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高校生編side蓮 

22.終わりの音

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駅に向かうと、黒崎の他に赤嶺と白田も来ていた。

「お前ら暇かよ。」

呆れながらも4人で会場に向かう。

「スッゲェ!地域のお祭りレベル超えてんじゃん!」

黒崎の言う通り、人の多さも露店の多さも相当なものだ。

祭りを楽しむ3人に続くふりをしながら、視線はどうしても見慣れたアッシュブラウンを探してしまう。

諦め悪く何度もスマホを確認しているが、メッセージは無し。


あの中庭での一件の後、結局晴は部活に出た為一緒に帰る事はできなかった。

『詳細が分かったら連絡しろ』とスマホの番号を教えた中野からの連絡も無い。


晴は今、何を思って何を考えているのか。

俺から連絡する事は果たして正解なのか。


クソ、他の事は全て手に取るように解答を導き出せるのに、何で晴に関しては上手く行かねぇんだよ…。

そんな日々が続いてもう2週間になる。

正直そろそろ限界だ。

去年と同様に中野と来ている可能性は有るから、せめてその姿だけでも確認したい。

そんな思いは、白田の声で霧散した。

「そうそう!相川ちゃんもう少しで合流できるってさ!」

……は?

「あ、言ってなかったっけ?声掛けたらノリ気でさぁ!浴衣着て来るって!最高!」

いや聞いてねぇし、こっちは最悪なんだが?

晴がここにいる事を期待していたが、あの女が来るなら話は別だ。

絶対に接触させたくない。


「蓮!金魚掬うべ!」

呑気な黒崎の声に反論しかけて、金魚掬いが会場の出口に近い事を思いだす。

丁度いい、そのままフェードアウトして駅前のカラオケにでも行こう。

どうせ相川は浴衣を見せびらかすのが目的だろうからゴネない筈だ。


「いや連れて帰んのダルくね。」

頭の中で算段をつけた俺は、口ではそう言いつつも全員をそっちの方向に誘導した。

正に、その時ーー。


「蓮…。」


まさか、このタイミングでかよ。

歓喜と、今はマズイと言う感情がせめぎ合いながらも、心を震わせる声の主を振り返る。

そして、息を呑んだ。

浴衣姿の晴は、白い肌が祭りの灯りに照らされてほんのりと発光しているかのようだ。

短くなった襟足から細い首が覗き、目が離せない。

重くモッサリしたトップの毛も軽くなり、緩くパーマをあてたかのようにフワリと揺れている。

傍目にも柔らかい事が見て分かるそれは、誰もが思わず触れてしまいそうな程だ。

そして何よりーー

ブルーグレーの綺麗な瞳が、覆われていた障害物を失くしてキラキラと輝いていた。


晴が、瞳を見せるなんてーー。


トラウマから、ずっと『日本人らしくない』瞳を隠し続けていた晴。

親しい人間にしか見せる事の無かったそれを、今は惜し気もなく晒している。

部活の時に邪魔だからと一時的にピンで固定するような形じゃない。

まるで、この先も隠す事は無いんだと決意しているかのようにーー。


「は⁉︎お前何してんの?」

ザワザワする心の内と戦いながら声を絞り出した。

晴が翔と来たと語った事にも、ザワリと心が騒ぐ。

「何で翔と…ってかその髪何な訳?」

めちゃめちゃ似合ってて、世界一可愛い。

そう思うのに…言ってやりたいのに、何かが胸につかえて上手く言葉が出ない。


「あっれー⁉︎萱島君じゃん!!」

その間に、金魚から意識が逸れたらしい黒崎が晴に絡む。

オイ、顔覗き込むんじゃねぇ!


「あれだろ?蓮の幼馴染って。
ジェンダーレス男子じゃん!女子大好きな俺から見ても可憐だわ!」

「いやイメチェンしたんじゃね?ホラ、相川ちゃんがあの子に告られたっぽい事言ってたじゃん。相川ちゃんの元彼ハーフらしいから好みに寄せたのかも。なんか健気だわ。」

背後から聞こえてきた白田と赤嶺の会話に凍りつく。

相川がそう言ってた?

元彼がハーフ?

