16 / 83
出航
しおりを挟む
大型船が三隻。
乗っている兵士の数は総勢で三千といったところか。
相当な大所帯だ。そして長い船旅になるだろう。しかし速見に割り当てられた部屋は小さな部屋に無理矢理三人の人間を押し込めているので息苦しくてしょうがない。就寝時以外の時間をこの部屋で過ごしていたらすっかり気分が滅入ってしまうだろう。
速見は狭い部屋を出て船のデッキに上がり、広がる青空を眺めて深く息を吐いた。
(俺が船酔いしない体質で助かった。じゃなきゃこんな長い船旅絶対やらないもんな)
陽光を反射して海面がきらきらと輝いている。穏やかに波打つその水面を見ながらタバコを一本取り出して火をつけた。
晴天の日の海は少し眩しい。
目を細めながらタバコの煙を吸い込み、そっと吐き出した。
「ハヤミだったかな。私にも一本くれないか?」
声をかけられて振り向くと、そこには速見の試験を担当した試験官の男が立っていた。どうやら同じ船に乗っていたらしい。
「どうぞ」
速見は快くタバコを一本差し出す。男は礼を言うとタバコを受け取り口にくわえた。速見は持っていたマッチで男のタバコに火をつけてやり、しばらくの間二人は無言でタバコを吸う。
「・・・ヤマト国は遠い。この長い船旅の間、我々に仕事はないからな。雇った船乗りにすべて任せてのんびりとしているだけだから暇なのだよ」
タバコの煙を吐きながら男はそう言った。
「そうですか、そんで?俺のとこにはタバコを吸いに来たんです?」
「まあそれもあるが・・・少しアナタと話をしたくてね。かつて冒険者だったという話だが・・・失礼ながらハヤミという名前に聞き覚えが無くてね。無名の冒険者にしては試験の時の射撃は見事なものだったから少し気になったんだ」
男の言葉に速見は肩をすくめる。
「なに、それだけが取り柄です。力が強いわけでも剣術に優れているわけでもなく、魔法も使えない。ただ長年の戦闘経験から周囲の環境を利用する事に長けている事と、敵の意表をつく小技をいくつか持っているというだけで20年ほど冒険者をやっていた、ただの雑魚ですよ」
そもそもこの世界に来た当初は言葉すらわからなかった。その問題を解決するのにすら長い時間が必要だったのだ。
「なるほどな。だけど20年も五体満足で冒険者を続けられるというだけで素晴らしい事だと私は思う。アナタ自身が言うように戦闘能力に秀でている訳ではないのだろうが・・・それでも生存能力は高いと私は考える」
速見は感心していた。
この男は短時間の邂逅で速見の本質をある程度理解していたのだ。
速見の強みは戦闘能力では無い。適応能力と幅広い知識にある。
どんな場所でも生き延び、適応していく力。それが速見を五体満足で20年生き残らせた。そして自分の事をよく知っているからこそ危機を回避する事ができるのだ。
「・・・怖い人だ。ほんの少しの会話でそこまで推測するなんてね」
「ふふ、失敬。警戒させてしまったかな。しかし狙撃が得意というのなら魔力の付与された弓などを使えばより強くなれるのでは?」
「魔法武器か・・・確かに理想なんですが。あれは滅多に市場に出回らないし、自分で遺跡に潜って探すとなるとどうしても命の危険がつきまとう。俺は死にたくは無いんでね、力に未練が無いわけじゃないけどそれでも命にはかえられません」
そう、死ぬのはごめんだ。
思い出すかつての記憶
むせかえるような暑さ
血と硝煙の臭いと次から次に死んでゆく友の姿
死にたくない
生きていたい
若き速見に刻まれたこの世の地獄の光景は、彼の今後の人生へ大きな影響を及ぼした。
「なるほど、死にたくない・・・ね」
速見の話を聞いた男はずいっとその顔を速見の耳元に寄せてささやく。
「では何故こんな危険な戦に志願した? まさか敵がたった4人と聞いて慢心したか?」
「・・・そういえばその敵について詳しく聞いていませんでしたね。何者なんですか? その敵とは」
