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県大会編2
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「待って」
一刀の気分が高揚してきたとき、雅が突然叫んだ。
「……嫌だった?」
本番をするつもりはないが、やり過ぎて雅に嫌がられたのかと一刀は心配になった。
「ち、違うの。気持ちよかったんだけど、違うの」
「どうしたんだ」
尋常で無い様子に一刀は腕の力を抜いて尋ねる。
「試合会場に妖魔がいるみたい」
「何だって!」
雅の言葉に一刀は驚いた。
妖魔討滅を務める二人だが、大概は神社を通して依頼を受けて赴く。
町中で、それも人の多い会場で妖魔に出会ったことはない。
人の精気を求める妖魔だが、一刀達のような妖魔討滅を務める勢力は各所にいる。
無闇に人を襲ったり町中にいると直ぐに討滅されてしまう。
だからこそ人の少ない山奥や人気の無い場所に潜むか、隠れている妖魔が多い。
「厄介だな」
雅は天宮神社の歴史の中でも精気を扱うのが上手い。妖魔を探知する術は非常に正確で僅かな痕跡も見逃さない。
その雅の探知を逃れるのはかなり隠密に優れた妖魔である。
そして、大勢の人がいる前で討滅を行うのは好ましくない。
少人数なら精気を使って記憶を操作する事が出来るが何千人も同時に操作出来ない。
「兎に角、何処にいるか探し出さそう」
一刀は立ち上がって、会場に向かおうとした。
「待って! 試合はどうするの」
「妖魔を放っておけないだろう。棄権して探す」
「ダメよ!」
雅が強く言った。
「折角、優勝するチャンスなのにそんな簡単に諦めないで」
「でも、討滅のお役目が」
討滅は危険な仕事だが、天宮神社の仕事であり使命だ。妖魔が居るなら討滅しなければ、少なくとも、どんな妖魔か見定める必要がある。
何より一刀は身寄りの無い自分を引き取ってくれた養父母の役に立ちたかった。
「そんなのいいよ。私が探すから」
「でも」
「大丈夫! 一刀は試合に出て行って。優勝したかったんでしょう」
「うっ」
今にも泣きそうな表情と声で雅に言われて、一刀は返答に詰まった。
確かに今まで優勝したいという思いはあった。
だがお役目を考えると優勝することは出来なかった。優勝すれば全国大会に行かねばならず、天宮を空ける、お務めから離れる事になる。
なので優勝しないようワザと手を抜いてきた。
しかし、今回は偶然もあったものの優勝して全国大会に行っても良い事になっている。
討滅の責任者でもある養父からの承諾もあるし、何より決めてから雅が強く後押ししてくれた。
ここで棄権するのは嫌だ。だが、お役目を放棄するのも嫌だ。
「一刀は試合に出て優勝して! 私が討滅するから!」
「でも」
雅の特殊な事情を考えれば、一人で討滅に向かわせるのは危険だ。
それに妖魔の素性、どんな特性があって、どんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。
何時も戦って初めて分かる事も多いが事前の情報はキチンと頭に入れている。だからこそ反撃の糸口となった事は多い。
今回はそれがないので、非常に危険だ。
まして許嫁の雅を、心身共に深く繋がった雅を一人危険に赴かせるわけにはいかない。
討滅の仲間としてもだが、男としても許せない。
「一刀は試合に出て! 応援にお父さんにも来て貰うから大丈夫よ! だから一刀は出て! 棄権したら許さないからね!」
「は、はい!」
雅の剣幕を前に一刀は直ぐに従った。
許さない、と言うのは雅が本気の証拠だ。
かつて雅が嫌いな蛇の抜け殻を、金運を呼び込むと教えられプレゼントしようとして押し付けたとき、もう許さないと言われ、一ヶ月口きいて貰えなかったことがある。
あれは一刀にとって本当に辛い事だった。
だから従わないと大変な事になるので、一刀は真っ直ぐ試合に向かった。
「何処にいるの妖魔は」
雅は駆け足で会場内を探し回った。一刀の試合があり応援したいが、一刀が試合に集中できるよう早く妖魔を見つけ出し、出来れば自分で排除したい。
一応、お役目の責任者である父親にも報告はしているが、山に近い神社から大会会場に来るまでに時間が掛かる。
