上 下
24 / 70

悪の敵

しおりを挟む
 ボサボサの黒髪にキリリとつり上がった眉。その鋭い眼光でじっと曇り空を見上げて男は小さくため息をついた。




 使い古した茶色の革ジャンの乱れを直し華やかな街から背を向けて薄暗い路地裏へとゆっくり歩を進める。




 男に名は無かった。




 かつて安穏に平和をむさぼっていた時にはあったのだが、とある事件をきっかけに男は自らの名を捨てたのだ。




 便宜上、男は自分の事をウルフと名乗っている。
















 ウルフは行き慣れた路地裏の道をスイスイと進み、やがて目的の場所にたどり着いた。




 そこは寂れた酒場。




 華やかな表道の店とは違い、その外装はボロボロ。看板に書かれた文字は風化してペンキが剥がれまともに読めない。




 そんな店に入り浸る客もまともな筈が無く、客のほとんどが経歴に傷のある犯罪者か分け合って表の店には入れない爪弾き者ばかりだ。




 本当はこんな不浄な店ごと潰してしまいたい。




 しかしウルフは自身の内側から沸き上がる破壊衝動を必死に押さえつけた。




 確かにこの場所は不浄だ。しかし感情にまかせてこの場所を破壊するわけにはいかない・・・この場所は上手く使えば中々役に立つことをウルフは知っていた。




(この街にはびこる巨悪をすべて駆逐した後この店を潰す・・・それまではせいぜい利用してやるとしよう)




 落ち着きを取り戻したウルフは店のドアを勢いよく押し開けた。




 さび付いていたのかドアは思ったより大きな音を立てて開かれる。中で酒を飲んでいた強面の男達がウルフを見る。しかしウルフがその鋭い眼光でギロリとにらみ返すと、そのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか男達は気まずそうに目をそらした。




 その情けない様子にフンと鼻を鳴らしたウルフは真っ直ぐに酒屋のマスターの元まで歩いて行く。そして顔なじみのマスターに声をかけた。




「よお、アイツはもう来てるかい?」




 ウルフの言葉に無言で頷いたマスターはジェスチャーで奥の部屋を指し示した。ウルフは小さな声で礼を言うと紙幣を数枚握らせる。




 そしてズンズンと奥まで歩いていくと部屋のドアを押し開けた。




 中は小さな個室となっており、店の汚さに比べると比較的小綺麗に片付けられている。いわゆるVIPルームという奴だろうか。革張りのソファーには一人の男が腰掛けていた。




 顔の三分の一を占めるような大きな黒いサングラスをかけたその男はどうやらアジア人のようだ。




 薄い唇に胡散臭い笑みを浮かべた男は大きく手を広げて友好の意を示した。




「おオ、これは我が友ウルフ。よく来てくれたネ」




「ああリー、久しぶりだな。今日もよろしく頼む」




 このアジア人は自らをリーと名乗る情報屋だ。




 リーは見ての通り胡散臭い男だが、彼の持つ情報は驚くべき精密さを誇っており、値は張るが信頼できる情報屋である。




「今日は何が知りたいんダ?」




 リーの言葉にウルフはゆっくりと向かい合うようにソファーに腰掛けると今回の依頼を切り出す。




「ソードという男について知りたい。偽名かもしれんが・・・裏の社会の人間で、超能力を持っている。恐らく身体の一部を刃に変える能力だ」




 その言葉を聞いたリーは出会ってからずっと浮かべていた胡散臭い笑みを引っ込めた。そしてウルフの顔をジッと見つめると真剣な顔でポツリと呟く。




「本当にそいつについて知りたいのかイ?」




「ああ、悪は滅ぼさなくてはならない」




 しばらくジッとウルフの顔を見つめていたリーは彼が本気だと悟ったのだろう。大きなため息をつくと立ち上がった。




「ウルフ、君の実力は知っているつもりだが・・・今回ばかりは相手が悪いと言わざるを得なイ。私の見立てだと十中八九君は勝てないだろウ。そのソードという男が強いというばかりでは無イ。そいつが所属している組織の規模が桁外れなんダ」




 今までに無い真剣なまなざし。大規模なマフィアを潰すと言った時もヘラヘラと笑っていたリーの、今までに見たことの無い表情だった。




「お前がそこまで言うならそうとうな敵だろう・・・しかしだからこそ俺はやらねばならぬ。悪は、この世から滅さねばならない」




 ウルフの目に浮かんだ狂う惜しいまでの殺意。




 リーはぶるりと身を震わせてウルフの隣に座った。




「わかったわかっタ。そこまで言うなら教えよう。ただし相手はこれまで以上に強力だと理解しておいてくれヨ」




「ああ」




 リーは頷いたウルフを見ると懐から何か封筒のような者を取り出してウルフの手に握らせた。




「頑張って、金はいつもの場所に頼むヨ」




「助かるよリー。また頼む」




 そう言って出て行くウルフの姿を見て、リーは深くため息をついた。




「面白い奴なんだけどネ・・・・・・たぶん死んじゃうんだろうナ」










しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...