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県大会編3

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「こんな時に出てくるな」

 一刀は雅と意識が入れ替わった妖魔である玉兎に言う。
 雅の中には玉兎という妖魔が封印されている。
 普段は大人しく眠っているが、雅の力が弱まったり、ふとした拍子に入れ替わる事が度々あった。
 雅の姿をしていても中身は妖魔であり、直ぐに封印しなければならない。

「こんな見目麗しい妾が出てきたのに何という言葉じゃ」

 玉兎は手を目にやり、よよよよと泣く真似をする。

「兎に角、今は大変なときなんだ。大人しく戻れ」

「無理じゃな」

「なんでだよ」

「このまま戻る方法を妾は一つしか知らん。それが其方に今、出来るかのう?」

 玉兎に言われて一刀は言葉に詰まる。
 玉兎を封印し雅と入れ替わらせるためには一刀が雅の身体と交わり射精して、精気を補充し雅に力を与えなくてはならない。
 もし、今この場でやったら絶対に捕まる。
 この後も試合があり、事後のまま出たらバレて失格になってしまう。
 だが妖魔である玉兎を放って置くわけにも行かない。

「では参ろうか」

 一刀が逡巡していると玉兎はベットから立ち上がり、黒タイツに包まれた足を伸ばして歩き出し医務室を出て行く。

「ちょ、一寸待て」

 それを見た一刀も後を追っていく。

「勝手にうろつくな」

「他の妖魔がここに居るのじゃろう。被害が出る前に捕らえるなり、討滅するなりしなければならんのじゃろう」

「お前も妖魔だろう。大人しくしろ」

「それでもよいのじゃが。其方一人で探せるのかのう。これから試合じゃろう」

 一刀は言葉に詰まった。間もなく試合の時間であり戻らないと不味い。

「行くのじゃ。妖魔は妾が何とかする」

「そんな事出来るか。棄権してお前を封印して俺が見つけ出す」

「ダメじゃ」

 先ほどまでコロコロと笑っていた玉兎の顔が険しいものになった。

「約束したじゃろう。この大会で優勝すると」

「お前が勝手に宣言したんだろう」

「じゃが最後には其方も承諾したのじゃろう」

「そうだけどな……」

 玉兎が入れ替わったときに大会で優勝するよう言われ承諾した。大会で優勝したかったし全国大会にも行きたかった。なので承諾してしまったことに後悔は殆どない。

「ならば試合に出なければならぬな。この身体の持ち主の為にも」

「うっ」

 先ほど雅に試合に出ないと許さないと言われたことが一刀の頭の中でフラッシュバックする。
 ここで棄権したら入れ替わりから戻った雅に怒られるだろう。

「行くのじゃ。妖魔は妾が抑えよう」

「お前が討滅するのか?」

「そうじゃ。問題あるまい」

「大丈夫なんだろうな」

「妾の力を知らぬのか?」

 力に関しては心配していない。他の妖魔を瞬殺するほどの力を持っている玉兎だ。大概の妖魔は撃退できる。
 だが力が強すぎて周囲に被害をもたらしやすい。
 簡単に地面をクレーターだらけにしてしまう妖魔を大会会場に野放しにする方が危険だ。易々と一人にするのは一刀として認めない。

「妾の言う事が信用できぬのか」

「妖魔だからな」

「人間でも約束を破る者はおるからのう。ならば証を立てるかのう」

「証って……!」

 尋ねようとした一刀の唇を玉兎の唇に塞がれた。玉兎は一刀のの唇をそっと撫でると直ぐに離れた。

「今の口づけに誓って悪さはせぬし、妖魔を見つけ出そう」

「こ、こんなんでダマされると思うか。大体、大会優勝目指すのはお前が言ったからだろう」

「その通りじゃ。妾が其方に優勝するよう約束させ承諾させたのじゃ。じゃから妾には其方が優勝できるよう尽力する義務がある。其方が大会で優勝できるよう。その間、妾が見張り見つければ討滅しよう」

