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番外編
後日談② 砂漠の国その2
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生ぬるい風が吹いていた。斜陽は紅く、サイードの都を射している。
その街並みはセラフィトとは随分と異なっていた。
赤い土と石でできた邸宅が軒並み建ち並び、入り組んだ路地は迷路のようだ。賊や害獣、魔物の侵入を阻むための堅固な城壁が、街をぐるりと囲んでいる。荒涼な砂漠とは異なって、緑の木々がそこここに生えており、それがオアシスまで続いていた。市場は人と物でごった返し、一度はぐれてしまえば再会するまでに時間を要しそうだ。
隊商の護衛はここまでであった。前払いの分と合わせて、金貨三十枚をきっちり払わせてハティ達は彼らと別れた。護衛仲間は最後まで陽気だった。言葉の分からないアリカを懸命に口説こうとしてはハティに邪魔され、冷やかすように口笛を吹く――その流れを楽しんでいる節があった。
去り際、
『束縛もほどほどにしておけ色男!』
『今度は熱い夜に俺達も混ぜてくれよ』
『彼女をあんまり困らせるなよ、番犬!』
――とか何とか言っていたが、アリカには翻訳せずにおく。
彼らに手を振るアリカの腕をむすっと抑える。
「もう会うこともない流れ者だ、放っておけ」
「それでも、お別れはちゃんとしたいの。ここまで一緒に旅をしてきたんだもの」
アリカはふふっと笑って、それにね、と続ける。
「あの人たちを見ていると、何だかスコッルやシグルド達のことを思い出しちゃって。顔が似ているわけじゃないんだけど、他人とは思えなかったのよね」
ハティは妙に納得し、ああ、と呟いた。
「……シグルドはともかく、スコッルは系統が違うだろう」
「そうね。スコッルとは違うわね。あの子はもっと素直で可愛いもの。今頃どうしているかしら。皆元気にしていると嬉しいわ――」
ハティは何だか面白くなかった。アリカは可愛いものが多分、好きだ。別にアリカから可愛いと思われたいわけではないが、スコッルに劣ると思われるのも癪である。
不機嫌さを隠さずそっぽを向く。アリカはそれに気づく素振りもなくうんと伸びをした。
「――とにかく、もっと話してみたかったわ。そのために、まずは言葉を覚えなきゃね、ハティ先生?」
「別に無理して覚えなくとも。これからも俺を介して話せばよかろう」
「分かってないわね。それじゃあ、つまらないのよ」
分かっている、アリカは自分の言葉で伝えたいのだ。
――正直、気が気ではないのでやめてほしい。
アリカを知るほど欲しくなる。黙っていても美しいが、その言葉には力があり、心踊らされる。たとえ異文化の蛮族共とて魅了されるに決まっている。
「……ねえ、これからどうする?」
「とりあえず、今日の宿を探す――来い」
ハティはアリカの腰に腕を回して抱き寄せた。何しろ、市場は混沌としている。商人や旅人に混じって窃盗常習犯やら、無頼漢が闊歩していた。隙あらば見目の良い異国の女に接近し、拐引しようと企む輩がいないとも限らない。
アリカからは仄かに薔薇の香りがする。ハティが愛してやまない香りがその腕の中にある――それがどれほど幸せなことか、きっと誰にも理解できまい。
宿屋を探して彷徨っているうちに、とっぷりと日が暮れた。黄昏の路地を抜けた先で、ハティ達の前に、二人の男が立ちはだかる。一人は初老――痩身かつ小柄で上等な服を身に着けており、もう一人は筋骨隆々の武装した中年男である。砂漠の民特有の浅黒い肌に、鳶色の瞳。ある種の狡さを内包した眼差しでハティを見つめていた。
身なりや佇まいから察するに、それなりの地位にいる者だろうか。
ハティの腕の中で身を竦ませるアリカを強く抱き、相手を鋭く見据える。
『私達に何か?』
冷ややかに訊ねつつ、ハティはアリカを背後に隠した。右手は剣の柄に手をかけ、返答次第ではいつでも抜けるように身構える。
相手の狙いは金か、アリカか――そんなことを考えていると、小柄な男がおもむろに口を開いた。
『異国の民よ、そう身構えないで欲しい。私はガリーブ。ただの武芸好きの男だ。オアシスで貴様の剣技を見た。称賛に値する、素晴らしい腕前だったよ。これほどの剣客、かつて出会ったことがない』
『……それで?』
『単刀直入に言おう――私の屋敷に来い』
ぞんざいな物言いにハティは眉をひそめた。柄を握る手に力が籠る。
『屋敷に来い、だと?』
ふざけた提案だった。
――アリカを連れて見ず知らずの者についていけと?
アリカが頼りなくハティの裾を握りしめる。何がどうなっているのか、言葉の分からないアリカには理解できずさぞや不安に違いない。
安心させるようにその手をとって、指を絡ませた。握りしめたその手は相変わらず小さくて、柔らかい。
絶対に、誰にも渡さない。
――誰にも。
殺気立つハティにガリーブは苦笑を浮かべた。ハティが隠したアリカに気付くと、顎髭を撫でつけ値踏みするかのように顔を凝視する。
『おっと、女連れであったか。異国の民だが、なかなか美人だ。何、ここで捨て置いても買い手はいくらでもいるだろうさ』
「ふざけたことをぬかすな!」
ハティは思わず声を荒げた。
捨て置く?
