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勇者に出会ってしまった。

32話 覚悟とは

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「わ、私を殺す?? う、嘘よ、そんな事を貴方に出来る訳ないじゃない!!」
 
 結衣ちゃんの口から出た思わぬ宣言に戸惑っているのか、メロの声は再び震えていた。
 
「出来る訳ない?? ふふふっ、どうすればその様な結論に至れるか不思議でしょうがありませんね」

「だ、だって貴方はただの人間じゃない!! 
 貴方みたいな子供が誰かを殺すなんて経験に絶対にした事ないじゃない!!」
 
「経験……殺人を犯すのに経験が必要なんでしょうか?? 
 私はそんな話を聞いた事がありませんね。 
 メロさん、人を殺す時に必要なのはもっと簡単な事ですよ」
 
「簡単な事ですって?? い、一体なんだって言うのよ!!」
 
「それはですね……絶対に殺してやるっていう意思です。 
 どんな手を使ってでも殺す、必ず息の根を止める、その純粋な殺意があれば十分に可能です。 
 勿論、誤って殺してしまった場合を除いてですけどね」
 
 そう告げると、結衣ちゃんは俺の包丁を両手で握りその先端をメロの心臓に向けた。
 
 


 ………はっ!! やばいやばい、あまりに結衣ちゃんが怖すぎて何も考えられなかったわ!!
 いや、今も十分怖いけど!! 冗談抜きで息が出来ないくらい怖いわ!! 
 もしかして結衣ちゃん、このまま本当にメロを殺すんじゃ……。
 
「そ、そ、そんな脅しを使っても無駄よ!! 貴方さっきの会話を聞いていたんでしょ?? 
 この状況でお兄ちゃんが仲裁に入れば私が言う事を聞くと思ってるんでしょうけど、もう遅いんだから!!」
 
 メロも俺と同じ気持ちなのか、言っている事と浮かべている表情は全く一致していなかった。
 
「仲裁?? ふぅー、リアさんの言葉を借りて言わせて頂きますが、貴方はまだ色々と勘違いなさってるんですね」
 
「か、勘違いですって??」
 
「えぇ、まず一つは遅いのは貴方の方です。 
 それから二つ目、貴方はさっき私に殺人など出来ないと仰いましたがそんな事はありません。 
 つい最近、私は貴方と同じ様な見た目の子供を殺す手前まではいきましたからね」
 
「う、嘘言わないでよ!! そんな訳ないじゃっ」
 

 結衣ちゃんの言葉の真偽を確認する様に俺達に視線を向けた途端、メロの言葉が止まる。
 
 
 ……まぁ、これは事実だもんな。 結衣ちゃんは本気でリアを殺そうとしてた時があったし。
 
「あら?? もしかして皆さんの顔を見て悟りましたか?? 私が本気だって事を」
 
「うっ……」
 
 ここぞとばかりに追い討ちをかける様に結衣ちゃんがメロを威嚇する。
 
 
 と、止めなきゃ駄目だ!! 結衣ちゃんは本気だ!! あの時と同じ感じがするもん!! 
 このままじゃ数秒後には俺の包丁が凶器になっちまう!! 
 
 

「そ、そこまでじゃ!! 貧乳っ子よ、少し落ち着くのじゃ!!」
 
 リアでさえ流石にヤバいと感じたのか、俺よりも先に2人の間に入る。
 
「リ、リアの言う通りだぜ結衣ちゃん!! 
 一旦落ち着いた方が良いって!!」
 
 その言葉に釣られる様に俺も急いでリアの隣に立ち、復唱した。
 
 
「……何故邪魔をするんですか?? リアさんもまどかさんも正気ですか??」
 
 
 な、なんて言えば良いんだ?? 
 この間と違って結衣ちゃんを止める方法なんて全く検討がつかないぞ!!
 
 
「お、お主の気持ちもわかるがここでこの娘を殺してしまえば、青っ子は一生目を覚さぬかも知れないんじゃぞ??」
 
 
 お、おぉ。 流石リアだ。 そうだよな、先ずは結衣ちゃんに殺しを躊躇させる言葉を言うべきだよな。
 
 
「そ、そうだぜ結衣ちゃん!! それにこんな子供を殺すなんて、いや、子供に限らず誰かを殺すなんて馬鹿な事辞めてくれよ!!」
 
 
「……」
 
 
 俺とリアの言葉に結衣ちゃんは無言で顔を伏せる。
 
 
 よ、よし!! 結衣ちゃんも少しは自分のしてる事がおかしいって気付いてっ。
 
 
「……話になりませんね」
 
 
「「えっ??」」
 
 吐き捨てる様に話す結衣ちゃんの言葉に俺とリアが同時に声を漏らす。
 
「聞こえませんでしたか?? 話にならないって言ったんです。 
 私から見れば落ち着かなきゃいけないのは、お二人の方ですよ」
 
 結衣ちゃんは呆れた様に溜息を吐き、そのまま真っ直ぐと俺達の方を見据えて話を続ける。
 
「良いですか?? あかねちゃんの事は確かに残念ですが希望がない訳じゃありません。 
 メロさん自身がさっき言っていたではありませんか、リアさんが力を取り戻せばあんな魔法くらいどうにでもなりそうだと」
 
