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第2章 小夜曲

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 無理やり馬車に押し込められ、アリカはむくれたまま街の灯を眺めた。
 窓越しにすこぶる不機嫌そうなハティの顔が映り込み、ばちりと視線が合う。刺すような視線を浴びても、アリカは顔を背けたまま口を開いた。

「私情で軍を動かすなんて、あんたがそんな馬鹿だったとは思わなかったわ」
「馬鹿はお前だ。何を考えている」

 確かに今までになく軽率で、馬鹿なことをしたと思う。
 認めるのが癪で、ぎりっと奥歯を噛みしめ、往生際悪く言い連ねる。

「……大体、ハティがもう金は払わない、なんて言わなかったら、アデレイド公について行こうと思わなかった」
「確かにお前に触れる度に金を払うなど、あまりにもばかばかしいと思っていたが……よりにもよってあの老害に尻尾を振るとはどういうことだ。端金などいらぬと言ったのは一体誰だ?」

 ――あたしですね、わかってる。
 触るだけで金を得るほどの価値があるかと言われると、確かに困るけど。
 白夜亭の娼婦ならいざ知らず、特別男を楽しませるような手練手管もない。花売りがお高く留まっているだけなのだ。ハティのような上等な男にとって、女などより取り見取り、それこそ白夜亭の至宝と言われるリリアが相手をするくらいである。
 ちょっとした小遣い稼ぎのつもりだったし、ハティとの契約を破るつもりはなかった。ただ、呪詛への手がかりを掴もうと足掻いただけだったのに。
 いつまでも責めてくるハティと、愚かな振る舞いをした自分に苛立ち、アリカは長く息を吐きだす。

「アデレイド公はハティ以上の報酬を払うと言っていたわ。端金しか寄こさない誰かと違って」 
「お前はそのような甘言に釣られるほど頭の悪い女だったのか。あの陰険爺について行ったところで、碌なことにならぬことぐらい、賢しい薔薇姫殿ならば容易く想像できよう」

 アリカを利用する気満々のアデレイド公のこと。きっと己の呪詛さえ解いてしまえば、アリカを切り捨てることも厭わなかっただろう。言動の端々から透ける、侮蔑、嫌悪。それこそ、最後は襤褸切れのように捨てるつもりだったに違いない。
 それを分かっていながら近づいたのは、金が欲しかったのもあるが、フィアをあそこで逃がしてはならないと思ったからだ。
 どうしても、確かめたかった。
 確信を持ってアシュラムの名を呼んだフィアが何者であるのか。聖女の顔を知るとなれば、かの国でアリカに関わっていたものに他ならぬ。
 ドールがアリカを取り返そうとしているのは間違いない。
 だが、あれほど聖女を疎んじ憎み、底辺まで追いやったかの国が、今更アリカを必要とするのも奇妙なことだった。
 他国にとって――魔術が発達している国ほど――破魔の聖女は脅威なのだ。自国に在れば強力な味方になり得るが、敵対すれば全ての呪術、魔術を跳ね返すが故、それらを扱う者にとって、これほど厄介な存在はない。
 血族須らく逃れられぬ、これほど強力な呪詛であるならば、呪術者もただで済むはずがない。アリカを消すか、もしくは自陣へと引き入れるか考えるのは当然なのだ。
 破魔の聖女という駒は、戦局を覆す鍵であった。
 故に、ドールが聖女を再び手元に置こうと考えるのも分からなくはない。
 本心を言えば、ドールに――おにいさまに、関わっていて欲しくなかった。アリカの思い出の中にある優しい兄をこれ以上壊したくなかった。
 隣国の皇族を呪うなど、王としてあるまじき行為だ。この巨大な帝国を攻め落としたとして、今のドールが御しきれるとも思えない。病魔によって衰弱しているとはいえ、百戦錬磨の将校連中を相手に、衰退したドールが、どう太刀打ちできるというのだ。皇族の血筋が絶えたとしても、必ず次の王が立つ。
 それが分からぬほど盲目なのか。たとえ聖女がドールに戻ったところで、かつての栄華を取り戻せるわけでもないのに。
 だが、まだフィアの真の主がドール王と決まったわけではない。
 ドールにはアリカの信者が何万といるのだし、妖魔の巣食ったあの国を憂い、聖女の帰還を望むものも多いだろう。そういった者たちが、密かにアリカを連れ戻そうとしているのであれば。