「・・・話を逸らしたな。まあ、答えたくないならそれでいい。・・・敵についてだったな。今回の敵はヤマトの地で古くから恐れられている怪物・・・名を”鬼”という」
「・・・鬼?」
そう聞いて速見が思い浮かべたのは祖国に伝わる妖怪の姿。額に角、屈強な体に虎の皮で作ったふんどしをつけたそんな鬼がこの世界にもいるというのか。
「そう鬼だ。どうやらヤマト国に生息する固有種の亜人らしい。個体数こそ少ないがその強さは異常なほどで、一度暴れ出すとそいつが疲れて帰るまで誰にも止められない天災のようなものらしいな。現にこの間我が国の軍二千人が4人の鬼に敗走している」
男の言葉に速見は一つの疑問を覚える。
「何故その情報を提示しないのですか?」
兵を募集する張り紙には今回の敵について詳しく書かれていなかった。
「簡単な話さ。それを知ろうが知るまいが募集兵のやることは変わらない。むしろ知らないほうが恐怖が減って動きがよくなるからな。もちろん聞かれたら答えるが、敵を知ろうともしない愚か者にわざわざ教えてやる必要もないだろう?」
冷たい考え方だ。だが非道だとも思わなかった。少なくともここにいる全員が死を覚悟して参加しているのだ。知らなかったで済まされるほど甘い戦では無い。
「騎士長、ここに居たんですか」
男と速見が無言でタバコを吸っていると、後方から野太い声が聞こえた。
見ると小山のような大男がこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「・・・騎士長?」
速見は隣の男を見つめた。
「はは、そういえば自己紹介がまだだったな」
騎士長と呼ばれたその男は爽やかに笑うとその右手を差し出した。
「騎士クリサリダ・ブーパ。今回の遠征のまとめ役をやらせて貰っている。これからよろしくなハヤミ」
◇
乗っている兵士の数は総勢で三千といったところか。
相当な大所帯だ。そして長い船旅になるだろう。しかし速見に割り当てられた部屋は小さな部屋に無理矢理三人の人間を押し込めているので息苦しくてしょうがない。就寝時以外の時間をこの部屋で過ごしていたらすっかり気分が滅入ってしまうだろう。
速見は狭い部屋を出て船のデッキに上がり、広がる青空を眺めて深く息を吐いた。
(俺が船酔いしない体質で助かった。じゃなきゃこんな長い船旅絶対やらないもんな)
陽光を反射して海面がきらきらと輝いている。穏やかに波打つその水面を見ながらタバコを一本取り出して火をつけた。
晴天の日の海は少し眩しい。
目を細めながらタバコの煙を吸い込み、そっと吐き出した。
「ハヤミだったかな。私にも一本くれないか?」
声をかけられて振り向くと、そこには速見の試験を担当した試験官の男が立っていた。どうやら同じ船に乗っていたらしい。
「どうぞ」
速見は快くタバコを一本差し出す。男は礼を言うとタバコを受け取り口にくわえた。速見は持っていたマッチで男のタバコに火をつけてやり、しばらくの間二人は無言でタバコを吸う。
「・・・ヤマト国は遠い。この長い船旅の間、我々に仕事はないからな。雇った船乗りにすべて任せてのんびりとしているだけだから暇なのだよ」
タバコの煙を吐きながら男はそう言った。
「そうですか、そんで?俺のとこにはタバコを吸いに来たんです?」
「まあそれもあるが・・・少しアナタと話をしたくてね。かつて冒険者だったという話だが・・・失礼ながらハヤミという名前に聞き覚えが無くてね。無名の冒険者にしては試験の時の射撃は見事なものだったから少し気になったんだ」
男の言葉に速見は肩をすくめる。
「なに、それだけが取り柄です。力が強いわけでも剣術に優れているわけでもなく、魔法も使えない。ただ長年の戦闘経験から周囲の環境を利用する事に長けている事と、敵の意表をつく小技をいくつか持っているというだけで20年ほど冒険者をやっていた、ただの雑魚ですよ」
