上 下
283 / 300

婚約発表

しおりを挟む
国民の記憶の書き換えはあっけなく終わってしまった。

私自身は何も変わっていないので実感はなかったが、執務室を出て少し廊下を歩くと騎士や使用人はユリウス殿下に頭を下げる。まるで前からそれが当たり前だったと言うように。

……魔法ってすごいけど怖い。

隣を歩くクリスも驚いているのが分かった。ユリウス殿下の手にかかればこの世界は何でもありなのだと、改めて思った。


「ところでベルメール先生はどうされたのですか?」

「先生はそのままだよ。ちゃんと話をして先生自身に確認した。記憶の書き換えは望まない、と」

「そうですか」


そうなるとは薄々分かっていた。ベルメール先生は魔法で固められた嘘よりも事実を選ぶと。例え周りと認識がずれようと。


「ついでに君の家族や城の重臣たちの記憶に僕と君の婚約のこともつけ足しておいた。これで面倒な会議はしなくてもいい。いつでも婚約を発表できる状況だけど、どうする?」


……魔法って便利。

魔法とは使えるだけでは意味がない。結局はそれをどう使うかを考え、思いつくことが重要。魔法のない世界で育った私にはそう便利な使い方は思いつかない。私はユリウス殿下のようにはなれない。


「いつでも大丈夫ですわ。どうせ発表することですもの。遅かろうが早かろうがたいして違いはありません」

「……最初はあんなに嫌がっていたのに」


隣でクリスがぼそっと言った。そりゃまあ嫌だったけど。しかしクリスは私が嫌がっていたことを指摘したいのではなく自分が婚約に反対したいだけだろう。


「ここまで来たらもう後には引けないわ」


言ったって無駄よ、と遠回しに言うとクリスは口を閉じた。


「じゃあ父上と相談してこっちで決めるよ。それから、それまでは目をつぶるけど、婚約したらもう側に男を置いちゃダメだからね」

「……? 分かっておりますが?」


今更言われなくても分かっている。あらぬ誤解は招きたくない。だから今までだってできるだけ男子と二人になるのは避けて来た。まあ今思えばたまにはあったかもしれないけど。


「分かっているならいいんだけどね」


はあ、とため息を吐いたユリウス殿下はなぜかクリスの方を見ていた。クリスもクリスでユリウス殿下を睨んでいる。

……この二人相性悪いな。



私とユリウス殿下の婚約が正式に発表されたのはその一か月後だった。お城で開かれたパーティー。目ぼしい貴族は皆呼ばれていた。それと同時にユリウス殿下の皇位継承権の放棄も発表される。

用意してもらったドレスでユリウス殿下の隣に立つ私は気が気ではない。よく考えるとユリウス殿下は皇子。見た目は良いし、権力はあるし、例え皇位継承権を放棄したとしても皇族には変わらない。

そんな人の婚約者になるなんてたくさんの令嬢から睨まれても不思議ではない。しかも私はラルフとの婚約が破棄されてまたそう時間が経っていない。次から次へと乗り換えるふしだらな女だと思われてしまうかもしれない。

嫌な汗が出るがそれを隠して笑顔を浮かべる。

会場中が騒がしい。その視線が私とユリウス殿下に向いているのは言うまでもない。


「おめでとうございます、殿下」


最初に私たちの元へやってきたのはディターレ公爵夫妻だった。つまり、レオンの家族。しかしその中にレオンの姿は見えない。

ユリウス殿下に向いていた視線が私へと向く。そして不機嫌を隠さない表情を浮かべる。


「フィオーレ伯爵令嬢も、今後はもっと精進されてください」


つまり、皇族に嫁ぐのだからもっと頑張れ、と。伯爵令嬢のところが強調されているのは考えなくても分かった。

確かレオンには妹もいる。歴史を見ると皇子の結婚相手は公爵家から出ていることが大半だ。それがカイもユリウス殿下も自分の娘が選ばれなかったこと、しかも平民と伯爵家の娘から出たことが許せないのだろう。