買い手がいる?
――冗談じゃない。
『何だって? すまないが、異国の言葉は分からん。ただ、そう怖い顔をすることもなかろう――』
『彼女は生涯ただ一人愛した、私の妻だ』
唸るように返せば、ガリーブは目を瞬いた。
『……――悪かった。なあ、そう殺気立たないでくれ。その物騒なものから手を離して、私の言葉に耳を傾けてはくれないか』
『お前が何者かも分からんのに武装解除し話を聞けと? これ以上ないほどの戯れ言だ――まずはお前が、その護衛に武器を捨てるように命じろ』
『……なるほど、確かにそうだな』
ガリーブは顎髭を撫で付け目を眇めた。片手をあげて合図をすると、後ろに控えた男が腰に差していた武器を地面に置いた。戦うつもりもなければ、敵意もないとでも言うように、そのまま両手を頭の後ろにおく。
ガリーブはあくまでも穏便に話をしたいようだった。
『さて、どうだろう。私は是非とも貴様をうちに招待したいのだ。貴様が望むのなら、その女も一緒で構わん』
アリカはいてもいなくてもどっちでもいい――まさかそんなことを言われると思わず、ハティは拍子抜けした。ここが北方諸国であれば、赤目赤髪が意味するところなど即座に知れるだろうし、どの国であっても破魔の聖女など喉から手が出るほど欲しがっただろうに。まさに異文化、驚くべき認識の違いである。
――だからこそ南国はいい。
ガリーブが興味を抱いているのはハティただ一人のようだ。
『――見たところ、今日の宿を探しているようだし、丁度いいだろう。今から宿を探すのは一苦労だし、運が悪ければ食事にもありつけんぞ』
「……」
ハティの後ろで様子を伺っているアリカの腹が鳴った。賊の襲撃があってゆっくり飯を食っている余裕がなかったのを、今更ながらに思い出す。
ガリーブは肩を揺すって笑う。
『貴様の女は腹を空かせているようだ。まさか、愛する妻を餓えさせるつもりはあるまい』
「……当然だ」
何が当然なの、とアリカが不思議そうにハティの袖を引く。
「ねえハティ。このガリーバさん――で、合ってるかしら……――もしかして、ごはん一緒に食べないかって誘ってくれてる?」
「……」
流石はアリカである。大体あっていた。覚えた言葉と聞き取れた言葉が偶然合致したのだろう。
何と説明すべきか思案していると、アリカは小鳥が囀るように笑って囁いた。
「お金持ちそうだし、異民族がもの珍しくてあたし達を買いたいのかしらね。富豪の道楽ってどこに行っても同じ。呆れるのを通り越して感心しちゃうわ」
「そうだとしたら、アリカ。どうしたい?」
「そうねえ。ごはんだけ食べて適当なところで抜け出したらいいんじゃない? 手元に置きたいくらいなんだから、変なものは出てこないだろうし」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
「なんでよ!」
どうしたものかとハティは頭を抱えたくなった。
このガリーブ、口ぶりからして上流階級に位置するのは確かである。ただ、どの程度この辺り一帯で幅を利かせているか分からない。怒らせれば今後宿を取ることすらままならなくなるかもしれない。
ただ、郷に入っては郷に従え、と言う。
ここはセラフィトから遠く離れた異国の地、ハティやアリカの影響力など無いに等しい。事と次第によっては、最悪の結果が待っている。
なおも言葉を重ねようとするアリカの口を手で塞ぐ。言葉が通じていないとはいえ、どこで誰に聞かれているか分からない。
二人のやり取りをみて、ガリーブは底知れぬ笑みを浮かべて言った。
『招く以上金はとらん。好きなだけ滞在してくれて構わんよ。ただ、もっと貴様の技を見てみたい、それだけだ。どうだ、悪い話ではないと思うが』
『……分かった。今夜だけ厄介になろう』
断られるとは微塵も思っていなかったのか、既に馬が用意されていた。アリカを前に乗せ、後ろから抱くような形でハティが手綱を握る。
ガリーブと彼の護衛に両脇を挟まれつつ郊外へと移動する。
木々の生い茂る道を抜け、水辺を通り、辿り着いた先には豪邸があった。エントランスまで石畳で舗装されており、その両脇には小さな噴水がいくつもあった。合間を縫うように高い木々が一定の間隔を置いて植えられている。
丸屋根の上には月がかかり、金銀のランタンがそこかしこに設置され、途を煌々と照らしている。広い窓からは眩いばかりのシャンデリアの光が漏れ出ていた。
この荒涼とした砂漠にあって水は大変貴重である。贅を尽くした作りであることは間違いなく、これだけの水をこの屋敷に引いてこられることから、かなりの権力者であるとうかがえた。それこそ、このガリーブ、近隣を治める領主か何かだろう。
馬から降り、階段を上ってようやく建物の入り口までくれば、規則正しく左右に分かれた下男下女が『おかえりなさいませ、ご主人様』と声をそろえて頭を垂れた。
大理石でできた支柱に支えられたエントランスの天井は高く、広い回廊を歩くたびに足音が響いた。
