着た晴を、暫くの間見つめていた。

ジリジリと照りつける夏の陽射しよりも強く焦がれている事を、改めて思い知らされながら。



●●●
side晴人高校編の8~12話辺りの話です。

更新が遅くなってしまい申し訳ありません!
実は…『桜の記憶』を書いて保存していた昔のスマホの電源が入らなくなりまして…。
何でバックアップとってなかったんだ自分(T-T)

記憶を頼りに再構成していたためお時間をいただいてしまいました。
大まかですが、ラストまでの目処は立ったので完結は問題ないです!

蓮と晴人を幸せにするべく頑張りますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
























































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