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報せとアクシデント

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翌朝、太陽が昇るのと同時に目を覚ました私は、隣のベッドで眠るクリスを起こさないよう、静かに部屋から出た。

飛ばせば明日には王都に帰れる。今日は少しでも早く出発したいところだが、あまり急いだところでブランの体力はもたないだろう。それも含めて考えると到着は明後日だろう。

朝日を浴びながら伸びをするととても気持ちがよかった。まだ人の気配のない朝の空気。

耳をすませば微かに人の声が聞こえた。

懐かしい。おばあちゃん家の音。

私がまだ愛玲奈だった時の、田舎のおばあちゃん家では朝からこんな感じだった。静かで、だけど人の働く音。都会のとはどこか違う田舎の音。

旅に出て何度も何度もこんな村を見てきた。それでもこうして思い出すのはあちらの世界のこと。

畑の音。草と土の匂い。緑の空気。

深く吸い込むと心が安らいだ。このままここにいられたらーー。

そう思った時、バサバサと翼の音が聞こえ、私はそれまで閉じていた目を開けた。反射的に右手を上げると、そこに小さな白い鳥が一羽止まった。

この鳥は言葉を伝えてくれる魔法。もともと形のなかったこの魔法を、私と上のお兄様は属性を組み合わせて改良したのだ。

とは言ってもそう難しいことではなかった。元々この魔法は風属性だったのだが、そこに無から有を生み出すことのできる土属性をプラスしただけ。それだけのことだけど、この世界で属性を組み合わせて使うという発想は今までなかったらしいので、とても大きなことをしたらしい。まあまだ実験段階で発表もしていないけど。

鳥が上のお兄様の声で言った。


『リリーが産気づいた』


ハッとしている内に鳥が消える。たったひと言。早く帰れとも何も言わないお兄様。私を必要としているわけではない。ただ私が知りたいだろうと思って教えてくれたに違いない。

……今すぐ出発したらいつ着く?この先は村が転々とあったはず。先々で馬を乗り換えたら……今日の夜には着く。

いつ生まれるかは分からない。でももしかしたら間に合うかも知れない。

走って宿へと戻り、部屋に飛び込むとクリスはまだ寝ていた。


「クリス、クリス、起きて!すぐ出発するわよ」

「えー……何、まだ早くない?」


寝ぼけた状態で目を擦るクリスに「5分で支度してちょうだい」とだけ言ってまた部屋を飛び出す。

バタバタとしてみっともないのは知っている。だけど落ち着いていられない。

殿下とお兄様の部屋をノックして、返事を待たずに扉を開ける。


「失礼します。朝早くから申し訳ありません。起きてくださいませ。出発いたします」


そう言いながら飛び込んだ私の目に映ったのは、均整のとれた体だった。しかも二人分。

あ、やば……。

二人が服を持ったまま驚いた表情で私を見る。クルトお兄様は固まっており、ユリウス殿下は「おはよう」と言いながらも困ったように笑った。


「……エレナ」


私も固まっていると少ししてお兄様が深いため息をついた。


「ご、ごめんなさい……!」


ハッとして部屋を出て扉を閉めると、向こう側からくすくすと笑い声が聞こえた。

この世界に来て男の人の体を見たのは初めてだ。あっちの世界の男子達とは比べ物にならない。

……二人ともいい体をしていた。服の上からじゃ分からないものだ。いやいやいや、冷静に考えてアウトでしょ!男の人の着替えを見るなんて!あの二人でなかったら一大事だっただろう。

今になって恥ずかしくなり、扉の横に座り込む。クルトお兄様はともかく、ユリウス殿下にどんな顔をしたらいいのだろうか。


「どうしたの?」


その声に顔を上げるとそこにはすっかり支度のできたクリスがいた。


「お二人は着替え中よ」

「……もしかしてやっちゃった?」


扉を指差しそう聞くクリスに無言で頷く。


「あー……まあ大丈夫でしょ。あの二人だし」

「大丈夫じゃないわよ。殿下に笑われたわ。恥ずかしい」


熱くなったほっぺを両手で包み込んでそう言うと、クリスは「今更だよ」とひと言。確かにそうだけど、今まで色々みっともないところを見せてきたけど……!


「乙女心ってやつよ。クリスにだって分かるでしょ?」


仮にも同じ乙女なのだから。……もう乙女なんていう年齢でもないけど。

クリスは微笑んだ。


「私には分からないよ」

「……そんなわけないじゃない」


話をしていたら頬の熱が引いてきた。私が立ち上がると同時にクリスが扉をノックした。


「準備できました?」

「できたよ」


クルトお兄様の声が聞こえた。クリスが扉を開け、平然と入っていった。先程の光景が蘇る。もう大丈夫だと分かっているが、恐る恐る覗くと、そこにはいつもと同じ二人がいた。

ほっと胸を撫で下ろし、私も部屋へと入る。


「クルト様、この先は急ぐようなので……」


クリスがすぐにこの後の予定をお兄様と話し出す。まだ何も言っていないのに大体の状況を把握しているようだ。さすがクリス。

そんなことを考えていたら横にユリウス殿下が立った。


「先程は申し訳ありませんでした」


気恥ずかしくて顔を見ないまま謝ると、ユリウス殿下の手が私の頬に触れた。顔を上げるよう促され、その手に従って顔を上げるとすぐ目の前にユリウス殿下の顔があった。


「いいよ、君になら何を見られても」


そう言って微笑むユリウス殿下。

ぼっと顔が熱くなり、慌てて離れると、殿下は可笑そうに笑った。本当にやめてほしい。あんなに綺麗な顔で至近距離で見つめられたら心臓に悪い。


「……そうですか」


照れ隠しですごくぶっきらぼうになってしまった。それでも殿下は怒った様子もなく、むしろなんだか嬉しそうだ。


「二人とも、いちゃついてないで出発しますよー」


クリスの呆れたような声に、私は慌てて返事をして殿下から離れた。
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