食堂には豪華な食事が並べられている。食欲をそそられるような香ばしい匂いがあたりを漂う。好きなだけ食べていい、と告げられ、アリカにそれを伝えるとよほど腹を空かせていたのか、満面の笑みを浮かべた。
色鮮やかなサラダ、豆を潰し香辛料を加えて丸めた揚げ物、よく焼いた肉や野菜を小麦生地で包んだシュワルマ、ナッツをふんだんに使ったサクサクのパイ菓子。シロップにつけた果実、その果実とシロップで作ったらしい果実酒。
次々と料理が目の前に並べられ、アリカの目がらんらんと輝く。
見ているだけで空腹を煽られるのか、何度目かの愛妻の腹の音を聞いてハティはつい笑った。
「な、何よ。お腹空いてるんだから、仕方ないじゃない」
「もういい。何も気にせずたくさん食え」
「……そう? じゃあ遠慮なく、いただきます」
アリカは美味いものに目がない。それも実に美味そうに食べるので見ていて気持ちがいいし、つられて食欲が湧いてくる。アリカとの食事はハティの密かな楽しみであり、幸せをかみしめる時間でもあった――こんなよくわからん富豪の屋敷で迎えたくはなかったが。
『気に入ってくれたようで何よりだ。さて、どうだろう。腹ごなしに私の剣闘士と手合わせをしてみるというのは』
そういえば、剣技が見たいがゆえに連れてこられたのだと思い出す。
あまり気乗りはしなかったが、仕方なく頷き、席を立った。
食堂を出た先に広間があり、曲刀を携えた屈強な兵士が待ち構えている。一撃では斬れないであろうずんぐりとした胴回り、腕は丸太のような太さで、筋骨隆々としていた。どうやら力はありそうだった。鉄の棒でも持たせて適当に振り回させれば、それだけで十分な脅威になるだろう。剣術どうこうで戦うようなタイプにはおよそ見えないが、はたして。
ガリーブの合図で試合が始まった。
ただ、瞬時に決着がつく。
相手が鼻息荒く突進してきたところを正面から受けて一閃。敵と交差しすれ違ったところで、剣を回して鞘に納める。それと同時に相手が膝から崩れ落ちた。
それを見たガリーブ以下付き人達は拍手喝采、その場は大盛り上がりである。この程度のことハティにとっては造作もないのだが、大袈裟なほど喜ばれると悪い気はしない。
ふとアリカの方を見ると、丁度俯いていた。どんな顔をしてハティの剣技を見ていただろうかと気になって仕方ない。
浮足立つハティの手を、ガリーブは強く握った。
『やはり素晴らしい。私の専属剣士にならないか。一体いくら払えば貴様を留め置ける? 金に糸目は付けない。言い値は払う』
『……私を永続的に雇いたい、と?』
『ああ、ああ。そう受け取ってもらって構わない』
「……何を馬鹿なことを」
冷ややかな返しはガリーブに理解できない。ただ、ハティの眉間の皺の深さで、快い返事は期待できないと察したのだろう。彼は一歩引き、小柄な身体を大きく揺すって興奮気味にまくし立てた。
『すぐに返事は出来ないだろう。今日一晩考えて、明日返事を聞かせてくれないか! いい返事を期待しているぞ!』
ごはんだけ食べて適当なところで抜ける――アリカの提案は叶いそうになかった。
◇
今夜のところはここで、と案内された客室は広い。天蓋付きのベッドは二人で寝ても十分余るほどだ。実際のところ、数人で楽しむためのものなのだろう。寝室に扉は二つ。一つは出入口、もう一つは一体どこに通じているやら知れぬが、そこから男娼娼婦の類を忍ばせて客をもてなそうという心意気なのかもしれない――ハティからしたら全くいらぬ世話であるが。
とは言え、ちゃんとした寝台で眠るのは久しぶりのこと。しかも隣の部屋の音は殆ど聞こえず静かだ。まともに朝を迎えられそうである。
広々としたベッドに寝そべり、アリカは何を思い出したのか楽しそうに笑った。
「あのおじさん、ハティがよっぽど欲しいのね」
なかなか引き下がらなかったもの、と囁いてアリカはハティの胸に身を預けた。
皇位継承権を放棄したとて、ハティは近隣諸国に名の知れた皇族である。爵位を捨てて放浪しても、皇帝の実兄を買い叩こうなどという恐れ知らずはついぞ現れなかった。買ったところで手懐けられるはずもないし、痛い目を見ると分かっているからだろう。
何も知らぬとはいえ、なかなか豪胆な男である。
ハティは苦々しく返した。
「男に欲しがられたとて、嬉しくない」
「そう。女だったら嬉しかったわけ?」
少し拗ねたような口調が可愛らしい。ハティは後ろからアリカの腰を抱いた。
「なんだ、妬いているのか?」
「べ、別に妬いてなんか……」
「本当に?」
アリカが欲しいと言ってくれるのならそれは嬉しい。一生尽くす自信があるし、側を離れない。
「俺がどこぞの女主人に、金で買われても構わん、と? ……そこでこういうことをしても、何も思わないのか?」
耳元で囁いて甘く食めば、アリカの唇からひそやかな吐息が漏れた。赤銅の髪をかき分けて首筋へと唇を滑らせ、大きくてまろやかな胸を片手で揉みしだく。膨らんだ突起を指の腹で刺激するとアリカの肩が震えた。
「ふぁ……っん、やだ……」
「その、やだ、は。どの意味での嫌なんだ」
「……っ分かってるくせに」
「分からんから聞いている」