(……我ながら、都合の良い妄想ね)

 分かっている。そんなことあるはずがないのだと。
 おにいさまが許すはずがない。かつてそうしたように、アリカを支持するものは皆、反乱分子として容赦なく処断される。
 ドールはかつてのようにアリカを監視下に置き、安寧を得たいのだ。
 アリカは感情を殺し、平坦な声で続けた。

「あの時、あたしを誘い出した男が見えたの。この手に届く距離だったから、捕まえてやろうと思ったのよ。結局、大事なところで取り逃がしちゃったけど、尻尾だけは掴んだわ」

 呆れたような溜息が聞こえ、アリカは振り返った。

「捕まえてどうする。お前の役目はおびき寄せるところまで。後は俺に任せれば良い」
「分かったわよ。次からはおとなしく、死んだふりでもなんでもしてあげるわ」

 しっしっと手を振って適当に返せば、ハティは舌打ちをしてアリカの細い腕を掴む。到底、解けない。日々鍛錬を積み重ねているハティに、非力なアリカが対抗できるはずもない。冷ややかな目でアリカを見下ろし、ハティは淡々と告げる。

「分かっておらぬ。花街のような雑多な者どもが集まる場所で姿を晒すなど、浅慮なことを。アリカ。お前は何のために正体を隠して潜んでいた。誰にも見つからずに生きたかったからであろうが」

 その一言に尽きる。
 そしてそんな危険な行動に出たのは、心のどこかで、いざとなったらハティが助けてくれると勝手に期待していたから。ハティは見捨てないという、確信めいたものがあったからだ。泣きを見るのはハティの方、だから何をしたって許される――どうしようもない理由で、人目につく場所に来た。危機感に欠けていたのは確かだった。
 アリカは短く息を吐いた。

「でも、収穫はあった。疑心は確信に変わったもの。皇帝の病魔は、ドールが絡んでいるとみて間違いないわ」
「ドールだと?」

 ハティの表情が硬くなった。柳眉を寄せ、低く唸るように続けた。

「この痴れ者め。よりにもよってかの国と進んで関わるなど戯れもほどほどにせよ!」
「戯れ? いつだってあたしは本気よ。本気であんたの弟を助けたい! それの何がいけないって言うの?」
「――危険を冒してまで呪詛を払えとは言わぬ。もう余計なことは考えずに俺の指示通りに動け」 
「分かったわ。だったら、ちゃんと報酬を払って。あたしはハティの情婦じゃない。立派な取引相手でしょう。そうじゃなければ今度こそ、別の誰かを後ろ盾に選ぶわ」

 噛みつくアリカに、ハティは蔑むように続けた。

「……それほど金が欲しければ、いくらでもくれてやる。だが裏切りは許さぬ。今度勝手な行動をとってみろ。手足を繋いで、一生牢に閉じ込めてくれる」

 冗談を言うような男ではない。脅しではなく、その言葉も本気だろう。
 だが、アリカを閉じ込めたところで、バルドの病魔が治るわけではない。結局、己の首を絞めることになる。
 アリカは精一杯の皮肉を込め、笑って返した。

「できるものなら、やってみたら?」
「反省の色もなしか。それとも、そのようなこと、実際にするはずもないと? 困るのはこの俺だと。――見くびられたものだな」

 殺される――直感して、身が竦む。
 馬車の壁際に追い立てられ、両腕で囲われる。口元に笑みを浮かべながらも、その瞳は冷たく鋭い。アリカは身動きが取れなかった。

「誰構わず尻尾を振り、挙句主人に噛みつく愛玩動物は要らぬ。躾が必要だな」 
「愛玩動物なら愛嬌振りまくのは当たり前じゃない。噛みつくのは扱いがなってないからでしょ?」