「そ、それはあくまで我が力を取り戻せたらの話じゃ」
 
「えぇ、でも十分に可能性のある話ですよね?? 少なくとも本当に守られるかもわからない口約束よりは期待出来ると私は思いますが??」
 
「そうかも知れぬがっ」
 
「リアさん、人質を取られた時に武器を捨ててはいけませんよ。 優位性を失えばそれこそ相手の思う壺ですから。 
 人質を取られた時点で切り替えるべきなのです。
 もうその人は生きていないとね……そしてそのつもりで相手を殺すべきです。 
 手を出した事を後悔させるくらいの残忍さでね」
 
「……」
 
 ……言ってる事は狂気じみてるけど、あながち間違ってもないよな。
 リアが無言になってるから尚更信憑性があるわ。 
 薄い本ばっか読んでるから屈するのが当たり前みたいに考えてたな、俺。
 


「それからまどかさん」
 
「は、はい!!」
 
「メロさんの見た目が子供だからなんですか?? この子は地球を破壊しようとしているんですよね??  
 仮に勇者が負けた場合、一体何人の人が死ぬかまどかさんならわかりますよね?? 
 その責任がまどかさんに取れるんですか??」
 
「そ、それは」
 
「……すいません、少し言い方が悪かったですね、別にまどかさんを責める訳じゃないんです。 
 責任なんて言葉は間違っていましたね。 こんな事、実行犯以外の誰の所為でもありませんから。 
 それにまどかさんは優しいから、きっと心のどこかでメロさんが本当はそんな事をしないんじゃないかと考えているんでしょう?? 
 その気持ちもわからなくはないですが、まどかさんと違って私にはそんな風には到底思えないんです」
 
 
 ……これも結衣ちゃんの言う通りだな。 俺は心の何処かでメロがそんな事をしないと思っていた。 そんな確証なんて何処にも無いのに。

 結衣ちゃんは至って正気だ。 自分が何を言っているのか覚悟したうえで言ってる。
 

 ……逃げてばかりの俺と違って。

 
「私の言う事がわかって頂けましたか?? 
 もう時間がありません、お二人共そこを退けてもらえますよね??」
 

 結衣ちゃんのその言葉にリアが無言で従う。


「ち、ちょっと嘘よね?? 本気なの?? 本気で私を……殺すつもりなの??」
 
 俺の後ろでメロが怯えた声で言った。
 
「さっきからそう言ってますよね??」
 
「……う、嘘よ。 そんなのっ……こんな所で私は死ぬ訳には行かないんだからっ……み、みんなの為にも……絶対に死ねなんだからっ」
 
「それもさっき言いました、もう遅いです。 本当に死にたく無かったのなら、安易に人質なんて使うべきではありませんでしたね。
 残念ですが、私はもう引き返すつもりはありませんから」

「そ、そんな……」
 
「さぁ、まどかさん。 そこを退いてください………まどかさん??」
 
 


 ……わかってるさ、結衣ちゃんの言ってる事は正しいし俺が間違ってる事だって。
 だけど、これで本当に良いのか??
 
 結衣ちゃんがメロを殺して青蜜と地球を救ってハッピーエンド。 
 

 それが今回の幕引き……そんなのっ……全然幸せじゃないだろ!!
 
 




「……結衣ちゃん、それ俺に返してくれないか??」
 
 俺はその場から動かずに結衣ちゃんの手元にある包丁を指差した。
 
「どうしてですか??」
 
「メロをここに連れて来たのは俺だからね。 
 それこそ責任は俺にあるだろ??」
 
「……」
 
 俺の言葉に結衣ちゃんはほんの少し迷った素振りを見せたが、直ぐに何かを察したのか包丁を俺へと手渡してくれた。
 


「……その責任はとてつもなく重いですよ??」
 
 

 俺の耳元で小声でそう囁くと結衣ちゃんはそのまま半歩後ろへ下がる。
 
 

 ありがとう、結衣ちゃん、心配してくれて。
 でも決めたんだ、どんなに重くても背負う事にするって。
 


 俺は心の中でお礼を告げ、振り返ってメロへと視線を向けた。
 
 
「……お兄ちゃん」
 
 頬に涙の跡を残し、憔悴しきった顔でメロが俺を見上げる。
 
 
「悪いなメロ。 俺も覚悟が出来たよ」
 


「そう……そんな顔も出来たんだ。 格好良い所もあるんだね、お兄ちゃん」

 

 小さくそう呟くとメロは全てを諦めたのか、ゆっくりと目を閉じる。
 
 
 
 
 その表情を見て、俺は痛いくらいに握りしめた包丁をそのまま振り下ろした。
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