言いつつ、頸部をきつく吸い、徴をつける。上気した肌を舌で嬲り、片手には収まりきらない豊かな胸をやわやわと弄んだ。
「ほかの、女の人に……んっ、しないで」
その刹那、愛欲が迸った。欲しいのはアリカだけ、他は眼中にない。ただ、アリカから懇願されると格別なものがある。
「……心配せずとも、しない。お前だけだ」
やさしく囁くとアリカの肩が跳ねた。陶器のような肌は薄桃色に色づいていかにも甘そうだ。
空いた片手で滑らかな大腿をつうとなぞり、内側へと這わせる。柔らかな太ももを擦り合わせ、身を捩らせるアリカのそこはしっとりとしていた。指をナカにいれると、まだ始まったばかりだというのにぐずぐずに溶けだしていた。
言葉にせずとも、思ってくれているのだ。ハティが、欲しいと。
煽られるように肉欲の証が硬化する。
先端からはじわりと蜜が零れていた。今すぐにでも猛るそれで貫いて掻き回して、一晩中啼かせたくなる。次の日に腰が砕けて立てなくなるほど責め立てて、ベッドの中で甘く蕩けさせてしまいたい。
だが、まだ――焦らすように昂って屹立したそれをアリカの白い太もも、尻に押し付けた。
アリカが潤んだ瞳でハティを振り返る。期待の籠る眼差しは熱く、ハティの心を溶かしてしまう。
「ハティ……当たって――」
ハティは目を眇め、その唇を奪った。
柔らかな唇を舐めてから割るように舌を入れ、アリカのそれと絡ませる。
――甘い。きっと、大好きな甘味をたくさん食べたのだ。想像するとなんとも可愛い。
わざと音をたて、深く濃厚なキスをする。その甘さに頭が痺れてしまいそうだ。今なら何も考えなくとも、誰でもハティを殺せるだろう。
唇を離すと銀糸が引いた。互いに喘ぐように肩で息をした。濡れた紅蓮の瞳が餓えたハティを映し出す。
アリカの秘所から次々と蜜が溢れだし、シーツをぐっしょりと濡らした。差し挿れた指で掻き回すと嬌声が上がる。散々よがらせ、蕩けさせたところで指を引き抜くとだらしなく蜜が滴った。
もう十分整っている、これ以上の生殺しは互いにとって良くない――が、ハティはどうしてもアリカからの言葉が聞きたかった。
どうか、欲しい、と声に出して。
激しく求めて、この身を受け入れてくれぬか。
我慢できずに身を反転させ覆いかぶさると、アリカが誘うように笑った。勃起したそれを、根本から先端にかけて優しくなぞって愉し気に囁く。
「あなたが欲しい。他の女のものになる前に――言い値で買わせてよ」
そんな戯言にハティはつい喉の奥で笑った。
「――ならば、身体で払え」
しとどに濡れる蜜壺へ、硬い男根の先を擦り付ける。そのまま一突きして深く交わった。身体を揺するたびにベッドが軋む。ナカは吸付くように熱く、抽挿するたびに快楽がハティの脳内を支配し、思考は彼方に飛んだ。夢中で突き上げると頭が真っ白になり、恍惚のあまり昇天しそうになる。
「……っ!」
荒い呼吸と肉体がぶつかり合う音、淫猥で粘着質な音が延々と響く。アリカが喘ぎ啼き、くたくたに溶けるまでそれは続いた。
渇きが存分に満たされたところで、ハティの心はようやく落ち着いてきた。寝具に包まるアリカを抱き、長く美しい髪を梳かす。
腕の中にすっぽりと納まった愛妻はうとうとしつつも、明日どう返事をするべきか、その考えをつらつらと語った。
「ああいう輩はね、一瞬でも希少種を手元に置いていたっていう事実さえあれば満足するわ。それで後で知り合いに自慢するのよ。『おれは珍種を所持していた、お前はどうだ?』ってね。逃げられたかどうかなんて、その時は関係ないのよ」
「共感しかねる。あまりに馬鹿らしい考え方だ」
「まあ、ハティは……そうね」
アリカは擽ったそうに笑った。
「世の中の貴族豪族なんて、自分の格付けだとか権威にこだわってばっかりなのよ。他人を出し抜きたくてたまらない、ただ優越感に浸りたいだけ。所有欲を満たしてあげたら、もらうものだけもらって、さよならすればいい――これ以上ないほど簡単な話でしょ?」
苦々しいものが込み上げてきた。
アリカはそうやって、数多の金持ちに買われてはすり抜けてきたのだろう。捕らえて愛でようとしても、ひらりと躱して飛び去って行く。それがネーヴェフィールのアリカにとっては当たり前のことで、だからこそこれまで特定の誰かに囲われることはなかった。
地の果てまでも追いかける執念と情熱がなければ、誰もアリカを留めておくことなど出来ぬ。手に入れられること自体が奇跡であり、幸運であった。
ハティはつい溜息をつく。
「……もういい、お前はおとなしくしていろ。あまり余計なことを言うなよ」
「はいはい。言う通りにいたします、愛しの旦那様」
実際のところ何と言って切り抜けようか、とハティは頭を悩ませた。
――この先も金はいる。先のことは分からぬゆえ、搾り取れるところからは搾り取った方がいい。
それに、あのガリーブが領主だとすれば。頑として撥ねつけるのは後々面倒になりそうだ。
アリカの言うように、一旦所有欲を満たすしか道はなさそうだった。
「――面倒な男に目をつけられたものだ」
