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婚約発表
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国民の記憶の書き換えはあっけなく終わってしまった。
私自身は何も変わっていないので実感はなかったが、執務室を出て少し廊下を歩くと騎士や使用人はユリウス殿下に頭を下げる。まるで前からそれが当たり前だったと言うように。
……魔法ってすごいけど怖い。
隣を歩くクリスも驚いているのが分かった。ユリウス殿下の手にかかればこの世界は何でもありなのだと、改めて思った。
「ところでベルメール先生はどうされたのですか?」
「先生はそのままだよ。ちゃんと話をして先生自身に確認した。記憶の書き換えは望まない、と」
「そうですか」
そうなるとは薄々分かっていた。ベルメール先生は魔法で固められた嘘よりも事実を選ぶと。例え周りと認識がずれようと。
「ついでに君の家族や城の重臣たちの記憶に僕と君の婚約のこともつけ足しておいた。これで面倒な会議はしなくてもいい。いつでも婚約を発表できる状況だけど、どうする?」
……魔法って便利。
魔法とは使えるだけでは意味がない。結局はそれをどう使うかを考え、思いつくことが重要。魔法のない世界で育った私にはそう便利な使い方は思いつかない。私はユリウス殿下のようにはなれない。
「いつでも大丈夫ですわ。どうせ発表することですもの。遅かろうが早かろうがたいして違いはありません」
「……最初はあんなに嫌がっていたのに」
隣でクリスがぼそっと言った。そりゃまあ嫌だったけど。しかしクリスは私が嫌がっていたことを指摘したいのではなく自分が婚約に反対したいだけだろう。
「ここまで来たらもう後には引けないわ」
言ったって無駄よ、と遠回しに言うとクリスは口を閉じた。
「じゃあ父上と相談してこっちで決めるよ。それから、それまでは目をつぶるけど、婚約したらもう側に男を置いちゃダメだからね」
「……? 分かっておりますが?」
今更言われなくても分かっている。あらぬ誤解は招きたくない。だから今までだってできるだけ男子と二人になるのは避けて来た。まあ今思えばたまにはあったかもしれないけど。
「分かっているならいいんだけどね」
はあ、とため息を吐いたユリウス殿下はなぜかクリスの方を見ていた。クリスもクリスでユリウス殿下を睨んでいる。
……この二人相性悪いな。
私とユリウス殿下の婚約が正式に発表されたのはその一か月後だった。お城で開かれたパーティー。目ぼしい貴族は皆呼ばれていた。それと同時にユリウス殿下の皇位継承権の放棄も発表される。
用意してもらったドレスでユリウス殿下の隣に立つ私は気が気ではない。よく考えるとユリウス殿下は皇子。見た目は良いし、権力はあるし、例え皇位継承権を放棄したとしても皇族には変わらない。
そんな人の婚約者になるなんてたくさんの令嬢から睨まれても不思議ではない。しかも私はラルフとの婚約が破棄されてまたそう時間が経っていない。次から次へと乗り換えるふしだらな女だと思われてしまうかもしれない。
嫌な汗が出るがそれを隠して笑顔を浮かべる。
会場中が騒がしい。その視線が私とユリウス殿下に向いているのは言うまでもない。
「おめでとうございます、殿下」
最初に私たちの元へやってきたのはディターレ公爵夫妻だった。つまり、レオンの家族。しかしその中にレオンの姿は見えない。
ユリウス殿下に向いていた視線が私へと向く。そして不機嫌を隠さない表情を浮かべる。
「フィオーレ伯爵令嬢も、今後はもっと精進されてください」
つまり、皇族に嫁ぐのだからもっと頑張れ、と。伯爵令嬢のところが強調されているのは考えなくても分かった。
確かレオンには妹もいる。歴史を見ると皇子の結婚相手は公爵家から出ていることが大半だ。それがカイもユリウス殿下も自分の娘が選ばれなかったこと、しかも平民と伯爵家の娘から出たことが許せないのだろう。
まあそのくらいの嫌味は言わせてあげよう。にっこりと笑って「はい、精進いたします」と返せば面白くなさそうに夫妻は去って行った。
次に来た公爵はにこやかな笑みを浮かべ、素直に祝福してくれた。権力を持っていてもこういう人もいるんだ、なんて考える。しかしそんな人は少ない。大体皆嫌味の一つ二つ言って去っていくのだ。それでもこの婚約に反対しているわけではないのだろうとは思う。
まあ客観的に見てもおかしい話ではない。さらに言えばリリーよりも力の強い私をただの伯爵家の娘のままでいさせる方が陛下としては頭が痛いのだろう。別に私はそれでいいのだけど。
そしてとうとう目の前にクラッセン公爵夫妻が立った。
公爵夫人は意味ありげにユリウス殿下に笑顔を向け、そして私を見た。それと同時に公爵がニヤニヤと嫌な笑みで言った。
「一年前は婚約に失敗されたということ。今回も繰り返さなければよろしいですな」
一年前……時期に心当たりはないが、婚約の失敗と言うのはラルフのことだろう。ユリウス殿下はそんなところまで書き換えてくれたのか。
「あまり気を負わずに過ごされたらよろしいですわ。うちの娘もいるのですから」
……この夫婦は駄目だ。祝福はなければ遠回しでもない嫌味を言ってくる。どんなに私が気に入らなくても、皇族であるユリウス殿下の前でする態度ではない。
しかし私に嫌味を言ったってどうにもならないのに。私の言葉が原因ではあるらしいけど、私が決めたわけではないのだから。
周りの人の目がこちらに向いている。クラッセン公爵夫妻の言葉が聞こえているのだろう。せっかくのパーティーだ。これ以上楽しい雰囲気をぶち壊されたくない。
私はため息を吐いて口を開いた。
私自身は何も変わっていないので実感はなかったが、執務室を出て少し廊下を歩くと騎士や使用人はユリウス殿下に頭を下げる。まるで前からそれが当たり前だったと言うように。
……魔法ってすごいけど怖い。
隣を歩くクリスも驚いているのが分かった。ユリウス殿下の手にかかればこの世界は何でもありなのだと、改めて思った。
「ところでベルメール先生はどうされたのですか?」
「先生はそのままだよ。ちゃんと話をして先生自身に確認した。記憶の書き換えは望まない、と」
「そうですか」
そうなるとは薄々分かっていた。ベルメール先生は魔法で固められた嘘よりも事実を選ぶと。例え周りと認識がずれようと。
「ついでに君の家族や城の重臣たちの記憶に僕と君の婚約のこともつけ足しておいた。これで面倒な会議はしなくてもいい。いつでも婚約を発表できる状況だけど、どうする?」
……魔法って便利。
魔法とは使えるだけでは意味がない。結局はそれをどう使うかを考え、思いつくことが重要。魔法のない世界で育った私にはそう便利な使い方は思いつかない。私はユリウス殿下のようにはなれない。
「いつでも大丈夫ですわ。どうせ発表することですもの。遅かろうが早かろうがたいして違いはありません」
「……最初はあんなに嫌がっていたのに」
隣でクリスがぼそっと言った。そりゃまあ嫌だったけど。しかしクリスは私が嫌がっていたことを指摘したいのではなく自分が婚約に反対したいだけだろう。
「ここまで来たらもう後には引けないわ」
言ったって無駄よ、と遠回しに言うとクリスは口を閉じた。
「じゃあ父上と相談してこっちで決めるよ。それから、それまでは目をつぶるけど、婚約したらもう側に男を置いちゃダメだからね」
「……? 分かっておりますが?」
今更言われなくても分かっている。あらぬ誤解は招きたくない。だから今までだってできるだけ男子と二人になるのは避けて来た。まあ今思えばたまにはあったかもしれないけど。
「分かっているならいいんだけどね」
はあ、とため息を吐いたユリウス殿下はなぜかクリスの方を見ていた。クリスもクリスでユリウス殿下を睨んでいる。
……この二人相性悪いな。
私とユリウス殿下の婚約が正式に発表されたのはその一か月後だった。お城で開かれたパーティー。目ぼしい貴族は皆呼ばれていた。それと同時にユリウス殿下の皇位継承権の放棄も発表される。
用意してもらったドレスでユリウス殿下の隣に立つ私は気が気ではない。よく考えるとユリウス殿下は皇子。見た目は良いし、権力はあるし、例え皇位継承権を放棄したとしても皇族には変わらない。
そんな人の婚約者になるなんてたくさんの令嬢から睨まれても不思議ではない。しかも私はラルフとの婚約が破棄されてまたそう時間が経っていない。次から次へと乗り換えるふしだらな女だと思われてしまうかもしれない。
嫌な汗が出るがそれを隠して笑顔を浮かべる。
会場中が騒がしい。その視線が私とユリウス殿下に向いているのは言うまでもない。
「おめでとうございます、殿下」
最初に私たちの元へやってきたのはディターレ公爵夫妻だった。つまり、レオンの家族。しかしその中にレオンの姿は見えない。
ユリウス殿下に向いていた視線が私へと向く。そして不機嫌を隠さない表情を浮かべる。
「フィオーレ伯爵令嬢も、今後はもっと精進されてください」
つまり、皇族に嫁ぐのだからもっと頑張れ、と。伯爵令嬢のところが強調されているのは考えなくても分かった。
確かレオンには妹もいる。歴史を見ると皇子の結婚相手は公爵家から出ていることが大半だ。それがカイもユリウス殿下も自分の娘が選ばれなかったこと、しかも平民と伯爵家の娘から出たことが許せないのだろう。
まあそのくらいの嫌味は言わせてあげよう。にっこりと笑って「はい、精進いたします」と返せば面白くなさそうに夫妻は去って行った。
次に来た公爵はにこやかな笑みを浮かべ、素直に祝福してくれた。権力を持っていてもこういう人もいるんだ、なんて考える。しかしそんな人は少ない。大体皆嫌味の一つ二つ言って去っていくのだ。それでもこの婚約に反対しているわけではないのだろうとは思う。
まあ客観的に見てもおかしい話ではない。さらに言えばリリーよりも力の強い私をただの伯爵家の娘のままでいさせる方が陛下としては頭が痛いのだろう。別に私はそれでいいのだけど。
そしてとうとう目の前にクラッセン公爵夫妻が立った。
公爵夫人は意味ありげにユリウス殿下に笑顔を向け、そして私を見た。それと同時に公爵がニヤニヤと嫌な笑みで言った。
「一年前は婚約に失敗されたということ。今回も繰り返さなければよろしいですな」
一年前……時期に心当たりはないが、婚約の失敗と言うのはラルフのことだろう。ユリウス殿下はそんなところまで書き換えてくれたのか。
「あまり気を負わずに過ごされたらよろしいですわ。うちの娘もいるのですから」
……この夫婦は駄目だ。祝福はなければ遠回しでもない嫌味を言ってくる。どんなに私が気に入らなくても、皇族であるユリウス殿下の前でする態度ではない。
しかし私に嫌味を言ったってどうにもならないのに。私の言葉が原因ではあるらしいけど、私が決めたわけではないのだから。
周りの人の目がこちらに向いている。クラッセン公爵夫妻の言葉が聞こえているのだろう。せっかくのパーティーだ。これ以上楽しい雰囲気をぶち壊されたくない。
私はため息を吐いて口を開いた。
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