あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

五年前Ⅳ

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私が卒業式を終え、いつもよりも少しだけ早い時間に河原へ行くと弘介さんはもうそこにいた。

もしかして待っていてくれたのかな、と思ったが、確認するようなことはしなかった。

そんなことはどっちでもよかったから。

私は自分の進路について弘介さんには何も話していなかった。

だけど、東京へ行く、と言っても弘介さんは全く驚いた素振りを見せなかった。

もしかしたらなんとなく分かっていたのかもしれない。

これが最後だ、と思って私は言った。


「やっぱり私ではだめですか?」


それに弘介さんが頷かないのは知っていた。

だけどなぜか少しどきどきした。

そんな私のどきどきも知らずに弘介さんははっきりと言った。


「そうだね、麗奈ちゃんではだめだ」


少しも迷うことなく言い切った弘介さん。

その時私は何とも言えない気持ちになった。

弘介さんがこう答えることは知っていた。他の答えなど望んでいなかった。

それなのにこの気持ちは何だろう。私には分からなかった。

だけど弘介さんは紗苗さんのことがまだ好きだったみたいだから、私が何度好きだと言っても全くなびかなかったから、あの日のことを許そうと思った。

私の許しなど弘介さんに必要ないだろうけど、弘介さんは私にその罪を裁いて欲しそうだったから。

だから罰の代わりに許しをあげた。一冊の本を弘介さんに渡した。

あの日、紗苗さんの部屋でもらった本だった。

もったいなくて結局それを読むことはできなかったけど、これは弘介さんが持っていたらいいと、私が思った。


「これが弘介さんが二番目に喜ぶものだと思って」


そう言うと弘介さんは笑った。

そして一番目は何かと私に聞く。そんなものは紗苗さんの手紙に決まっている。

そう、私は結局弘介さんに渡すことができなかった。

最初は渡すつもりだったのに、なぜかそれを弘介さんに渡したくなかった。


「内緒です」


そう笑ってごまかす。

そうしたら弘介さんはそれ以上何も聞いてこないことを私は知っていたから。

その本を渡したとき、私は「紗苗さんの好きだった本」だと言った。

紗苗さんが好きだった、紗苗さんの持っていた一冊だと言ったのだけど、弘介さんは文字通り、「紗苗さんの好きだった本」だと思っていた。

わざと分からないようにそう言ったのは私だったけど。


「送っていくよ」


弘介さんはそう言って私をいつも通り送ってくれる。

私は家とは正反対の方向に歩きながら思った。

これで最後なのだと。もう弘介さんに会うことはない。

弘介さんは紗苗さんの言った通りの人で、今でも紗苗さんのことを好きなのだと。

そして家に残してきた紗苗さんの手紙と、弘介さんの落とし物のことを考えた。

渡しておけばよかったかもしれない。

もう弘介さんに会うことがないのなら全部渡してしまえばよかったかもしれない。

背負った紗苗さんのギターは軽くて、だけど少し重かった。


「もう少し、歩きませんか?」


そう言って後悔した。私は気付いてしまった。

自分がこの別れを惜しんでいることに。

だけど弘介さんは駄目だと言った。

そして、少しすると私の頭を撫でて歩いて行った。

その背中を見ていたら涙が出た。

だけど同時に安堵した。もう会うことがないことを。

弘介さんがこの先も紗苗さんを想って生きていくことを。

私は心から嬉しかった。

なのに涙は止まらなかった。
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