「それ、ハティが言う?」
あんた以上に面倒な男なんていなかったわ、とアリカは笑って目を閉じた。
その街並みはセラフィトとは随分と異なっていた。
赤い土と石でできた邸宅が軒並み建ち並び、入り組んだ路地は迷路のようだ。賊や害獣、魔物の侵入を阻むための堅固な城壁が、街をぐるりと囲んでいる。荒涼な砂漠とは異なって、緑の木々がそこここに生えており、それがオアシスまで続いていた。市場は人と物でごった返し、一度はぐれてしまえば再会するまでに時間を要しそうだ。
隊商の護衛はここまでであった。前払いの分と合わせて、金貨三十枚をきっちり払わせてハティ達は彼らと別れた。護衛仲間は最後まで陽気だった。言葉の分からないアリカを懸命に口説こうとしてはハティに邪魔され、冷やかすように口笛を吹く――その流れを楽しんでいる節があった。
去り際、
『束縛もほどほどにしておけ色男!』
『今度は熱い夜に俺達も混ぜてくれよ』
『彼女をあんまり困らせるなよ、番犬!』
――とか何とか言っていたが、アリカには翻訳せずにおく。
彼らに手を振るアリカの腕をむすっと抑える。
「もう会うこともない流れ者だ、放っておけ」
「それでも、お別れはちゃんとしたいの。ここまで一緒に旅をしてきたんだもの」
アリカはふふっと笑って、それにね、と続ける。
「あの人たちを見ていると、何だかスコッルやシグルド達のことを思い出しちゃって。顔が似ているわけじゃないんだけど、他人とは思えなかったのよね」
ハティは妙に納得し、ああ、と呟いた。
「……シグルドはともかく、スコッルは系統が違うだろう」
「そうね。スコッルとは違うわね。あの子はもっと素直で可愛いもの。今頃どうしているかしら。皆元気にしていると嬉しいわ――」
ハティは何だか面白くなかった。アリカは可愛いものが多分、好きだ。別にアリカから可愛いと思われたいわけではないが、スコッルに劣ると思われるのも癪である。
不機嫌さを隠さずそっぽを向く。アリカはそれに気づく素振りもなくうんと伸びをした。
「――とにかく、もっと話してみたかったわ。そのために、まずは言葉を覚えなきゃね、ハティ先生?」
「別に無理して覚えなくとも。これからも俺を介して話せばよかろう」
「分かってないわね。それじゃあ、つまらないのよ」
分かっている、アリカは自分の言葉で伝えたいのだ。
――正直、気が気ではないのでやめてほしい。
アリカを知るほど欲しくなる。黙っていても美しいが、その言葉には力があり、心踊らされる。たとえ異文化の蛮族共とて魅了されるに決まっている。
「……ねえ、これからどうする?」
「とりあえず、今日の宿を探す――来い」
ハティはアリカの腰に腕を回して抱き寄せた。何しろ、市場は混沌としている。商人や旅人に混じって窃盗常習犯やら、無頼漢が闊歩していた。隙あらば見目の良い異国の女に接近し、拐引しようと企む輩がいないとも限らない。
アリカからは仄かに薔薇の香りがする。ハティが愛してやまない香りがその腕の中にある――それがどれほど幸せなことか、きっと誰にも理解できまい。
宿屋を探して彷徨っているうちに、とっぷりと日が暮れた。黄昏の路地を抜けた先で、ハティ達の前に、二人の男が立ちはだかる。一人は初老――痩身かつ小柄で上等な服を身に着けており、もう一人は筋骨隆々の武装した中年男である。砂漠の民特有の浅黒い肌に、鳶色の瞳。ある種の狡さを内包した眼差しでハティを見つめていた。
身なりや佇まいから察するに、それなりの地位にいる者だろうか。
ハティの腕の中で身を竦ませるアリカを強く抱き、相手を鋭く見据える。
『私達に何か?』
冷ややかに訊ねつつ、ハティはアリカを背後に隠した。右手は剣の柄に手をかけ、返答次第ではいつでも抜けるように身構える。
相手の狙いは金か、アリカか――そんなことを考えていると、小柄な男がおもむろに口を開いた。
『異国の民よ、そう身構えないで欲しい。私はガリーブ。ただの武芸好きの男だ。オアシスで貴様の剣技を見た。称賛に値する、素晴らしい腕前だったよ。これほどの剣客、かつて出会ったことがない』
『……それで?』
『単刀直入に言おう――私の屋敷に来い』
ぞんざいな物言いにハティは眉をひそめた。柄を握る手に力が籠る。
『屋敷に来い、だと?』
ふざけた提案だった。
――アリカを連れて見ず知らずの者についていけと?
アリカが頼りなくハティの裾を握りしめる。何がどうなっているのか、言葉の分からないアリカには理解できずさぞや不安に違いない。
安心させるようにその手をとって、指を絡ませた。握りしめたその手は相変わらず小さくて、柔らかい。
絶対に、誰にも渡さない。
――誰にも。
殺気立つハティにガリーブは苦笑を浮かべた。ハティが隠したアリカに気付くと、顎髭を撫でつけ値踏みするかのように顔を凝視する。
『おっと、女連れであったか。異国の民だが、なかなか美人だ。何、ここで捨て置いても買い手はいくらでもいるだろうさ』
「ふざけたことをぬかすな!」
ハティは思わず声を荒げた。
捨て置く?
買い手がいる?
