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第四章
49 〜何故、こんなに目が離せないんだろう
しおりを挟む大きな垂幕の様なカーテンが、中にいた女性青泉使の人たちによって、左右に引き開けられると、大きな建物の中央部分にあたる部分に、噴水の様な物が目に入って来た。
よく見れば噴水かと思ったのは、天井から落ちて来ている水で、静かに中央の泉に注ぎ込まれていた。
建物は白い石材と硝子でつくられ、数本の横柱に大きな布のカテーテンがかけられていて仕切になっている、天井部分は吹き抜けで、屋根は薄青いガラスのドームのように見えていたが、それは四方の壁から水が上へ流れ出て天井部中心から滝のように真っ直ぐ下に流れて落ちていた。
下には直径10メートルほどのまん丸な泉があり水が注ぎ込まれているのに、少しも波立っていない。
泉の縁は石材で加工して有るが、水位は床と一緒で一見床に滝が吸い込まれている様にも見える、泉をのぞき見れば、縁からは一段低くなり何かの紋様が刻み込まれているが、そこから内側は深い谷底のように底が見えない。
庭の池を考えると、水位はもっと下の筈だが、此処だけは何か施術して有るのか水は注ぎ込まれているにもかかわらず、床と同じ位置だった。
リュティアは、毎日見てもこの部屋の清廉さに心震わせられる。
前方できょろきょろと辺りを見回している愛子を見守りながらそう思っていると、ふわりと横を通り抜ける智美を感じた。
その様子は先ほどと違って、何か声を掛けてはいけない雰囲気を纏っていた。
智美はその泉を目にした途端、全て目の前のモノに心奪われた。
滝の中心に青水樹の様に青い球があった。宙に浮いているような球は、天井から流れる青い水を受けながら光の加減で薄らと表面に文字が見えているが、その中にある一際青い核に、智美は目が引き寄せられる。
無意識に足が動いていた。
ただそばに寄りたくて、核に向かって歩いていく、足元など見ていない智美は、途惑う事なく水面に足を出す。
それを見ている人たちは慌てるが、まったく躊躇なく足を踏み出した智美は、泉に落ちる事なく水面を歩いていく。
そっと歩み寄り、水を受ける青い球にそっと触れるとしばらくして、上から落ちてくる水が止み、その青い球だけが宙に浮いていた。
「うそ!そんなわけない!!絶対に!愛なんだから!
きゃああっ、ガァゴボッ」
『アイコ様!』
最初は呆然としていた様だったが、何かに気付いて愛子が智美の後を追うように、叫びながら泉に駆け込むと、ドボンと水の中に入り込み、勢いよく駆け込んだため、全く底がない場所まで行ってしまい、ごぼごぼと水の中で暴れる。
それを見たリュティアは慌てて、泉の近くにやって来ていた。
後ろでそんな騒ぎがあるのに、全く智美は気付いてない様で、浮かぶ球体の中にそっと手を差し込むと
表面に浮かんでいた文様はそのままに、中に有った青い泉水がバシャリと下に落ちて、そこには一際深い青を湛える、大きな青魔晶の核が浮かんでいた。
(何故、こんなに目が離せないんだろう)
智美が、核に手を伸ばすと、周りの文様が砂の様にさらさらと崩れ落ちてゆき、微かな光を放って消えると、ぽとりと核が智美の手に落ちて来た。
手に触れた途端、智美は急に足元が無くなった様な浮遊感を覚え、泉の中にストンと落ちた。
リュティアが詠唱で愛子を泉の中から引き上げて、智美の方を見た時、ちょうど核を手に受け、まるで泉に吸い込まれる様に、下に落ちた智美の姿を目にした。
『サトミ様!』
リュティアは慌てて泉の中を覗き込むが、そこには何の姿もなかった。
『サトミ!!』
泉に落ちた智美を見たカイは、思わずそばに行こうとして、建物の中に入ろうとするが、見えぬ壁に阻まれて一歩も中に入る事が出来ず、智美の元に行けないことに苛立った。
『落ち着いてください、カイ皇子。
あの様子だとサトミ様が【清き乙女】であられた様ですね』
ミエルは、はじめ驚いていた様だが、泉をのぞき込むリュティアの様子にそう思った様で、カイ皇子に言葉をかける。
カイはこの場に来た時から、胸騒ぎが止まない、何故こうも焦燥感に駆られるのか、智美の手を離したことも、姿が見えないことも、堪らなく落ち着かず、早く智美をこの腕の中に抱きたくてたまらない。
泉のそばにいたリュティアが、その場に駆けつけた女性の青泉使達に、溺れ岸に上げた愛子を任せて、ミエルの元にやって来た。
『ランソルデ、サトミ様は?』
『…お姿は、泉の中にありませんでしたので、おそらく青龍様の元に呼ばれたのだと…』
リュティアは呆然とこちらに歩いて来ていた様に感じたが、ミエルに聞かれて的確に答える。
『【アイの泉】に変化があったのは、サトミ様でしたし、青龍様に呼ばれたならサトミ様が【清き乙女】なのでしょうか?』
後ろに控えていたタンザが、確認する様にその場にいる人達に問いかける。
『そうなのだと…思います』
リュティアはタンザの問いを肯定する様な言葉を口にしたが、目は何故かカイの方にすまなそうに向いていた。
その目線に気付いたアル皇子は、リュティアに声をかける。
『リュティア様、…いえ、大叔母上様、カイがどうかしましたか?』
アル皇子の問いで、リュティアはカイに問いかける。
『カイゼジャール…サトミ様は貴方の泉侶ですよね』
『はい、そうですが大叔母上、それが何か』
カイが肯定の言葉を答えると、リュティアは周りの問いかける様な目線に気付き、少し間を置いてから話し出した。
『ランソルデには、口伝で伝えられている疑惑が有るのです』
『疑惑ですか?』
リュティアの台詞に、ミエルはつい言葉を入れる。
それにうなずきながら話すリュティアの言葉に、カイは更に焦燥感が増すことになる。
『【清き乙女】は、青龍様が恋い焦がれている、龍妃様の生まれ代わりでは、と』
──────────────
後書き
因みに、青神泉の水は龍泉と呼ばれ、魔力が膨大に含まれていて、魔力酔する上、副作用に催淫効果がでますが、アイの泉は単なる青泉水。
青水樹の青泉水よりは魔力量は多いですが、副作用は有りません。
なので、今の溺れた愛子は魔力酔のみです。
(下っ端女性青泉使達が、手当てで治療中)
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