赤箱

夢幻成人

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箱災の章

悲惨

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 「きゃあああああああ」
 
「うわぁぁあああああ」

バスの中で悲鳴が響き渡る。

ぶつかった衝撃で、バスの窓は一斉に割れた。

その割れたガラスの一粒一粒は、

まるで映画でも見ているかのように、

良太の目の前を通り過ぎていく。

同時に体は、いったん、座席に押し込まれたかと思うと

バネのような瞬発力で、上半身を前に移動させた。

なすすべもなく、良太の頭は座席へと、

ゆっくり、ゆっくり近づいて行った。

あぁ……俺これで死んじゃうんだ。

死の実感が沸き起こらないまま、

頭は座席に激突した。



 テレビの電源を抜いたかの様に、

視界がブラックアウトしていた。

「うぅ……うううう……」

頭がとにかくガンガンする。

鼻から、何か液体が出ている感覚に襲われて、目が覚めた。

頭に手をやると、ガラスの破片が無数に刺さっており、

パラパラと足元へ落ちていく。

触った手にはベットリと、血が付いており、

床は良太の流した血で、赤く染まっている。

赤くぼやけた視界の中、辺りを見回すと、目に飛び込んできたのは

悲惨な光景だった。

「あっ……あっ……」

声を出そうにも発声を忘れたかのように、声が思うように出せない。

良太の目の前に地獄があると言っても、過言ではなかった。



 バスの中は、目のやり場がないほど血にまみれ、

強く頭を打ち付けたクラスメイトは、

口を半開きの状態で、目を開けたまま、

天井を見上げていた。

割れた窓に首を叩きつけて、

曲がるはずのない角度になっている生徒もいた。

「おぃ、慎也、おぃ」

「慎也、起きてくれ、おぃ」

慎也はこれといった、目立った傷はついていない。

首に手を当てると脈もある。

とにかく、今は、隣の慎也を起こす事に必死だった。

「うっ……ううん」

寝ぼけたような状態で目を覚ます慎也、

「大丈夫か?」

「あっ、あぁ……いったい、何があったんだ?」

良太は無言で答えられなかった。

青ざめている良太の顔を見た後に、辺りを見回してみると、

良太と同じ光景が目に飛び込んでくる。

慎也の顔も一気に青ざめていく。

「どうする……何とかしなきゃ」

「とりあえず先生を先に起こそう」

「それから、皆だな」

二人で目を合わせると、無言で首を縦に振り、

それぞれ、別れて、先生の元に進んだ。

ジャリジャリと硝子を踏んだ音と、

ピチャピチャと血が靴にまとわりつく。

慎也は後ろに乗っている、日下先生と鬼頭先生に駆け寄り、

良太は先頭に乗っていた、渡邊先生に向かって行った。

「先生、起きてください」

慎也の声が聞こえた後にうめき声がする。

二人は大丈夫そうだと、ホッとする。

自分の方も大丈夫かと、恐る恐る、

担任の座っている席に進んでいく。

担任の渡邊先生のメガネは割れ、

まぶたから微かに血が流れている。

頭を強く打ったのだろう、額からは血がしたたり落ちている。

「先生、起きてください」

微かに息をしている。

焦る良太はなんとか起こそうと、渡邊先生の体を強く揺すり始める。

目をパチッと開けると、

「無事か?」

と良太に問いかける。

「じ……自分は無事です」

そう答えるのが精一杯だった。

何があったのかと周りを見渡して状況を理解したが、

渡邊先生は目の前のバスの現状を把握して、叫び始める。

「あぁ…そんなぁ、美智子おおぉ」

動揺する様子を後ろの席から、見ていた鬼頭先生が一括する。

「渡邊先生、渡邊先生!!」

「今は生徒の安全が優先です」

「しっかりしてください!!」

涙と血でグシャグシャにした顔を、こちらに向けると

「で……でも」

「でもじゃありません」

「お気持ちは察しますが、まずは生徒優先です」

意気喪失した状態で、気絶している生徒たちを起こし始める。

次々と目を覚ます生徒たち、パニックを起こして泣き出す生徒、

痛みのショックで身震いしてる生徒、

状況がよくわからないで辺りを見回している生徒、

友人の死を目の前にして、口もきけなくなる生徒。

「とにかくバスから出ましょう」

鬼頭先生の一言でバスから出ることになる。

前方からでようとする生徒たちに、渡邊先生が

「鬼頭先生、日下先生、後ろから出ましょう」

「こっちは、かなりまずい状況です」

声を震わせながら説明する。

鬼頭先生は首を上げて、前の方の確認をした。

渡邊先生が何を言ってるのか察し、

日下先生に非常ドアを開けるように伝える。



 バスの前方では、死体が二つ転がっていた。

先ほどまで、笑顔で皆にあいさつをしていたバスガイドと

運転手だった。

バスガイドは追突の衝撃で前方から、仰け反るような体制で、

バスの窓枠に背骨を打ち付けたのだろう。

降り注ぐガラスが顔に突き刺さり、目を開けたまま空を仰いでいた。

運転手には後に転がってきた、落石が直撃していた。

上半身はつぶれているにもかかわらず、死んでもブレーキを踏み続けたのだろう

これ以上の犠牲が出なかったのは、運転手のおかげでもあった。

良太は、渡邊先生を起こすときにその光景を見て、

胃液が喉まで上がって来た感覚を覚えていた。

脳裏に焼き付いたその光景は何も考えなくても、

思い出せた。



 皆、バスから降りると一目散にバスから離れていった。

ただ、一人だけは落石があったバスへとふらついた足で、向かっている。

渡邊先生だ。



 落石が直撃し追突されたバスは

ガードレールを突き破り、横転していた。

微妙なバランスを保ちながら、道路に留まるバスに、

「美智子~~お」

と、必死に妻の名前を叫びながら向かう渡邊先生だったが、

渡邊先生の叫びは、

雨により緩んだ崖から、土砂が降り注ぎ、

轟音と共にかき消されたのであった。
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