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弱音

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「ところで」


その言葉で、私は抱きついていた腕を解き、少し離れて顔を見た。座っているユリウス殿下と、膝立ちの私。殿下の右手は自然と、私の腰へ。


……んー、まあいいんだけどね。こういうところが、すごい女性慣れしてそうで、ちょっとジェラシー。

殿下は左手で、確認するように私の頬を撫でる。


「君、本物?なんか変じゃない?」


思わず笑ってしまった。今更じゃん。


「ここまできて言うことですか」


仮に私が偽物だとしたら、これまでのやり取りはなんなのだろうか。


「殿下の目にはどう見えますか?」

「変だけど、確かにエレナに見えるよ」

「でしたら、本物です」


ちゃんと分かってるじゃん。


「いや、今朝も思ったんだけど、君らしくないっていうか……」

「言動のことですか?」

「それもあるんだけど」


前に聞いたことがある。ユリウス殿下は魔力や気配で大体誰か分かる、と。


「誰かに見られてることは分かっていたけど、君ではないと思ってた。魔力が違ったから。まさか、あんな風に言ってもらえるとも思ってなかったから、姿を見てもちょっと信じられなかったけどね」


なるほど、あの時の殿下は二重に驚いていたのか。

なんとなく、自分の右の掌を眺める。


「……魔法が使えないんです」


適当な魔法を使おうとしてみたが、やはり何も起こらなかった。


「殿下に置いて行かれたショックで」


私は冗談っぽくそう言って笑ったが、殿下は笑わなかった。

私の右手を握り、真剣な表情。その顔を見ると、何かが込み上げてきた。


「私、魔法が使えなくて、何もできないから、クリスを置いてきてしまったんです」


声が震えた。殿下はクリスが捕まっていたことを知っているのだろうか。


「……聞いたよ。君がいたのになんで、って思ったけど、そういうことだったんだね」


静かな声が頷く。涙が溢れた。


「殿下が、わたしを置いて行ったから」


ユリウス殿下を責めるつもりはなかった。だけど、言葉は勝手に出た。


「うん、ごめん」

「ち、違います、すみません」


真剣な顔で謝られて、首を振る。

違う、殿下は悪くない。悪いのは私だ。


「わたしが、弱いから、誰も守れない……」


殿下の手が、頬の涙を拭う。


「仲直りできたのに……なんで使えないの?わたし、ずっとこのままなの?」


ベアトリクスの言う通り、殿下と話をして仲直りできた。それなら魔力だって戻ってもいいはずだ。

それなのに戻らない。このまま魔法が使えないなんて嫌だ。また昨日のようなことを繰り返すのは嫌だ。


「いや。弱いわたしはいや。魔法の使えないわたしなんて、なんの価値もない……。助けて、助けてください、ユリウス殿下……」


縋るように見ると、殿下は私の腕を引き、抱き寄せた。殿下の胸に埋もれ、そのまま泣く。もう自分では抑えられなかった。

魔法のない世界で暮らしていた私。この世界に来て、魔法って便利なものだなって思ってた。だけど今となってはただの『便利なもの』ではない。なくてはならないものになっているのだ。

剣だけでは大事なものは守れない。魔法が使えなくなって実感した。

殿下の胸に顔をうずめる。涙も鼻水をつくかもしれないけど、今だけは許してほしい。

声を殺して泣く私の背中を殿下は優しく撫でてくれた。


「大丈夫、大丈夫だよ」


大丈夫なんかじゃない。魔法の使えない私なんて、何もできない私なんて、誰も必要としてくれない。


「うぅー……」


泣き過ぎて言葉にならなかった。首を横に振る。大丈夫なんかじゃない。


「エレナがたとえ、魔法が使えなくなっても僕が守るから」

「う、うそです。魔法の、使えない、わ、わたしなんて……」


つっかえながら、しゃくりあげながらやっとそう言う。


「魔法が使えなくてもエレナの価値は変わらない」


殿下ははっきりと言った。涙はぼろぼろと溢れる。


「何度も言っているだろう?僕にとって君は唯一で、特別なんだ。僕の全てなんだ」


絶対嘘だ。こんな泣きじゃくって、涙と鼻水でぐちゃぐちゃなみっともない姿を見て、今絶対失望しているに決まっている。どうせ明日の朝になれば離婚話が出るに決まっている。


「信じてないでしょ」


殿下の手が私の頬に触れ、顔を上げるように促される。しかしそれだけはできなかった。今顔を見られるわけにはいかない。恥ずかしすぎる……!


「大丈夫だよ、何があっても僕が側にいるから」

「ほ、ほんとうに……?」

「うん、嘘だったら殺していいよ」


いや、それはいい。グーで一発で勘弁してあげる。

殿下の胸から顔を離して、俯いたまま袖でぐしぐしと拭く。目が痛い。擦り過ぎた頬も痛い。

視線を感じる。


「……ひどい顔をしてるので見ないでください」

「ひどくないよ。むしろ、かわいいくらい」


嘘すぎる。そんなわけない。


「……側にいてください」

「うん、いるよ」


違う、そうじゃない。実は昨日、魔法が使えなくなってから、一人になるのがとても怖いのだ。

すごくみっともないと自分でも思っている。だけど、いざと言う時、剣しか使えないと考えると、不安で仕方がない。

すっと私のベッドを指差す。


「魔法が戻るまで、一緒に寝てください」

「え……?」

「怖くて一人で寝られません。側にいてください。大丈夫です。広いので二人くらい余裕で寝れます」


殿下はとても困ったように微笑んだ。
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