そもそもこの世界に来た当初は言葉すらわからなかった。その問題を解決するのにすら長い時間が必要だったのだ。
「なるほどな。だけど20年も五体満足で冒険者を続けられるというだけで素晴らしい事だと私は思う。アナタ自身が言うように戦闘能力に秀でている訳ではないのだろうが・・・それでも生存能力は高いと私は考える」
速見は感心していた。
この男は短時間の邂逅で速見の本質をある程度理解していたのだ。
速見の強みは戦闘能力では無い。適応能力と幅広い知識にある。
どんな場所でも生き延び、適応していく力。それが速見を五体満足で20年生き残らせた。そして自分の事をよく知っているからこそ危機を回避する事ができるのだ。
「・・・怖い人だ。ほんの少しの会話でそこまで推測するなんてね」
「ふふ、失敬。警戒させてしまったかな。しかし狙撃が得意というのなら魔力の付与された弓などを使えばより強くなれるのでは?」
「魔法武器か・・・確かに理想なんですが。あれは滅多に市場に出回らないし、自分で遺跡に潜って探すとなるとどうしても命の危険がつきまとう。俺は死にたくは無いんでね、力に未練が無いわけじゃないけどそれでも命にはかえられません」
そう、死ぬのはごめんだ。
思い出すかつての記憶
むせかえるような暑さ
血と硝煙の臭いと次から次に死んでゆく友の姿
死にたくない
生きていたい
若き速見に刻まれたこの世の地獄の光景は、彼の今後の人生へ大きな影響を及ぼした。
「なるほど、死にたくない・・・ね」
速見の話を聞いた男はずいっとその顔を速見の耳元に寄せてささやく。
「では何故こんな危険な戦に志願した? まさか敵がたった4人と聞いて慢心したか?」
「・・・そういえばその敵について詳しく聞いていませんでしたね。何者なんですか? その敵とは」
「・・・話を逸らしたな。まあ、答えたくないならそれでいい。・・・敵についてだったな。今回の敵はヤマトの地で古くから恐れられている怪物・・・名を”鬼”という」
「・・・鬼?」
そう聞いて速見が思い浮かべたのは祖国に伝わる妖怪の姿。額に角、屈強な体に虎の皮で作ったふんどしをつけたそんな鬼がこの世界にもいるというのか。
「そう鬼だ。どうやらヤマト国に生息する固有種の亜人らしい。個体数こそ少ないがその強さは異常なほどで、一度暴れ出すとそいつが疲れて帰るまで誰にも止められない天災のようなものらしいな。現にこの間我が国の軍二千人が4人の鬼に敗走している」
男の言葉に速見は一つの疑問を覚える。
「何故その情報を提示しないのですか?」
兵を募集する張り紙には今回の敵について詳しく書かれていなかった。
「簡単な話さ。それを知ろうが知るまいが募集兵のやることは変わらない。むしろ知らないほうが恐怖が減って動きがよくなるからな。もちろん聞かれたら答えるが、敵を知ろうともしない愚か者にわざわざ教えてやる必要もないだろう?」
冷たい考え方だ。だが非道だとも思わなかった。少なくともここにいる全員が死を覚悟して参加しているのだ。知らなかったで済まされるほど甘い戦では無い。
「騎士長、ここに居たんですか」
男と速見が無言でタバコを吸っていると、後方から野太い声が聞こえた。
見ると小山のような大男がこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「・・・騎士長?」
速見は隣の男を見つめた。
「はは、そういえば自己紹介がまだだったな」
騎士長と呼ばれたその男は爽やかに笑うとその右手を差し出した。
「騎士クリサリダ・ブーパ。今回の遠征のまとめ役をやらせて貰っている。これからよろしくなハヤミ」
◇
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる