5 / 40
報せとアクシデント
しおりを挟む
翌朝、太陽が昇るのと同時に目を覚ました私は、隣のベッドで眠るクリスを起こさないよう、静かに部屋から出た。
飛ばせば明日には王都に帰れる。今日は少しでも早く出発したいところだが、あまり急いだところでブランの体力はもたないだろう。それも含めて考えると到着は明後日だろう。
朝日を浴びながら伸びをするととても気持ちがよかった。まだ人の気配のない朝の空気。
耳をすませば微かに人の声が聞こえた。
懐かしい。おばあちゃん家の音。
私がまだ愛玲奈だった時の、田舎のおばあちゃん家では朝からこんな感じだった。静かで、だけど人の働く音。都会のとはどこか違う田舎の音。
旅に出て何度も何度もこんな村を見てきた。それでもこうして思い出すのはあちらの世界のこと。
畑の音。草と土の匂い。緑の空気。
深く吸い込むと心が安らいだ。このままここにいられたらーー。
そう思った時、バサバサと翼の音が聞こえ、私はそれまで閉じていた目を開けた。反射的に右手を上げると、そこに小さな白い鳥が一羽止まった。
この鳥は言葉を伝えてくれる魔法。もともと形のなかったこの魔法を、私と上のお兄様は属性を組み合わせて改良したのだ。
とは言ってもそう難しいことではなかった。元々この魔法は風属性だったのだが、そこに無から有を生み出すことのできる土属性をプラスしただけ。それだけのことだけど、この世界で属性を組み合わせて使うという発想は今までなかったらしいので、とても大きなことをしたらしい。まあまだ実験段階で発表もしていないけど。
鳥が上のお兄様の声で言った。
『リリーが産気づいた』
ハッとしている内に鳥が消える。たったひと言。早く帰れとも何も言わないお兄様。私を必要としているわけではない。ただ私が知りたいだろうと思って教えてくれたに違いない。
……今すぐ出発したらいつ着く?この先は村が転々とあったはず。先々で馬を乗り換えたら……今日の夜には着く。
いつ生まれるかは分からない。でももしかしたら間に合うかも知れない。
走って宿へと戻り、部屋に飛び込むとクリスはまだ寝ていた。
「クリス、クリス、起きて!すぐ出発するわよ」
「えー……何、まだ早くない?」
寝ぼけた状態で目を擦るクリスに「5分で支度してちょうだい」とだけ言ってまた部屋を飛び出す。
バタバタとしてみっともないのは知っている。だけど落ち着いていられない。
殿下とお兄様の部屋をノックして、返事を待たずに扉を開ける。
「失礼します。朝早くから申し訳ありません。起きてくださいませ。出発いたします」
そう言いながら飛び込んだ私の目に映ったのは、均整のとれた体だった。しかも二人分。
あ、やば……。
二人が服を持ったまま驚いた表情で私を見る。クルトお兄様は固まっており、ユリウス殿下は「おはよう」と言いながらも困ったように笑った。
「……エレナ」
私も固まっていると少ししてお兄様が深いため息をついた。
「ご、ごめんなさい……!」
ハッとして部屋を出て扉を閉めると、向こう側からくすくすと笑い声が聞こえた。
この世界に来て男の人の体を見たのは初めてだ。あっちの世界の男子達とは比べ物にならない。
……二人ともいい体をしていた。服の上からじゃ分からないものだ。いやいやいや、冷静に考えてアウトでしょ!男の人の着替えを見るなんて!あの二人でなかったら一大事だっただろう。
今になって恥ずかしくなり、扉の横に座り込む。クルトお兄様はともかく、ユリウス殿下にどんな顔をしたらいいのだろうか。
「どうしたの?」
その声に顔を上げるとそこにはすっかり支度のできたクリスがいた。
「お二人は着替え中よ」
「……もしかしてやっちゃった?」
扉を指差しそう聞くクリスに無言で頷く。
「あー……まあ大丈夫でしょ。あの二人だし」
「大丈夫じゃないわよ。殿下に笑われたわ。恥ずかしい」
熱くなったほっぺを両手で包み込んでそう言うと、クリスは「今更だよ」とひと言。確かにそうだけど、今まで色々みっともないところを見せてきたけど……!
「乙女心ってやつよ。クリスにだって分かるでしょ?」
仮にも同じ乙女なのだから。……もう乙女なんていう年齢でもないけど。
クリスは微笑んだ。
「私には分からないよ」
「……そんなわけないじゃない」
話をしていたら頬の熱が引いてきた。私が立ち上がると同時にクリスが扉をノックした。
「準備できました?」
「できたよ」
クルトお兄様の声が聞こえた。クリスが扉を開け、平然と入っていった。先程の光景が蘇る。もう大丈夫だと分かっているが、恐る恐る覗くと、そこにはいつもと同じ二人がいた。
ほっと胸を撫で下ろし、私も部屋へと入る。
「クルト様、この先は急ぐようなので……」
クリスがすぐにこの後の予定をお兄様と話し出す。まだ何も言っていないのに大体の状況を把握しているようだ。さすがクリス。
そんなことを考えていたら横にユリウス殿下が立った。
「先程は申し訳ありませんでした」
気恥ずかしくて顔を見ないまま謝ると、ユリウス殿下の手が私の頬に触れた。顔を上げるよう促され、その手に従って顔を上げるとすぐ目の前にユリウス殿下の顔があった。
「いいよ、君になら何を見られても」
そう言って微笑むユリウス殿下。
ぼっと顔が熱くなり、慌てて離れると、殿下は可笑そうに笑った。本当にやめてほしい。あんなに綺麗な顔で至近距離で見つめられたら心臓に悪い。
「……そうですか」
照れ隠しですごくぶっきらぼうになってしまった。それでも殿下は怒った様子もなく、むしろなんだか嬉しそうだ。
「二人とも、いちゃついてないで出発しますよー」
クリスの呆れたような声に、私は慌てて返事をして殿下から離れた。
飛ばせば明日には王都に帰れる。今日は少しでも早く出発したいところだが、あまり急いだところでブランの体力はもたないだろう。それも含めて考えると到着は明後日だろう。
朝日を浴びながら伸びをするととても気持ちがよかった。まだ人の気配のない朝の空気。
耳をすませば微かに人の声が聞こえた。
懐かしい。おばあちゃん家の音。
私がまだ愛玲奈だった時の、田舎のおばあちゃん家では朝からこんな感じだった。静かで、だけど人の働く音。都会のとはどこか違う田舎の音。
旅に出て何度も何度もこんな村を見てきた。それでもこうして思い出すのはあちらの世界のこと。
畑の音。草と土の匂い。緑の空気。
深く吸い込むと心が安らいだ。このままここにいられたらーー。
そう思った時、バサバサと翼の音が聞こえ、私はそれまで閉じていた目を開けた。反射的に右手を上げると、そこに小さな白い鳥が一羽止まった。
この鳥は言葉を伝えてくれる魔法。もともと形のなかったこの魔法を、私と上のお兄様は属性を組み合わせて改良したのだ。
とは言ってもそう難しいことではなかった。元々この魔法は風属性だったのだが、そこに無から有を生み出すことのできる土属性をプラスしただけ。それだけのことだけど、この世界で属性を組み合わせて使うという発想は今までなかったらしいので、とても大きなことをしたらしい。まあまだ実験段階で発表もしていないけど。
鳥が上のお兄様の声で言った。
『リリーが産気づいた』
ハッとしている内に鳥が消える。たったひと言。早く帰れとも何も言わないお兄様。私を必要としているわけではない。ただ私が知りたいだろうと思って教えてくれたに違いない。
……今すぐ出発したらいつ着く?この先は村が転々とあったはず。先々で馬を乗り換えたら……今日の夜には着く。
いつ生まれるかは分からない。でももしかしたら間に合うかも知れない。
走って宿へと戻り、部屋に飛び込むとクリスはまだ寝ていた。
「クリス、クリス、起きて!すぐ出発するわよ」
「えー……何、まだ早くない?」
寝ぼけた状態で目を擦るクリスに「5分で支度してちょうだい」とだけ言ってまた部屋を飛び出す。
バタバタとしてみっともないのは知っている。だけど落ち着いていられない。
殿下とお兄様の部屋をノックして、返事を待たずに扉を開ける。
「失礼します。朝早くから申し訳ありません。起きてくださいませ。出発いたします」
そう言いながら飛び込んだ私の目に映ったのは、均整のとれた体だった。しかも二人分。
あ、やば……。
二人が服を持ったまま驚いた表情で私を見る。クルトお兄様は固まっており、ユリウス殿下は「おはよう」と言いながらも困ったように笑った。
