パーティーから追放された中年狙撃手の物語

武田コウ

文字の大きさ
上 下
59 / 83

再会

しおりを挟む
 深呼吸をする。




 身体に染みこませるようにリズムをつけて。




 一つ、二つ。




 引き金に指をかけ、ただひたすらにその一瞬を待った。




 この時間が好きだ。




 銃を構えて獲物と向き合い。ただ照準を合わせるだけの機械と化するこの感覚が、かつて祖国日本でまたぎをしていた頃の記憶を呼び覚ます。




 引き金を引く。




 乾いた音と供に吐き出された光の弾は、怖いくらい速見の予測したラインを忠実になぞり飛んでゆき、獲物である猪型の魔物デッドボアの心臓を破壊した。




 いや、この銃は普通の銃では無く魔法武器が変化した姿なのだ。




 思った通りに弾が飛ぶなんて当たり前・・・もしかしたら上手く使えば弾道を曲げる事さえ可能かもしれない。




「・・・さて、飯にするか」




 あの日から、速見はこうして山にこもって生活をしている。




 勇者から告げられた衝撃の事実は、今もなお速見の心に深く突きささっていた。




 時間が必要なのだ。




 乱れた心を癒やすために、そして思考を整理するために・・・。




 そんな速見に対して、意外にも主であるクレアは何も言ってこなかった。あの日任務から帰ってきた速見がよほど死んだような顔をしていたのだろうか。むしろ気遣う様子までみせるほどだった。




「・・・はは、世界を滅ぼす魔神に気遣われてちゃ話にならんな」




 惨めだった。




 今の速見はボロボロだ。




 だから何も考えぬよう、こうして昔を懐かしみながら猟などをして暮らしている。




 薪を組み、火を起こしてからその横で仕留めたデッドボアの解体をする。人間だった頃より格段に身体能力が上がっているせいか、解体作業は思っていたよりも楽に終わった。




(ああ、やっぱり俺はもう人間じゃ無いんだな)




 そんな当たり前の事実がこんな作業で分からされるとは思わなかった。何とも言えない気分になりながら、木の枝をナイフで尖らせて串を作り、ぶつ切りにしたデッドボアの肉をそこに差し込んでゆく。




 完成した串を薪の横に突き刺し、簡易的な串焼きの準備を整えた。コツは串を火に近づけすぎ無いことだ。焦げ付かないようにじっと見張りながら一仕事終えた速見は薪の横に腰を下ろした。




(こうしている間にも世界は滅びかかっているというのに・・・俺は一体何をやっているのだろう)




 頭ではこんなことをしている場合じゃ無いと分かっている。しかし心がついていかないのだ。




 そもそも速見は異世界から来たよそ者だ。この世界を救う義理なんて無くて・・・そして先の戦いで勇者が話していた情報を信じるのなら最早帰る場所すら無くなった。




 100年という月日、仮に元の世界に帰れたとしても家族も誰一人として生きてはいまい。速見の知る日本はすでに無くなっていたのだ。




(すでに帰る場所も無く、この世界にとってもよそ者だ・・・もう正義を気取る必要も無いのかもしれないな)




 そもそもクレアには命を救って貰った恩がある。何をすべきかもわからなくなった今、その恩だけでも返さねばならないだろう。




 それが空っぽの自分にできる唯一の生き方かもしれない。




 速見がぼんやりとそんな事を考えていると、肉の焼ける良い香りが辺りに漂いだした。




「おっといけねえ」




 慌てて肉の具合を確認する。




 どうやら少し焦げ付いたみたいだが、問題なく食べられそうだった。




 火から外した熱々の肉を頬張る。




 溢れる肉汁と、味付けのされていない野性的な肉の風味が口中に広がった。




「・・・・・・グルルル」




 速見が焼けた肉を堪能していると、野性の肉食獣を思わせる低いうなり声。そしてのっそりと茂みから姿を表したのは灰色の毛並みを持つ大型の狼。




 一匹だけでは無い、速見を囲むように一匹また一匹と現れてはゆだんなく速見の周囲をぐるぐると回り始めた。




(肉の臭いにつられてきたのか? だが・・・)




 残念ながら今の速見にとって、この程度の相手では敵にすらなり得ない。落ちついた様子で肉を嚥下すると残った串をポイと背後に投げ捨てて横に置いていた ”無銘”を手に取る。




「・・・犬っころども、残ったデッドボアの肉はくれてやってもいいが、俺に襲いかかるようじゃ命は無いと思えよ?」




 そう言い放ち、懐からタバコを取り出して口に加える。




 狼が大人しく肉を食って立ち去るなら良し。もともと一人では食い切れない量だ。野性の獣にくれてやるのもいいだろう。 




 のんびりとタバコに火をつける速見の姿が癪に触ったか、天性のハンターである狼はその鋭い牙を向いて余裕を見せている速見に襲いかかった。




「・・・ったく、死に急ぐ事もあるまいに」




 背後から飛びかかる狼の一撃を振り向きもせずに回避する速見。その右目は紅く輝いていた。




 素早く立ち上がった速見は、攻撃後の隙だらけな狼に向かって蹴りを放つ。




 人ならざる脚力によって放たれた蹴りは、優に100キロはあろうかという狼の巨体を数メートルほど吹き飛ばした。




 骨が数本折れたのだろう。死んではいないようだが痛みのあまり立ち上がれない狼を庇うようにして仲間の狼が速見の前に立つ。




「・・・ったく、やめておけよな」




 別に非殺主義という訳でも無い。




 手にした ”無銘”を構えようとしたその時、茂みの奥から一際大きな狼の遠吠えが聞こえた。




 その声を聞いた瞬間、速見の周囲を囲っていた狼たちの身体がぶるりと震えた。そして何かに怯えるようにその場から離れてゆく。




「・・・何か来やがるみたいだな」




 そしてソレはやってきた。




 ゆっくりと茂みをかきわけて姿を現したのは、白銀の毛並みをした一匹の白狼だった。




 大きさは先ほどの狼と同じほどだろうか。しかしその姿は先ほどの野性味溢れる狼と違い、品位と神々しさに溢れていた。




 知性を称えた薄緑色の瞳が速見をそっと見据える。




 速見は静かに無銘を構えながら相手の出方をうかがい・・・やがて何に気がついたように唖然と口を開けた。




「・・・・・・お前、太郎か?」




 その言葉を聞いた白狼は嬉しそうに近寄ってくると、速見の足に頭をスリスリとなすりつけ、懐かしいあの鳴き声をあげた。




「ワフッ!」





































「おかえり下僕。もう山ごもりは終わりかい?」




 久しぶりに帰宅した速見に、家の主クレア・マグノリアは柔らかな笑みで迎え入れた。




「・・・ああ、色々と迷惑をかけたな」




「おやおや、ずいぶんとマシな顔つきになったね。・・・もしかしてそこのペットのおかげかな?」




 そう言って速見の隣に寄り添った太郎の頭を撫でるクレア。太郎は眼を細めて嬉しそうに「ワフッ」と鳴いた。




「お腹すいたろ? ご飯にしようか」




 こうして速見はクレアの元に戻ってきた。




 足下に寄り添う太郎の体温が、その心を柔らかくほぐしてくれる気がしたのだった。














しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...