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中学生編side蓮

19.見送りと約束

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月日が過ぎて俺達は中学を卒業した。

9割が高等部に持ち上がる卒業式は、全校集会の延長みたいたもので特筆するような事もなく終わり。

稀有な残りの1割である遥を見送るべく、俺と陽子と萱島家は今、成田空港のロビーにいる。

因みに親父は出張で翔は大学の卒業式らしい。

いや、タイミング。

タイミングと言えば、遥の父親のアメリカ転勤が決まり夫婦で渡米する事になった。

それに関しては、少しでも娘の近くにいるために移動願いを出したのではと勘繰っているが真相は不明である。


両親がアメリカにいるなら、日本にはほぼ帰って来ないだろう。

予定では3年間だが、そのまま国外の大学に通う可能性だって十分にあり得る。

つまり、初めて遥と無期限で離れる事になるーー。

以前の俺なら、邪魔される事なく晴と過ごせると喜んだだろう。

だが、今はそうは思わない…どころか、遥のいない日常を不安視している自分がいる。

行きの車の中、いつもより口数が少ない俺を晴が気にして『寂しいよな、でもメールも電話もできるからさ!』なんて言って来た。

いや、そう言う話じゃないんだが…まぁいいか。


空港に着くと親同士が話し始めて、俺達は3人でカフェに移動する。

「何か実感沸かないなぁ。取り敢えずこまめに連絡するね。」

遥の言葉に頷くと、急に晴が立ち上がった。

何だか違和感はあったが、遥の両親に挨拶したいと聞いてそうかと納得する。

晴抜きで話したい事があったからいいタイミングかもしれない。

少し離れた親達の元へ行けたか心配で、後ろ姿をじっと見ていると遥が溜息を吐いた。

「あ~あ、最後までこれだもんなぁ…。
ねぇ蓮、約束通りちゃんと連絡してね。」

「分かってるって。」

「週一は必ず!」

「…善処はする。」

「あんまり放っとかれたら浮気しちゃうかもしれないんだからね!」

「おい、ふざけんな。」

旅立ちが近付いて来た頃、遥は俺に3を結ばせた。


1つ目は、『晴に合わせた選択』をしない事。

2つ目は、週一で遥に連絡する事。

そして、3つ目はーーー


「まぁ、蓮が特進に進む事になって良かったわ。」

満足気に言った遥がカフェラテを飲み干した。


そう、俺は高校から特進クラスに進む事が決まっている。

特進は、主に国公立大か私立大の二強を進学先とする進学クラスだ。

中等部での3年間の成績上位者のみが入る事を許されるそこは、外部生にとってはかなりの難関らしい。

しかし、苦労して勝ち取ったその枠も成績が振わなければ一般クラスに『堕とされる』

なかなかシビアではあるが、代わりに大きな自由も得られる。

服装、髪型、バイトなど、一般の高校で禁止にされがちな項目が全て許されるのだ。


俺の目的はバイトをするため(前にも言ったが自分で稼いだ金で晴に貢ぎたい)だが、最後まで一般クラスに行く事を迷っていた。

特進と違い、一般クラスには大勢の外部生が入学してくる。

俺が側にいられない状況で、晴がトラブルに巻き込まれたり…ましてや言い寄られたりしないかと心配だった。

これまでの経験で、晴は女子の事よりも野郎の事を惹きつけやすい事が分かっている。

同性の中では非力な方に入る晴が、物理的にマウントを取られたらーーいや、やめよう。

想像だけで相手を殺しそうだ。

しかも、晴に好きな相手ができそうになった場合それを阻止するのも難しくなる。


全体的に見て、リスクの方がデカイな。

特進、蹴るか?