――冗談じゃない。
『何だって? すまないが、異国の言葉は分からん。ただ、そう怖い顔をすることもなかろう――』
『彼女は生涯ただ一人愛した、私の妻だ』
唸るように返せば、ガリーブは目を瞬いた。
『……――悪かった。なあ、そう殺気立たないでくれ。その物騒なものから手を離して、私の言葉に耳を傾けてはくれないか』
『お前が何者かも分からんのに武装解除し話を聞けと? これ以上ないほどの戯れ言だ――まずはお前が、その護衛に武器を捨てるように命じろ』
『……なるほど、確かにそうだな』
ガリーブは顎髭を撫で付け目を眇めた。片手をあげて合図をすると、後ろに控えた男が腰に差していた武器を地面に置いた。戦うつもりもなければ、敵意もないとでも言うように、そのまま両手を頭の後ろにおく。
ガリーブはあくまでも穏便に話をしたいようだった。
『さて、どうだろう。私は是非とも貴様をうちに招待したいのだ。貴様が望むのなら、その女も一緒で構わん』
アリカはいてもいなくてもどっちでもいい――まさかそんなことを言われると思わず、ハティは拍子抜けした。ここが北方諸国であれば、赤目赤髪が意味するところなど即座に知れるだろうし、どの国であっても破魔の聖女など喉から手が出るほど欲しがっただろうに。まさに異文化、驚くべき認識の違いである。
――だからこそ南国はいい。
ガリーブが興味を抱いているのはハティただ一人のようだ。
『――見たところ、今日の宿を探しているようだし、丁度いいだろう。今から宿を探すのは一苦労だし、運が悪ければ食事にもありつけんぞ』
「……」
ハティの後ろで様子を伺っているアリカの腹が鳴った。賊の襲撃があってゆっくり飯を食っている余裕がなかったのを、今更ながらに思い出す。
ガリーブは肩を揺すって笑う。
『貴様の女は腹を空かせているようだ。まさか、愛する妻を餓えさせるつもりはあるまい』
「……当然だ」
何が当然なの、とアリカが不思議そうにハティの袖を引く。
「ねえハティ。このガリーバさん――で、合ってるかしら……――もしかして、ごはん一緒に食べないかって誘ってくれてる?」
「……」
流石はアリカである。大体あっていた。覚えた言葉と聞き取れた言葉が偶然合致したのだろう。
何と説明すべきか思案していると、アリカは小鳥が囀るように笑って囁いた。
「お金持ちそうだし、異民族がもの珍しくてあたし達を買いたいのかしらね。富豪の道楽ってどこに行っても同じ。呆れるのを通り越して感心しちゃうわ」
「そうだとしたら、アリカ。どうしたい?」
「そうねえ。ごはんだけ食べて適当なところで抜け出したらいいんじゃない? 手元に置きたいくらいなんだから、変なものは出てこないだろうし」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
「なんでよ!」
どうしたものかとハティは頭を抱えたくなった。
このガリーブ、口ぶりからして上流階級に位置するのは確かである。ただ、どの程度この辺り一帯で幅を利かせているか分からない。怒らせれば今後宿を取ることすらままならなくなるかもしれない。
ただ、郷に入っては郷に従え、と言う。
ここはセラフィトから遠く離れた異国の地、ハティやアリカの影響力など無いに等しい。事と次第によっては、最悪の結果が待っている。
なおも言葉を重ねようとするアリカの口を手で塞ぐ。言葉が通じていないとはいえ、どこで誰に聞かれているか分からない。
二人のやり取りをみて、ガリーブは底知れぬ笑みを浮かべて言った。
『招く以上金はとらん。好きなだけ滞在してくれて構わんよ。ただ、もっと貴様の技を見てみたい、それだけだ。どうだ、悪い話ではないと思うが』
『……分かった。今夜だけ厄介になろう』
断られるとは微塵も思っていなかったのか、既に馬が用意されていた。アリカを前に乗せ、後ろから抱くような形でハティが手綱を握る。
ガリーブと彼の護衛に両脇を挟まれつつ郊外へと移動する。
木々の生い茂る道を抜け、水辺を通り、辿り着いた先には豪邸があった。エントランスまで石畳で舗装されており、その両脇には小さな噴水がいくつもあった。合間を縫うように高い木々が一定の間隔を置いて植えられている。
丸屋根の上には月がかかり、金銀のランタンがそこかしこに設置され、途を煌々と照らしている。広い窓からは眩いばかりのシャンデリアの光が漏れ出ていた。
この荒涼とした砂漠にあって水は大変貴重である。贅を尽くした作りであることは間違いなく、これだけの水をこの屋敷に引いてこられることから、かなりの権力者であるとうかがえた。それこそ、このガリーブ、近隣を治める領主か何かだろう。
馬から降り、階段を上ってようやく建物の入り口までくれば、規則正しく左右に分かれた下男下女が『おかえりなさいませ、ご主人様』と声をそろえて頭を垂れた。
大理石でできた支柱に支えられたエントランスの天井は高く、広い回廊を歩くたびに足音が響いた。
食堂には豪華な食事が並べられている。食欲をそそられるような香ばしい匂いがあたりを漂う。好きなだけ食べていい、と告げられ、アリカにそれを伝えるとよほど腹を空かせていたのか、満面の笑みを浮かべた。
