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勇者に出会ってしまった。

33話 強欲な円

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「………ど、どうして??」
 
 沈黙が続いた部屋で、最初に声を出したのはメロだった。
 
「な、なんで殺さないのよ!!」
 
 俺が床に突き刺さした包丁にちらりと目を向けた後、怒りの表情を浮かべてこっちを睨む。
 
 
 ……メロが怒るのも無理はないだろう。 あの瞬間、俺が包丁を振り上げた時に、メロが死ぬ覚悟を決めていた事は理解できたから。
 

 だけど、そんな事は関係ない!! 
 殺す所も殺される所も俺は見たくないんだ!! 
 だったら……俺がこの状況をなんとかするしかねぇーだろ!! 

 青蜜も救って、メロも救って、地球だって救ってやる!! それが俺の望みなんだから!! 

 その為のヒントは貰っている、後は俺が選択肢を間違えなければ良いだけだ……大丈夫、俺ならやれるさ。
 今まで散々間違えてきたんだ、ここで確率が収束したって可笑しい事は無いだろ??

 それにこんな所で失敗してたんじゃ、ハーレム王になんてなれないからな。
 
 この強欲さこそが、必要なものだろ?
 キングオブハーレムにはさ。

 俺は誰にも気付かれない様に静かに呼吸を整えた後、突き刺さった包丁を床から抜き出して再度メロに向けた。
 

 さてと、頭であれこれ考えるのはここまでだ。 俺のクソスキルが発動したら困るからな。
 ここからは正真正銘……魔王との最後の勝負だ。
 

「メロ……助けてやろうか??」
 
「……えっ??」
 
 俺の言葉にメロは尖らせていた目を丸くする。
 
「聞こえなかったか?? 助けてやるって言ったんだ」
 
「た、助けてやるですって?? お兄ちゃん……自分が何を言ってるかわかってるの?? 
 さっきそこの女が言ってたでしょ?? 
 今ここで私を殺さないと……沢山死ぬわよ。 
 お兄ちゃんの同級生や友達、それに両親だってね」
 
 そう話すメロの目は完全に虚で俺にはもう生きる事を諦めている様に見えた。
 
「……あぁ、わかってるよ。 結衣ちゃんの言ってる事は正しい、ここでメロを殺しても誰にも責められないだろうな」
 
「だ、だったらっ!!」
 
「それでも俺は助けるって言ってんだ!! 俺の条件をメロが飲んでくれたらな」
 
 俺はメロの声を遮って大声で叫ぶ。
 
 そして、そんな俺の姿を見ても結衣ちゃん達は誰1人止める事はしなかった。
 
 
 ……優しいのはお互い様だよな、ほんとっ。
 
 
「……その条件ってのはなんなの??」
 

「そうだな。 まずは今すぐに青蜜を起こして欲しい」
 
「なっ!! 何よそれ!! 意味わかんない!!」
 
 俺の言葉にメロは明らかに不機嫌な態度を取り始める。
 
「どうだ?? 出来るのか??」
 
「出来るわよ!! 何よ、そんなにその女が大事なわけ?? 
 まぁ良いわ、そんな事で助けて貰えるならお安い御用よ!! 
 元々私にとっては大した障害じゃないしね。 
 この結界が破れて魔力が戻った瞬間に起こしてあげるわ。 最もそれを信じるかは貴方達次第だけど」
 
 メロは呆れた様におでこに手を乗せ頭を数回振った後、溜息混じりに続ける。
 

「本当にそんな事で助けてくれるの??」

「あぁ。 最もそれを信じるかどうかはメロ次第だけどな」
 
「……信じるわよ。 と言うか信じるしか私が生き残る道は無いじゃない」
 
「じゃあ、俺も信じてるよ。 それ以外に俺が進む道はなさそうだからね」
 
「……ねぇ、私が言うのもなんだけどさ、お兄ちゃんはそれで良いの??
 さっきも言ったけど、今ここで私を殺さないと後悔する事になるわよ??」
 
「どうしてだ??」
 
「どうしてって……さっきそこの女が言った通りよ、私はこの星を壊しに来たのよ?? 
 お兄ちゃんの考えてる事はわかるわ。
 大方目を覚ました女と、そこにいる取り巻き、それに勇者とも協力して私を止めようとしているんだろうけど、それはきっと無理だわ。 
 私が全力ならお兄ちゃん達が居ても殆ど関係ないもん。 
 そこの魔女にもそれはわかってるわよね??」
 
「……確かにのぅ、この娘が魔力を取り戻せば我らは確実に負けるじゃろうな。
 じゃが、勇者ならば別じゃ。 予想を裏切るのが勇者という者じゃからな」
 
 メロの言葉にリアが淡々と答える。

「そうかもね……私が死ぬかこの星が滅びるかの2択。 
 ふふっ、結局は時間の無駄だったって事かしら。 最初から答えなんて決まっていたんだもの。
 いや、お兄ちゃん達にとっては無駄な時間じゃなかったか。
 私を殺す覚悟があるって事を、私にわからせたからこそ、大事な仲間の意識を取り戻す事には成功したんだもの」
 
