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学校編7
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「うむ、楽しかったぞ」
「それは良かった」
再び黒タイツにセーラー服に着替えて、はしゃぐ玉兎に一刀も満更では無い表情で答えた。
確かに先ほどのテニスは良かった。互いの動きが分かるようになり、最後には姿が見えなくても気配、いや存在が分かるように成っていた。
それほど心地よい事は少ない。
「おっといけない」
自然と玉兎を受け容れている自分に気が付いた一刀は、自分を一喝した。
相手は妖魔。雅の身体の中に封印されている妖魔。今は雅の身体を乗っ取っているが、再封印して雅を取り戻さなければならない。
しかし、何故か心がざわめく、気乗りしない。
「おお伊庭ここにいたのか」
「先生」
考えを遮るように偶々通りかかった剣道部の顧問が二人に話しかけてきた。
「いや、探したぞ。てっきり天宮を送るので下校したと思っていたぞ。それが校内をデートしていると聞いてびっくり仰天だ」
「済みません」
一刀も早めに帰るつもりだったが、玉兎に振り回されて結局校内を歩いてしまった。
各所で玉兎がハッスルしたので噂になっていて当然だ。今朝の目眩は何だったのか、何故部活に来ないんだと追及される事は必至だ。
これまで飛び入り参加させて貰った部活にも迷惑を掛けてしまった。
ただ悪い気はしていない。寧ろ歩けて良かったと一刀は思った。
「ところで伊庭、今度の剣道の県大会だがどうだ。優勝出来そうか」
「いや、やっぱりスタミナが足りないんで」
大会の話が出てきて一刀は言葉を濁した。お役目をあるので優勝して全国大会へ行くと数日間、天宮を離れるのは避けたい。だから大会では決勝戦でいつもワザと負けているのだ。
ただ、キッパリと顧問に一刀は断れずにいた。
「何時も県大会で優勝しているじゃないか。優勝すれば全国大会だぞ。部の実績作りのためもあるが、何より一刀の良い経験になるぞ。県大会では会えないような強豪と対戦するのはお前の将来にも焼くに立つ経験の筈だ。大学進学の際には推薦の材料にもなるぞ」
剣道未経験者だが顧問は必死に一刀を説得する。
「何より、お前自身の為になる。強い奴と試合をして見たくないか?」
顧問にそう言われると一刀の心はぐらつく。
「無理強いするつもりは無いしお前の内心を知っているわけではないが、本当は強い相手と戦いたいのではないか?」
一刀は黙って聞いていた。
顧問の言うとおりだったが、お役目を考えると数日とはいえ神社を空けることなど出来ない。
まして雅の身体に玉兎が入っていて、今日のように何時入れ替わるか分からない状況では雅から離れる県大会さえ出場したくない。
一刀は覚悟を決めて言おうとした。
「先生、そのことと県大会の方なんですが……」
「先生殿よ」
一刀が県大会参加を断る言葉を口にしようとすると玉兎が割り込んできた。
「一刀は今度の県大会で優勝するのじゃ」
「本当か」
「ちょ、玉……いや雅! 何を言って」
「一刀よ、大会で優勝するのじゃ」
慌てて言い間違えそうになった一刀に玉兎は告げる。
いつものように険しい切れ長の瞳だが、いつもより強い意志の光が宿っている。
眉は中央に寄り、有無を言わさないオーラを出し強い視線を一刀に向けていた。
「……あ、ああ」
玉兎の迫力に負けて一刀は弱々しく、だがハッキリと肯定した。
「そうか、優勝してくれるか。なら悲願の全国大会も夢じゃ無いな」
一刀から言質を取った先生は喜んで職員室に戻っていった。
「おい、なんてことを言うんだよ。俺はお役目があるから天宮を離れられないんだ。優勝したらどうしてくれるんだ」
先生の姿が消えてから一刀は玉兎に抗議した。
「そうか? 其方も喜んでいるようじゃが?」
「うっ」
図星を指されて一刀は言葉を詰まらせた。
確かに剣道で全力を出せるのは嬉しい。いつも大会に出てもワザと負けていた。
自分の実力を発揮出来ないのは確かに悔しいがお役目だと言い聞かせてきた。それでも心苦しく、いつも大会後は胸に何かが燻っていた。
「ならば、全力で行け。其方は優勝出来るほどの腕じゃろう」
「その間のお役目はどうするんだ。妖魔が現れたらどうするんだ。俺がいない間に何を企んでいるんだ」
「妾が何とかする。決して其方に迷惑は掛けないし、何ら企まないことを誓おう」
「本当か」
疑いの目で一刀は見たが、黙って一刀を見つめる玉兎の視線は強い意志と濁りの無い輝きを持っていた。
口はきつく結ばれ、肯定以外の言葉を貰うまでは閉じるという意思表示をしていた。
絶対に嘘は吐かず、必ず成し遂げる。
そう玉兎は全身で言っていた。
「……分かったよ」
「うむ」
一刀の言葉に玉兎は目元の強い意志を残しつつ、口元に笑みを浮かべた。
「しかし、其方は強いのじゃからな。全国大会優勝も間違い無しじゃな」
「さあ、剣道は剣術と違うから、勝手が違って上手く勝ち進めないだろうが」
「そのような事を言っても結局は勝つのじゃろう」
玉兎は軽口を言うが、次の瞬間、身体を硬直させた。
「玉兎?」
そして全身から力が抜けて、床に倒れた。
後には一刀の叫び声が聞こえた。
「それは良かった」
再び黒タイツにセーラー服に着替えて、はしゃぐ玉兎に一刀も満更では無い表情で答えた。
確かに先ほどのテニスは良かった。互いの動きが分かるようになり、最後には姿が見えなくても気配、いや存在が分かるように成っていた。
それほど心地よい事は少ない。
「おっといけない」
自然と玉兎を受け容れている自分に気が付いた一刀は、自分を一喝した。
相手は妖魔。雅の身体の中に封印されている妖魔。今は雅の身体を乗っ取っているが、再封印して雅を取り戻さなければならない。
しかし、何故か心がざわめく、気乗りしない。
「おお伊庭ここにいたのか」
「先生」
考えを遮るように偶々通りかかった剣道部の顧問が二人に話しかけてきた。
「いや、探したぞ。てっきり天宮を送るので下校したと思っていたぞ。それが校内をデートしていると聞いてびっくり仰天だ」
「済みません」
一刀も早めに帰るつもりだったが、玉兎に振り回されて結局校内を歩いてしまった。
各所で玉兎がハッスルしたので噂になっていて当然だ。今朝の目眩は何だったのか、何故部活に来ないんだと追及される事は必至だ。
これまで飛び入り参加させて貰った部活にも迷惑を掛けてしまった。
ただ悪い気はしていない。寧ろ歩けて良かったと一刀は思った。
「ところで伊庭、今度の剣道の県大会だがどうだ。優勝出来そうか」
「いや、やっぱりスタミナが足りないんで」
大会の話が出てきて一刀は言葉を濁した。お役目をあるので優勝して全国大会へ行くと数日間、天宮を離れるのは避けたい。だから大会では決勝戦でいつもワザと負けているのだ。
ただ、キッパリと顧問に一刀は断れずにいた。
「何時も県大会で優勝しているじゃないか。優勝すれば全国大会だぞ。部の実績作りのためもあるが、何より一刀の良い経験になるぞ。県大会では会えないような強豪と対戦するのはお前の将来にも焼くに立つ経験の筈だ。大学進学の際には推薦の材料にもなるぞ」
剣道未経験者だが顧問は必死に一刀を説得する。
「何より、お前自身の為になる。強い奴と試合をして見たくないか?」
顧問にそう言われると一刀の心はぐらつく。
「無理強いするつもりは無いしお前の内心を知っているわけではないが、本当は強い相手と戦いたいのではないか?」
一刀は黙って聞いていた。
顧問の言うとおりだったが、お役目を考えると数日とはいえ神社を空けることなど出来ない。
まして雅の身体に玉兎が入っていて、今日のように何時入れ替わるか分からない状況では雅から離れる県大会さえ出場したくない。
一刀は覚悟を決めて言おうとした。
「先生、そのことと県大会の方なんですが……」
「先生殿よ」
一刀が県大会参加を断る言葉を口にしようとすると玉兎が割り込んできた。
「一刀は今度の県大会で優勝するのじゃ」
「本当か」
「ちょ、玉……いや雅! 何を言って」
「一刀よ、大会で優勝するのじゃ」
慌てて言い間違えそうになった一刀に玉兎は告げる。
いつものように険しい切れ長の瞳だが、いつもより強い意志の光が宿っている。
眉は中央に寄り、有無を言わさないオーラを出し強い視線を一刀に向けていた。
「……あ、ああ」
玉兎の迫力に負けて一刀は弱々しく、だがハッキリと肯定した。
「そうか、優勝してくれるか。なら悲願の全国大会も夢じゃ無いな」
一刀から言質を取った先生は喜んで職員室に戻っていった。
「おい、なんてことを言うんだよ。俺はお役目があるから天宮を離れられないんだ。優勝したらどうしてくれるんだ」
先生の姿が消えてから一刀は玉兎に抗議した。
「そうか? 其方も喜んでいるようじゃが?」
「うっ」
図星を指されて一刀は言葉を詰まらせた。
確かに剣道で全力を出せるのは嬉しい。いつも大会に出てもワザと負けていた。
自分の実力を発揮出来ないのは確かに悔しいがお役目だと言い聞かせてきた。それでも心苦しく、いつも大会後は胸に何かが燻っていた。
「ならば、全力で行け。其方は優勝出来るほどの腕じゃろう」
「その間のお役目はどうするんだ。妖魔が現れたらどうするんだ。俺がいない間に何を企んでいるんだ」
「妾が何とかする。決して其方に迷惑は掛けないし、何ら企まないことを誓おう」
「本当か」
疑いの目で一刀は見たが、黙って一刀を見つめる玉兎の視線は強い意志と濁りの無い輝きを持っていた。
口はきつく結ばれ、肯定以外の言葉を貰うまでは閉じるという意思表示をしていた。
絶対に嘘は吐かず、必ず成し遂げる。
そう玉兎は全身で言っていた。
「……分かったよ」
「うむ」
一刀の言葉に玉兎は目元の強い意志を残しつつ、口元に笑みを浮かべた。
「しかし、其方は強いのじゃからな。全国大会優勝も間違い無しじゃな」
「さあ、剣道は剣術と違うから、勝手が違って上手く勝ち進めないだろうが」
「そのような事を言っても結局は勝つのじゃろう」
玉兎は軽口を言うが、次の瞬間、身体を硬直させた。
「玉兎?」
そして全身から力が抜けて、床に倒れた。
後には一刀の叫び声が聞こえた。
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