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エレナと

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その夜、私は窓から空を見上げていた。満月だ。


「まだ寝ないの?」


ユリウス殿下がベッドに座り、私を見る。確かにいつもだったらもうそろそろ寝る時間。しかし今日はそういうわけにはいかなかった。


「殿下、本日は魔力の満ちる日で間違いありませんか?」

「うん、そうだと思うよ」


私の問いにすぐに頷いたユリウス殿下。私は棚の上の小物入れを開け、真っ暗な画面の携帯を取り出した。


「その黒い板は何?」

「携帯電話です。私と共にこの世界へ来ました。あちらの世界のものです」


年に一度だけ、あっちの世界で私として生きている、本物のエレナと連絡を取ることができる。

しかしそれもあちらからの連絡があってこそなので、この数年ほったらかして旅に出ていたことを考えると、もうかけてくれないかもしれない。


「多分ここ数分がピークだね」


殿下が静かに言った。

画面をじっと見つめる。うんともすんとも言わない。やはりもうかけてくれないのだろうか。数分のほんの短い時間。特に話したいことがあるわけではないが、話は聞きたい。


「エレナ……」


ぽそっと名前を呼んだ時だった。手の中で携帯が震えた。画面には「非表示」の文字。

すぐに耳に当てる。


「はい!」


嬉しさと少しの緊張で、自分でも思ったよりも大きな声が出た。向こうで笑い声が聞こえる。


「久しぶり、愛玲奈」


懐かしい、だけどもう自分のものではない声。自然と頬が緩んだ。


「ええ、久しぶりね、エレナ」

「誰かさんは携帯を忘れて行ってたのかな?」


いきなり痛いところをつかれた。旅に出る直前の電話では、持って行くようにと言われた記憶があるのだ。


「ごめんなさい」


謝ることしかできない。


「いいよ、愛玲奈が楽しかったのなら」

「うん……うん、楽しかった」


改めてそう言われて実感した。私は楽しかった。仕事として国をまわっていたはずだが、とてつもなく楽しかったのだ。


「エレナ、お母さんは元気?」


ずっと聞こうと思っていた。聞きたかった。


「うん、すっごい元気。最近やっとお父さんと再婚したんだよ」


はい?お父さん?


「えっと、お父さんって誰?」

「ああ、それも話してなかったね。このゲームを作ったのって、お父さんなんだって」

「待って、待って、お父さんって私の?私が小さい頃に離婚したっていう?」


驚きすぎて、わけが分からなさすぎて口調が乱れる。しかし本当に訳がわからない。何がどうなっているのやら。


「そうそう。そのお父さん。あ、時間がないから次の話いくね。私結婚したよ」

「わあ!おめでとう!!」

「子供も1人。来月で一歳。男の子よ」

「お、おめでとう……!」


ちょっと情報が多すぎて混乱してきた。六年と言うのはあまりにも長かった。


「そっちは?子供生まれたの?」

「殿下とリリー様の間に女の子が1人、最近生まれたわ」


もうこんがらがって、とりあえず思いついたように答えると「違う違う」と笑い声。


「愛玲奈と第一皇子の子供よ」

「ま、まだよ!そんなのまだまだ先のことよ!」


そういうのは止めてほしい。特に意味もなく恥ずかしい。慌てる私の声を聞いてエレナは笑う。その声にノイズが入ってきた。今日はここまでだろうか。ら

すっとエレナの笑い声も止む。


「そろそろね。愛玲奈が楽しそうで良かった」

「ええ!そっちもね」


だんだんと聞こえが悪くなってくる。


「次は来年ね。また旅に出るなら今度こそ忘れないでね」

「分かってるわよ」


くすくすと笑う声。


「次の時に出産報告してくれてもいいよ」

「……それはなんとも言えないわね」


そう答えた私の声はあちらに届いていたのか、プープーと無機質な音しか聞こえなかった。

今聞いたことを整理しよう。

まず、私のお父さんがこのゲームの制作者で、お母さんと再婚して、エレナが結婚して子供を産んだ、と。

いや、ほんと情報量多すぎ。というか、六年って長いんだな。

私の六年間はほとんど何も変わっていない気がする。いや、民たちの暮らしを知り、国の成長をはかる。その点ではとても前進できた気がする。

手の中の携帯を眺める。エレナは楽しそうだった。

……お母さんに会いたい。話がしたい。抱きしめて欲しい。私は望んでここにいる。だけど、それを引き換えに失ったものもあることを、たまに思い出す。エレナもそうなのだろうか。

後ろからずっと視線を感じている。ユリウス殿下がそこにいることは忘れていない。だけど今自分がどんな顔をしているか分からない。この沈んだ気持ちをどうすればいいか分からない。

少し時間が経って、私はようやく動いた。携帯を小物入れに戻し、ベッドに横になる。ユリウス殿下は何も言わなかった。

あー、なんかちょっとやばいな。別に帰りたい訳ではないんだけど……。久しぶりにあちらの世界との繋がりを持ったからかな。

寂しさと悲しみと、それに対する戸惑い。

ユリウス殿下も横になる。私は殿下に背中を向け、少し離れて目を閉じた。今は温もりはいらない。

携帯電話とは一体何なのか。誰と話していたのか。どうして急に落ち込むのか。

聞きたいことや言いたいことはたくさんあるだろう。それでも何も言わないでいてくれたことはすごくありがたかった。
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