じゃあ、晴がその目の色も髪の色も気にせず変化した理由はーー。


『お前見習えよ、あっちこっち手ぇ出してやがって。萱島君に爪の垢煎じさせてもらうべき。』

『それな』

ゲラゲラ笑う2人の会話が遠くに聞こえる。

晴が不安そうにしているのに、声を上げる事ができない。


「晴!お・待・た・せ♡あれ、蓮じゃん。」

「え⁉︎モデルの翔じゃん!!」

戻って来たらしい翔の登場に黒崎達が沸く中、俺の思考は暗く沈んでいく。

晴は、本当に相川の事が好きで…

それは頑なに拒んでいた前髪を切る事ーー晴にとってコンプレックスを晒す程の想い…


どうして、お前のそれを払拭してやれるのが俺じゃなかったんだろう。

ポッと出の女にできて、どうしてーー。

ずっと側にいたのは俺なのに。

俺ならお前の欲しい物もしたい事も、全部叶えてやれる。

お前の事だけが大切で、俺にはお前しかいない。


なのに、どうしてお前はーー



「晴?……蓮、お前何かした?」

何処か様子のおかしい晴に気付いた翔に問われるが、俺は目の奥が翳って行くのを感じた。

「……別に。もう行こうぜ。」

声をかけると、他の3人が気遣わし気に離れて行く。

俺も早く離れなければ。

だって、今の俺はーー。


自分自身が晴を傷付ける可能性を危惧していたのは正しかった。



俺以外を見るなんて許さない。

無理矢理にでも俺のものにしてしまえばいい。



暗く沈む心の底から、果てしない執着心と独占欲が湧き上がってくる。

こんなものを晴に知られたらきっと、怯えられる。

だから、一刻も早くーー。

「蓮…。」

踵を返そうとして、手を引かれた。

久しぶりに感じた体温と手の柔らかさ。

見上げてくる潤んだ瞳に、胸が締め付けられる。

同時に、俺の中で何かが弾けた。


引き止めんなよ、人がどんな思いでーー

お前は、俺を選ぶ事は無いくせに。


「…マジで似合わねぇ。こんなんやっても無駄だから。」

俺以外の誰かの気を引く為にした決意も変化も、見たくない。

俺以外に寄せる想いなんて叶わなければいい。

頭の隅で止める自分を無視して、怒気を孕んだ声音で言い放った。


誰よりも愛おしいはずのその顔が、誰よりも憎らしくて。

晴が俺の言葉で心を揺らしている事に、溜飲が下がる。

それが、幼い頃に晴の気を引きたくてしていた間違った行為と同様だとも気付かずにーー。


パタッと音がして落ちた雫に我に返った時には、
見開いたブルーグレーは悲しみに歪んでいた。

その頬を伝う涙に呼吸が止まる。

『蓮、嫌い!』

泣きながらそう言われた幼少期の経験から、俺は晴の涙に過剰反応してしまう。

謝らなければ、その涙を止めなければと思うのに、上手く身体が動かない。

厳しい顔の翔が動く気配を感じだが、その足を止めたのは晴の声だった。


「……もういい。分かった。」


流れる涙を拭わず前を向いたその表情には、静かな悲しみと諦めに似た感情が浮かんでいる。

そして震える声で、それでも俺の目を真っ直ぐ見つめて、言った。



「蓮、俺達もう一緒にいるのやめよう。
…これからは話しかけなくていいから。」






周りから音が消える。

頭の中が真っ白になって、理解が追いつかない。


違う……嫌だーー。


俺を拒絶するかのように背を向けた晴に必死に叫ぶ。


違うんだ、あんなこと言うつもりじゃなかった

全部俺が悪いんだ、分かってるんだ

もう二度と泣かさないから

だから、俺から離れていかないでくれ




その懺悔は、声を失ってしまったかのように言葉にならない。



晴、晴、晴ーーー!!!





「ーーーさよなら、蓮。」





世界が、ガラガラと音を立てて崩れた。












「蓮、落ち着け。」

全てが色を失って崩れ落ちようとするのを、誰かの声が遮る。

僅かに視線を上げると、目の前にいたのはだった。

冷静な声音と表情に、ゆっくりと現実が戻って来る。

「晴……」

我に返って晴を追いかけようとすると、腕を掴まれた。

「ちょっと待て。今お前が行っても逆効果だ。」

邪魔された事に苛立って睨むと、翔は溜息を吐いた。

「だから落ち着けっての。
まず、お前は晴に言った言葉を反省しろ。
晴が変わったことに対してお前がとやかく言う権利は無いからな?
例えだ。」

分かってる…いや、分かっていた筈なのに感情が制御できなかった。

完全に俺の過失だから反論する気にもならない。

「それと多分、今の件だけじゃなくて何かあったんだろ。あの感じだと聞いても教えてくれないだろうし、そっちの原因を究明するのが先だな。」

そのが、晴に好きな相手ができた事だと知ったら翔はどうするだろうか。

俺の気持ちを知ってても、晴を応援するんだろうな。

俺の家族も遥の家族も、勿論晴自身の家族も…全員が晴の幸せを願っているから。


あんな風に傷付けて泣かせた俺は、晴に相応しくない。


それでも諦める事ができないこの想いは、いつか晴の幸せをーー

「取り敢えず、今は俺が行く。お前は家帰ってろ。」

心が凍り付くような考えは、答えに行き着く前に遮られた。

晴を探して送り届けると約束する翔に、そんな資格も無いのに少しだけ安堵する。

「蓮…晴が幸せなら、お前と離れる事になってもいいって思えるか?」

去り際、今し方考えていた事を見透かされたように言われて言葉に詰まった。


晴の幸せは絶対条件だ。

だけどそれが、俺じゃない人間が与えた『幸せ』だとしても果たしてそう思えるだろうか。

俺の存在がその障害になるのなら、身を引く事ができるんだろうか。


そう出来ないとしたら、俺が本当に晴の幸せを願っていない事になるんだろうかーー。


「離れたくないなら、一時的に距離ができる事には焦るなよ?」

そう言って俺を見る翔は、苦笑しつつも何処か満足そうだ。

答えの出せない俺を責める気は無いらしい。

いや、意味分かんねぇんだけど。


ヒラリと手を振るその姿を見送って、重い足を自宅へと向ける。

祭りの喧騒から離れた所まで歩くと、蹲って頭を抱えた。

目を瞑って、込み上げる物を何とか堪える。


まだどこか夢の中のようだが、明日になれば容赦ない現実が襲いかかって来るだろう。

晴に決別されたと言う、最悪の現実がーー。


今すぐミサイルでも核でも何でもいいから、日本に打ち込んで来い。

全てを消し飛ばして、明日が来ないようにしてくれ。




晴のいない日常に、何の意味がある。





●●●
side晴人高校編8~10話と15話(side翔)辺りの話です。






















side晴人では謎だった赤嶺と白田の会話が明らかになりました。
晴は色んな背景があって誤解しちゃいましたが、2人は晴と話してみたいと思ってます。
『蓮が全力で阻止してくる』
『俺らが殴りかかるとでも思ってるんかな?』

















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