色鮮やかなサラダ、豆を潰し香辛料を加えて丸めた揚げ物、よく焼いた肉や野菜を小麦生地で包んだシュワルマ、ナッツをふんだんに使ったサクサクのパイ菓子。シロップにつけた果実、その果実とシロップで作ったらしい果実酒。
次々と料理が目の前に並べられ、アリカの目がらんらんと輝く。
見ているだけで空腹を煽られるのか、何度目かの愛妻の腹の音を聞いてハティはつい笑った。
「な、何よ。お腹空いてるんだから、仕方ないじゃない」
「もういい。何も気にせずたくさん食え」
「……そう? じゃあ遠慮なく、いただきます」
アリカは美味いものに目がない。それも実に美味そうに食べるので見ていて気持ちがいいし、つられて食欲が湧いてくる。アリカとの食事はハティの密かな楽しみであり、幸せをかみしめる時間でもあった――こんなよくわからん富豪の屋敷で迎えたくはなかったが。
『気に入ってくれたようで何よりだ。さて、どうだろう。腹ごなしに私の剣闘士と手合わせをしてみるというのは』
そういえば、剣技が見たいがゆえに連れてこられたのだと思い出す。
あまり気乗りはしなかったが、仕方なく頷き、席を立った。
食堂を出た先に広間があり、曲刀を携えた屈強な兵士が待ち構えている。一撃では斬れないであろうずんぐりとした胴回り、腕は丸太のような太さで、筋骨隆々としていた。どうやら力はありそうだった。鉄の棒でも持たせて適当に振り回させれば、それだけで十分な脅威になるだろう。剣術どうこうで戦うようなタイプにはおよそ見えないが、はたして。
ガリーブの合図で試合が始まった。
ただ、瞬時に決着がつく。
相手が鼻息荒く突進してきたところを正面から受けて一閃。敵と交差しすれ違ったところで、剣を回して鞘に納める。それと同時に相手が膝から崩れ落ちた。
それを見たガリーブ以下付き人達は拍手喝采、その場は大盛り上がりである。この程度のことハティにとっては造作もないのだが、大袈裟なほど喜ばれると悪い気はしない。
ふとアリカの方を見ると、丁度俯いていた。どんな顔をしてハティの剣技を見ていただろうかと気になって仕方ない。
浮足立つハティの手を、ガリーブは強く握った。
『やはり素晴らしい。私の専属剣士にならないか。一体いくら払えば貴様を留め置ける? 金に糸目は付けない。言い値は払う』
『……私を永続的に雇いたい、と?』
『ああ、ああ。そう受け取ってもらって構わない』
「……何を馬鹿なことを」
冷ややかな返しはガリーブに理解できない。ただ、ハティの眉間の皺の深さで、快い返事は期待できないと察したのだろう。彼は一歩引き、小柄な身体を大きく揺すって興奮気味にまくし立てた。
『すぐに返事は出来ないだろう。今日一晩考えて、明日返事を聞かせてくれないか! いい返事を期待しているぞ!』
ごはんだけ食べて適当なところで抜ける――アリカの提案は叶いそうになかった。
◇
今夜のところはここで、と案内された客室は広い。天蓋付きのベッドは二人で寝ても十分余るほどだ。実際のところ、数人で楽しむためのものなのだろう。寝室に扉は二つ。一つは出入口、もう一つは一体どこに通じているやら知れぬが、そこから男娼娼婦の類を忍ばせて客をもてなそうという心意気なのかもしれない――ハティからしたら全くいらぬ世話であるが。
とは言え、ちゃんとした寝台で眠るのは久しぶりのこと。しかも隣の部屋の音は殆ど聞こえず静かだ。まともに朝を迎えられそうである。
広々としたベッドに寝そべり、アリカは何を思い出したのか楽しそうに笑った。
「あのおじさん、ハティがよっぽど欲しいのね」
なかなか引き下がらなかったもの、と囁いてアリカはハティの胸に身を預けた。
皇位継承権を放棄したとて、ハティは近隣諸国に名の知れた皇族である。爵位を捨てて放浪しても、皇帝の実兄を買い叩こうなどという恐れ知らずはついぞ現れなかった。買ったところで手懐けられるはずもないし、痛い目を見ると分かっているからだろう。
何も知らぬとはいえ、なかなか豪胆な男である。
ハティは苦々しく返した。
「男に欲しがられたとて、嬉しくない」
「そう。女だったら嬉しかったわけ?」
少し拗ねたような口調が可愛らしい。ハティは後ろからアリカの腰を抱いた。
「なんだ、妬いているのか?」
「べ、別に妬いてなんか……」
「本当に?」
アリカが欲しいと言ってくれるのならそれは嬉しい。一生尽くす自信があるし、側を離れない。
「俺がどこぞの女主人に、金で買われても構わん、と? ……そこでこういうことをしても、何も思わないのか?」
耳元で囁いて甘く食めば、アリカの唇からひそやかな吐息が漏れた。赤銅の髪をかき分けて首筋へと唇を滑らせ、大きくてまろやかな胸を片手で揉みしだく。膨らんだ突起を指の腹で刺激するとアリカの肩が震えた。
「ふぁ……っん、やだ……」
「その、やだ、は。どの意味での嫌なんだ」
「……っ分かってるくせに」
「分からんから聞いている」
言いつつ、頸部をきつく吸い、徴をつける。上気した肌を舌で嬲り、片手には収まりきらない豊かな胸をやわやわと弄んだ。
「ほかの、女の人に……んっ、しないで」