「……エレナ」
私も固まっていると少ししてお兄様が深いため息をついた。
「ご、ごめんなさい……!」
ハッとして部屋を出て扉を閉めると、向こう側からくすくすと笑い声が聞こえた。
この世界に来て男の人の体を見たのは初めてだ。あっちの世界の男子達とは比べ物にならない。
……二人ともいい体をしていた。服の上からじゃ分からないものだ。いやいやいや、冷静に考えてアウトでしょ!男の人の着替えを見るなんて!あの二人でなかったら一大事だっただろう。
今になって恥ずかしくなり、扉の横に座り込む。クルトお兄様はともかく、ユリウス殿下にどんな顔をしたらいいのだろうか。
「どうしたの?」
その声に顔を上げるとそこにはすっかり支度のできたクリスがいた。
「お二人は着替え中よ」
「……もしかしてやっちゃった?」
扉を指差しそう聞くクリスに無言で頷く。
「あー……まあ大丈夫でしょ。あの二人だし」
「大丈夫じゃないわよ。殿下に笑われたわ。恥ずかしい」
熱くなったほっぺを両手で包み込んでそう言うと、クリスは「今更だよ」とひと言。確かにそうだけど、今まで色々みっともないところを見せてきたけど……!
「乙女心ってやつよ。クリスにだって分かるでしょ?」
仮にも同じ乙女なのだから。……もう乙女なんていう年齢でもないけど。
クリスは微笑んだ。
「私には分からないよ」
「……そんなわけないじゃない」
話をしていたら頬の熱が引いてきた。私が立ち上がると同時にクリスが扉をノックした。
「準備できました?」
「できたよ」
クルトお兄様の声が聞こえた。クリスが扉を開け、平然と入っていった。先程の光景が蘇る。もう大丈夫だと分かっているが、恐る恐る覗くと、そこにはいつもと同じ二人がいた。
ほっと胸を撫で下ろし、私も部屋へと入る。
「クルト様、この先は急ぐようなので……」
クリスがすぐにこの後の予定をお兄様と話し出す。まだ何も言っていないのに大体の状況を把握しているようだ。さすがクリス。
そんなことを考えていたら横にユリウス殿下が立った。
「先程は申し訳ありませんでした」
気恥ずかしくて顔を見ないまま謝ると、ユリウス殿下の手が私の頬に触れた。顔を上げるよう促され、その手に従って顔を上げるとすぐ目の前にユリウス殿下の顔があった。
「いいよ、君になら何を見られても」
そう言って微笑むユリウス殿下。
ぼっと顔が熱くなり、慌てて離れると、殿下は可笑そうに笑った。本当にやめてほしい。あんなに綺麗な顔で至近距離で見つめられたら心臓に悪い。
「……そうですか」
照れ隠しですごくぶっきらぼうになってしまった。それでも殿下は怒った様子もなく、むしろなんだか嬉しそうだ。
「二人とも、いちゃついてないで出発しますよー」
クリスの呆れたような声に、私は慌てて返事をして殿下から離れた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
【完結】悪役令嬢の反撃の日々
アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。
和泉鷹央
恋愛
アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。
自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。
だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。
しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。
結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。
炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥
2021年9月2日。
完結しました。
応援、ありがとうございます。
他の投稿サイトにも掲載しています。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる