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悪の敵

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 パワーはウルフを持ち上げたまま壁際まで移動するとそのまま掴んだ頭部を壁に力一杯叩きつける。




 ミシリと壁に大きなヒビが入り、あまりの痛みにウルフが悶絶した。




 右手でウルフの頭を掴んだまま左拳を握り締めるパワー。放たれるは必殺のボディブロー。内蔵まで響くその一撃。




 パワーはパッと頭を掴んでいた右手を離すと身をかがめたウルフの頭部に鮮やかな回し蹴りを撃ち込んだ。




 ドウと力なく倒れるウルフ。




 圧倒的だった。




 彼の能力は ”力こそ全て”(ザ・パワー)




 純粋な筋力強化の超能力。




 シンプル、故に使い勝手が良く強力な力だ。




 勝負はついたと判断したパワーが腰のポーチから無線機を取り出してボスへの連絡を図る。即ちこの侵入者の処理をどうするのか。




 しかし明らかに致命傷のダメージを負ったはずのウルフがゆっくりと立ち上がった。その目の光りはまだ消えていない。




「・・・思ったより頑丈ね。少し手加減しすぎたかしら」




 立ち上がったウルフの姿を確認したパワーは無線機をしまうと両手を握り締め、両手を頭の横に構えた。それはボクシングのソレと言うよりもどちらかと言えばムエタイの構えを思わせる形だった。




「・・・認めよう貴様は強い。普段の俺だったら勝てなかったかもしれないが・・・運が悪かったな出会ったのが今日だった事を呪うが良い」




 ポツリと呟いたウルフの言葉にパワーは眉をひそめる。




「あら? 今日は何か特別なのかしら」




 嘲るようなその言葉にウルフはゆっくりと頷いて背後の窓を右手の親指で指さす。




「残念ながら今日は満月だ」




 窓の外に広がる夜空。




 漆黒の闇に美しい真ん丸な月が浮かんでいる。




 そう




 今夜は満月なのだ。




「アォオオォオオン!!」




 ウルフの喉から高らかな遠吠えが迸る。




 それは醜い彼の外見に似合わぬ、心にスッと染みいるような透明な響きを持っていた。




 そして




 変化が始まる。




 牙や爪はその鋭さを増し、体毛がワサワサと伸びてくる。骨格はさらに組み替えられより大きく頑丈に、筋肉は大きく隆起してもはやその身体がはち切れんばかりだ。







 能力 ”月よ我が野性を照らせ”(ワイルド)







 基本的には能力者の肉体を獣のソレに変化させる能力なのだが、その力は月の満ち欠けによって大きく左右される。




 満月の時彼の能力は本来の力を発揮するのだ。




 変化を終えたウルフはより明瞭になった視界でパワーの姿を捕らえると一瞬で間合いを詰めて彼の胸ぐらを掴みあげる。




「ちょっ・・・何を・・・」




 バタバタと暴れるのをモノともせずにウルフはそのままパワーを窓に向かって放り投げた。 野球の投球を思わせるそのフォーム。




 192センチメートル105キログラムの巨体が猛スピードで飛んでいき、窓を突き破って外に落ちていった。




 ここはビルの上層階である。生存は絶望的だろう。




「邪悪滅ぶべし・・・」




 ちらりと割れた窓を一瞥したウルフはくるりと背を向けて歩き出す。




 目的は先ほどの男では無い。 




 ビルの見取り図を思い出し、向かう先は社長室。この組織の長、近年まれに見る巨悪の殲滅こそがウルフの目的だった。
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