まあそのくらいの嫌味は言わせてあげよう。にっこりと笑って「はい、精進いたします」と返せば面白くなさそうに夫妻は去って行った。

次に来た公爵はにこやかな笑みを浮かべ、素直に祝福してくれた。権力を持っていてもこういう人もいるんだ、なんて考える。しかしそんな人は少ない。大体皆嫌味の一つ二つ言って去っていくのだ。それでもこの婚約に反対しているわけではないのだろうとは思う。

まあ客観的に見てもおかしい話ではない。さらに言えばリリーよりも力の強い私をただの伯爵家の娘のままでいさせる方が陛下としては頭が痛いのだろう。別に私はそれでいいのだけど。

そしてとうとう目の前にクラッセン公爵夫妻が立った。

公爵夫人は意味ありげにユリウス殿下に笑顔を向け、そして私を見た。それと同時に公爵がニヤニヤと嫌な笑みで言った。


「一年前は婚約に失敗されたということ。今回も繰り返さなければよろしいですな」


一年前……時期に心当たりはないが、婚約の失敗と言うのはラルフのことだろう。ユリウス殿下はそんなところまで書き換えてくれたのか。


「あまり気を負わずに過ごされたらよろしいですわ。うちの娘もいるのですから」


……この夫婦は駄目だ。祝福はなければ遠回しでもない嫌味を言ってくる。どんなに私が気に入らなくても、皇族であるユリウス殿下の前でする態度ではない。

しかし私に嫌味を言ったってどうにもならないのに。私の言葉が原因ではあるらしいけど、私が決めたわけではないのだから。

周りの人の目がこちらに向いている。クラッセン公爵夫妻の言葉が聞こえているのだろう。せっかくのパーティーだ。これ以上楽しい雰囲気をぶち壊されたくない。

私はため息を吐いて口を開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したらついてましたァァァァァ!!!

夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」 あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。 だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉ 消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。 イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。 そんな中、訪れる運命の出会い。 あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!? 予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。 「とりあえずがんばってはみます」

異世界辺境村スモーレルでスローライフ

滝川 海老郎
ファンタジー
ブランダン10歳。やっぱり石につまずいて異世界転生を思い出す。エルフと猫耳族の美少女二人と一緒に裏街道にある峠村の〈スモーレル〉地区でスローライフ!ユニークスキル「器用貧乏」に目覚めて蜂蜜ジャムを作ったり、カタバミやタンポポを食べる。ニワトリを飼ったり、地球知識の遊び「三並べ」「竹馬」などを販売したり、そんなのんびり生活。 #2024/9/28 0時 男性向けHOTランキング 1位 ありがとうございます!!

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

辺境で厳しめスローライフ転生かと思いきやまさかのヒロイン。からの悪役令嬢入れ替わり?

神室さち
ファンタジー
北の辺境村で生まれて八年後、高熱を出して生死をさまよったことで前世を思い出したリリ。 色々あって名前も変わり、何の因果か強制力か、貴族子女が必ず入学しなくてはならない学園で、なんだか乙女ゲーム的なヒロインに。 前世、そう言った物語が流行っていたことは知っているけど、乙女ゲームなどやったこともなかったので、攻略の仕方など、わかるはずもないまま、どうにか流れに逆らおうとするものの裏目に出るばかり。 どんなに頑張っても、それを上回る強制力と脳みそお花畑の攻略対象のせいで、立派なヒロインに、なってしまっていた。 そして、シナリオ通り(?)断罪されたのは悪役令嬢。彼女に呼び出された先で、思わぬ事態に巻き込まれ、ヒロインは歓喜した。 「っしゃああぁぁぁぁッ!!! よくわからんけどコレ確実にシナリオから抜けたァア!!!」 悪役令嬢と入れ替わっちゃったヒロインが、その後を切り開いていったり、過去を振り返ったりする物語です。 恋愛要素は薄い。 ヒロインは攻略対象にも悪役令嬢にもかかわってこなければどうでもいいと思ってるんで、ヒロインやその周りからの直接ざまぁはありません。

処理中です...