そう思っていた時に突きつけられたのが、遥との『3つの約束』だった。

結果的に俺はそれを承諾して、特進に入る事を決めた訳だがーーできる限りの予防はしておきたい。



『お前の事は、ギリ信用してる。』

卒業式の前、晴がトイレに立ち2人だけになった教室でそう告げると、相手ーー中野啓太は目を丸くした。

コイツに晴の事を頼むなんて物凄く癪に触るが背に腹は変えられない。

実際、晴と『親友』以上の何かを匂わせるような言動が皆無の中野は安全だとも言える。

文化祭の時、晴がコイツと連日2人で回る約束をしていた時には潰してやろうかと思ったがーー

『え、何か空気悪くない?なんで?』

『あ、えーっと、そうだ!俺2日目は姉ちゃん来るんだった!そっちは切藤と回れよ、な!晴人!』

『え、そうなの?でも、蓮はハル…じゃなくて他の人と過ごすよな?』

『あ?別に決まってねぇよ。』

『え…そうなの?』

『それでその日は2人で帰れよ、俺は姉ちゃんと帰るからさ!』

『そっか、じゃあそうする?蓮。』


俺の圧を感じ取った中野が、晴を誘導する形で話は纏まった。

てか1年の時も2年も俺と回ったのに何で急に他の奴誘ってんだよ。

俺はお前と過ごす事しか考えてなかったのに。

これも『幼馴染』の均衡を崩してしまった代償なのか。


まぁとにかく、文化祭の件は水に流して中野に言った言葉は正確に届いたらしい。

『変な奴が近付かないようにはする。ただ、もしも晴人に好きな相手ができたら俺は応援するからな?』

付け足された条件に内心舌打ちしながらも、その密約はある程度俺の心の安寧になった。

なお、万が一コイツが裏切った場合は社会的に消す腹づもりだ。

弱点は『姉』か…チョロイな。

中野にはぜひ、駄犬ではなく忠犬として頑張ってもらいたい。



「またそんな悪い顔して…。私達もそろそろ行こ。」

そんな出来事を思い出していると、遥が立ち上がった。

表情は変わってないはずだが、遥には伝わったらしい。

付き合った年月の成せる技だな。

晴が親達の元へ行って幾らもたたないうちに合流すると、何やら盛り上がっている。

「蓮くん、高校でもちゃんと見張ってないと拐われちゃうわよ。」

「遥ママ、俺誘拐されたりしないから。」

話題はどうやら晴の見た目についてらしい。

本気で俺が危惧している事を言い当てる遥の母親に対して、頓珍漢な返事の晴。

分かってない…ここにいる全員が知ってるお前の価値を、お前だけが分かってない。

それが歯痒くて、同時に少し安堵もする。


『JALU312便バンクーバー行きに搭乗のお客様は…』

響くアナウンスで全員がハッとした。

口々に声を掛け合い、抱擁する。

「遥ぁ~!!」

涙声を出す晴わ、遥がギュッと抱きしめた。

「蓮、約束守んなさいよ。」

その頭越しに念を押されて不機嫌な声が出る。

「るせーな、分かってるよ。」

いいから早く離せ馬鹿。

いくら遥とは言えベタベタ晴に触るのは腹が立つ。

てか、身長差ほぼねぇから顔が近いんだよ、お前ら!

「晴、蓮に虐められたらすぐ連絡してね!」

そんな俺の気持ちを見通したかのようにニヤリと遥が笑う。

そして、大きく手を振ると、家族と連れ立ってゲートの向こうへ消えて行った。

生まれてからずっと近くにいた存在がいなくなる。

それは不思議な気持ちだった。

この一年で遥に対する俺の気持ちが変わったから余計に。

「元気でな…。」

隣で涙を流す晴の頭を撫でる。


大丈夫だ、俺は離れないから。


だからお前も、俺から離れるなーー。









帰りの車の中、眠気に負けた晴がコクリと傾ぐ。

首が痛くなりそうで、その頭をそっと自分の肩に乗せた。

温もりと重みが心地よくて、このまま俺も寝てしまおうかと思っていた時だった。

「あれぇ?れん、ピアスあけたの…?」

ふいに目を覚ました晴が、俺の肩に頭を置いたまま不思議そうにこちらを見てきた。

上目遣いと眠さでボンヤリした喋り方が可愛い。

「ん、開けた。」

夏休みに開けたピアスホールに、今やっと気付いたらしい。

まぁヘリックスだから、髪セットしてギリ隠れるし。

晴の目線からだと見えにくいし。

…て、ネイル変えたの彼氏に気付いて貰えなかったのを何とか肯定しようとする女子か俺は。

俺は晴の変化に秒で気付くけど、晴は俺の変化にそれ程興味がない。

その的確な言葉にほんのり凹んでいると、柔らかい感触が耳を擽ぐった。

「…おれ、しらなかった…。いたかった…?」

腕を伸ばしてスリスリと耳を撫でる晴に心臓が跳ねる。

あぁ、もう!可愛いんだよお前!

「冷やしたからそんな痛くなかった。」

言いながら、耳を触る晴の指に自分の指を絡める。

そして、絡み合ったその手を俺の膝の上に置いた。


その体勢はまるで、晴が眠くて俺に甘えているよう。

視界に広がる最高に甘美な光景が堪らない。

寝惚けてる時くらい、いいだろ。

前の席に座る親達は話に夢中で全く気付いてねぇし。

「ピアスどう?似合ってる?」

囁くように言うと、晴は少し笑った。

「…ん、にあうよ…れんはなんでも…」

そして、顔を俺の首筋に埋める。

「…れんは……て……とおとなに…いくんだな…」

「ふっ、何だそれ。」

寝言のようになって来た言葉に思わず笑って、もう片方の手で晴の柔らかい髪を撫でた。

「もう寝ろ。おやすみ」

「……ん。」


満ち足りた思いの俺は、最後の晴の言葉を気にする事なく。

翌日、車内での事を一切覚えていなかった晴本人も忘れていて。


だけど、その感情は無意識に晴の心の奥深くに刻み込まれていた。



痛みを堪えるように歪んだ表情を、俺の首筋に埋めて隠して。





『蓮はいつか、俺を置いて遥と大人になっていくんだな』





溢れ出たその言葉に、気付けていたら


その言葉の意味を汲み取れていたら


俺にとって地獄みたいな高1のあの日々は無かったんじゃないかとーー



そう思えてならない。




●●●
中学生編話13話『旅立ち』辺りの話です、
文化祭の件は高校編20話で啓太視点が少しあります。
晴は、彼女である遥が蓮のピアスを開けたと思ってます。秘密にされてたから2人にな気を使われてたのかも、と。



さて、これにて中学生編side蓮は完結です!
色々モヤモヤしますよね、作者もです笑
解決編で明らかになりますのでもう少し気長にお付き合いいただけたらと思います(*´∀`*)

この後は高校生編side蓮に入ります!
side晴人でお読みいただいた通り、初期に決別が待っております。。
蓮視点だと晴人よりもっと…アレなので。。笑
※の注意書きしますので苦手な方は自衛をお願いします!


ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。

コメント、エール、お気に入り、しおり

全て力になっております!感謝です!!

それでは、引き続き『桜の記憶』をよろしくお願いいたします(*´∀`*)
































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