急いでも到着は大会の終盤、決勝戦が終わった後になってしまう。
その間に被害が出ないよう、自分が妖魔を探し出さないと不味い。
探知の術式もあれ以来、反応が無い。
妖魔の隠密能力が高いのか、自分の能力が落ちているのか。
恐らくその両方だろう、と雅は判断した。
兎に角、妖魔を見つけ出すのが先決だった。そして相手の能力を知る必要がある。
「! あっちね!」
微弱だが妖魔の反応を見つけ出した雅はそちらに向かう。
しかし、関係者以外立ち入り禁止の表示に阻まれる。
そして、表示の先は試合会場だった。
「まさか、試合に出ているの。それとも関係者が」
一刀に言うべきか、それとも自分で何とかするべきか、雅の頭の中で考えがぐるぐると回る。
そして、雅は気を失った。
「雅の奴大丈夫かな」
個人戦がの試合を終えた一刀は面を外すと直ぐに雅と合流しようとした。
次の試合まで少し時間があり雅と一緒に会場を巡ろうと思う。
試合中少し妖魔の気配を感じたが、別の試合場で大番狂わせがあり、そのどよめきに乱されて追いかけられなかった。
多分、会場内の何処かに居ると一刀は確信していたが、詳しく追跡するには雅の力が必要だった。
観覧席に雅の姿が無かったから、何処か
一刀は控え室で雅へスマホを掛けようとするが出ない。
「あ、伊庭。雅さんだけど途中で倒れて医務室に運ばれたぞ」
顧問の先生の言葉で直ぐに一刀は医務室に向かう。
「雅、大丈夫かい」
一刀が声を掛けながら女性用医務室に入る。
応援に来た女子や関係者の姉妹、母親などが医務室を利用する事が多いため、男子の部であるにも関わらず、女性用の医務室が設置されていた。
一刀は事情を説明しつつ係の人の案内で雅の元へ。
雅は奥の方のベッドに座らされていた。
「良かった。大丈夫なようだね」
ほっとした一刀だったが、直ぐに顔を強ばらせる。
姿は雅だった。
しかし、大きく垂れ気味の瞳が細く切れ長となり険がある。口元も端が不敵に吊り上がっており全体的に挑発的な雰囲気となる。
先ほどまで履いていなかった黒タイツも履いている。
「玉兎か」
「そうじゃ」
玉兎は不敵に笑って認めた。
一刀の気分が高揚してきたとき、雅が突然叫んだ。
「……嫌だった?」
本番をするつもりはないが、やり過ぎて雅に嫌がられたのかと一刀は心配になった。
「ち、違うの。気持ちよかったんだけど、違うの」
「どうしたんだ」
尋常で無い様子に一刀は腕の力を抜いて尋ねる。
「試合会場に妖魔がいるみたい」
「何だって!」
雅の言葉に一刀は驚いた。
妖魔討滅を務める二人だが、大概は神社を通して依頼を受けて赴く。
町中で、それも人の多い会場で妖魔に出会ったことはない。
人の精気を求める妖魔だが、一刀達のような妖魔討滅を務める勢力は各所にいる。
無闇に人を襲ったり町中にいると直ぐに討滅されてしまう。
だからこそ人の少ない山奥や人気の無い場所に潜むか、隠れている妖魔が多い。
「厄介だな」
雅は天宮神社の歴史の中でも精気を扱うのが上手い。妖魔を探知する術は非常に正確で僅かな痕跡も見逃さない。
その雅の探知を逃れるのはかなり隠密に優れた妖魔である。
そして、大勢の人がいる前で討滅を行うのは好ましくない。
少人数なら精気を使って記憶を操作する事が出来るが何千人も同時に操作出来ない。
「兎に角、何処にいるか探し出さそう」
一刀は立ち上がって、会場に向かおうとした。
「待って! 試合はどうするの」
「妖魔を放っておけないだろう。棄権して探す」
「ダメよ!」
雅が強く言った。
「折角、優勝するチャンスなのにそんな簡単に諦めないで」
「でも、討滅のお役目が」
討滅は危険な仕事だが、天宮神社の仕事であり使命だ。妖魔が居るなら討滅しなければ、少なくとも、どんな妖魔か見定める必要がある。
何より一刀は身寄りの無い自分を引き取ってくれた養父母の役に立ちたかった。
「そんなのいいよ。私が探すから」
「でも」
「大丈夫! 一刀は試合に出て行って。優勝したかったんでしょう」
「うっ」
今にも泣きそうな表情と声で雅に言われて、一刀は返答に詰まった。
確かに今まで優勝したいという思いはあった。
だがお役目を考えると優勝することは出来なかった。優勝すれば全国大会に行かねばならず、天宮を空ける、お務めから離れる事になる。
