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魔弓

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「魔弓”無名”。ソレは作られてから誰にも使われることも無く忘れ去られた魔武器の一つだ。故に銘は無く・・・その在り方を定義することは誰にもできない」




 クレアのねっとりとした甘い声を聴きながら、速見は彼女から受け取った長弓を構えた。




 黒塗りのその弓は装飾の類いは一切無く、本当に魔法武器かと疑いたくなるほどにシンプルな見た目をしていた。




 ゆっくりと弦を引く。そして何も無かった空間にうっすら青白い光が点った。それはくるくると渦巻いてやがて一本の矢を形成する。




 速見は今魔王カプリコーンの城、その屋上から激しい戦場を見下ろしていた。狙うは敵の大将。米粒のように見えるその人物をスコープなしで狙撃する。




 深く深呼吸をした。




 一つ二つ。




 酸素を肺にゆっくりと染みこませ集中力を高める。




 一つ二つ。




 呼吸のリズムを身体に刻み・・・その時速見の視界に変化が起こった。移植された右目・・・魔王サジタリウスの千里眼がその効果を発動。視界が一気に開け、今まで豆粒のようにしか見えなかった敵軍の大将の姿がはっきりと視認できる。




「くくっ・・・どうやら馴染んだみたいだね。それが魔王サジタリウスの千里眼。効果範囲なんてみみっちい物は無い。お前がもっと研鑽を積めば例え敵が世界のどこに居ようと視認することが可能さ」




 凄まじい能力だ。




 世界のどこに居ようと視認可能・・・つまりこの魔眼を持つ者から逃れるすべは無い。




「・・・問題はこの弓の射程範囲だ。とどくのか? この距離の相手に」




 速見の疑問にクレアはそっと笑って速見の肩に手を置いた。




「届くさ、先も言ったけどその武器は”無銘”。まだ何者でも無く、故に何にでもなれる。お前がどこまでも届く弓を欲するならそうなるだろう」




 何者でも無く




 何にでもなれる




 その言葉を心の中で反芻し、速見は矢を放った。




 青白く輝くその矢は細長い光りの尾を引いて飛んでゆく。




 どこまでも




 どこまでも




 そして千里眼で捉えた敵軍大将の右肩を光りの矢が貫いた。




「・・・・・・外したか」




 まだこの武器の扱いに慣れていない。




 本来なら頭を打ち抜いて即死させるつもりだった。肩を打ち抜いたとて無駄に苦しませるだけで死には至らない。




「・・・ようご主人様。アンタさっきこの弓は俺が望めば何でもできるっていったよな」




 速見の言葉にクレアは頷いた。




「まあ原理的には可能だね。その限界を決めるのはお前の潜在能力しだいさ」




 全ては自分次第・・・




 速見はニヤリと笑みを浮かべ、弓を斜め上空へ向かって構えた。




(この武器での正確な射撃はまだ不可能・・・ならば)




 ゆっくりと弦を引く。するとそこに現れるは光の矢。




 先ほど放ったソレより格段に太い矢が上空に向かって放たれた。




 それは美しいゆるやかな放物線を描いて戦場の空へ飛んでいき、一定の高さまで上昇した後、無数の矢に分裂して戦場に降り注いだ。




「ひゅう、容赦ないねお前。これじゃあ敵味方関係なく死ぬんじゃないか?」




 面白そうにそう呟くクレアに速見は感情を込めない淡々とした口調で答えた。




「関係ないな。いちいち味方に警告してから打つのでは敵に逃げる余裕を与えてしまう。魔王軍の戦線はほぼ壊滅状態だったし、これで死んでいった兵士なんて微々たる犠牲だろ? そのまま放って置いたらもっと死んでいただろうしな」




 それに速見に魔物を殺して痛める心なんて無い。




 命令に逆らえない都合上魔王の味方をするが、別に心から魔族側の仲間になったつもりは無い。




 仕事はするが、別に魔物を気遣うなんてことをするつもりは無いのだ。




(見てろよ女狐。今はどうしようもないが、隙あらばその寝首を掻き切ってくれる)




 クレアをちらりと睨み付け、速見は弓を背中に背負った。




 戦場を見下ろすと、どうやら生き残った敵軍は撤退を始めたようだ。




「おお、何者かと思えば魔神様でございましたか!」




 背後からかけられた声に速見は振り返る。




 そこに立っていたのは山羊の頭を持った魔族。




 煌びやかな鎧を着込み、腰には人の背丈ほどもある大鉈を下げている。




「魔王カプリコーン。久しいな。助けに来てやったぞ」




 クレアが気軽な様子で魔族に声をかけた。




 どうやらこの山羊頭の魔族が魔王カプリコーン。この魔王城の主であるらしい。




「助かりました魔神様・・・このままではこの我が輩が戦場に出るしか無いと腹をくくり、戦闘準備を行っていたところです」




 カプリコーンは深々と頭を下げ、今ようやく気がついたとばかりにクレアの隣にいる速見に眼を向けた。




「ところで魔神様。こちらの人型の魔族はどなたでしょうか?」




 人型の魔族・・・魔王カプリコーンの眼に速見はそう映ったのか。まあ魔神の隣に人間がいるとは考えないだろうから、そう考えるのは自然な事だと頭では理解しながら、しかし速見は複雑な気持ちで会話を聞いていた。




「ああ、コイツはアタシの新しい従僕だ。専属のボディーガードにしようかと思ってな、性能を確かめるためにさっきの軍を殲滅させたのさ」




「・・・ほほう、それはそれは」




 カプリコーンは速見をしげしげと眺めた。




「従僕殿、先ほどの攻撃はお見事。名をお聞かせ願えますかな? 我が輩は魔王カプリコーンと申します」




「・・・速見純一だ。よろしくなカプリコーン」




 奇妙な感覚だった。




 相手は人類の敵。その大将である魔王だ。




 そんな恐ろしい存在の魔王と気安く会話をしているこの状況に、速見は奇妙なむずがゆさを感じるのであった。




「さて、顔合わせは住んだ事だしアタシ達はもう帰るぞ」




 クレアの言葉にカプリコーンは頭を下げた。




「はっ。この度は助太刀誠にありがとうございました」




 魔王の様子を満足げに見て、クレアは速見の肩に手を乗せると力のある古代の言葉を二言三言唱える。




 次の瞬間足下に生まれた闇の穴に二人の姿は吸い込まれ、その場から姿を消すのであった。




「・・・世界中どの場所にでも瞬時に移動できる転移魔法。あのお方のオリジナル・・・か。正直その力だけでも十分恐ろしいお方だ」




 二人の消えた空間を見ながらカプリコーンはポツリと呟いた。




 そして魔王城の屋上から先の速見の攻撃で穴だらけになった戦場後を見下ろす。




「・・・・・・速見純一か」




 凄まじい攻撃だった。




 あんな範囲の攻撃が気軽に打てるようなら、軍団など何の意味もなくなってしまう。個で軍を上回るその脅威に、カプリコーンは一つ身震いをするのであった。










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