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錬金術師

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 錬金術師カルロス・アルキミアは一人辺境の山を探索していた。




 頭の禿げかけた中年の小男。一目見ただけではどこにでもいそうなパッとしない容姿だが、彼はかつて魔術学院で教鞭をとっていた事もある凄腕の錬金術師だ。




 カルロスの野望はまだ誰も知らぬ未知なる分野で成功を収め、歴史に名を刻むこと。そのために長年勤めていた魔術学院を止め、一人で世界各地を旅している。




(しかし遠くまで来たものだ。・・・ここに私の求めているものがあるといいのだが)




 カルロスの目的は錬金術での大成では無い。




 そもそも錬金術師の家系に生を受けたから、なし崩し的に錬金術を学んできただけで、特段この分野に何の愛着も無いのだ。




 彼の探すものは、何でもいいから自分が歴史に名を残せる新たなる発見。




 そうやって各地に足を運び、やってきたのが此処。極東の島国、ヤマト国と呼ばれる辺境の地だ。




 ここにたどり着いてからカルロスがまず行ったのは、現地人への聞き取り調査。




 ヤマト国の生活、慣習、歴史、伝説。一見彼の目的には何の関係も無いそれらの情報は、時として思いも寄らない発見につながることがあることをカルロスは知っている。




 そして得たのがこの地域の固有種 ”鬼” と呼ばれる亜人の存在。




 どうやら少しタイミングが悪かったようで、この国で最後に残った鬼達は先日ドロア帝国の軍によって討伐されたようだが、まだ住処だった山に新たな発見が残っているかもしれない。




 そう考えたカルロスはこうして山登りをしているのだ。




(しかしこの気温はどうにかならないものか。暑すぎてどうにもたまらん)




 もともとカルロスはインドア派なため、体力に自信が無い。それにこの国は湿度が高く、ムシムシとした熱さが彼を悩ませている。




 衣服は汗でべったりと張り付き、額から絶え間なく流れる汗は定期的に拭わないと視界を阻害するほどだ。




 しばらくして何やら開けた場所に出た。




 否、開けたというか元々密集していた木々を、強大な力を持った何者かがなぎ倒して出来た空間といった方が正しいだろう。




 そこにあったのは乾いた血の跡と折れた木々、踏み荒らされた雑草。戦闘の爪痕だった。




 人間の死体などは見当たらない事から、もしかしたらドロア帝国の軍団が帰国する前に回収していったのかもしれない。それとも野性の獣に食われたと考える方が妥当か。




 カルロスはじっくりとその場を検分する。




 半ばからぽっきりと折れた巨木には人とも獣とも見える足跡がくっきりと残っていた。この足跡の持ち主が ”鬼” なのだろうか?




「・・・鬼の死体はドロア帝国が持ち帰ったのだろうか?」




 それならばいっそこれからドロア帝国に渡るのもいいかもしれない。魔術学院に勤めていた時につくったコネクションで、ドロア帝国の上部とコンタクトを計る事は出来る。




 こんな辺境でこそこそ調べ物をするよりは有意義な時間が過ごせそうだ。




 そう決断したカルロスは山を下りようと振り返り、そこであるものを発見した。




 木々の隙間から差し込んだ陽光を反射した金属の輝き。彼はそこに近づき、落ちていたソレを拾い上げる。




 ソレは見たことも無いものだった。




 細長い金属の筒。その物体の一部は緩やかに湾曲しており平たくつぶれていた。




「・・・なんだこれは?」































 山で拾った謎の物体を持ち帰ったカルロスは、宿屋の一室で引きこもってその物体の解析を行った。




 カルロスの持つ豊富な知識や錬金術による解析、そして長い時間をかけてたどり着いた答えに彼は興奮で顔を紅くする。




「なんという!! 素晴らしいぞこの道具は!」




 それは武器だった。




 今まで見たことの無いその武器は、鉄の塊を飛ばして遠くにいる対象を破壊するというもの。




 人間に対する殺傷力は高いがそれでも魔法に比べるとどうしても威力は落ちる。対魔物用に使うことはないのだろう。




 しかしこの武器の真骨頂はその威力では無い。




 取り扱いの簡単さだ。




 剣も魔法も、それを取り扱うためには相応の修練がいる。優れた兵を育てるのには時間と金がかかるのだ。




 その点、この武器にはそんな面倒な時間は必要ない。




 たとえば昨日までクワを握っていた百姓が今日この武器を持ったらすぐにでも人を殺せるだろう。




 誰が使っても、平等に人を殺すことができる。




 即ち・・・・・・




「コレを量産できたなら・・・戦争の意味がまるで変わってくる。私の名は確実に歴史に刻まれる!」




 カルロスの高笑いが夜の闇に響く。




 それは血と動乱の歴史の始まりを告げる鐘の音のようだった。













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