なので優勝しないようワザと手を抜いてきた。
しかし、今回は偶然もあったものの優勝して全国大会に行っても良い事になっている。
討滅の責任者でもある養父からの承諾もあるし、何より決めてから雅が強く後押ししてくれた。
ここで棄権するのは嫌だ。だが、お役目を放棄するのも嫌だ。
「一刀は試合に出て優勝して! 私が討滅するから!」
「でも」
雅の特殊な事情を考えれば、一人で討滅に向かわせるのは危険だ。
それに妖魔の素性、どんな特性があって、どんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。
何時も戦って初めて分かる事も多いが事前の情報はキチンと頭に入れている。だからこそ反撃の糸口となった事は多い。
今回はそれがないので、非常に危険だ。
まして許嫁の雅を、心身共に深く繋がった雅を一人危険に赴かせるわけにはいかない。
討滅の仲間としてもだが、男としても許せない。
「一刀は試合に出て! 応援にお父さんにも来て貰うから大丈夫よ! だから一刀は出て! 棄権したら許さないからね!」
「は、はい!」
雅の剣幕を前に一刀は直ぐに従った。
許さない、と言うのは雅が本気の証拠だ。
かつて雅が嫌いな蛇の抜け殻を、金運を呼び込むと教えられプレゼントしようとして押し付けたとき、もう許さないと言われ、一ヶ月口きいて貰えなかったことがある。
あれは一刀にとって本当に辛い事だった。
だから従わないと大変な事になるので、一刀は真っ直ぐ試合に向かった。
「何処にいるの妖魔は」
雅は駆け足で会場内を探し回った。一刀の試合があり応援したいが、一刀が試合に集中できるよう早く妖魔を見つけ出し、出来れば自分で排除したい。
一応、お役目の責任者である父親にも報告はしているが、山に近い神社から大会会場に来るまでに時間が掛かる。
急いでも到着は大会の終盤、決勝戦が終わった後になってしまう。
その間に被害が出ないよう、自分が妖魔を探し出さないと不味い。
探知の術式もあれ以来、反応が無い。
妖魔の隠密能力が高いのか、自分の能力が落ちているのか。
恐らくその両方だろう、と雅は判断した。
兎に角、妖魔を見つけ出すのが先決だった。そして相手の能力を知る必要がある。
「! あっちね!」
微弱だが妖魔の反応を見つけ出した雅はそちらに向かう。
しかし、関係者以外立ち入り禁止の表示に阻まれる。
そして、表示の先は試合会場だった。
「まさか、試合に出ているの。それとも関係者が」
一刀に言うべきか、それとも自分で何とかするべきか、雅の頭の中で考えがぐるぐると回る。
そして、雅は気を失った。
「雅の奴大丈夫かな」
個人戦がの試合を終えた一刀は面を外すと直ぐに雅と合流しようとした。
次の試合まで少し時間があり雅と一緒に会場を巡ろうと思う。
試合中少し妖魔の気配を感じたが、別の試合場で大番狂わせがあり、そのどよめきに乱されて追いかけられなかった。
多分、会場内の何処かに居ると一刀は確信していたが、詳しく追跡するには雅の力が必要だった。
観覧席に雅の姿が無かったから、何処か
一刀は控え室で雅へスマホを掛けようとするが出ない。
「あ、伊庭。雅さんだけど途中で倒れて医務室に運ばれたぞ」
顧問の先生の言葉で直ぐに一刀は医務室に向かう。
「雅、大丈夫かい」
一刀が声を掛けながら女性用医務室に入る。
応援に来た女子や関係者の姉妹、母親などが医務室を利用する事が多いため、男子の部であるにも関わらず、女性用の医務室が設置されていた。
一刀は事情を説明しつつ係の人の案内で雅の元へ。
雅は奥の方のベッドに座らされていた。
「良かった。大丈夫なようだね」
ほっとした一刀だったが、直ぐに顔を強ばらせる。
姿は雅だった。
しかし、大きく垂れ気味の瞳が細く切れ長となり険がある。口元も端が不敵に吊り上がっており全体的に挑発的な雰囲気となる。
先ほどまで履いていなかった黒タイツも履いている。
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「そうじゃ」
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