その刹那、愛欲が迸った。欲しいのはアリカだけ、他は眼中にない。ただ、アリカから懇願されると格別なものがある。
「……心配せずとも、しない。お前だけだ」
やさしく囁くとアリカの肩が跳ねた。陶器のような肌は薄桃色に色づいていかにも甘そうだ。
空いた片手で滑らかな大腿をつうとなぞり、内側へと這わせる。柔らかな太ももを擦り合わせ、身を捩らせるアリカのそこはしっとりとしていた。指をナカにいれると、まだ始まったばかりだというのにぐずぐずに溶けだしていた。
言葉にせずとも、思ってくれているのだ。ハティが、欲しいと。
煽られるように肉欲の証が硬化する。
先端からはじわりと蜜が零れていた。今すぐにでも猛るそれで貫いて掻き回して、一晩中啼かせたくなる。次の日に腰が砕けて立てなくなるほど責め立てて、ベッドの中で甘く蕩けさせてしまいたい。
だが、まだ――焦らすように昂って屹立したそれをアリカの白い太もも、尻に押し付けた。
アリカが潤んだ瞳でハティを振り返る。期待の籠る眼差しは熱く、ハティの心を溶かしてしまう。
「ハティ……当たって――」
ハティは目を眇め、その唇を奪った。
柔らかな唇を舐めてから割るように舌を入れ、アリカのそれと絡ませる。
――甘い。きっと、大好きな甘味をたくさん食べたのだ。想像するとなんとも可愛い。
わざと音をたて、深く濃厚なキスをする。その甘さに頭が痺れてしまいそうだ。今なら何も考えなくとも、誰でもハティを殺せるだろう。
唇を離すと銀糸が引いた。互いに喘ぐように肩で息をした。濡れた紅蓮の瞳が餓えたハティを映し出す。
アリカの秘所から次々と蜜が溢れだし、シーツをぐっしょりと濡らした。差し挿れた指で掻き回すと嬌声が上がる。散々よがらせ、蕩けさせたところで指を引き抜くとだらしなく蜜が滴った。
もう十分整っている、これ以上の生殺しは互いにとって良くない――が、ハティはどうしてもアリカからの言葉が聞きたかった。
どうか、欲しい、と声に出して。
激しく求めて、この身を受け入れてくれぬか。
我慢できずに身を反転させ覆いかぶさると、アリカが誘うように笑った。勃起したそれを、根本から先端にかけて優しくなぞって愉し気に囁く。
「あなたが欲しい。他の女のものになる前に――言い値で買わせてよ」
そんな戯言にハティはつい喉の奥で笑った。
「――ならば、身体で払え」
しとどに濡れる蜜壺へ、硬い男根の先を擦り付ける。そのまま一突きして深く交わった。身体を揺するたびにベッドが軋む。ナカは吸付くように熱く、抽挿するたびに快楽がハティの脳内を支配し、思考は彼方に飛んだ。夢中で突き上げると頭が真っ白になり、恍惚のあまり昇天しそうになる。
「……っ!」
荒い呼吸と肉体がぶつかり合う音、淫猥で粘着質な音が延々と響く。アリカが喘ぎ啼き、くたくたに溶けるまでそれは続いた。
渇きが存分に満たされたところで、ハティの心はようやく落ち着いてきた。寝具に包まるアリカを抱き、長く美しい髪を梳かす。
腕の中にすっぽりと納まった愛妻はうとうとしつつも、明日どう返事をするべきか、その考えをつらつらと語った。
「ああいう輩はね、一瞬でも希少種を手元に置いていたっていう事実さえあれば満足するわ。それで後で知り合いに自慢するのよ。『おれは珍種を所持していた、お前はどうだ?』ってね。逃げられたかどうかなんて、その時は関係ないのよ」
「共感しかねる。あまりに馬鹿らしい考え方だ」
「まあ、ハティは……そうね」
アリカは擽ったそうに笑った。
「世の中の貴族豪族なんて、自分の格付けだとか権威にこだわってばっかりなのよ。他人を出し抜きたくてたまらない、ただ優越感に浸りたいだけ。所有欲を満たしてあげたら、もらうものだけもらって、さよならすればいい――これ以上ないほど簡単な話でしょ?」
苦々しいものが込み上げてきた。
アリカはそうやって、数多の金持ちに買われてはすり抜けてきたのだろう。捕らえて愛でようとしても、ひらりと躱して飛び去って行く。それがネーヴェフィールのアリカにとっては当たり前のことで、だからこそこれまで特定の誰かに囲われることはなかった。
地の果てまでも追いかける執念と情熱がなければ、誰もアリカを留めておくことなど出来ぬ。手に入れられること自体が奇跡であり、幸運であった。
ハティはつい溜息をつく。
「……もういい、お前はおとなしくしていろ。あまり余計なことを言うなよ」
「はいはい。言う通りにいたします、愛しの旦那様」
実際のところ何と言って切り抜けようか、とハティは頭を悩ませた。
――この先も金はいる。先のことは分からぬゆえ、搾り取れるところからは搾り取った方がいい。
それに、あのガリーブが領主だとすれば。頑として撥ねつけるのは後々面倒になりそうだ。
アリカの言うように、一旦所有欲を満たすしか道はなさそうだった。
「――面倒な男に目をつけられたものだ」
「それ、ハティが言う?」
あんた以上に面倒な男なんていなかったわ、とアリカは笑って目を閉じた。
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