あの日、君は笑っていた

紅蘭

文字の大きさ
上 下
83 / 89
第二章

麗奈と弘介Ⅱ

しおりを挟む
「麗奈が許せなかったのは、自分のことを好きになった弘介さんじゃなくて、弘介さんを好きになった自分だよ」

「……違うよ、好きじゃない」


声が震えていた。

耳に届いたのは私の声だったけど、その言葉はまるで他の人の言葉だったかのように思えた。

心臓がばくばくなる。どうして私は今こんなに動揺しているのだろう。

これではまるで、私が本当に弘介さんのことが好きみたいじゃないか。

……分からない。本当に分からない。

ひろ君の言葉の全てを否定できないような気がした。

本当に好きじゃなかった。だけど、分からない。

私は弘介さんが好きだったのか。そして、今も好きなのか。


「麗奈、俺に嘘はつかないで」


ひろ君は静かにそう言った。

違う、嘘なんてついていない。本当だよ。

そう心の中で言って、それが言葉にできないことに気が付いた。

これは嘘なんだろうか。私は誰を好きなんだろうか。


「五年前に弘介さんが落としたストラップを返さなかったのも、紗苗さんの手紙を渡さなかったのも、弘介さんのことが好きだからだよ」

「分からないよ。弘介さんのことが好きだったら何で渡せないの……?」


なんで渡せなかったんだろう、とは何度も思った。

もう会うつもりなんてなかったのに、どうして弘介さんに渡すはずだった手紙もストラップも結局渡せなかったのか。

何度も考えたけど分からなかった。

自分でも分からないその理由をひろ君は分かっているというのだろうか。


「紗苗さんに嫉妬したんだよ」


紗苗さんの名前が出た途端、ざわついていた心がすうっと静かになった。

違うよ。嫉妬なんてしてない。

紗苗さんに嫉妬なんて、そんな感情私は知らない。


「五年前の話を聞いた時に俺にはそう聞こえたよ。麗奈は気付いていないかもしれないけど。ストラップや手紙を弘介さんに渡すことで紗苗さんへ気持ちが向かないように。それに自分が持っていることでまた弘介さんに会う口実になる」


そんなことない。

だって私は紗苗さんからずっと『こう君』の話を聞いてきた。

私の知っている『こう君』は紗苗さんの彼氏でしかない。

それ以上の関係なんて私と弘介さんの間にはない。

私が『こう君』を好きなんてありえない。


「違うよ、ひろ君」


静かな声が出た。急に冷静になった私をひろ君が意外そうに見る。

真っすぐその目を見すえた。


「紗苗さんとこう君の間には誰も入れない。私が入ってほしくない。だから、私がこう君のことが好きなんて、それは絶対にないよ」


紗苗さんとこう君の話をずっと聞いていた。

あの二人にはずっと一緒にいて欲しいと思っていた。それは今でも変わらない。

紗苗さんがいなくなった今もこう君の隣に他の女の人がいたら嫌だし、ましてやそれが自分なんてもってのほかだ。

ひろ君は全て分かっているかの表情で頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

精油の薫る喫茶店 〜優しい人たち〜

KeisukeNak
ライト文芸
小さな喫茶店の優しい物語。 精油の薫りに癒されながら。

その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介
ライト文芸
血の繋がらない3人が様々な困難を乗り越え、家族としての絆を紡いだ本編【愛すべき不思議な家族】の続編となります。【小説家になろうで200万PV】 ひとつの家族となった3人に、引き続き様々な出来事や苦悩、幸せな日常が訪れ、それらを経て、より確かな家族へと至っていく過程を書いています。 少女が大人になり、大人も年齢を重ね、世代を交代していく中で変わっていくもの、変わらないものを見ていただければと思います。 ※この作品は小説家になろう及び他のサイトとの重複投稿作品です。

ひとこま ~三千字以下の短編集~

花木 葵音
ライト文芸
三千字に満たないほんとに短い小説集。ほっこり。どきり。ヒヤリ。恋愛。青春。いろいろな作品をぜひ。気になったタイトルからどうぞ! すべて一話完結です。*ダークなのもあります。

3days,あるいはまだ見ぬチューリップ~学内暗殺者の悲劇

江戸川ばた散歩
ライト文芸
保健室の主・岩室と園芸部のカップルは一見平和な日々を送っていた。 だがカップルの片割れ、中沢の正体は国から派遣された暗殺者だった。薬で縛られている彼に未来はあるのか。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

【読切★完結】死神の靴

鳳山詩庵
ライト文芸
大学生のリョウが部活の帰り、事故に遭い、異世界に迷い込んで……

処理中です...