 負けじと言い返せば、睨み返される。アリカは言葉を飲み込んで押し黙った。
 花街を抜けたところで馬車は止まり、ハティに腕を強く掴まれて、抵抗も虚しく引きずり降ろされる。
 どこに連れていかれるのかと戦々恐々としていれば、湯気の立ち上る建物の中に引き込まれた。
 なるほど、風呂に入れということか。そんな風に理解している間にも、ハティはアリカの腕を引いて迷いなく回廊の先を行く。
 大理石の床に、豪奢な内装。広い部屋の中央には天蓋付きの大きなベッドが用意されていた。室内は仄暗く、明かりは足元を照らすのみだ。窓辺のカーテンの隙間から僅かに零れる月光は、やけに冷たい印象を受ける。
 ハティは柔らかなベッドの上にアリカを投げ出し、褥の上に有り余るほどの金貨をばら撒いた。冷めた視線でアリカを嬲り、嘲笑を浮かべる。

「これでご満足いただけたか。卑しい聖女殿」
「そうね……」

 確かに報酬を要求したのはアリカだ。聖女の信徒の多くは奴隷として各地に散ってしまった。ドールにいる薔薇姫の信徒達を奴隷から解放するには、アリカの血で育てた破魔の薔薇を売るだけでは足りない。
 報酬をもらえるに越したことはない。だが――。
 ハティに買われ、皇帝を助けると決めた以上、ハティとは契約上の関係でなければならない。
 安易に深く立ち入らず、一定の距離を取る。今はアリカを必要としていても、全てが解決すれば破魔の力は脅威でしかない。それはドールでも、この国でも同じこと。
 働いた分の報酬をもらえる――それがアリカの安寧に繋がる。
 ――冷たく光る金貨を見やるたびに湧く、この怒りにも似たやるせなさは何だろうか。

「不服そうだな。これでは足りぬか」
「いちいち、言動に腹が立つわ」 
「腹が立つだと? それはこちらの台詞だ」

 顎を掴んで顔を上げさせ、ハティは低く唸る。

「一体どこまで許した。あの老いぼれに」
「……っ何もなかったわよ」
「嘘を申せ。あの老害が、解呪できる機会をみすみす逃すほど間抜けなものか」

 アリカは挑むようにハティを睨み上げた。

「間抜けだったみたいよ。よかったわね」
「……斯様に趣味の悪い服まで着せられて何もなかったと。そんな馬鹿な話があるか」
「店に入る為には仕方なかった。一時、都合のいい着せ替え人形になってあげただけよ。それの何が悪いって言うの」

 その言い分に苛立ちを隠さず、ハティは舌打ちをした。細い手首を片手でやすやすと縫い付けられ、膝の間に逞しい身体が割って入る。

「否が応でも口を割らぬなら、直接確かめるまで」
「確かめたって無駄。何もない!」

 夕闇に溶けていく空に似た、仄暗い陰を帯びた薄紫の瞳が揺れる。アリカの怒りなどまったく無視して、冷えた手が胸元に滑り込み、薄いドレスを引き裂いた。
 その節くれた手でアリカの柔肌を楽しむように撫で上げて、流れる乳房の頂を探り当てると何度も擦りあげた。背中に甘い痺れが走り、くすぐったさと快楽の波が押し寄せてくる。

「やぁ……っ」

 吐息は次第に熱くなり、潤んだ紅蓮の瞳には嗤うハティの顔が映り込む。

「どうした? いやらしい声をあげて」

 ドレスは全て引き裂かれて、暗い室内にはアリカの珠のように美しい肌がぼんやりと浮かび上がる。
 両手をしっかりと押さえつけ、ハティはその裸を隈なく嘗め回すように眺めた。首筋や胸の周りにハティが思うような痕はなく、白磁のような滑らかさの柔肌が晒されるのみだ。
 アリカは怒りを込めてハティを見上げる。

「もういいでしょう? ご満足いただけたかしら」

 それに返さず、ハティは着ていた軍服を脱ぎ捨てる。裸のアリカを無理やり引き寄せて抱き上げると、そのまま湯気の立つ湯殿へと連れていく。
 入るよう促され、アリカは長い髪を括り上げてから渋々湯船に入った。ハティも後を追う。水面に薔薇の花弁が浮かび、あたりは噎せ返るほど甘く豪奢な香りが満ちている。
 逞しい腕の中に囲われ、鍛えられた肉体が背後からアリカを包む。

