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酒盛り

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「航海は順調に進んでいる。このまま何事も無ければ明後日にはヤマト国にたどり着けるだろう」




 ドロア帝国騎士長クリサリダは、割り当てられた船室で豪華な椅子に腰掛けながら側で話を聞いている大男に語りかけた。




 机の上に置かれた二つのグラスに琥珀色の酒を並々と注ぎ、大男・・・元傭兵の兵士、バース・アロガンシアに片方のグラスを渡す。




 バースは軽く会釈をしてグラスを受け取ると一気に飲み干した。




「おいおいバース。一応それ高い酒なんだけどな」




 苦笑いするクリサリダに、バースは肩をすくめた。




「すいませんね。俺は野蛮なもんで酒は酔えれば高いも安いも一緒なんですわ」




「まあいい。それで鬼の討伐の件なんだが・・・奴らが根城にしている山から逃さないように部隊をいくつかに分けて挟み撃ちにする予定だ。そのうちの一つをお前に任せたい」




「・・・へえ。いいんですかい? 俺みたいな下っ端に部隊を任せて」




 バースの言葉にクリサリダは薄く笑うと手にしたグラスに口をつける。ゆっくりと琥珀色の液体を口に含み、その芳醇な香りを楽しんだ。




 高い酒ほど飲みやすく、どちらかといえばアルコールが得意ではないクリサリダが好む酒は必然的に値段が高いものに限られた。




 口に含んだ酒を嚥下してから口を開く。




「構わないさ。バース、ここにはお偉い貴族様や面倒な上司はいない。知っているのだよ、お前が私より戦闘能力も指揮能力も高いということくらいな。遠慮することはない、好きに暴れたら良い。卑しい生まれだからとか、新入りだからとかいう理由で有能な者がその真価を発揮できないなんて悲劇じゃないか」




 バースは澄んだ瞳でクリサリダの顔を覗き込む。その表情は様々な感情が入り乱れて泣きそうな顔にも見えた。




「・・・騎士長。俺の体には半分巨人の血が流れています。ハーフ亜人は嫌われ者だ、正式にドロア帝国に兵として仕えてはいますが・・・きっと俺はこのまま出世は出来ないでしょう。アナタはそれをわかっていながらそんな事を言っているんですか?」




 真剣なバースの言葉にクリサリダは無言で手にしたグラスを見つめ、それを一気に飲み干した。




「何度も言わせるなバース。私はそういう下らない理由で優秀な奴が真価を発揮できないという事がたまらなく嫌なんだよ」




 そして机の上に置いてある酒の瓶をバースに渡す。




「ほら、くれてやる。安酒を一気にあおるのも良いが、たまにはこういうのをちびちびやるのも悪くないぞ?」




 そう言い残してクリサリダは部屋から出て行った。




 後に残されたバースはしばらく手元の酒瓶を見つめ、ため息をついてからグラスにその中身を注ぐのだった。


































 ハヤミは船のデッキに上がり、空に浮かぶ満月を見上げた。




 元の世界と変わらず美しいその姿を見つめ、手元のタバコに火をつける。側に置いた安酒の瓶を直接呷り喉を焼く強いアルコールに顔を緩めた。




「月見酒とは洒落ているなハヤミ」




 背後からかけられた聞き慣れた声に速見は振り返らずに答えた。




「またタバコを貰いに来たんですか騎士長どの?」




 そう言ってタバコを一本取り出してクリサリダに差し出す。クリサリダはそれを受け取ると火をつけて煙を大きく吸い込んだ。




 ゆっくりとそれを吐き出しながら速見の隣に並ぶ。




「船は順調に進んでいる。このまま何事もなければ明後日にはヤマト国にたどり着くだろうな」




 そう言って速見の隣に置かれていた酒瓶を勝手に取ると一口飲み込んだ。




「・・・まずいな」




「そうでしょうな。安酒ですから」




「そうか・・・そうだな。たまにはこういうのも悪くはない」




 しばらく無言で互いに月を見上げる。




 時間はゆっくりと流れていき静かな波の音と潮の香りだけがここが船の上であるという事実を感じさせる。




 ぽつりと小さな声でクリサリダが呟いた。




「・・・ハヤミ、逃げても構わんぞ」




「・・・・・・今何と?」




 聞き間違えかと思い振り返るその視線の先には、真剣な顔をしてこちらを見つめるクリサリダの双眸があった。




「正直な話、今回の勝率は良くて五分・・・仮に勝ったとしても多くの死者が出るだろう。ハヤミ・・・お前は死にたくないとそう言ったな? 無理することはない。もし戦場で逃げる者がいても俺は追わないだろう」




「なぜそんな話を俺に? 指揮官としては失格ですよそれは」




 速見の言葉にクリサリダはふっと表情を崩すと立ち上がった。




「ここは我が祖国から遠い。面倒な上司も貴族どももいない・・・そんな地で上等な指揮官を演じる必要もないだろう?」




 そして短くなったタバコを海に投げ捨て、クリサリダは速見に背を向ける。




「おやすみ。酒もほどほどにしておけよ」




 一人になった月明かりの元、速見は静かに月を見上げた。




 戦に参加する気なんてもともと無かった。




 でもあんな事を言われては反発心も出てくる。




「・・・しょうがない。船代くらいは働くか」




 隣ですやすやと寝ている太郎を撫で、新しいタバコに火をつけた。














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