「だけどな」

 言い返そうとした一刀だったが、玉兎の有無を言わせぬ視線に黙り込んでしまった。
 妖魔を探さなくてはならないが、玉兎を放って置くわけにも行かないし、試合に出なければならない。
 何を優先すれば良いか考えようにも先ほどのキスの感触が混ざって纏まらない。

「行くのじゃ」

「……分かったよ」

 玉兎に強く言われて一刀は従った。

「だけど悪さはするなよ。回りに被害が出そうなら手出し厳禁だ」

 そんな台詞を残し、試合の時間が近づいてきたため、一刀は試合会場に向かって歩き出した。
 控え室で防具を再び身につけ、竹刀を持って会場へ。
 そして自分の番を待っている時だった。

「!」

 奥の試合場で妖魔の気配がした。

「試合の選手か」

 一刀が気が付くほどなのだから、非常に近い場所にいる。
 団体戦では感じなかったが個人戦で感じるという事は、個人戦の選手ではないかと推測する。
 推測を肯定するように奥の試合場で歓声が上がった。これまで無名だった選手が優勝候補を下したと言っている。
 恐らく妖魔に操られて試合に勝ったに違いない。今すぐ駆けつけたかった。

「次! 国邑高校伊庭一刀!」

「は、はい」

 呼ばれて一刀は試合の順番に並ぶ。
 本当は妖魔を追跡したいのだが試合を放棄するわけには行かない。
 一刀の頭の中は焦燥感で満たされる。
 試合までの時間を待つのがじれったい。自分の前の試合が激しいつばぜり合いで中々勝負が決まらず、時間が延びている。竹刀を押し合う時間が長いため審判に別れと言われて、初めの位置に戻ることが多い。その間、制限時間の時計は止められるため更に試合時間が無くなる。
 ようやく自分の出番になって速攻でせめてストレート勝ちを決めた。
 直ぐに控え室に戻って玉兎に合流して捜索に向かうことにした。

「次の試合まで短いので試合会場で待機して下さい」

 だがトーナメント制のため、試合が進むほど次の試合までの間隔が短くなるのが個人戦であり会場内での待機も多い。
 一刀は会場内に足止めされてしまった。



「ふむ、どうやら妖魔は試合の選手のようじゃな。本人か取り付いているのかは分からぬが」

 妖魔を探していた玉兎も先ほどの気配を察知しており、一刀と同様の結論に達した。
 雅の記憶からも同じような結論が出ておりまず間違いなかった。

「しかし、今まで気配が無かったのは、個人戦の選手のようじゃな」

 雅が気が付いたのは個人戦の最中だ。団体戦では一刀の応援をしていたにもかかわらず、察知できなかったのは妖魔が近くに居なかったからだろう。

「となると個人戦のみに参加している選手が怪しいのう」

 そういって玉兎はパンフレットで個人戦の選手を見て団体戦に参加していない選手を探そうとする。

「分からぬ」

 検証作業が面倒くさくて玉兎はパンフレットを放り投げた。

「ならば妾の流儀で行い、あちらに来て貰うかのう」

 玉兎は静かに自分の精気を膨らませ、闘気を乗せて周囲に放った。
 すると、先ほどの妖魔の気配がした。闘気を放った玉兎の方に注意が向いた。

「ふむ、気が付いたようじゃな」

 玉兎は相手が自分に向かってくるのを感じ取る。
 自らも歩みを進め戦いやすい場所、人気の無い場所へ向かう。
 来たところを取り押さえるのが玉兎の目論見だった。



「あいつ、大丈夫なんだろうな」

 一刀も玉兎の放った闘気を察知して目論見を看破していた。
 しかし自分の試合が迫っており、会場を抜けることができずにいた。試合相手がまだ来ていないので試合を速攻で終わらすことも出来ず、焦りは募るばかりだ。
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