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プロローグ 桜散る春

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「私、ずっと忘れられなかった…。」

満開の夜桜の下で抱き合うのは、俺の幼馴染である遥と…蓮だった。

右手に握りしめた鍵が手の平に食い込んで痛い。

目の前の光景が信じられなくて呼吸が速くなる。
心臓が早鐘を打って血がドクドクと逆巻く。

だって、この桜の木は俺と蓮が初めてキスした場所だ。

どうして、こんなーーー。



どうやって帰って来たのか分からない。
気が付いたら俺は家のリビングで茫然としていた。
俺と蓮が暮らしている3LDKのマンション。

大学進学と同時に始めた同棲は、蓮と居る時間が増えて幸せだった。
二人でご飯を作ったり、見送ったり見送られたり。
ケンカもしたけど、仲直りしてキスして。
それ以上のことも…。

だけど、もう終わりだ。

薄々分かってたんだ。
昔、蓮と遥が付き合ってたのは知ってたし、俺と付き合ってからも蓮は遥を忘れてなかった。


暫く前から不穏な空気はあった。

連絡が取れなくなって、家にも帰って来なくなった蓮。

決定的になったのは、蓮の大学に迎えに行った時。

「お前、もうここ来んな。」

「…え?」

「俺の大学とか来んのやめろ。」

俺の大学から蓮の大学は近い。
バイト先も近いから、それまでは毎日のように待ち合わせて帰ってた。
それなのに突き放すように言われた。
その言葉と態度の冷たさに唇が震える。

「なんで…。」

「なんでも。分かったらさっさと行けよ。」

涙を懸命に堪える俺に背を向けて、そのまま蓮は去って行った。

何が起こったのか分からなかった。

蓮は口が悪いし俺様だけど、意味もなく俺を傷付けたりはしない。
だから、俺は話しがしたいと何度もメッセージを送った。
電話もしたけど、出てくれることは無くて。
LAINは未読スルーだ。

他人から聞く蓮の噂を信じたくなくて、信じないように必死になって。


極限まで落ち込んだ気分を何とかしたくて、実家の近くの桜を見に行った。
そこに、蓮はいた。
遥と一緒に。遥かを抱きしめてーー。

これが、答えだったんだと悟る。
蓮の冷たい態度は俺と別れたいって意思表示。

俺は遥の変わりで、遥が戻って来たからいらなくなったんだ。
遥が留学から帰って来るまでの代用品ーー。



パタパタとリビングの床に雫が落ちる。
視界がぼやけて何も見えない。

「ふっ……うっ…うぅ~~!!」

嗚咽が噛み殺せなくなってわんわん泣きながら、俺はリュックにありったけの私物を詰め込んだ。

もうここには居られない。
このマンションは蓮の名義で借りてる。
蓮は俺に出て行って欲しいだろう。
そして、遥と一緒に暮らすんだ。

リビングのテーブルから充電器を取った時、横にあったマグカップをひっかけてしまった。

ガシャンッ!!

派手な音を立ててカップが割れる。
ルームシェアの記念にお揃いで買った物だ。

「っ痛ーー!!」

破片を拾おうとして指を切ってしまった。
ぷっくりと血が滲んできて、床に落ちる。
それを拭く気力も無くて、俺は床に座り込んだ。

感覚が鈍ってるのか少しも痛くない。
粉々なのは俺の心で、血が噴き出してるのは俺の心臓だ。

低くなった視線の先に、二人で撮った写真が映る。
あの桜の木の下で撮った、思い出の写真だ。
俺にとって蓮との特別な思い出のそれは、蓮にとっては遥との再会の思い出に上書きされるんだろう。

そう思うと耐えきれなくて、俺は写真立てごとゴミ箱に投げ入れた。

蓮に貰った物も、お揃いで買った物も全部置いて行く。

蓮、後はお前が処分しろ。
お前はこれから本当に好きな人と幸せに生きていくんだろ?
だけど俺は今から1人ぼっちになるんだ。
俺の何百分の一でもいいから、心を痛めろよ。


俺達は幼馴染に戻れない。
だから、もう会う事はないだろう。

「じゃあな。」

俺は部屋の鍵をメールボックスに入れてマンションに背を向けた。
幸いなことに行き先は一つだけあるーー。

春の夜はまだ肌寒くて、俺は両腕で自分を抱き締めながら歩く。
何処からか飛んで来た桜の花弁が、俺を見送ってるようだったーーー。







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