 そう言うとメロはどこか寂しげな表情を俺に向ける。
 
「ふぅー、じゃあ話は終わりね、そろそろ時間だもの。
 お兄ちゃん、少しの間だったけどそれなりに楽しかったわ。
 心配しないで、私は約束は守るから。 
 でも、もし次にあった時は容赦しない。
 それから……最後に手を握らせて貰っても良いかな?? 
 包丁を向けられたまま別れるって、ちょっと寂しいもん」
 

「……」
 

「……お兄ちゃん??」
 
 俺はメロの言葉に従う事はしなかった。
 
 そしてそのまま手に持った包丁をメロの首筋に寄せる。
 
「えっ??」
 
「メロ、言っただろ?? 俺にも覚悟が出来てるって」

 

「……そう、私の話を聞いて考えが変わったって事ね……うん、それが一番良いんだと思う、私でもそうするわ。 
 残念だけど、一時でも助けてくれるって言ってくれて嬉しかった……ありがとう」
 

 そう話すメロの声は何処か安堵した様子が感じ取れた。



 やっぱり最初からこれが狙いなのか。
 
 

「メロ……俺の考えは最初から変わってないよ。 
 メロが勘違いしてるだけさ、俺が助けるって言ったのは……メロの国だ」
 

「っ!!」
  
 耳元から聞こえるメロの震えた息遣いで、俺は自分の仮説が間違っていない事を悟った。
 

 思えば最初からおかしい事だらけだ。 

 魔王だってのにたった1人で勇者と戦ってる事も自分の命を顧みずに目的を成し遂げようとしている事も。 
 
 そもそもメロは明らかに時間稼ぎをしていたじゃないか。
 メロが本気ならあの時に青蜜だけじゃなく全員がやられててもおかしくないんだ。 
 
 それをしなかったのはメロ自身が迷っていたからだ……自分の所為でこの星に危害を加える事を。
 
 俺はメロから一歩離れてから、床に包丁を投げ捨てる。
 

「メロ。 お前を脅してる奴が誰だか知らないが、この星を滅ぼした所で本当にメロの国が解放される保証はあるのか?? 
 メロだって本当はわかってるんじゃないか?? 
 そいつが約束を守る様な奴じゃ無い事くらい!! 
 だからわざわざ俺に会いに来たんだろ!! 自分を止めて欲しくて、助けて欲しくて!!」
 

「なっ、何をっ」
 

 俺にはメロが時より見せる悲しげな表情が忘れられない。
 あの時から、既に死に場所を決めていたんじゃないかと思える程に。


「このままやられっぱなしで良いのか?? 
 そんなの魔王のプライドが許さないだろ!! だったらこの手を掴め!! 
 俺が、俺達がお前の国を助けてやる!! 一緒にやり返してやろうぜ、メロ!! そして後悔させてやれ!! メロの国に手を出した事を!!」
 
 動揺で目を泳がすメロに俺は真っ直ぐに手を差し出す。
 

「……む、無理だよ。 あいつはお兄ちゃん達がどうにか出来る奴じゃっ」
 

「だからこそだ!! そいつがメロの国を滅茶苦茶にしてるなら、きっとその後は地球にだってくる。 
 だから……ここでメロを失う訳にはいかないんだ!! 一緒に戦う仲間が欲しいのは俺達の方なんだから!!」
 

「……勝てる訳ないじゃん、みんな死んじゃうよ」
 

「その時は……そいつが死んだ後、あの世でやり返す準備でも一緒にしようぜ。
 一緒に死んだ方が出会える可能性だって高くなるかもしれないからな」
 
「い、一緒に死んでくれるの??」

「あぁ!! 1人にはしないさ」

 俺は出来る限り笑顔でメロに話しかけた。 
 
 そいつがどんな奴でメロの国に何が起こってるのか、そんなの想像したってわからない。
 だけど、今ここでメロと潰し合いをするくらいなら少しでもそいつに反撃して死ぬ方が良い。


 俺は本気でそう思っていた。
 


「………お兄ちゃん、そんな顔も出来るんだ。 ずるいよ、本当に格好良いじゃん」
 

 メロは小さくそう呟くと俺の手を握って目を見つめる。
 

「お兄ちゃんの条件を飲むわ……私と一緒にあのクソ野郎から国を取り戻して欲しい!! 
 私にお兄ちゃん達の力を貸して!!」
 

 久しぶりに笑顔になったメロはそのまま深く頭を下げる。
 

「あぁ、協力するよメロ。 俺も約束は守るからね」
 
 
 そう言って俺もメロに頭を下げた。
 
 


 
 ……メロの言う通り最初から答えは決まってたのかもな。 

 日本に帰ってきてから俺はずっと魔王側の立ち位置だったんだから。
 
 

 
 勇者と初めて会った時の事をふと思い出し、気付けば俺は声に出して笑ってしまっていた。
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