「どこを触られたか言ってみろ」
「別に、どこも」
「嘘を申せ」
「……太腿」
「そうか」

 大きな手のひらがアリカの太腿に触れる。いつも以上にしっとりとした肌を合わせているせいか、ハティの温度をやけに感じながら、瞳を閉じた。湯の温度は丁度よく、油断すれば眠ってしまいそうだ。
 うとうとしていると、ハティが低く囁く。

「そのまま眠ってしまえ。俺が洗ってやる」
「嫌よ。お断りだわ」

 払いのけようとした手を掴まれ、後ろ手に固定される。柔らかな双丘が揺蕩い、湯が波紋を広げていく。
 石鹸を泡立てて手の平にとると、ハティはそのまま熟れた胸の頂に触れた。大きな手の平でも収まりきらずに零れる乳房を、下から包み込むように揉みしだかれ、思わず甘い声が漏れる。泡に埋もれていく蕾を探り当て、楽しむように指で刺激してくる。ハティの手の中の泡が、アリカのまろやかな肌を滑る。くすぐったくて身を捩って逃れようとしても、ハティの腕にしっかりと囚われた今の状態ではどうにもできない。

「あっ……ん」

 熱い舌がアリカの耳介をなぞる。くちゅりと淫らな水音が否応なく耳を侵し、吐息は甘くなった。次第に唇は下へと下がり、細い項に噛みつかれ、きつく吸い上げられた。上気してほんのりと薔薇色に染まるアリカの肌に唇を寄せ、味わうように何度も舌で嬲られて、下腹のあたりがじんと熱くなってくる。
 アリカの唇からは掠れた吐息が漏れ、端から唾液が垂れた。
 くたりと力が抜けていくアリカを抱きしめて、ハティは喉の奥を鳴らした。

「次は大事な部分を洗わねばな」
「いやっ!」

 大事な部分と聞いて、放しそうになった意識を手繰り寄せ、嫌々と首を振る。厚い胸板を叩いて拒んでも、ハティはくっと笑うだけだ。押し付けられた身体は熱く、硬くそそり立つ欲望がアリカのまろやかな臀部に触れる。
 思わず擦り合わせた太腿の間に、泡のついた手がするりと滑り込み、茂みに隠された蜜壺を探り当てる。長い指が敏感になったそこを擦りあげるたびに、アリカのつま先はぴんと伸びた。内側から溢れる蜜と泡が混ざり合い、粘着質な泡が秘部を覆っていく。羞恥に耐えられず、アリカは潤んだ瞳でハティを見上げた。向かい合わせになり、ハティの膝にそのまま乗せられる。

「やだ……っハティ、やめて……っ恥ずかしい!」 
「諦めて大人しくしていろ。何より、お前が望むよう前払いはしてあるのだ。文句は受け付けぬ」
「だからって……んっ」

 その先の言葉を奪うように、唇がハティのそれで塞がれた。繋がれた唇からは卑猥な水音と吐息が漏れ、空気を求めて唇を離そうとするアリカの息を奪うように、舌を絡めとられる。口腔内を貪るように犯され、逃がすまいと大きな手が頭を抑え込む。
 唇を離した瞬間、互いの口の端から銀糸がつうっと垂れる。その刹那、ハティの目は何とも煽情的だった。ぼうっとする頭で見上げた先には、濡れたハティの姿がある。その色香は凄まじく、アリカの思考を緩やかに奪った。
 ハティは足腰から力が抜けたアリカを抱え、露の滴るままベッドに雪崩れ込む。闇の中に浮かび上がる白く揺蕩う双丘を貪るように、屹立したそれに食らいついてくる。薄い舌が敏感になった蕾を味わうように吸い取り、アリカの甘い声が室内に響いた。
 まるで、獣。
 そんなことを思いながら、アリカぼんやりと天井を見上げた。

「随分と余裕そうだな、アリカ」
「っ……!」

 溢れる蜜でしとどに濡れそぼったそこにハティが長い指を沈める。柔らかな肉壁はぐずぐずに蕩けて、ハティを銜え込み溢れる愛液が手首を伝った。指を挿れたまま、白玉のようなアリカの尻を突き出させて蜜壺に顔を近づけると、ぷっくりと膨らんだ蕾を舌先で舐め上げる。その蕾を剥いて奥にある芽を舌で探り当てると、愛液に塗れた秘所をなぞるように、ぐちゅりといやらしい音を立てて貪られた。
 甘い衝撃に腰が砕けそうになる。

「ふぁああ……っ! やっあぁあ!」

 ひと際大きく反応したところを探り当てられ、執拗にそこを突かれる。激しく責め立てられてアリカの身体は仰け反った。身体の中心から熱く溶けてしまいそうで、下腹部がじんっと熱くなる。止めどなくあふれる蜜を舌で掬い取り、長い指はいいところをかき回す。
 耐えきれなくなり、アリカは甘く掠れる声を上げた。

「ハティ、お願い……」
「どうした?」

 見下すように目を眇め、ハティは返した。
 薔薇の甘い香りで鼻腔をくすぐり、陶器のような白い手でハティの身体にそっと触れる。
 紅蓮の瞳は仄暗く揺れ、炎のように赤い唇からは掠れた吐息が漏れた。
 ハティの腹部に張り付くように垂直に屹立した肉欲の証に触れ、アリカは潤んだ瞳で強請る。

「欲しいの……」

 ハティは満足そうに喉の奥を鳴らした。

「駄目だ」
「どうし……んっ」

 ハティの親指が濡れたアリカの唇をなぞり、顎をくいっと持ち上げると啄むように唇を重ねた。先ほどの激しさはなく、優しく食むような口づけにアリカは戸惑った。

「言ったであろう。これは躾だ。愛らしく媚びたところで容易く与えると思うか?」
「……んっ」
「この俺がいながら、他の男に触れさせるなど、どういうつもりだ」

 大きな手の平が熱くなったアリカの下腹部を撫で上げる。指先で触れられる度に過敏に反応すると、ハティは嗤った。

「何故そこまでお前が金を欲するのかは知らぬが、欲しければくれてやる。故にその身は俺だけに捧げよ。他の男に走るのは絶対に許さぬ」

 その言葉にアリカの紅蓮の瞳が翳る。
 結局、ハティも他の男達と同じなのだろうか。アリカを囲うために金を積み、自由など与えずに飼い殺すのだろうか。
 ハティは違うと勝手に思っていた。だが、金を払って抱くのならば他の男と何も変わらないのだ。そして、そんな扱いを願ったのはアリカ自身だ。
 この虚しさをどう表していいか分からない。
 体は熱くとも、アリカの心は氷を充てられたように急速に冷えた。
 口づけを受けながら、喘ぐようにアリカは尋ねた。

「どうして、そんなこと……言う、の? どうせ、呪詛が解かれたら、あたしは……っん、用済みでしょう?」
「用済みかどうかは俺が決める」

 何故そんなことを言うのか。
 ――破魔の聖女の存在は国を揺るがす。それはハティも分かっているはずなのに。
 アリカは表立って生きられない。いいように利用され、そして最後は切り捨てられる。アリカが愛し、心を許した者達は皆、アリカを奈落の底に突き落としてきた。
 おにいさまも、あの人も――。
 契約を果たせば、ハティがアリカを必要とする理由はない。金で買ったこの関係は、いずれ綺麗に終わるのだ。
 ハティはアリカを抱き寄せ、薔薇色の髪を優しく梳く。ハティからも仄かに薔薇の香りがして、アリカはその逞しい身体に身を寄せた。
 一体あと何度、この身体に抱かれるのだろう。金で買われているのだと言い聞かせても、身を重ねるたびに溺れてしまいそうで、恐ろしかった。
 優しく、まるで愛おしむように触れないで欲しい。
 勘違いをしてしまいそうになる。
 この人は、アリカを裏切らず、切り捨てないのではないか――と。
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