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第一章
15 ~え、魔獣もいるんですか
しおりを挟む結局ジーサは演習場には来れなかった。
さて、移動をしようかと椅子から立ち上がりかけた時、ひときわ高い声が響いた。
『あー!!いた!医局長!探しましたよ』
声が聞こえたとたん、ジーサはやばいという表情をした。
声のした方に皆が向くと、そこには白い制服のような衣装を着た女性がいて、こちらにズンズンと音がしそうな勢いで迫ってくる。
『や、やあエリザ、君もお昼かい?』
椅子から立ち上がり少し動揺した声で、ジーサが声をかけると、声を掛けられた彼女は顔を引きつらせてジーサに言い募った。
『何が呑気に、やあ、エリザ、ですか!
今日は財務が来るから、事前に書類の整理をと言ってあったはずですよね』
『あー、それは薬医長のがよく分かってるから────』
エリザと呼んだ女性にタジタジになりながらも、笑顔でジーサがそう言うが、エリザには通じない。
『薬医長は決定権が無いんですよ!それに圧倒的に医局長個人の書類のが多いですからね!!
とにかく、もうすぐ来るんですから、早く医局に戻ってください』
そう言うとエリザはジーサの腕をむんずと掴み引っ張って行く、ジーサは仕方がなさそうに自由になる腕の方ので、皆にひらひらと手を振りながら、連れられて行った。
残された人たちは、唖然としていたが、ザッジの言葉に我に帰った。
『エリザ殿、他の方全く目に入ってませんでしたね』
『ええ、本当に、よほど焦っておられたのでしょうか』
ミエルも思ったことを口にして、カイ皇子を見やる。
本来なら、皇子がその場にいるのだから、真っ先に声をかけて挨拶を述べるべきなのだが、よほど慌てていたのだろうなとおもわれる。
とうの皇子は、気づかれなかったことを全く気にしてないようで、隣で呆然としている智美を立たせようとしていた。
「えー、ジーサさん行っちゃったよ」
愛子が名残り惜しげに、ジーサの去った方を見ていた。
『第一隊左翼へ!、第三隊後退!、第二隊後ろに回り込め!!』
カイ皇子の声が演習場に響き渡る。
演習場の観覧席のような場所に、智美と愛子二人で演習を眺めている。
最初連れられて来た時、カイ皇子が智美の隣に座り説明する気満々でいたのだが、ザッジ団長にあんたはこっちですと、先ほどのジーサを彷彿させるような様子で連れていかれた。
この場にいないミエルは、後でやって来る予定だ。
ミエルの予定では午後には、智美達を別の者に頼んで、城の案内をさせる気だったので、自分は演習場へは行くつもりがなかったのだが、はたと本日の演習項目に思い当たり、後ほど行きますと言って食堂から去っていった。
最初のころは個人指導だったのか、練習用の木剣で打合いや剣捌きの指導などを皆が受けていたが、今は何だろう張りぼてで出来た、象ぐらいの大きさの物に隊での動きの練習をしている。
「これは、何の練習なんだろうね…」
『あれは、魔獣への対策ですね』
ぼそりと呟いた智美の言葉に、いつの間に来たのかミエルが返事をした。
彼の後ろには、帯剣した人物が二人付いている。
「はあ?まじゅう?」
耳に聞こえてきた言葉に驚いたのか、愛子が素っ頓狂な声を出した。
「え、魔獣もいるんですか」
思わぬ台詞に智美はうろたえたように聞き返すと、ミエルはあっさりとした言葉づかいで返事をした。
『ええ、おりますよ。
…ああ、まだそのあたりの詳しい話はしておりませんでしたね、詳しい話は明日、【アイの泉】の【言祝ぎ】の話と交えてお教えしましょう。
…ちょっと失礼します』
チラリと演習場を見たミエルは、智美達に断ってその場を離れて行った。
演習場では先ほどの張りぼては撤去されて、また別の用意をしている。
先ほどまで木剣や棍棒を使用していたものが、どうやら本物の剣、槍などに持ち替えて別の用意をし始めていた。
何やら撤去された場所には、タイルのようなものが敷き詰められ、タイルに掘られた文様のようなところを刷毛でなぞっている。
(なんだかあの模様、カイ皇子が使った魔法に似てる)
智美は、カイ皇子が最初青魔晶のピアスにかけた魔法の事を思い出していた。
地面のタイルに何やら施している人たちは三人ばかりいたが、演習をしていた騎士の人たちとは様子が違っていて、その雰囲気は式典を行っている宮司のような様子に見える。
服装も違っていて古代ギリシャの人たちが着ていたキトンのような服装だ、生地はごくごく淡い浅黄色だが裾やヘリの部分は淡い藍色でグラデーションのように染められているものだった。
よく観察してみると、ミエルの着ている服装と型は似ていることに気付く、ただミエルの着ているものは濃い藍色で染められていて、縁には同系色の糸の艶のあるもので刺繍が施されているものだったが、比較して気付いたのは、ミエルがその三人に近付いて行って、何やら言葉をかけているのを見たからだ。
声をかけられた三人は何やら緊張して恐縮しているように見える。
声をかけ終わったミエルがこちらに戻ってくる間、後ろの三人は拝めるように見送っていた。
(んーお偉いさんがねぎらいに来たって感じ?そういえばミエル様は青泉使総代だっけか)
智美がそんなことを考えていると、戻ってきたミエルが不思議そうにこちらを見ていた。
──────────
後書き
この回から数話、今書いた差し込みなので、浮いてたらすみません。
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